4月 10 2020
正法神理の有難み
東京の昨日の新型肺炎の感染者は百八十一人だったそうですね。
一昨日は百四十四人で昨日は百八十一人ですか…残念ではありますが、東京は始まってしまいましたね。オーバーシュートがです。
もう認めましょう。それをです。専門家の方々は、その一歩手前だとかいってごまかしていますが(それを認めたくない気持ちは分かりますが)完全に東京は始まったようです。
オーバーシュート(感染爆発・災い爆発)がです。
だから私はいったのです。祈った方がいいとです。東京は、そのままでは確実にオーバーシュートが起きたからです。
そのいった通りのことが起き出しましたがどうするんでしょうね。東京の人たちはです。それでも神理を無視するのでしょうか。
だとしたらもう相当危ないでしょう。下手すれば欧米諸国の様になるかもしれません。東京は罰当たりな人が大勢いるからです。
といってもしれてるでしょうけどね。東京全体の人口からすればです。しかし、東京全体から見たら少なかろうが何だろうが、神にまともに逆らっている人がいることは事実です。
では、決してよい方にはいかないでしょう。実際そのようになっていっているからです。
そんな東京の人たちは仕方ないにしても、こちらの人たちはどうなんでしょう。ずいぶん引いている人が増えて来ましたが、それでもまだ逆らい続けますか。この正法神理にです。
こちらは(今のところ東京以上に)切実な人が多いと思うんですが、それでもまだ無視しますか。この正法神理をです。
では、こちらも決していい方には(もっと悪い方にしか)いかないでしょう。そのような災いだけではなく愛知県も新型肺炎の感染者は広がっているからです。(だから愛知も独自で緊急事態宣言を出すわけでしょうから。大村知事がです)
これで新型肺炎まで東京の様な勢いで広がって来たら名古屋など手がつけられなくなります。
もう折れた方がいいのではないですか。はっきりいってこの近辺の人たちはろくなことが起きていないからです。(どこかの会社を筆頭にです。もうドン引きです。どこかの会社などです)
しかし、神理を実践している私には(相変わらず)奇跡しか起きていないからです。(少なくとも悪いことなど全然起きません)
これだけ起きていることが違うのです。一方は悪いことばかり起きてもう一方はいいことばかり起きているのです。
本当にそれだけ起きていることが違うのですよ。それでもまだ無視しますか、この正法神理をです。
この神理に帰依するなら奇跡も起きて、神からも守られ正しい道もついてくるのにです。
そうして死んだ後も天上界に往けます。(まあ、それは実践次第ですが)もう状況が状況なのです。(いつ自分が恐ろしい病気に感染するか分からない)どう考えても神理に帰依した方がいいと思いますよ。
そうすれば少なくとも悪い方にはいかないからです。
しかし、今のまま神理を無視して、分かっているのに間違った(意味のない)信仰などやり続けていては、いつ自分にどんな災いが現れるか知れないからです。
つまり、分かっていながら間違った信仰など続けていればいつ癌になるか、コロッと逝くか、はたまた新型肺炎にかかるか分かったものではないということです。
東京だって新型肺炎だけじゃないでしょう。癌になる人もいれば急死する人もいるはずだからです。それプラス新型肺炎の感染爆発です。ほんと大変ですね。東京などこれからはさらにです。
しかし、それはこちらも同様で、こちらにもたくさんいるからです。癌やコロッと逝く人はです。
それプラス新型肺炎です。もうこちらはこちらでどれだけ病気になる人が増えるか知れないのです。今の考えのままではです。
そういう現実をもう理解しないといけないのです。現実は現実であり、何も変えようとしなければその現実は変わらないからです。
しかし、考えを変えるなら(この神理に合わせてです)これだけ現れて来ている病気にもならないと思うからです。
これまでの病気プラス新型肺炎です。もうドンドン病気になっていくのではないですか。このままではこの辺りの人たちなどです。これまでもただでさえおかしな病気になる人が多かったからです。
それに新型肺炎が重なるのならすさまじい勢いで病気になっていく人が増えていくでしょう。この辺りなど特にです。それこそ(東京以上に)罰当たりな人が多いからです。
しかし、神理に帰依するなら、多くの病気も逃げますし(神理を実践するなら災いはよけていきますから)祈れば、奇跡も起きて、その病気も癒されます。
では、ずいぶん減るのではないですか。病気もです。
病気になるかもしれなかった人たちの病気が逃げて、なおかつ病気になってしまった人の病気まで癒されていくからです。
例えばあの元プロ野球選手で、監督までされた方が新型肺炎にかかり、今もってまだ集中治療室に入って治療中とのことですが(容態は変わらず一進一退のようですね)ああいう人でも私たちが(神理を知っている者たちが)祈れば回復するのです。
正しい祈りはきかれるからです。(しかし、誰からも祈ってくださいなどという連絡は入りません。冷たいものですね。プロ野球関係者もこのブログは見ているはずなのにです)
このように病気の部分だけ取ってもずいぶん違うのです。正法神理に帰依するならです。
だから、この正法神理に帰依する人が増えればずいぶん状況は変わってくると思うんですが、そのこれだけの有難い教えをです。
これだけ危ない状況になっているにもかかわらず無視し続けている、そのような人たちの神経が本当に分かりません。
