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6月 12 2020

神理の価値

11:00 AM ブログ

昨日は金山の辺りまでいっていたのですが、電車の連中が先週とは打って変わって静かになっていましたね。

私が何をいっても(線路横からです)一切無視して走っていきます。

一週間前はあんなに怒っていたのに、この一週間で一体何があったんでしょう。何でこうコロッと態度を変える人たちが多いのでしょう。この辺りはです。

それだけ出ているということでしょうか。天罰がです。では、きけばいいのにね。私のいうことをです。そうすれば、その起きている天罰は止まるのにです。

しかし、きかない限りは止まることはないのにです。(止まらないでしょう。実際)

その帰りにスーパーに寄ったんですが、まだ嫌がらせしてくる人がたくさんいました。大丈夫なんですかね。これだけそこらじゅうで天罰がくだっているようなのに(家の前など〔どこかの会社〕毎日病人が出ているようなのに)そんな態度を平気で取っていてです。

それこそ、そういう横柄で罰当たりな人たちがコロコロ逝きだしたら大変だからです。

このブログを見ている多くの人たちは、私のいうことを全然きこうとせず、これだけ天罰がくだっていてもそれでも態度を変えようとしません。

残念ではありますが、では、この起きている天罰はもっとひどくなることでしょう。この天罰は、そのような態度の悪い人たちにくだっているからです。

そのような恐ろしい天罰が次々にくだり出す前に気づいてほしいものです。自分たちの横柄な態度とこの神理の価値にです。

まあ、このブログを見ている多くの人たちは、それにはどれだけいっても気づこうとしませんが(苦笑)それはそれとしてです。最近はあれですね。

芸能人の不倫などが本当によく話題になっていますよね。

こういうことが起きると、芸能人などよくCMの違約金がどうのとか(もう億単位の違約金が発生するから凄いです)夫が不倫した場合、あれだけきれいな嫁さんがいて何でそんなことをするのかとか、子供が出来た時に不倫などしているとかわいい嫁さんがかわいそうだとか、嫁が同じ芸能人の時などはよけい夫の方が悪くいわれるようです。

嫁さんがきれいで有名な分です。(苦笑)

別に嫁さんがきれいで有名でなくても、実際、そんな不倫などしている夫が悪いということに世間ではなるのでしょうが、何度も書いていますが、しかし神理に照らし合わせて考えてみると、決して不倫した夫の方だけが悪いわけではありません。

神理から見れば、その夫が不倫した原因は、まずそのきれいな嫁さんがつくっているからです。(顔はきれいかもしれませんが心までは分からないので)

そのきれいな嫁さんがもっと夫に愛を出していたのなら、その夫は不倫などしなかったのです。

実際、園頭先生がつくられた正法会では、そのような浮気癖のある夫がまともに戻ったとか、酒乱であった夫の酒乱が直ったとか、暴力的な夫が優しくなったとか、そういう話をたくさんききました。

そうして、夫がそういう問題のある人であってもです。妻の愛が深ければ、そのような夫の問題も直っていくという話も園頭先生からいくつもきいています。

前にも書きましたが、新婚初夜に夫から性病をうつされた人もいるのです。しかし、そのような夫とも奥さんが愛を出すことでうまくいったという話もあるのです。

そういうことを考えても分かりませんか。神理がいう愛とはどれだけ深いかがです。最近いわれているような(夫が浮気したらとたんに離婚などという)浅い愛ではないのです。

つまり神理がいう愛に不可能はないということです。特に女性の愛にはです。(男の愛はなかなかそういうわけにはいきませんがね。男と女では愛の質が違うからです。男は破壊の愛ですから。女の愛〔妻の愛プラス母の愛〕が神の愛ですから)

だから、このブログ(神理)を見ている人たちは、あのような芸能人の不倫など見てもです。一方的に夫が悪いとは思わない方がいいでしょう。そんな夫をよくするくらい妻の愛でいくらでも出来るからです。

その妻の愛が足りないがため、夫は外に女をつくっているからです。

だいたい、出来る男であればあるほど女の愛は必要なのです。しかも多くのです。その愛が男が仕事をするエネルギーとなるからです。

今回もそうだし、少し前にも似たような浮気をした芸能人がいましたが、有名芸能人になるためには、それ相当の努力が(エネルギーが)必要であるはずです。

では、それ相当の愛のエネルギーを一体誰が与えるのかということです。それを妻からもらえなければよその女からもらうしかないのです。そうしないとエネルギーが足りなくなるからです。

要はやりたい時にやらしてやれば男は浮気などしないということです。(もうこのブログ小学生もたくさん見ていることが分かりましたのでサッと書いておきますが)それを疲れているだの、子供の世話もしないといけないだのいって、やらせないから他でやってしまうのです。

