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1月 21 2020

決して大げさな話ではなく

11:00 AM ブログ

しかし、本当にシャレになりませんね。昨日でも凄かったからです。

何が凄いかって、もうガラガラ。

昨日も庄内川に行ったのですが、川岸の横の道があまり車が走っていないように感じたので、また脇までいって見ていたのですが、そうしたらです。この前以上にすいているではありませんか。

「何だ、今日は、この前よりすいてるじゃん」とかいいながらしばらく道路を見ていましたが、本当にすいているのです。トラックどころか、車まであまり走って来ません。

この前この道路を見ていたのはほんの四、五日前です。まだ数日前の話ですので、だからその違いがよく分かるのですが、その時より確実に少ないのです。

走っている車がです。

あまりに車が少ないので、名四(23号線)はどうなのだろうと、川岸をずっと歩いていって名四のすぐ下までいきましたが、その名四までトラックが少ないのです。

凄く走っていたんですけどね。名四はトラックがです。

それが本当に少なくて信号でトラックが何台か止まっていたので「トラックの皆さん。この教えに帰依しなくて本当に大丈夫ですか。ずいぶんトラックも減っているようですが」などと話しかけていました。

いつもなら、そんなことをいえば、何台かのトラックにブシュブシュやられるんですが、昨日はもう皆ドン引きしていましたね。

それくらい(皆が引くくらい)トラックの数が少なかったからです。

これどうなっているですかね。本当にドンドン車が減っていくようなんですが。

仕事が暇だからでしょうか?(それならよいのですが)それとも本当に皆が病気か何かになっているんでしょうか?

もしそうだとしたら相当やばいと思うんですが。そうであるなら凄い勢いで災いが現れだしているということであるからです。(もうあちこちで人が病気になっていたりして…。〔汗〕)

帰りもずいぶん車が少なかったんですが、その帰り道、家のすぐ近くで小学生が三人(女の子)待ち伏せしていました。(あれ待ち伏せだよな、昨日の三人。あんなことして今日は大丈夫か?罰当たっていないか?)

その三人がアホな嫌がらせをして来たのですが、これだけ車も減っているのだから、そりゃ自分たちに悪いことも起きてくるでしょう。

みな心が汚い人たちばかりであるからです。(小学生も例外なくです)そういう人たちに次々に災いが現れだしている様だからです。

その汚い心に比例した災いがです。

しかし、こういう状況にもかかわらず、何でそれを馬鹿の一つ覚えのように私のせいにするのでしょう。

もし私が、そんな災いなど起こしているのなら私にも悪いことが起きてくるでしょうし(因果応報)そんな者に奇跡が現れるわけがないでしょう。

奇跡が現れているのは、その者が正しいことをしているから奇跡が現れているのであり、災いが現れて来ている者は、自分たちが間違ったことをしているから災いが現れているのです。

だから、その起きている悪いことは人のせいではなく自分たちのせいであるのです。

それをいつまでたっても理解しようとしませんが、だからいいことが起きて来ないのです。そういう考え(責任転嫁)自体、間違っているからです。

だから、昨日の小学生は「お前のせいで悪いことが起きた」と嫌がらせをしてくるのではなく「また悪いことが起きたのですが、どうしたら止まりますか?助けてください」というのが正しいのであり、そういう正しい発想が出来ていないから、周りに悪いことが起きるのです。

このような状況にもかかわらず奇跡が起きているのは私だけであるからです。その奇跡が起きている者のいうことをきかなければ災いは止まらず奇跡も起きて来ないからです。(それを何度いったら分かるのでしょう)

しかし、もう私のいうことを真剣にきかないと本当に危ないのです。

これだけ凄い勢いで車が減っていくようでは、一体どれだけ災いが現れだしたか知れないからです。

それだけすさまじい数の災いが、すさまじいまでの勢いで現れだしているということです。

それは車が減っていることだけではなく、次のようなことからでも、その事実が分かるのです。

最近、私は毎日のようにブログを書いているのですが、なぜだか分かりますか?