もうこのブログを見ている多くの人たちなどいつ恐ろしい病気になってもおかしくはないからです。それだけ罰当たりなことを何年にもわたりし続けているからです。(その当時者なのですが自分たちの立場をお分かりですか?このブログを見ている多くの人たちはです)
そうでない人たちまでもうすさまじい勢いで、恐ろしい病気になりつつあるのです。すさまじい疫病が世界に広がりつつあるからです。
このようなすさまじい状況の時に、なぜ、いつまでも神理を無視するのですか。逆らっているのでしょう。
そういう人たちには一つとしていいことが起きていないのにです。(そういう事実が理解出来ませんか?本当にそうなって〔悪いことばかり起きて〕いるのですよ。このブログを見ている多くの人たちはです)
そうであるなら、その心も不安で一杯でしょう。
それだけ周りに悪いことばかり起きれば、その悪いことが自分に起きていなくても、いつその悪いことが自分に起きるのかと心配で心に安らぎなどないはずだからです。
しかし、私たち神理を実践している者には常に周りに奇跡(よいこと)が起き、そうして心には安らぎがあるのです。(昨日のウナッシーさんのコメントにもありましたが、どれだけ周りに心配事が多くても、私たちは神を思って正しい祈りをするなら不安もなくなり心が安らぐのです)
この正法神理に帰依されませんか。
何度も書きますが、もう救われる道はそれしかないからです。
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追伸…本当に政府が緊急事態宣言をしたとたん、ドンドン新型肺炎の感染者が増え出しましたね。(東京だけでなく大阪も凄そうだし)
これだけ逆の現象が現れて来ているのです。(新型肺炎の感染者を減らす手立てをしているのに逆に増え出している)ということは、それだけ政府が行った緊急事態宣言は間違っているということです。
だからこれだけ起き出したのです。逆の現象がです。
それはそうでしょう。先進国で日本くらいでしょう。緊急事態宣言を行ったにもかかわらず休業と補償を一緒に行わないところなどです。
他の国はどこも休業と補償はセットなのです。それにもかかわらず我が国は休業要請はするが、個々の補償まではしないと政府はいい張っているのです。(一部の人たちの補償はしますが)
こんな国は日本だけです。異常ですね。
本当に政府に金がなくて、それで個々の補償までは出来ないというのならまだ話も分かりますが、日本政府は通貨発行権という打ち出の小槌があるのですから、自国通貨(円)ならいくらでも出せるはずです。
そうして、その自国通貨ならどれだけ出しても政府は財政破綻などしないと分かってもいるはずです。(中国がよい例です。中国など自国通貨〔人民元〕を刷りまくり中国国内だけではなく世界中にばらまいています)
それにもかかわらず日本政府は(現金をいくらでも出せるのに出さずに)個々の補償まではしないというのですから、それでは経済が滞って餓死するか、疫病にかかって死ぬか、どちらがいいか選べと政府が国民にいっているようなものなのです。
そういう政府であるから異常だといっているのです。そんな国は先進国では日本だけであるからです。
だからこのような時でもです。そういう異常な政府を祈れば、そのような異常な政府も段々正常な政府になっていくのです。
正しい祈りを多くの人がするなら、政府の周りに(または政府の中に)様々な現象が現れ、異常なことをしている政府も神に正されていくからです。
だからすべての面において必要なのです。この正法神理はです。
この神理の有難さをもう少し理解していただけないでしょうか。このブログを見ている多くの人たちはです。
そうしないといつまでも不幸は続くからです。



人目の訪問者です。

最近の私は「神は光なり」というワードについて考える事が多くなりました。その中の一つで反省についての気付きがありました。それは反省には感謝が必要であるということです。一般的に反省というと何か良くない事が起こった時にすると思います。私も振り返ると怒られたり文句を言われたり、失敗した時に反省することがありました。しかし、それは悲しみの反省だったために自分に劣等感を植えつけたりもしました。そのことに、何故感謝が必要か、どうして「神は光なり」と関係するのか。神は光を放ち続け、慈悲と愛を放ち続ける存在なのです。本来闇、つまり災難や病気などはないのでありますが、何故闇ができるのか?それは神が放った光を遮るものがあるからです。それは自分の行いや心の間違った思いなどです。自然界も雲が太陽の日差しを遮るようにです。言い変えると光があるから闇が分かり、即ち自分の悪いところが出てくるのですから反省の機会が与えられるのです。つまり神の光によって自分を正す機会が頂けるのですから、神に感謝するのが当然でありその上で悪いところを正して行くのが正しい反省であることの気付きを頂いたのです。そう感謝とは神に対してするものであり反省の始めに行うことで自分を伸ばす糧となるのです。これからも気付きがありましたらこのブログに上げて参りたいと思います、お世話になりますが宜しくお願い致します。
はい、頑張ってください。このブログを見ている他の人たちは反省など知らない人たちばかりのようですから。
これほどの状況になっているのです。少しくらい反省すればいいのにとつくづく思います。