12月 24 2019
すさまじい幸運
相変らず怒っている人が多いようですが(しかもスゲェー怒っているところがあちこちにあるんですが)悪いことをするから悪いことが起きるのです。(心当たりありますよね。そういうところはどこもです)
災いが起きるのが嫌ならよいことを(正しいことを)することです。よいことをすればよいことが起きてくるからです。
このままでは年末年始も災いに悩まされることになります。(正月どころじゃなくなりますよ)早く反省して正しい行いをすることです。
そうすれば来年はよい正月を迎えることが出来るからです。
私はよいことをしているからよいこと(奇跡)が起きているのです。因果応報です。
前回も書きましたが、このブログを書くほどよい行いもありません。(なにせ、本当の神の教えを書いているのですから)私は、そのようなよい(正しい)行いをし続けているから奇跡ばかりが起きてくるのです。
では、少しは見習ったらどうでしょう。私の行いをです。
昨日は庄内川に行っていたのですが、その帰り道のことです。荒子川を通ると釣りをしていた中学生がいました。(男の三人組です)
私が横の道路を走るトラックの連中に文句を(辻説法ですが。ブシュブシュやってきたものですから)いいながら歩いてきたら、そいつらも私にちょっかいをかけてきました。
私のことを知っているからでしょう。
すると今度はその連中と言い合いになったのですが、この中学生連中はまじめに話をしません。完全におちょくっています。
だから私はその中の一人の奴に絞って(ちょっと真剣にこちらのいうことをきいていたようだったからです)脅かすだけ脅かして(そのままでは病気になるとです)「お前、俺のブログを読んどるんだろう」というと、そいつがなんと正直に「うん」と返事をするではないですか。
ちょっと驚きましたね。これだけ正直にいう中学生は初めてであったからです。(小学生はいましたけどね。何人かはです)
横にいた奴の「ちょ、オイ、何いってんだお前」みたいな驚いた顔には笑いましたが(笑)そいつが正直にいったものですから「お前、正直にいうなら病気になることはないが、嘘をつくならお前もこいつら同様、病気になるぞ」というと、その中学生は一人、私に何度も頭を下げていました。
どうもすいませんでしたとです。
それで「お前は俺のブログを読んでいるんだな」と何度も確認すると読んでいるといいます。
なら何でそんなふざけた態度を取るのかと話していると、他の二人の中学生は相変わらずすっとぼけた態度でいて、結局、一人がまともに話そうとしても、他の二人が茶化してくるのでまともに話せませんでした。(私のことをいろいろききたかったのですが)
私と話をしてくる連中はこういう連中ばかりなのです。まともに話しては自分たちに分が悪いと分かっているからでしょう。
だから、それ以上は話が進みませんでしたが「お前らは病気には気をつけろ」と散々いっておきました。あとの二人は、本当にそういう態度では危ないからです。
こういう態度の者たちが(運転手やこの近辺の者など)次々に病気になっているからです。(昨日の中学生、このブログを読んでいるんだろう。本当に反省しないとお前ら二人は今日にでも病気が出るぞ)
しかし、頭を下げた一人にはしっかりといっておきました。今のその心を絶対に忘れるなとです。そういう心を忘れてしまうと(他の二人のように感謝のかの字もない調子に乗った心では)病気になってしまうからです。
もうそのような時代に入っているのです。
この中学生たちもそうです。私のブログを見ているのに、まったく感謝もせず平気で嫌がらせをしてくるのです。本当に愚かな態度です。
こういう態度を取っている連中に次々に災いが現れているというのにです。
そのような心では止まらないのです。起きている災いはです。最初にも書きましたが、そのような愚かな心を反省しなければです。
そういうことを、この中学生連中は私のブログを見て知っているはずなのに、何でこういうバカげた態度を取るのでしょう。
何でもっと真剣に見ないのでしょう。
私のブログをです。
真剣に見るなら、大人ばかりでなくこの辺りの多くの子供たちが救われるのにです。
なぜなら、その私のブログをです。(本当の神の教えが書かれたです……強調しますが)なんとこの辺りなど、このような中学生ばかりでなく(高校生はもちろん)小学生まで見ているからです。
これだけ驚く話もありませんよね。
だって、そうではないでしょうか。よく考えてみてください。子供に神の教えが書かれたブログがあるから読めといったところでです。
その子供が素直に読むでしょうか?神の教えが書かれたブログなどをです。
普通であるならです。(他の地域であるならです)このブログには本当の神の教えが書かれてあるから読んでみろといってもです。まず読まないでしょうね。親がいおうが、学校の先生がいおうがです。
現代の子供たちは、神などといったら笑い飛ばして信じない子供の方が多いからです。だから、そんなことをいえば逆に読まない子の方が多いでしょう。
特に日本の子供らはです。(他国の子供たちは知りませんが)
