6月 22 2020
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GLA誌に「神理問答」というページがあるのですが、そこから抜粋します。(1974年十月号より)
<実在界(じつざいかい)
問 実在界という世界はどの辺にあるのでしょうか。三次元的思考でこの辺が実在界といわれると理解しやすいと思います。
答 実在界とは次元の異なる世界をいい、物理的にここにあるといったものでは本来ないのです。実在界とは各人の心の奥底にあり、また、大宇宙の中にもあるわけです。
しかしそうはいっても実感としてこれではとらえにくいので、三次元的には次のように考えてもらっていいと思います。
すなわち実在界とはあの世のことで、各人の意識の大小によって住む場所がちがってきます。意識の大小とは光子量のことで、それは大きく分けて、生前、自己本位に生きたか、人々のために奉仕したかにかかって来ます。
自己本位に生きたものはこの地球上の地表に、あるいはその近くで生活しています。なぜかというと、自己本位の心は現象界に執着を強く持っているので、現象界からなかなか離れることが出来ないからです。反対に、執着が少なく、人々に調和をもたらした人たちは、現象界から遠く離れた高い世界で生活し愛と調和の自由な毎日をすごすようになります。
つまり、実在界とは三次元的にいうと、地表から宇宙大にひろがった大宇宙の空間の中にあって、地表に近ければ近いほど苦しみが多いということになります。物を見る場合に近視眼的に目先のことに心が常に動かされていますと、正しい客観的な判断が出来なくなって来ます。
しかし、広く高い視野からながめますと、物の価値判断が変わって来て、今まで正しいと考えたことが正しくないことがしばしばあるものです。実在界の住む場所もこれと同じように、それぞれの物の見方が、人類的立場に立つか、個人の利益に執心しているかで大きく変わってくるのです。
話は変わりますが、チベットのあるところに聖霊たちの住む空洞世界があって、ここから人類の天使たちに様々な指令を出しているという話が伝わっていますが、そういうことはありません>
最近は、あの世(実在界)に帰る人が増えていますので(特にこの辺りなどは)そのあの世の場所がどの辺りにあるのか、具体的に書いておきました。
あの世の場所の位置が分かってもあまり意味がないですかね。(苦笑)
だから、このブログを見ていながら何も実践せずに死んでいった人たちは、今頃ずいぶん苦しい世界にいっているんですが、それでもまだ無視を続けますか。
このブログを見ている多くの人たちはです。この神理をです。というか、今日も朝からお怒りなんですけどね。どこかの会社などです。(ほんと休み明けの朝は特にお怒りです)
怒っていても災いは止まらないんですが…そのブログを書くのをじゃまするのをやめ、嫌がらせをやめて、感謝して布施しないと止まらないんですが…その災いはです。
しかし、やめようとしない。そのせいで回りはドンドン病気になる、本当に悪循環なんですが(本当にこういうことが起きているから怖い)そのままでは全員地獄行きです。
こちらは場所まで教えてあげているのです。死後の行き先のです。いい加減真剣にきいてはどうでしょう。
ここに書いている、この正法神理をです。
個人の利益に執着し、自分本位に生きた人たちなどどっちみち低い世界にしかいけないのですが、しかし他のことはともかくです。
この神理を知りながら、そういう自分本位な生き方しか出来なければそれは大きな罪になるのです。
神理を知った以上、神理の実践は神の子の人間としてやるべき責務であり、それをするためにその人はこの世に生まれて来た(神理と縁があった)といっても過言ではないからです。
それなのに神理を知っても平気で無視して自分のことばかりしています。
せっかく、神理と縁があったのです。我ばかり張らないで、もう少し世のため人のためと考えてはどうでしょう。そういうことをこちらは繰り返し書いているからです。
それを読んでいるのならです。少しくらいしてはどうでしょう。そのような行いをです。
高橋先生も書いていられますように、あまりに自分本位ではこの世に執着が強くなって周りを正しく見られないからです。そういう人は高いところから周りを見渡すということが出来ないからです。(執着が強い人は地表〔この世〕から離れられないのです。その自分の執着心のせいでです。高く上がれないのです)