それはどこかの会社がずいぶん静かになったからです。

少し前まではこの会社は、もう私がブログを書きだすと「ドン」とか「ガン」とか「ガラガラガラ」とか、やたらやかましい音を立て続けに出していたのです。

そういうことを(周りの迷惑も考えず)この連中は平気でやり続けていたのです。特に私がブログを書いている間などはです。

つまり、この連中はこのブログを書くじゃまをしまくっていたということです。

そういう態度をなんと十年近くも続けていたわけですが、それがここ数週間はずいぶん静かになったのです。

この連中が、今もやたら怒っているといっても、それは窓を閉め切った工場の中で怒っているので(ゴンとか、ガンとかしているので)あまりこちらまで音がきこえてきません。

だから、さほど気にならないのです。

だから最近は頻繁にブログを書いているのですが、しかし、十年近くもこのブログを書くのをじゃまし続けていた連中が、急にどうしたのか?ということになりませんか。

そういう連中が今さらこれまでのことを反省するわけがないからです。

だから、この連中にも(これまで以上の)すさまじい勢いで災いが起きだしているのだろうと想像できるわけです。そうでなければこの連中がこのブログを書くのをじゃましないわけがないからです。

悪魔たちが神の教えを伝えているのを、そのまま指をくわえて見ているわけがないからです。

これほどの連中が(なんとこの十年もの間、何が起きても〔どれだけ災いが起きても〕このブログを書くのをじゃまし続けた連中が)このブログを(正法神理を)書くのをじゃましなくなった、それはそれだけすさまじい災いが起き出しているからであり、そうであるなら、他の場所でもそれだけすさまじい災いが起きだしていても決して不思議ではないと、そう想像できるから、私はすさまじい数の災いがすさまじい勢いで現れだしている、と書いているわけです。

だからそれは決して大げさな表現ではなく、その範囲があまりに広いため(もしかした名古屋だけではなく、東海三県辺りにまで広がって起きているかもしれないからです。その災いがです。このトラックの減り具合を想像するとです)一人一人にその自覚がまだ出てきていないだけで、実はすさまじいことがすでに始まっているのかもしれないのです。

この辺りでです。(それが名古屋全体なのか、東海三県辺りなのか、それは分かりませんが)

何度もいいますが、これは決して大げさな言い方ではないと思います。

実際に、そのどこかの会社など明らかに今日もコロッと逝く人が出ていると思われるからです。(朝早くからカーンとかしていましたし、今のドン引きぶり、確実に出ていますね。コロッと逝く人がです。この近所の人ならみな分かると思いますが)

では、他の場所でもそういうことが頻繁に起き出したのかもしれないし(だから、凄い勢いで車が減りだした)だから私はこの連中にもいってやったのです。

「もう一気にコロッと逝くのが出るかもしれないから気をつけろ」とです。

そうしたらどえらい怒っていましたが、事実でしょう。

それだけ多くの災いが、この連中だけではなく、すでにこの辺りのあちこちで起きているはずであるからです。

だから別に、それは脅しでも何でもなく、実際にそういうことも起きかねないからそういっているのです。そうでなければこれだけの勢いで車が減っていくわけがないからです。

本当に凄い状況になりつつある(なっている)のですが、それでもまだ神に手を合わそうとはしないのですか?

このブログ見ている人たちはです。

この正法神理に帰依しようとはしないのでしょうか。誰一人です。

それでどうやって、この(すさまじい勢いで現れだした)災いから逃れることが出来るのでしょう。

そうしている間にも災いは現れているのにです。

今日書いたことは、決して、つくり話でも、大げさな話でもなく、いま現在起きていることをそのまま書いているにすぎません。

それにもかかわらず、まだこの本当の神の教えである正法神理を無視し、私に罪を擦りつけ続けるのですか?

これほど多くの災いが、これほどの勢いで現れだしている、このような状況になっていてもです。

いま現在、奇跡が起きているのは私だけのです。

それでもまだ私のいうことを信じようとはしないのですか。もし、それでも信じないというのであればです。

それだけ愚かな間違った判断もないのです。

(なら、誰のいうことを信じるのですか?そういう人たちに〔私に反している人たちに〕次々に災いが現れているというのにです)

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