しかし、まあ驚くなかれ、この辺りの多くの子供らは、そんなことをいわなくても自分たちの方で率先して、本当の神の教えが書かれたブログを読んでいるというのですから、これだけ驚く話もないわけです。
本当の神の教えを心に入れておくなら後で必ず生きてくるからです。その教えが、その子らのその後の人生のどこかで必ず救いとなるからです。(その救われる様々な方法が、このブログの中にはたくさん書かれてありますから)
しかもこのようなブログを小さな時から見ているのならです。心の成長は半端ありません。
このブログを読んで育った子供と、このブログ(本当の神の教え)を読まずに育った子供とでは、成長した後、その起きてくることに雲泥の差があるのです。
このブログを見ている子供たちの中には(先ほどの中学生のように反発する子ばかりでなく)この教えを素直にきいている子供もいるのです。(私に頭を下げてくる子供もいますから。わずかですが)
しかも、そういう子供は小学生が多いのです。そうであるならです。小学生の時からこの教えを素直に信じて育ったのなら、大人になったらこの教えの理解度にもよりますが、一体どれだけ奇跡が起きるようになるのか知れないのです。
その心の変わり方によってはです。
本当に末恐ろしくなります。こういう言い方は変ですね。末頼もしいといえばいいのでしょうか、末うらやましいといえばいいのでしょうか(笑)よく分かりませんが、とにかくこれだけ幸運な話もないでしょう。
こんな小学生から、本当の神の教えを素直にきけて実践でき心が変わるなら、後々、周りにどれだけ奇跡が現れだすか知れないからです。
そういう子供は、どれだけ多くの奇跡を(自分のやる気によってはですが)自分で体験できるか知れないのです。
では、これだけ有難い話もないのではないでしょうか。
まあ、そういう(体験が出来る)子供はこの教えを素直にきいている子だけでしょうが、しかし、そのように私のブログを見ている子供がです。
この辺りにはごまんといるのです。(小、中、高校生合わせればです)
考えられますか?他の地域でです。本当の神の教えをきき続けている子供らがたくさんいるなどです。
例えば、ウナッシーさんの子供さんがこのブログをずっと読めといって読むでしょうか?たとえ自分に奇跡が起き続けているから読むといいといってもです。
それでも読むかどうかは分からないのです。そういうことに興味があるかどうか分からないからです。
しかし、この辺りはなんと子供らの方から本当の神の教えが書かれたブログを率先して読み、しかももう何年にもわたって読んでいる子もいるのです。周りの多くの子供が読んでいるからです。
そのような子らは、もう、神のことも、数々起きる神の業も、そうしてその神がつくられた法則も、知らず知らずのうちに理解しているのです。
曲がりなりにもです。
自分たちが知らないうちに、この辺りの子供たちは、他の地域の子供たちの誰よりも神のことに詳しくなり、そうして心の偉大性、この世の法則、救世主の本当の姿などなど、そのような心の世界の他の地域の(子供だけでなく)誰も知らないことまでドンドン知っていくというのですから、これだけ有難い話もないわけです。
おかしなブログを読み続けているのではなく、心の成長には欠かせない、本当の神の教えが書かれたブログを小さな頃から読み続けているからです。
子供たちに取って、これだけの幸運はないと思うんですが、これは一体誰のお蔭なんでしょうか?
親や学校の先生が、こういうことを教えられますか?
親は、子供の肉体の成長を助けることが出来ても、心の成長はどうなのでしょう?学校の先生は、この世の学問は教えられても、では、神や心の普遍性など教えられるのでしょうか?
この辺りの多くの人たちは認めたくはないのでしょうが、私はすでに多くの子供らの心を救っているのです。そうして成長させているのです。
このブログ(正法神理)を通してです。
私がいるばかりに不幸だと思っている人が多いのかもしれませんが(特にこの辺りの人たちなどそういう人たちばかりなんでしょうが。〔苦笑〕)実はとんでもなく幸福なことがすでに起きているのです。
心だけ見ればです。
特に子供の心だけ見れば、子供らの中には素直にこの教えをきいている子もいるはずなのです。
そういう子の未来は下手すれば釈尊やキリストの未来と重なるかもしれないのです。
といっても別に十字架にかかるという意味ではもちろんありません。(苦笑)釈尊やキリストくらいの奇跡が現れてくるかも知れないということです。
この教えに従って自分の心が変わっていくならです。(まあ、釈尊やキリストまではいかないまでも、その弟子たちくらいの奇跡は起きてくるかもしれません。実践次第でです)
何かこの辺りで起きている災いを、すべて私のせいにして私を悪者に仕立て上げている人も多いようですが、実はこれだけよいことも起きています。(しています)
私は、多くの人々を(子供も含めたです)神に目覚めさせ、そうしてその心を救っているのです。
だから奇跡も起きるのですが、その私の話をです。もう少し真剣にききませんか?
