1月 13 2020
罰当たり大国日本と無反省な人々
縁起でもありませんが最近はコロッと逝く人が増えて来ているのでしょうか?ついこの前も有名人が(F1の解説者)急死していましたし、最近よくきくからです。
急死する人をです。(そういう人がこちらでも多いですし)
他の病気で死ぬ人も多いようですが、とにかく最近は死ぬ人がドンドン増えています。(もう毎年死亡者数は増え続けていますから)これは高齢化という問題だけではないのではないでしょうか。
何か他に原因があるのではないでしょうか。単に高齢化というだけで、そんなに一方的に死ぬ人が増えていくとは思えないからです。
しかし、死んでいく人は増えていく一方で決して減りません。(もうずいぶん前からです)何でこんなことが起きているのでしょう?不思議といえば不思議ですね。
これだけ年寄りが長生きし出して(百歳以上の人がもう日本だけでも七万人以上いるとか)医療の発達も著しいのにです。
それにもかかわらず死者数は毎年増えています。本来なら増えたり減ったりしないとおかしいのではないでしょうか。日本国内で変な伝染病が流行ったり戦争が起きているわけではないからです。
そう考えればやはりおかしいですよね。この異様な死者の増え方はです。
私が何をいいたいのかといえばです。これも日本が災害大国といわれるようになったことと同じ理由なのではないのか、ということです。
要はこの死者数がドンドン増えているのもです。罰当たりの一つの現象なのではないでしょうか。(もう罰当たりな人たちがドンドンあの世に引き上げられている)
そうでなければ、これだけ死ぬ人が一方的に増えていくのもおかしいからです。
だから、このままではです。日本は災害大国に続き、次は死亡者(死人)大国などと呼ばれるようになるのではないかと(ほんと縁起悪いです)危惧しているわけです。
それくらいの勢いで死ぬ人が増えているし災いも増えているからです。
そういう状況であるにもかかわらず、あまりこのブログを気楽に見ていられても困るのです。そのような危機を救えるのはこの正法神理だけであるからです。
だから、この教えが説けなくなったら説けなくなったで仕方がないではすまないのです。
死んで行く人たちを止めることが出来、災いを奇跡に変えることが出来るのは、この正法神理だけであるからです。
だいたい、周りに悪いことが起きてきたら反省しないといいことなど起きて来ないのです。その悪いことは自分のどこかに悪いところがあるから起きていることであるからです。
にもかかわらず、同じ態度を取り続けていれば、その起きる悪いことは益々ひどくなります。
何度もいいますが、その悪いことは自分に悪いところがあるから起きていることであるからです。その自分の悪いところを反省するための気づきの現象であるからです。
だから、私やウナッシーさんは悪いことが起きるとすぐに反省するわけです。そういうことを知っているからです。
しかし、私たち以外のこのブログを見ている人たちは自分たちに悪いことが起きて来ても、それで反省する人などいないのではないでしょうか。
私たちがわざわざ自分たちの失敗を書いて、そうして反省しているのを知っているにもかかわらずです。
それを読んでいても平気でスルーして、悪いことを全部責任転嫁している。これではよくなるわけがありません。
だから、日本にこれほどの災いが現れているのです。日本の人々の多くが、このブログを見ている人たち同様、どれだけ悪いことが起きて来ても反省などしないからです。
それでは罰当たり大国にもなります。
その結果が、ドンドン増えて行く死亡者数に現れているのでしょう。まあ、大往生以外はだいたいは間違った死に方であるからです。そんなに早く死ぬのではなかったのに死んでしまった人がほとんどであるからです。(もちろん全部ではありませんが。一部はいますからね。寿命を短く決めて出てきている人もです)
だから、究極の天罰が当たる前に(天罰で死んでしまうようなです)反省することです。
そうすれば起きている悪いことは止まるからです。
その反省を一切せずに悪いことが起き続けている典型が、この辺りの人たちなんでしょうが(だからこれだけひどいことも起きている)昨日も書きましたが、この教えをしっかり勉強して人々に拡げる使命のある人は、この教えに協力しないと自分の本当の使命は果たせません。
そういう使命のある人たちがこのブログを見ているはずですし、そういう人たちにもすでに災いは現れて来ているはずです。そのような人たちの誰も自分の使命を果たそうとはしないからです。
そうであるなら、そのような人たちにその罪の大きさを天が教えないはずがないからです。
では、そのような人たちはよく反省し、この教えをしっかり実践し、この教えの流布にご協力ください。
そうしない限り、その起きている災いは止まらないからです。
そのような非常に大事な使命があるのかないのかは、自分自身の心にきけば分かるはずです。
誰も、その自分の心の内なる思いは否定できないからです。
この教えに強い思いがある人は、その思いのままこの教えの流布に、そうして実践に力を注いでいただきたいと思っています。
そうしない限り、自分の本当の使命は果たせないからです。
昨日も書きましたが、これまでそれでよかったのでこれからもそれでいいではないのです。それは単に進歩していないだけの話であり、無反省なだけの話でしかないからです。
進歩のない無反省な人によいことが起きてくるわけがありません。そういう人の末路は哀れにしかならないのです。
私たちがこの世に出て来た目的は心の成長なのです。そうして自分の本当の使命を果たすことなのです。
その心の成長と本当の使命の成就は反省なくして出来ることではありません。
私たちも未だに反省しています。そうであるなら使命のある人たちもこれまでの行いをよく反省し、その自分の大きな使命の自覚を持って、ぜひその使命を果たしてください。
そうしない限り(そのような使命のある人たちがその使命を果たさない限り)日本は(そうして世界も)よくなることはないからです。
その大きな使命を今すぐにでも果たされることを願ってやみません。



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