2月 13 2020
神理を知らないことの不幸
相も変らず皆さん、ずいぶんお怒りのようなんですが、昨日でも呆れましたね。
ある会社の前を通ると、その会社の連中がやたら怒っているのです。そうしてこちらを見ながらガンガン音を立ててきます。
しかし私は、その会社を祈ったこともなければ、その会社の人たちの顔も全然知らないのです。
まったく知らない会社が(しかもいきなりですよ。それまでは私が通っても知らない顔をしていたくせにです)自分たちに何か悪いことが起きたからと、それを私のせいにして怒ってガンガン嫌がらせをしてくるというのですから、これだけ理不尽な話もないのですが、そういう態度を当たり前のようにこの辺りの人たちは取ってくるのです。
だから呆れたといっているのです。こういう連中はみな私のブログだけは読んでいるのにです。
それに対する(神理を知らされていることに対する)感謝はまるでないくせに、悪いことが起きた時だけは私のせいにして怒ってくるからです。
何で私がそんな全然知らない人たちを一々不幸にするのでしょう。
そんなことをしていたらどれだけ恨まれるか知れないのです。どれだけ命があっても足りないのです。どう考えたって、そんなことをしていれば自分が不幸になるのです。
だからやるわけがないでしょう。そんなことをです。
そんなことをしていないから鳥が寄ってくるような愛ある奇跡も起きてくるのです。私は人を不幸にしているのではなく人に愛を与えているだけだからです。(このブログ〔神理〕を通してです)
だから愛が返ってくるのです。因果応報です。そういう法則を知らないのでしょうか?こういう人たちはです。
重ねていいますが(何度いっても理解しないから)私にはそのような愛ある現象が現れているのですから、そんな人を不幸にするようなことをしているわけがないでしょう、といっているのです。
起きている現象が何よりの証拠であるからです。
それなのに、そのような現象は全然考えず(少しも認めず)ただ、自分たちに悪いことが起きたからと、それを全部人の(私の)せいにしている。
本当に勝手なものです。自分たちのそのような考えの足りないところはすべて棚に上げてです。
こういう態度を平気で取っていていいことが起きると思いますか?
だから悪いことが起きてくるのです。何かにつけて考えが足りない(自分を顧〔かえり〕みる反省が足りない)からです。
それでは心もきたないままでしょう。逆にそのようなきたない心のままでいてはよいことが起きるわけがないのです。
もう、きたない心のままでいてはよいことが起きて来ない、そういう時代になっているからです。
そのような(心のきたない)人たちが、この辺りにも全国的にもずいぶん多そうです。だから危ない現象がこんなにたくさん現れているのです。
考えが足りず、行いを間違えた、心のきたない人がたくさんいるからです。
このような状況では私のいうことをきいて、この正法神理に帰依された方がよいと(危なくないと)思うんですが、いつまでたってもそのような心境には誰もならないようです。
しかし、前回のブログで書きましたが最近増えている急死した人などはです。まず、地獄行きなのです。(いきなり死んでしまうんですからそれはそうでしょう。それは正しい死に方ではないからです)
これからはそういう人がドンドン増えてきます。
では、正しい心の在り方を知っておいた方が後々救われると思うんですけどね。
その心があの世に持っていける唯一のものであるからです。その心が正しくないと(きれいでないと)地獄にいかなくてはいけなくなるからです。
その心を正すにはこの正法神理の実践しかないのです。
例えば、昨日書いた急死した元プロ野球選手など、数年前に亡くなった奥さんと同じ病気(虚血性心不全)で亡くなったそうですね。
これ偶然だと思いますか?
いくら何でもこんな偶然はありません。(まったく同じ病気で死ぬなどです)では何でこんなことが起きたのですか?
