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12月 19 2019

正しい宗教と間違った宗教

10:43 AM ブログ

しかし、最近はあれですよね。

来年こそよい年にしたいとか、よい年になりますようにとかいっている人がいると、何か白々しくきこえますよね。

だってそうでしょう。来年がよい年になど、どう考えてもなるわけがないからです。なるわけないでしょう。これだけ毎年大きな災いが起きていてはです。

だから白々しいといっているのです。来年がよい年になどなるわけないのに(毎年、大きな天変地変が必ず起きるのに)よい年になりますようになどと、絶対に不可能なことを平気でいっているからです。

よく考えてみれば日本はすさまじい状況なんですが、それにもかかわらず誰も神を信じようとしません。

それでいて、今年の厄落としだの、縁起がいいだのいって、今くらいの時期はどこでもお祓いのようなことばかりしているし、年の初めは初詣です。

一体日本の人たちは、どういう神を信じているのか訳が分かりません。何のお蔭もない神など何で信じるのでしょう。

現実が見えていないのでしょうか?もうそんなことしていてもまったく意味がないし危ないだけであるからです。

さっきも書きましたが、そんなこといくらしてもよい年になどならないのです。ここ数年の日本には大きな災いばかりが起きて、多くの人が不幸になり、よい年になったためしがないからです。

まあ、いつまでもそのような夢を観ている人たちはともかくです。このブログを見ている人たちだけはもう少し現実をしっかり見ましょうよ。

そうしないと、このままではみな滅んで行くだけであるからです。

私はどこかの教祖のようにです。起きるかどうか分からない大地震が起きますとか、近いうちに大災害が起こりますとかいって(こういうことはいっていても現在の日本では外れないと思いますけどね。何か大きな災害は毎年必ず起きるからです。〔苦笑〕)脅すだけ脅しておいて、だから帰依しなさいとか、布施しなさいとかいっているのではないのです。

いま現実に起きているから、今のままの心と行いではいけないと、変えないと、そのいま起きている災いは自分たちにも現れてくるから、だから帰依しなさいとか、布施しなさいといっているのです。

実際にいま現在、次々に災いが現れ、そうして病気になどなっている人がたくさんいるからです。

現実に起きていることなのです。(どこかの会社などまたコロッと逝く人が出たようです…もうすぐに分かります。わざわざ教えてくれるからです。態度でです)

だから、そのままの心では絶対に自分たちにも災いが起きるからと、だから日本中に災いが起きているのだと、それは日本中の人たちが同じような心を持っているからだと、ちゃんと起きていることをいって、その理由まで説明しているのです。

そうして、私のいうことが間違っていないということは、起きている奇跡で証明出来ますよと、そうして様々な奇跡がいまだ私には起き続けていますよと、そういい続けているのです。

これもまた現実なのであって、では、これだけ信用できる話もないのではないでしょうか。

どこかの教祖のように、適当なことをいい、何の証明も現さないような人たちと私は違うからです。

ちゃんと起きていることをいい、そうして、そのいっていることが正しいという証明まで現しているからです。

それなのに何で誰も私のいうことをきこうとはしないのでしょう。何年たってもです。

だから、これだけ災いが起きているのです。正しいことを(そうして非常に大事なことを)いっている私のいうことをまるできく人がいないからです。

しかし、この教えを知らない人たちならともかくです。知っていても同じような災いが起きているとはずいぶん情けない話ではないでしょうか。

なぜならこの教えは、そのような災いを防ぐ、奇跡が起きる、本当の神の教えであるからです。(これだけこのブログを見ている人たちに災いが現れていてはそれも信用されませんが。〔苦笑〕)

その本当の神の教えを知っている人たちが、次々に病気になっている。(この辺りはですが)

それは知っているだけで、ここに書かれたことを全然やろうとしない、やらないどころか逆らっているからそうなっているのであり、だから私のいうことをきいた方がいいといっているのです。