高いところから周りを見れば広いところを見ることが出来ますが、低いところから周りを見てもあまり周りを見られません。そういう人が多いのです。この辺りなど特にです。だから、同じ間違いを繰り返す。
高いところから周りを見ないと(高い心にならないと)正しことが分からないからです。低いところからしか見ない人は(低い心のままの人は)自分の回りのことしか分からないからです。
だからどれだけ周りに災いが(病人が)あふれていても、それが分からない。(自分の回りだけだと思っている)自分が観ている範囲が狭いからです。
だから、この神理の怖さも分からない。どれだけ広い範囲に多くの病人があふれていてもそれを理解しないからです。
だいたい、これだけ車が減っているのに、それを(そういうことが起きている恐ろしさを)理解しようとしないというのですから、一体どれだけ事実を理解しないのかと呆れるばかりなんですが、自分のことしか考えていないと、周りで起きている大変なこともまるで理解出来ません。
だから、もう少し世のため人のためになることに力を入れてみるといいのです。そうすると周りで起きていることも段々理解出来てくるからです。周りのために動かないと周りで起きていることは正しく理解出来ないということです。
周りに起きていることを正しく理解出来れば、この神理が一体どれだけ凄いのかが分かるからです。
読んでるだけでは分からないのです。実際に行わないとです。神理の凄さはです。
だから、どれだけ自分たちが天罰を食らっても分からない。それを単に人のせいだと思っているからです。というか、無理やり思い込もうとしているのです。それ以外、考えれないからです。
自分の考えではです。それ以外では(人以外の力では)そんなこと起きっこないと思い込んでいるからです。
しかし、それは人が行っているではなく神が行っているのです。
実際この辺りの人たちは、神理に逆らっているばかりにドンドン病気になっていき、そうして、その反対に神理のお蔭で日本のコロナ禍はおさまっています。
どちらも神理の証明のための神が現す神の業であるのです。
そういうことが現実に起きています。しかし、物事を小さくしか理解しないとそれがまったく分からない。もっと大きく見てはどうでしょう。世の中をです。(ついでにあの世の世界までです)
そうしないと正しいことは分からないからです。
しかし少なくともです。このブログを見ている多くの人たちが思っているほど、この正法神理の影響は小さくはないということです。
どれだけ多くの影響をこの日本に与えているか分からないということです。
それほど偉大なものであるということです。この正法神理はです。
それを理解しないだけなのです。このブログを(神理を)見ている多くの人たちがです。自分たちの視野が狭いため、いつでたってもそれを理解できないでいるからです。
しかし、神理を実践するならすさまじい奇跡も起きて来ます。(このコロナ禍だけ見てもそうでしょう。他国と〔例えば、アメリカやブラジルやロシアなどと〕日本とどれだけ違うか、それはもうお分かりであると思います)
もっと大きく見ませんか?この世界をです。そうすれば正しいことが分かってくるからです。
しかし、そのためには(自分のことばかりしているのではなく)もっと大きな実践が必要であるのです。
(先ほど抜粋した「実在界」の最後に「チベットのあるところに聖霊たちの住む空洞世界があって……」と書かれた部分がありますが、こういう話は今もってまことしやかに流されているようです。そうして、このような話は高橋先生が神理を説いていられた時からいわれていたようで、しかし高橋先生は、はっきり「そういうことはありません」と書かれています。だから、そのような話はただのつくり話であるということです。何か目的があってそういう話はつくられたのでしょうが、しかし、光の天使たちに様々な指令を出しているところは天上の世界にあり、この地上界にあるわけではありません。そういう部分でもその話はおかしのでありあまりそのような話に惑わされない方がいいでしょう。そういう話をいくらきいても奇跡は起きて来ないからです)



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