それは数年前に亡くなった奥さんにこの方が憑依されたからです。だからこの人は同じ病気で亡くなったのです。
前にも書きましたが、病気になっている地獄霊に憑依されると憑依された人は、その地獄霊と同じ病気が出るのです。
だからこの人は同じ病気で亡くなることになったのです。
先に亡くなった奥さんが地獄で苦しんでいて、その奥さんにこの方は憑かれてしまい、奥さんがいる同じ地獄に引きずり込まれてしまったからです。
この方が前に亡くなった奥さんとまったく同じ病気で死んでしまったということが、そのようなことが事実であるという何よりの証拠なのです。
もし、奥さんが天上界にいるのなら、この方がこんな死に方をするはずがないからです。
ちゃんとご家族に見守られ大往生を遂げることが出来たはずであるからです。その天上界にいる奥さんにもそのように導かれてです。
しかし、この人は奥さんと同じ病気で同じように急死してしまった。
それは先に亡くなった奥さんがまだ地獄で同じ病気のまま苦しんでいて、それで苦しいのでこの方に憑いて、それでこの方も奥さんと同じ病気になって急死てしまった、というのが真相なのであり、残念ではありますが、この方も、そうして先に亡くなった奥さんも今頃は地獄にいるのです。
そうして同じようにもがき苦しんでいるのです。(息もたえだえでです。心不全で亡くなったのですからもう相当息も心臓も苦しいはずであるからです。その苦しいままにずっと苦しむのです。地獄でです)
結局、この方も奥さんも心がきれいでなかったからこうなるのです。
この方は野球のことはよくご存知であったようですが、心のことはあまりご存知ではなかったのではないでしょうか。もし、心のことをご存知であるなら、野球のことより、もっと心のことをいわれたはずであるからです。
だから自分も、そうして奥さんも地獄に行かなければいけなくなったのです。自分も奥さんも心がきれいではなかったからです。
その心さえきれいであったのなら、たとえ奥さんが地獄にいても、その奥さんに憑かれることもなく(心がきれいな人に地獄霊は憑くことは出来ませんから)奥さんに憑かれなかったのなら、その奥さんと同じ病気で急死することもなく、家族に見守られながら安らかに亡くなっていくことが出来たのです。(そうしてもちろん死後は天上界に行けたのです)
しかし、自分も奥さん同様、心がきたなかったがため、奥さんと心が同通し、その同通した心が地獄にいた奥さんを呼び出し(一番思っている人の心と一番同通しますからね。この方はずいぶん亡くなった奥さんのことを思っていたようですね。それが逆に災いを招いたのです。地獄にいる人のことをあまりに思えば、その地獄にいる霊はその人に寄って来てしまうからです)その呼び出した奥さんに自分が憑かれて、そうして急死して同じ地獄で苦しむことになったのです。
もし、この方が、この正法神理を知り、実践して心がきれいであったのなら、この方も、そうして地獄にいる奥さんも救われたのです。
神理は自分だけではなく地獄にいる人たちをも救うからです。その神理を地獄にいる人たちも知るなら、地獄にいる人たちも反省し救われていくからです。
だから、この方も野球のことはよく知ったのですから、人生の最後くらいは心のことをよく知らないといけなかったのです。
しかし、心のことをよく理解しないまま、亡くなった奥さんのことを恋しがっていた、その奥さんが地獄にいるとは知らずにです。
それがこのような悲劇につながったのです。
どれだけいろいろなことに詳しくてもです。しかし、心のことに詳しくなければ悲惨な最期を遂げることになります。(そうして死後も悲惨です)
この正法神理はです。そのように人生そのものであるのです。人生の最初であれ、途中であれ、そうして最後であれです。この神理を指針とするなら(奇跡も起きて)幸せな人生を過ごすことが出来るからです。
しかし、その神理を知らない人が多いため(また知っていても真剣に理解しようとしない人が多いため)いま現在、多くの不幸が現れています。
何度もいいますが、もう少し、この神理の大事さを理解されませんか。そうすればこれだけの不幸は現れては来ないからです。



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