男は女の愛の(性の)エネルギーがほしいからです。それをもらわないとしっかり仕事も出来なくなるからです。

だから、夫を一としていない(自分優先の)妻とか、子供が出来た(子供優先の)時とかに、男(夫)はよく浮気をするのです。

夫をないがしろにしているからです。妻は自分が気づいていないだけでです。

だから、今回もそうだし、少し前にもそんな芸能人がいましたが、さっさとやりたいことだけやって(場所もわきまえず、トイレとか、車の中とかです)また仕事をすると、そういうことにもなってくるわけです。

そのたくさん仕事をするには、それだけ女の愛が必要であるからです。

今回はその一例だけ書きましたが、浮気癖がひどい夫を持った妻などは、少なくとも夜だけ娼婦のようになるなら、そんな夫の浮気癖は直るでしょう。

これは酒乱の夫とか、暴力的な夫にもいえることですが、そのような女の愛(性)は夫を優しくしていきます。

だから、女が愛を出すなら(妻の愛プラス母の愛)どんな男も変わるといっているのです。妻の愛だけでは変わらない男でもです。そこに母の愛をプラスされれば、変わらない男(人間)などいないからです。

ただ、それだけの愛を出せる女性が少ないということです。昔いわれた良妻賢母などといわれる女性がです。特に最近はです。(最近は死語ですから。良妻賢母などという言葉はです。〔苦笑〕)

何度も書いていますが、男女平等、同権などという左翼思想が強くなっているためです。だから、女性としての教育もしっかりされない。だから、良妻賢母などといわれる女性が減ったのです。

男とは男として、そうして女は女として、教育しなければいけない部分は必ずあるからです。それを最近の教育では男女平等ということで、同じにしてしまっているからです。そのような女性は小さな時からそういう教育をしないと出来ないからです。(それは何でも一緒でしょう。スポーツでも何でもです。小さな時からしていないと人以上にはうまくはならないのです)

だから、しっかりした女としての教育を家庭で出来ていた人は出来るのでしょうが、家庭内でやっていないと、なかなかそういう女性特有の愛を出すということは難しいということです。

だから、外見ばかりがいくらきれいでも、そこまで女性としての愛を、その不倫されたきれいな芸能人の嫁さんたちはしっかり出していたのかということには、はなはだ疑問であるということです。

芸能人夫たちの(不倫の)行いを見ていたらです。

まあ、この神理はです。こういう内面の部分までとらえてそうして結論を出します。そのうえで神の導きまであります。(祈ってです)

もう最強なのではないでしょうか。この正法神理はです。(笑)

しかし、その価値が分からない人が多い。(しかもこれだけ多くの天罰まで食らっていてです)

本当に残念です。このブログを見ている多くの人たちはです。

追伸…2022年度開催予定の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」について(まだやるんですね。これをです)自民党県議団がいろいろ意見を出しているようですね。

愛知県って県議いたんですね。私いないと思っていました。問題になったあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の時に何もいわなかったからです。

それで今回問題になったからと、あいちトリエンナーレの名称を変更しろだの、予算を減らせだの県議が(今頃)いっているようですが、要は中身でしょう。

あんなもろに左翼に偏向した芸術祭しか出来ないのであればやめるべきでしょう。トリエンナーレは公的行事であるからです。

一番の問題はそこですよ。名称とか、予算の問題ではないと思います。

正しい(偏らない)芸術祭であるなら名称とか関係ありませんし(もちろんよほどおかしな名称でなければですが)予算を少々かけてもやればいいのです。

しかし、このトリエンナーレは愛知県だけでなくあちこちでやっているんですよね。

今回、愛知県でこれだけ問題になったのです。では、これからはです。その中身は(展示内容は)行われる地域で、より厳しく見ていかないといけないでしょう。

何度も書きますが、今回の愛知県のような超偏った展示内容では(公的行事としては)やるべきではないからです。

そういう判断も出来ない残念な知事もいます。(うちもそうですが。〔涙〕)知事のリコール問題も出ています。そちらの方でも頑張ってほしいものです。

愛知県の(いないと思っていた)県議団にはです。(苦笑)

2コメント

2 コメント to “神理の価値”

  1. ウナッシー2020/06/13 at 7:17 AM

    私に授かった子供も社会人となり就職もしました。私も父親として子育てに携わってきたものてしたが、今更ながらやっと親であることを自覚したのでした。それは、自分が過ごしてきたことを、その子供の素行に照らし合わせると何とも自分の過去が稚拙で不足があったと反省する機会があったからなのです。子供を通して親としての反省の他にも、自分自身の足らなかったことを教えられることに、我にこの子在りと親としての自覚が芽生えたのでした。とかく、上から目線になりがちな親子関係の中にあっては、多分変わった見方でありましょうが心の勉強においては縁があって親子の関係になることを考えても、それはそれで在りだと思うのでした。

  2. gtskokor2020/06/13 at 9:19 AM

    子育てに仕事に(それを通しての心の勉強に)これからも頑張ってください。

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