>>ブログトップへ

4月 21 2010

高橋信次師の後継者①

10:45 AM ブログ

昭和五十一年六月二十五日、四十八才という若さで高橋先生は昇天されます。ご著書に書かれてあるとおりのご生涯でした。

高橋先生は愛と慈悲の塊の方ではありましたが、だからといって、あちらもいいですよ、こちらもいいですよ、となんでも許していたわけではなく、間違ってやっているところは間違っている、とはっきりいわれる方でした。

しかし、弟子の指導方法については、ああしなさい、こうしなさいと口やかましくいわれる方ではありませんでした。弟子が間違ったことをやっていても、それをすぐ「それは間違いだからやめなさい」とやめさせるのではなく、弟子本人がそれに気づくまで、ジッと見守っていられる方でした。それに対して「そういうことは間違いだからしてはいけない」とはっきりいわれたのがキリストで、同じ法を説かれてもキリストは「私の説く福音を信じなさい」とはっきりいわれたのに対し、高橋先生は「私の言うことでもすぐ信じてはいけません。疑問を持ってそれを追求し、これは正しいと自分が理解したところで、はじめて信じなさい」といわれていました。同じブッダ(宇宙創造の神と一体となり、その神の意志を誤ることなく伝える力をもたれた方)と呼ばれる方でも、法の伝え方は少し違っているようです。

では高橋先生とキリストでは、どちらが弟子に対して厳しかったのでしょうか?

キリストももちろん愛と慈悲の塊の方ではありましたが、その反面、気性の激しいところもあり、間違ったことをしている人や弟子に対しても、厳しく意見を言われる方でした。悪魔を憑けた人などがキリストに何か言いようものなら「黙れ、この人から出て行け」と、一喝されました。

キリストの弟子たちは、間違ったことをすればキリストに注意を受けるので、善悪の判断は早く正しくできました。それに対し、高橋先生の弟子たちは悪いこと(といっても、何か物を盗んだり、人を傷つけたりするような誰が見ても分かるような悪いことでは、もちろんありません)をしていても、高橋先生は注意されないのです。せいぜい夢の中で試すくらいのもので「あなたこういうところがいけないから、こうしなさい」と直接言われるわけではないのです。みな自分の判断に任されています。

一見高橋先生の弟子は放任主義で楽そうに見えます。キリストの弟子は間違ったことをすれば、キリストに注意されるので、厳しそうに思えます。

しかし、実際は違うのです。高橋先生の弟子たちのほうが、キリストの弟子たちに比べ、断然厳しい修行をしているのです。それは“何もいわない”ということが、それを如実に物語っています。

何もいわないということは、全部自分の判断に任されます。仮に、夢の中で注意され、その悪い部分を直そうが直すまいが、何もいわれなかったら、人は自分の悪い部分を直すでしょうか?率先して直すという人もいますが、もともと自分の悪いところは、自分が悪いと意識してしている人はあまりいません。

たとえば、すごくケチな人がいて、あなたそれだけケチで、自分だけお金をださないと和を乱すので、もう少し気前よくお金をだしなさい、といっても、ケチといわれた人は、そんなに気前よくお金をだして、生活できなくなったらどうするのか、などと思い、ケチが悪いことだとは思いません。

すごくケチな人にケチが悪いこと、といっても気づかないのです。

この人に何もいわなかったら、この人は自分が極端にケチでそれは悪いことである、と果たして気づくのでしょうか?まず気づかないでしょう。しかし、高橋先生の下で勉強し、悟りを得るということは、自分の悪いところを一つ一つ反省し、悪かったところを善に変えていくことにより、悟りの境地に至るという道なのです。悪いところが分からないと反省もできませんし、悟りの境地に至ることもできません。この極端にケチの人が悟りに至るには、この極端にケチなことがいけないと気づき、それを自分で直す以外悟る方法はないのです。

だとしたらこの人は悟れるのでしょうか?何もいわれないということですので、自分がケチと自覚するだけでも、よほどの時間が必要でしょう。キリストの弟子ならキリストに「極端なケチはいけない」と言われれば、キリストに言われたのですから、本人もこれはいけないと気づくでしょうが、何もいわれないのですから、周りの普通の人たちと見比べて自分がケチであると自覚するだけでも、大変な時間が必要でしょう。そして、その人がケチを悪と認めて反省するためには、そのケチと認めてから、また時間が必要です。だとしたら、この人は何時になったら悟れるのでしょうか?

つまり、何もいわれないということは、いわれる人の何倍も何十倍も悟るのに時間がかかる、厳しい修行であるということなのです。

この高橋先生の修行の厳しさを、自覚する人が高橋先生の弟子の中にはあまりいませんでした。高橋先生に何もいわれていないのだから、今のままでいいんだ、そう思っている弟子が多かったのです。

こういうこともあり、高橋先生ははっきり後継者を(高橋先生が亡くなられた後、高橋先生の後継者は娘の桂子氏であると高橋先生が言われた、といったGLAの講師がいましたが、これは、この講師がついたうそとすぐばれます)指名されずに昇天されたと思われていますが、実際は違います。

高橋先生は、ちゃんとご自分の後継者を指名されておりました。ただし、遠まわしにではありますが。

では、その後継者とは一体誰なのか?

それは、園頭広周先生のことを書いてから、しっかり書き残しておきたいと思っています。

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。