1月 18 2020
本当の反省
あいもかわらずこの辺り、怒っている人がたくさんいるんですが(どこかの会社もあいかわらず今日も朝からお怒りです)しかし、怒っている人たちは自分の性格をよく知らないでしょう。
普段、反省などしないのですから。
反省しないと自分の性格はよく分からないのです。そうであるなら、その怒っていること(災い)は私のせいなのか自分のせいなのか分からないでしょう。
その災いは自分の性格が悪いから起きているかもしれないからです。
よく分からないことをすべて私のせいにするなど責任転嫁の度が過ぎています。もう少し自分の性格をよく知ってから、災いなど人にせいにしてはどうでしょう。
もし、私のせいでなければこれだけ無責任な話もないからです。
災いが起きている人でも、反省をしたことがあるという人もいるのでしょうが、しかし、その人がしている反省はです。
例えば、少し自分が悪いことをしたなと思った時とか、明らかに自分の方が悪いと分かった時とか、それくらいの時しかしないのではないですか。そういう人がいっている反省などはです。
しかし、私がいう反省はその程度の反省ではないのです。
もちろん、そういう細かい反省もそうですが、そういう小さな反省ではなく、自分たちのこれまでの人生を振り返り、そうして悪かったことを一つ一つ思い出して(思い出せることだけでよいので)よく反省したことがあるのか、ということをいっているのであり、そういうこれまでの自分の人生のしっかりした反省をいっているのです。
だから、私がいっている反省とは、そんな小さな反省ではなく(そんな反省は誰だってしたことがあるでしょうから)もっと大きな反省をいっているわけです。
そういう過去をしっかりとかえりみる反省などしたことがある人はいないでしょう。そういう怒っている人たちの中にはです。
しかし、私たちはそういうしっかりとした反省をしているのです。もう何度もです。(例えば、四、五才くらいから〔物心つく前の反省は出来ませんから〕五年ごとに年を区切ってするとか、過去の思い出す悪いことを全部反省するとか、そういういろいろなやり方でです。でもまだ足りないくらいです。なかなか悟りを開くまではいかないからです)
そのような反省をしないと過去の罪は消えませんし、そういう反省をしないままでいると、それは心が汚れたままになっているということになりますので、心が汚れたままなら、性格も相当に曲がっていると思うんですが、そういうことも含めて、そのような大きな反省をしっかりやらないと、自分のよいところも悪いところも、そうして自分がどんな性格かも分からないのです。
そのような反省を何度しても、それでもまだ私など自分の性格をしっかり分からないくらいだからです。
では、そういう自分の人生をかえりみるということを全然したことがない人たちが、自分のよいところや悪いところ、そうして自分の性格などしっかり分かるわけがありません。
自分の人生を(逃げずに)しっかり振り返って反省しなければ、自分のことはよく分かっては来ないからです。
自分のことは自分が一番よく知っている、などといっている人は、単に今の自分の性格を自分流に(だから、都合よくです)解釈しているにすぎないからです。
人の性格など、第三者の立場の人が俯瞰(ふかん)して観ないと正確なことは分からないのです。
だから、そのような(第三者の立場に立って俯瞰した)見方をしてする反省が、正しい反省なのであり、だから、そのようなしっかりした正しい反省をしない限り、自分のことは正しく分からないのです。
では、そういう反省をしたこともない人たちが、自分のことを正確に分かっているはずがないのであって、だから、いま起きている災いは、私のせいなのか、それとも自分のせいなのか分からないでしょう、といっているのです。
その人は自分がどういう性格をしているのか、正確に知っているわけではないからです。単に自分のことは自分が一番よく知っていると勝手にそう思っている(勘違いしている)だけであるからです。
だから、そういう人たちは私がいう(大きなしっかりした)反省をしてみれば分かるのです。本当の自分の性格がです。
その自分の本当の性格を知るならです。多分、自殺したくなると思いますよ。あまりに自分の性格が悪いことが分かってです。(苦笑)
それだけ自分の性格は、自分が思っているほどよくはないということです。むしろ相当悪いと考えて間違いないのです。
そのような反省をしたことがない人など、自分の性格をよくするチャンスはないからです。よく反省してはじめて自分の性格は(そうしてもちろん心もですが)よくなって行くからです。
だって普段、少々悪いことをしたって、普通の人は全然反省などしないでしょう。
例えば会社で働いている人など会社で人の悪口などいっていませんか?
あの人がどうだとか、上司がどうだとかです。自分のことは棚に上げて文句ばかりをです。その人がいないからといってです。
そういいながら、そういう話をしていた人がいなくなったとたん、今度はそのいなくなった人の悪口を平気でいう人もいるのです。
そんな悪口ばかりいう人をよい人だと思いますか?
だいたい悪口ばかりをいう人など誰も善人とは思わないのです。しかし、それが分かっていても、それでも人の悪口をいう人などいくらでもいるのです。
それは嘘などつく人も同じでしょう。嘘をついてはいけないと誰だって分かっているのですが、自分の都合で嘘をつく人はたくさんいます。
悪いと分かっていて、それでも平気でその悪いと自分で思っていることをやってしまう。それがよいことでしょうか?
