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7月 10 2020

神理を無視する愚かさ

11:02 AM ブログ

昨日の東京の一日の新型コロナの感染者が過去最多だったそうですね。(二百二十四人)

雨がそれほどでもない時は今度はコロナの感染者が最多ですか。どう転んでも災いは止まらないようです。

皆さん方のその頑なさを反省するまではです。(苦笑)

今日はまた九州や四国、中国地方、そうして、こちら東海地方の岐阜県や静岡県などで激しい雨が降る予報が出ています。せめてこちらの人たちだけでも心を入れ替えたらどうでしょう。(岐阜の人たちなどいるでしょう。このブログを見ている人もです)

そうすればこちらの激しい雨は止められるからです。

しかし、神理を見ているにもかかわらず感謝もせず逆恨みして嫌がらせしているようでは、降る雨はよけい激しくなります。岐阜などこれ以上雨が降るなら、どれだけひどい被害が出るか知れないのです。

もう私のいうことを信じ頭を下げませんか。私が説くこの正法神理にです。そうすれば多くの人が救われるからです。

どちらにしても、もう神理に帰依するしかないのです。

そうは思いませんか。すでにこれだけ全国的にひどい雨になっているのです。そのひどい雨がまだこれからどれだけ続くか分からないと天気予報でいっているのです。

ゾッとしませんか。

それでは、全国各地にまだこれからどれだけひどい大雨被害が出るか分からないと、天気予報がいっているようなものだからです。

天気予報でそんなこといわれたらねぇ、さすがに恐ろしくはないですか。すでにすさまじい量の雨が九州をはじめとした各地域には降っているからです。

それで川の氾濫や冠水被害、土砂崩れ被害などが続出しているのです。この上まだその川の氾濫や冠水、土砂崩れがこれからも続くといわれて(まだこれからどれだけ雨が降るか分からないといわれているのですから)それがいつまで続くか分からないといわれては、それでは日本は(自分たちの生活は)一体どうなってしまうのかともうお先真っ暗にしかならないからです。

この大雨プラス先ほど書いたコロナ禍、そうして地震でしょう。最近は岐阜県など地震が多いですし(飛騨の辺りなどです…そのうちでかいのくるんじゃないですか。〔怖〕)それプラスこちらではコロッと逝く人や癌が多発しています。(…どこかの会社など相変らずアホみたいにお怒りです)

さすがにこのブログを見ている(度胸のいい)人たちでもです。

先に何の楽しみも見出せず、自殺したくなる人も出るのではないでしょうか。このような状況のままではです。

だからもう神理に帰依するしかないといっているのです。

さすがにこの状況では、もし本当の神の教えがあるなら(本当にあります)その本当の神の教えに頼りたくもなるのが人情であるからです。まともな人ならです。

異常に頑なな人たちならそれも分かりませんが(苦笑)しかし、その神理を知らない人たちがいま現在の日本で次々に滅ぼされています。(この異常な大雨やコロナ禍などでです)

また滅ぼされるまではいかなくてもです。例えば、大雨が降って川が氾濫し、家や働く場所などがグチャグチャになってしまった人たちなど、その後どうするのでしょう。

そうなっていない人たちは、命があるだけよかったなどと簡単にいいますが、しかし、そんな何もかもなくしてしまった人たちのその後の生活はどうなるか知れないのです。

家も働く場所もなくして、その人たちはその後どうやって暮らしていくのですか?命があるだけよかったといっている人たちが、そのような不幸に遭った人たちのその後の生活の面倒をみてくれるのでしょうか?

そんなことは絶対にしないでしょう。その命拾(いのちびろ)いした人たちは、その後の生活は自分たち次第ということになります。

自分一人ならまだしも、何人も家族がいて(小さい子もいるかもしれませんし)そこからまた一から生活を立て直していくなど大変な苦労なのです。

もしかしたらその川の氾濫から助かった人たちなど、その後の生活は、その時に死んだ方がよかったと思えるほどの苦しい生活が続くかもしれないのです。

だから、そんなに軽々しくいえるものではないのです。命があるだけよかったなどとです。川の氾濫などで(あるいは冠水や土砂崩れなどで)何もかもなくした人たちに対してはです。

そういう人たちは、その後の生活などどんな地獄が待っているか知れないからです。

そういう人がすでにあふれているということです。いま現在の日本にはです。このような大雨被害などどれだけ起きているか知れないからです。現在の日本にはです。

神理を知らない人があまりに多いからです。

そうして、その神理を知っていてもです。知っているだけで、神理を無視したり逆らったりしている人たちには同じように災いは現れ(逆らっている人たちなどさらにひどい)やはり滅ぼされていっているということです。(そういう人たちは自業自得なんですが)

そういう中で相変わらず奇跡が起き続けているのは、その神理を実践している者たちだけなのです。

昨日私は金山の辺りを回ってきましたが(辻説法をしにです)その帰りにナゴヤ球場の横を通るとすずめたちがバタバタ降りて来て、そのナゴヤ球場のすぐわきでそのすずめたちとしばらく戯れていました。

数十羽(鳩も合わせれば二~三十羽くらいいたんではないですか)は降りてきていたからです。私の足下近くにです。

そこでしばらくその鳥たちに声をかけ、そうして私が「じゃあ、またな」といこうとすると、私が歩いていく先、いく先にすずめたちが先回りして飛んで来て、騒いでいました。

私の周りなど、そのような愛ある現象が常に起き続けています。

ということは、私の周りには(正法神理を実践している者の周りには)常に愛のエネルギーがあふれ心が安らぐということになります。

ずいぶん違うのではないでしょうか。周りにいつ病気が現れるか、またはいつ天変地変が現れるかとヒヤヒヤしている人たちとはです。

その心と周りに起きてくる現象がです。

神理を実践している私のような愛があふれている心で祈るなら、奇跡も起きて来ますが(それは正しい心であるからです)いつ病気になるか知れない、いつ災害が起きるか知れないなどという心で常にいるなら、どんな祈りをしたところで、その祈りがきかれることはないでしょう。

そのような心は間違っているからです。

それでは周りに何が起きてくるか知れません。そんな心では決してよいことは起きて来ないのです。

そのような安らぎのない心で常にいるなら、その心の通りのことしか周りには現れて来ないからです。では、安らぎのない不幸な現象しか現れないということになります。そういう心の人にはです。

だからいっているのです。もう正法神理に帰依するしかないとです。

そのような間違った心のままではもうよいことは起きて来ないからです。だからよいことが起きて来ないのです。日本中にです。日本中のほとんどの人々がそのような間違った心の持ち主であるからです。

しかし、神理を活かした心になるなら奇跡と安らぎが現れてくるのです。それでもまだ無視を続けるのですか。この正法神理のです。

しかし、その結果が、これほどの現象を日本に現しているということです。多くの人たちの心が変わらぬばかりにです。

もはやこの状況では正法神理に依って心を変える以外、救われる道はないのです。これ以上、神理を無視するなら(今のような心のままなら)滅ぼされていくことは誰の目にも明らかであるからです。

それでもまだ神に手を合わせ神理に帰依することはしないのですか。傲慢な皆さん方はです。

まだ頑なに突っ張りますか。子供のごとくです。

しかし、今のままでは多くの人たちがドンドン不幸になり、その不幸が止まることはないのです。

いい加減、私のいうことを真剣にききませんか。この正法神理は多くの人々を救うことが出来るからです。

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