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7月 19 2020

神理を世に伝える大事さ

10:33 AM ブログ

しかし、東山動物園の連中、大丈夫ですかね。

というのもこちらは災いがドンドン起きているようだからです。どこかの会社はもちろん(もうドン引きです。止まらないようだからです。災いがです…今日も休みだというのに朝から騒いでいたようですし)この近所なども、あちこちのところでずいぶん怒っている人がいるようです。

かなり出ているのではないでしょうか。その災いがです。

それにどこかの会社などでも、最近は祈るとすぐに何か起きてくるようで、そういうことがもう何度も(何十度も)起きるので、さすがのどこかの会社も引いているわけです。

この前、東山動物園にいった時は久しぶりだったので、ずいぶん中の連中(飼育員や工事現場の作業員)にちょっかいをかけられ、それで辻説法だけではなくたくさん祈りもしたのです。

もし、こちらの感じで祈ってすぐに災いが現れてでもいたら、東山の連中にも今頃はかなり災いが現れているのではないのかとそう思い、だから大丈夫かと思うわけです。

まあしかし自業自得ですけどね。この連中も神理を見ているのに感謝もせず平気で嫌がらせをしているからです。

何でそんなことしているのでしょう?それが不思議で最近はあちこちで「なんで神理をきいているのにその返しが嫌がらせなんだ。その理由をきかせてくれないか」と嫌がらせをしてくる人にきいているんですが、一人として答えてくれた人はいません。

ケチ臭い人たちの考えはほんとよく分かりませんが(苦笑)しかし、あまりに災いが現れてくるようなら、感謝して布施しないとまずいでしょうね。

そうしない限り、その災い(天罰)は止まらないからです。

しかし、ほんと気は確かですかね。このブログを見ている多くの人たちはです。

だってもう何度もいいますが、私が力ずくで何かしているわけではないのです。例えば、この辺りの皆さん方のように、力ずくで、でかい音を立てて嫌がらせしているわけでも、窓や戸を思いっきり閉めて嫌がらせしているわけでもないのです。(今日もしているようですが。どこかのマンションなどです。〔苦笑〕)

私は何もしていないのに(まあ、祈るくらいのことはしますが)不思議と勝手に、自然に、この辺りの人たちの周りに悪いことが起きてくるのです。しかも次々とです。

ということは、その起きて来ていることは、それは多くの人たちがいっている自然現象なのではないのですか。

そうではないでしょうか。例えば病気になることも、大雨が降ることも、地震が起きることもです。

自然現象なのでしょう。だからしょうがないとよく皆がいっているではないですか。そういう不運に見舞われても、自然が行うことだから仕方がないとです。

例えば病気になるにせよ、それは自然現象なのだから仕方がないのでしょう。皆そういってますよね。この辺りの人たち以外の人たちはです。

病気になったのならそれはしょうがないとです。

しかし、この辺りの人たちは何と病気になると、それはお前の(私の)せいということになるのです。

現代の人たちの常識からすれば、病気になるのは自然のことだから仕方がないということなのに、だから病気になって死ぬのも運が悪かったということなのでしょうが、しかしこちらの人たちは、その病気になったのはお前のせいだから、もし、その病気で死ぬのならです。

では、それは私がその人を殺したということになるのでしょうか?

そうなるともはや究極の責任転嫁というしかありませんが。こちらの人たちなどです。人を勝手に殺人犯にしているからです。

しかし、病気になって不幸になっても、天変地変で不幸になっても、そういう自然のもので不幸になるのは仕方がないのではないのでしょうか。

自然現象は人の力ではどうにもならないからです。それがこの世の常識であるはずだからです。

しかし、こちらの人たちはそのような自然現象を私がしているとして、それで不幸にでもなれば本気でそれを私のせいにして怒っています。

そうであるなら、もうそれは自然現象ではないということになりますが、それを認めるのですね。

こちらの人たちなどはです。

人が意識して、人を病気にしたり、大雨を降らせたり出来るのであれば、それはもう自然現象でも何でもなく人が意識的に起こしている故意の現象であるということになりますが、故意に(人の力で)こういうことが出来るということを認めるんですね。

こちらの人たちはです。

だとしたら、その善し悪しは別にして、歴史的大発見になりますよね。病気や大雨や地震など皆、自然現象であり、人の力ではどうにもならなかったはずであるからです。

これまでの人類の歴史からすればです。

しかしそれがそうではなく、それは人の意識で(力で)どうとでもなるとこの辺りの人たちは認めているのです。

では、誰か、このことを学会にでも発表されたらどうでしょう。

これは世界史に遺る大発見となるはずだからです。自然に起きることを人の意識で支配できるのなら、病気も大雨も地震も防ぐことも出来れば、もっと起こすことも可能であるからです。

そういうことが人の意識で出来るというなら、これほどのことは近年にない歴史的大発見であるはずだからです。

それなのに何でこれだけの大発見をしていてただ怒っているだけなのでしょう。この辺りの人たちはです。

これからの歴史が大きく変わるくらいのことを多くの人たちがすでに分かっているのにです。

だから、神が怒るのです。

こういう、これまでの人類の歴史を一変に変えてしまうようなことを、この辺りの人たちだけではなくこのブログを見ている多くの人たちが分かっているのに、それを平気で無視しているからです。

それは伝えないといけないでしょう。世の中にです。そのことをよい方に使うなら、それだけよい世の中になることもないからです。

病気や、天変地変が、人の意識で減らせるなら、もっとよい世の中になるのは自明であるからです。

しかし、それが分かっているのにしない。それでは神は怒るはずです。それでは(前にも書きましたが)助けられる多くの人たちを見殺しにしているのと同じであるからです。

そういう人たちに殺人犯などといわれたくはありませんが(自分たちのことを棚に上げてです)しかし、この神理が広がれば、現在の日本のようにこれだけの天変地変が起きている国など助かるのではないですか。

人の意識でその天変地変が減らせるからです。

それプラス病気も減るというなら、いま現在また増えつつある新型コロナの感染者も減らせるということになりますし、癌などのひどい病気もです。

人の意識で(祈りで)癒すことが出来るなら、ずいぶん救われる人が出てくるのではないでしょうか。

医学と神理の祈りを併用するならです。

そういうことをすべて否定しているのが、神理を無視している人たちであるということです。

多くの災いを減らすことが神理を実践するなら可能なのに、神理を無視されたら、それがすべて不可能になります。

だから災いもこれだけ増えてくるのです。その災いを減らす方法を多くの人たちが無視しているからです。

その通りのことが起きていて、その理由も書いておきました。何度同じようなことを書けば理解してもらえるのですか?

このブログを見ている多くの人たちはこの神理の大事さをです。

しかしこちらは理解してもらえるまで書くしかないのです。そうして、皆にいい続けるしかないのです。

この神理を拡げないことには日本はもとより世界中に起きている不幸は止まらないからです。

しかし、世界に神理が伝わるならずいぶん多くの不幸が減らせるからです。

神理を世に伝える大事さをいい加減ご理解ください。それだけこのブログを見ている人たちの使命は重大であるということです。

ただブログを見ていただけ、ではすまないということです。

神理が世に伝わるなら多くの奇跡が現れて来ます。災いを減らすことも大事なことですが、その奇跡をたくさん現すこともまた大事なことなのです。

要は、それだけ神理を世に伝えるということは大事なことであるということです。

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