よく反省しないと、こういう悪いところが直らないのです。簡単に流してしまうのです。これくらいはいいだろうと思ってです。
しかし、大きな罪は誰だって反省出来るのですが、こういう小さな多くの悪いことをしたことを(それも罪には変わりがないからです)反省しないといけないのです。(だからそれは人に対する嫌がらせももちろん同じであるということです)
そうしないと、自分のそのような悪いところはいつまでたっても直らないからです。
こういう小さな罪が重なって、自分の性格は曲がって行くのであり、その曲がった性格は多くの罪をつくり出し、そうしてその罪は自分自身に返ってくるのです。
その罪が自分に現れているのではないのですか、いま怒っている人たちはです。
そういう悪いところを直していかないといけないのです。これからの時代(正法の世)はです。
そういう心が返ってくるのがこれまでの時代(末法の世)より早くなっているからです。
だから、すぐに奇跡も起きるし(私たちのように心のきれいな者には)災いもたくさん起きているのです。
心が悪い人たちにはです。そういう時代になったからです。
これでお分かりでしょうか。いま現在の日本に、そうしてこの辺りに、なぜこれだけ災いが多く起きているのかがです。
心が悪く汚い人たちが多いからです。それは無反省な人たちが多いからであり、その無反省な罪深い心がこれだけ多くの災いを日本に現しているということです。
そういうことが次々に現れる、そのような時代(正法の世)になっているからです。
それがどれだけ信じられないことであっても、実際にその通りになっているのです。もう信じざるを得ないのではないでしょうか。
時代が変わったということも、自分たちの心が悪いからそうなっているということも、そうして私がいっていたことは正しかったということもです。
だから、いった通りのことが起きているのです。元々、私がいっていることが正しかったからです。
しかし、多くの人たちは私のいうことを信じられなかった。
何だ、時代が変わってるってとか、何で自分の心が悪いと自分たちに悪いことが起きてくるのだとか、そのような心の仕組みを全然知らなかったからです。
しかし、もう理解しないといけないでしょう。何度もいいますが、私のいった通りのことがこれだけ起きているからです。
もう、何年にもわたってです。
だから、多くの人がしっかり反省が出来るならです。日本に起きている悪いことも、この辺りで起きている悪いことも止めることが出来、そうしてよいことも起き出すということです。
私が説いている、この正法神理を信じ行うならです。
最初から私のいうことは正しかったのです。それを多くの人たちが信じなかったため、多くの悲劇が起き、未だその悲劇は起き続けています。
いい加減、信じませんか、私のいうことをです。私のいっていることが正しいから奇跡が起きているのであり、奇跡が起きるということは、それだけ神の心をよく知っているということだからです。
しっかり反省するなら、いま起きている多くの災いは段々おさまっていきます。
もう信じてください。私のいうことをです。私のいうことは神の心であるからです。
私のいうことを(この正法神理を)信じた人だけがこれからの時代は救われていきます。
しっかりした反省をしてください。そのような反省が出来た人から救われていくからです。
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追伸…地元のプロ野球球団の元監督が亡くなりましたね。
驚きましたね。私も小さな時にナゴヤ球場でこの方のプレーをよく観ていたからです。
この方も急性心不全で急死されたようですが、それにしても最近は多いですね。有名人でも急死される人がです。(ついこの前も評論家の人がやはり心不全で急死されたようですし)
こちらの人たちなど大丈夫ですか。どこかの会社など相変わらず怒っていますが、そういうところ(会社)は多いし、車は異様に減っているし、これで急死するような病気がボンボン起きてくるようなら危なくて仕方ないからです。
大丈夫ですか?この正法神理に帰依しなくてです。こういう危ない状況でも本当の神の教えに帰依するなら神から守られるからです。
それにしてもです。このすさまじい状況で、平気で本当の神の教えであるこの正法神理に逆らい、私がこの教え(ブログ)をただで見ていてはいけないとこれだけいっているにもかかわらず、それでもただで見続けている人がたくさんいるということにはちょっと驚きますよね。
怖くはないのでしょうか?このような状況の時にです。そのような罰当たりな態度を平気で取り続けていてです。
だって、普通でも危ないのですよ。そういう態度はです。
本当の神の教えである正法神理に対し、それだけ傲慢で罰当たりな態度もないからです。
しかし、今の状況はそのような普通の時ではないのです。もうボンボン罰が当たって、そこらじゅうで病人、けが人、そうして死人が続出しているのです。(急死や癌で亡くなる人ばかりでなく、多くの天変地変などでもです)
こういう状況の時に、そういう罰当たりな態度を平気で取っているって一体どうよ、と思うんですが、そういう(超がつくほど恐ろしい)状況が分かっているのでしょうか?
このブログをただで見ている人たちはです。
そこらへんが本当に疑問なんですが、ちょっと書いておきますが、もしかしたらです。この辺りで起きていることは(車が減ったり、そこらじゅうのところで災いが起きていることは)一部ではなく、大半がこのブログを(正法神理を)ただで見ていることによって起こされている天罰かもしれないのです。
もしそうであるならです。もうすさまじい数の天罰がくだっているということになります。
そうであるなら、このブログをいつまでもただで見ている人たちは覚悟だけはしておいた方がいいと思います。
自分たちにも必ず天罰はくだるとです。
それだけ多くの天罰がすでにこの辺りにはくだっているからです。もう数えきれないくらいのです。
まあ、それを信じる、信じないは自由なんですが、多くの災いがこの辺りに起きていることだけは確かなのです。それがこのブログと関係ないことを祈っています。(多分、関係あると思うんですが……だとしたら、このブログを平気でただで見ている人たち相当危ないです)
どちらにしても(前にも書きましたが)すでに周りに悪いことが起きている人たちは気をつけた方がいいでしょう。
それはもう天上界からの警告以外の何ものでもないからです。そのような心のままではもっと大きな災いを起こすというです。
だから、そのような人たちは、それこそ、いつコロッと逝くか分かりません。(いつコロッと逝ってもおかしくはありません)
これだけ急死する人が多いのです。そういう人たちは本当に気をつけた方がいいでしょう。私のいうことは正しいからです。
それにしてもです。この状況で平気で神理を無視している、その神経には本当に恐れ入り谷の鬼子母神ですよね。(苦笑)



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