災いばかりでなく、すでにすさまじい幸運もこの辺りには現れているからです。
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追伸…まーたどこかの会社などすさまじくお怒りのようです。ドンドン電話がかかって来て何か騒ぎまくっています。(社内で大騒ぎしています)
そういうところが他にもあるようですが(やたら怒っているところがです)本当に哀れですね。そのような次々に起きる災いなど、自分たちの心と行いを少し変えるだけですぐにでも鎮まるのにです。
それなのに、いつまでたってもその災いを止められない。
そういうバカな大人たちを尻目に、子供たちの方が早く奇跡を現すようになるかもしれませんね。それだけ多くの子供らがすでにこの辺りは正法神理を知っているからです。
それに(前にも書きましたが)これから菩薩界が日本に現れてきます。
これからは、そのような(天上界の菩薩界のような)高い世界から生まれてくる人が増えくるのです。(前にも書きましたが、天才的な部分を持った人たちです。そういう人たちが増えて来ましたよね。いろいろな世界でです。〔スポーツ界など特に顕著ですが〕そういう人たちの中に菩薩界から出てきている人がたくさんいるのです)
そういう子たちが(その天才的部分とは、この正法神理だけ取ってもいえるのです。異様にこの教えの理解度が高い子などはそうです)この辺りにも生まれているでしょうし、そういう子たちは、この教えをきくならすぐに本物と分かり、この教えに多くの興味を示すでしょう。
そのような(高い世界から出て来た)子たちは、すでにこの教えを知っているからです。(その高い世界でもこの教えを勉強していましたから)
そういう子たちが奇跡を現すようになるのです。この教えに巡り合うならです。
しかし、それもそう遠い話ではないでしょう。この辺りではすでに多くの子供たちがこの教えを知っています。中にはもう奇跡が起きている子もいるかもしれないのです。
しかし、大人たちがいつまでたってもこの教えを拒否しているようでは、そのような子供たちのすばらしい力に気づくことも、生かすことも出来ません。
まず、大人たちが立ち上がり、そのような子らを導かなければいけないのです。それがこの世に先に出て来た者の大事な使命であるからです。
やりませんか、それをです。それをしなければ日本の未来はないからです。
(だから私に協力してくれと何度もいっているのです。すでにたくさんの〔正法神理の〕タネがまかれているからです。そうしてこのタネは後の世に必ず開花するからです。それも大きくです。そうして多くの人々を救っていくのです)



人目の訪問者です。

昨日のことです。会社で全社員の集まりがあり社内の一角にある大ホールに向かいました。夕方の16時半から17時までの集まりでした。この集まりに奇跡が起きるとは考えてもなかったのです。17時の解散後に廊下を通って行くのですが、なんと照明が点けてなく窓からの陽も入らず暗がりになっていたのです。さて視覚障害の私にはとてつもない事態となりました。こんな時は流れに任せて行くのですが「ゴン!」と曲がり角の壁にぶつかってしまいました。すると周りから失笑が聞こえたかと思うと外国人の方がすぐさま「大丈夫?」とをガッチリ腕を掴んでエスコートしてくれたのでした。普段なら照明があり問題ないのてすが、この日は照明もなく案の定壁にぶつかる、そしてそこには手を差し伸べる人がいる。これ程の偶然があるでしょうか?暗がりで見えない私でしたが闇雲に手助けを求めることはできないのでなんとかなるだろうの軽い気持ちでいたのですが見えないというのは、やはり無理がありましたね。実は過去にも何度か同じような事があったのですが文化の違いでしょうか、日本人はどうも愛を出すことに奥手ですね。笑うだけで「どこ見て歩いてる?」位にしか考えず誰も助けてはくれないのてすから。そう思えばこそ、そこに居合わせた外国人の存在が奇跡的に思えたのです。今度その方にお会いしたらしっかりとお礼を言って感謝をお伝えしようと思います。
それはよかったですね。そういうところは私たちも見習うべきでしょう。