この教えに逆らうくらいなら、この教えを知らない方がまだましであるからです。

それだけこの正法神理に逆らうということは大きな罪になるからです。それは神にまともに逆らうことと同じであるからです。

奇跡が起きる教えを長年きいていて、まったく奇跡が起きないだけでもずいぶん情けない話なのです。それなのに、このブログを読んでいて普通の人(この教えを知らない人)以上に災いが起きているなど、そのような人たちはこのブログを読まない方がいいのです。

そのような人たちは、まだこの教えを知るには早い人たちであり、そういう人たちがこの教えを知るならよけい不幸になるからです。(こういう人たちを見ると、キリストが「愛のない者に神理を説いてはならない」といわれた意味がよく分かります。まだ愛のない人たち〔心の低い人たち〕がこの正法神理を知ってしまうと、このように〔普通の人以上に不幸に〕なるのですね。キリストの言葉がまざまざと浮かんできます)

しかし、ここまで来たらです。もうそんなことをいっていても仕方ないでしょう。もう多くの人たちがこの教えを知ってしまったからです。

知ってしまった以上、今さら記憶を消すことも出来ないし、ではそのような不幸になっている人たちがどうすれば幸せになれるのかということです。

その道は一つだけでしょう。

この教えに逆らって(あるいは無視して)不幸になったのなら、この教えに従えば幸福になれるということです。

つまり、そういう人たちが幸せになれる道はこの教えに従う以外にないということです。

現在の日本では、この教えを知らない人たちも不幸になっていますが、知っている人たちも不幸になっています。

しかし、この教えを実践するなら幸せになれるのであり奇跡も起きるのです。(その奇跡が起きているのが、いま現在はウナッシーさん一人だけとは本当に情けない話ですが)

この教えが拡がるなら、日本に起きている災いは鎮まりますし、多くの人が幸せにもなれるのです。

本当の信仰とは、正しい宗教とは、元々そういうものであるからです。

そのような悪いことを鎮め、人々を幸福に導く、それが本当の信仰であり正しい宗教であったのです。

しかし、既存の宗教にもはやその力はありません。

いま現在の日本の人々は、そのような本来の力がない、何の意味もない、信仰とは名ばかりの間違った信仰をし続けているのです。

だから、いつまでたっても幸せになれないのです。よい年が来ないのです。

間違った信仰を長年にわたり続けてきて、その間違いにいつまでたっても気づかないからです。

長年間違い続けてきたため、信仰とはそのようなものと思い込んでいるからです。

しかし、全然違うのです。

本来の正しい信仰とは、正しい宗教とは、本当に災いを鎮め、人々を幸福に導くのです。

そうして、その正しい信仰、本当の神の教えである正しい宗教はすでに出現しているのです。この日本にです。

では、その正しい宗教を、本来の正しい信仰を行わない限り、日本に幸福は来ないということになります。

間違った信仰では人は決して幸福にはならないからです。

その正しい宗教が何かを分かっているのはこのブログを見ている人たちだけなのです。

しかし、いま現在はその正しい宗教を知っているはずの、このブログを見ている人たちも、次々に病気になっているのです。

その人たちは知っているだけで、その正しい宗教を行おうとはしないからです。

せっかく正しい宗教を知っていても、その宗教を行わ(実践し)なければ、それは絵に描いた餅にしかすぎず、まったく意味のないものとなってしまいます。

実践のない信仰では、いくら正しい宗教といえども神の力は現れて来ないからです。

行わなければ、その知っている人たちも次々に不幸になっていくのですが(実際になっています)それでもまだ無視を(そうして逆らい)続けるのですか?

唯一無二の正しい宗教であるこの正法神理にです。

しかし、そのような態度を続けている間は不幸は止まらないのです。

(正しい信仰とは何ぞや?が分かるのはこのブログだけなのです。もう少し真剣に読んでもらえませんか。このブログをです。何度もいいますが、この日本に次々に起きている災いを鎮め、日本を幸せの道に導けるのは、このブログを見ている人たちだけ〔この教えを知っている人たちだけ。即ちこの教えだけ〕なのです。その自分たちの使命の大きさをいい加減ご理解ください)

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