12月 05 2011
本当の未来社会
最近地震が多いのですが、その中でも特に茨城はよく地震が起きています。(ここ十日ほどの間に震度五、三、三という地震が続けて起きました)なぜだろう?と思っていたのですが、その理由が分かりました。
三、四日前に茨城は風力発電にずいぶん力を入れている、ということをテレビでやっていたからです。
別に風力がいけないとは言いませんが、今盛んに言われている自然エネルギーでは、やはりこれからの日本の発展を進める上では、無理があるのではないでしょうか。(だって微々たるものでしょう)
本当の発展した未来社会をつくりたいのであれば、原子力を抜きにしては考えられないのではないでしょうか。
そのような意味で現在、高速増殖炉もんじゅの廃止論が高まっていますが(今日の新聞には国際熱核融合実験炉〔ITER=イーター〕のことも書いてありましたが)いくらトラブル続きであれ、廃止などもってのほかであり、核燃料リサイクルはもっと研究を進めなければならないのです。理由は前に書きましたので、ここでは書きませんが、げんの悪い“もんじゅ”という名前は止めて“しゃりほつ”という名前に変えられ心機一転してやられたらどうでしょう、そうすれば、今度は必ずうまくいくことでしょう。(何せ今度は名前がいいです。本当に智慧があった舎利弗の名から取るのです。天から舎利弗の智慧が降りてくること間違いありません)
どちらにしても原子炉カスは出続けているのです。(相当量溜まってもいますし)この問題はエネルギー問題と合わせて、考えていかなければならないのではないでしょうか。
高速増殖炉計画は構想からすでに五十年も過ぎて、しかもトラブル続きでほとんど動いていない、それに研究費に一兆円を投じたうえ、年二百億円以上の維持費がかかる、だから経済的にも成立しないし実用化のメドも立たない、と新聞には書いてありましたが、そんなことありません。
それはこの世の現状を言っているに過ぎないのであり、天にはすでに、この高速増殖炉を成功させる智慧はあるのであり、それをこの世に実現させなければならない使命を持った人はいるのであり、この計画が実現するのであれば、原子炉カスは一変に減るのであって「発電しながら燃料を生む」夢の原子炉は実現できるのです。だから原子炉の発展を妨げるような、風力発電などに力を入れている茨城に、現在、地震がよく起きているのです。(これも一つの気づきの現象です)
だいたい原子力がほんとにダメなのであれば、天がとっくの昔に潰しています。(この高速増殖炉計画は五十年も前からあったのです。ということは高橋先生も園頭先生もいられた時からあったのですから、そんなに悪いものなら高橋先生や園頭先生が批判していられるはずです。しかし、先生方は原子力がいけないとは一言も言われませんでした。〔もちろん原爆はいけないとは言われましたが〕)
天が原発計画に何も言わないのなら(むしろ脱原発など言った知事のところがひどい目に遭っています)それを進めなければならないし、その計画にどれだけ費用がかかろうが、時間がかかろうが(危険であろうが)絶対に成功させなければならないのです。
現在、近未来の車を紹介する“東京モーターショー”が東京で開催されていますが、この未来の車のことで高橋先生は次のようなことを言われたことがあります。
「これから三十年もすれば車にタイヤはなくなります。今の車は危険すぎます、もっと安全な車ができるでしょう」
高橋先生がこのようなことを言われて、すでに三十年以上が過ぎています。
しかし、今回の東京モーターショーで紹介されている近未来の車をテレビで観ましたが、環境やエネルギーに配慮された車や、安全性を重視した車はありましたが、タイヤのない車はありませんでした。
高橋先生が言われたことが外れたのでしょうか?
そうではありません。高橋先生は三十年先がすでに観えていました。現在タイヤのない車が存在していないということは、本当はもうそのような車が出来ていなければならないのに、そんな車がないのですから、その計画が遅れているということです。(多分、多分です、私は車のことは素人なのでよく分かりませんが、電気や磁気で走る今の超伝導のような車ができるのではないかと想像できます)天にはその計画があるのですが、それがまだ降りてきていないのです。つまり、その使命を果たさなければならない人が、その使命を果たしていないということです。
原子力にせよ車にせよ、まだ、使命を果たすべき人が使命をしっかり果たしていません。だから特に原発など今のような中途半端な(安全性にしてもその能力にしても)ものしかできないのです。しかし、それではいけないのです。使命を果たすべき人がしっかり使命を果たしてこそ、本当に発展した未来社会が開けます。法が拡がっていないのですから仕方がない面もありますが、逆に言えば法が拡がれば、科学も飛躍的に発展するということになります。(様々な天啓を受ける人が増えますので)
であるからこそ、この“法”の流布を急いでいるのです。(どれだけそれを言っても、なかなか理解していただけませんが)
天にある未来社会を、この世に現すため私たちは生まれている、その目的と使命を忘れてはならないのです。



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