8月 13 2020
死期を悟るということ
しかしまあここに書いた通り、昨日などは猛暑に加え、激しいゲリラ豪雨まであったようですが(それでひどい冠水被害まであったとか)相変らず神の怒りは激しいようです。
それだけ神を怒らせている人たちがたくさんいるからです。
昨日でも、私に対し嫌がらせをしている人でよいことが起きた人など一人もいないと書いているにもかかわらず、まだ、やたら怒って嫌がらせをしてくる人がいましたが、不幸になりたいのでしょうか?まず天罰を食らうのにです。
まったく不思議な行動ですが、昨日書いた天罰ということが面白くなくてそれでしているのか、それとも何か自分たちに起きて来て腹を立ててしているのかそれは知りませんが、そのような行いがまた神を怒らせるのです。(だから心配ですね。そういう人たちにすでに何か起きていないかです。最近は早いですから『天罰』がくだるのがです)
もう素直に頭を下げてはどうでしょう。悪いのは自分たちの方であるからです。そのような罰当たりな人たちが頭を下げない限り、天罰は止まらないからです。
前回のゾウの話ではありませんが、誰だって死ぬ時は来ます。そういう態度を取り続けて死ぬのなら(神理に逆らったまま死ぬのなら)死んだあと死ぬほど後悔します。
今のうちに反省してはどうでしょう。いわれているうちが花であるからです。地獄に堕ちてからでは誰からも何もいわれなくなるからです。(苦しむだけでです)
もうずいぶんいやらしそうな顔をして歩いていく人も増えました。そういう顔をしているだけではなく、もう一歩進んで布施でもされませんか。
神理に布施するなら(神理の実践を始めるなら)自分の人生も大きく変わってくるからです。もちろんよい方にです。
祈ると次々に奇跡が起きて、歩いているとあちこちから鳥が寄ってくるような、川や海などいって呼びかけると、多くの魚たちが寄ってくるような、そんな奇跡的な楽しい人生もないでしょう。
そういう人生を歩めるのです。神理を実践している人たちはです。実際に私たちにはそういうことが起きているからです。
しかし、私たち以外の(神理を知らない、あるいは無視している)人たちはどうでしょう。
今回のような猛暑には苦しめられ、激しいゲリラ豪雨や大雨被害にも遭い、癌やコロッと逝く人まで出て、新型コロナの感染などいつするか知れない。(また感染でもしたらどれだけ悪くなるか知れない)
ろくな人生を歩んでいないのです。そういう人たちはです。ただ自分たちがそのような不幸な人生を進んでいることに気づいていないだけなのです。
多くの人たちは物質面しか見ないからです。だから、心の不安定さまでは分からない。
しかし、心が不安定なほど不幸な人生もないのです。どれだけ物質面が充実していようとです。心が満たされなければ物質面がどれだけ満たされていても意味がないからです。(例えばそれは、うつの人がどれだけ金を持っていても満たされないのと同じでです)
そうしてそのような人たちは、自分がいつ死ぬかも分からない、そういうヒヤヒヤの人生を進んでいるのです。
よく考えてみればヒヤヒヤの人生ですよね。自分がいつ死ぬか分からないなどといったらです。だって、それをいったら、明日死ぬかもしれないし、五分後に死ぬかもしれない。
なんて無情なのでしょう。この世の人生とはです。
しかし、それが当たり前だと思っている。人間は死期が分からないからです。
しかし、不思議だとは思いませんか。何が不思議かって、前回のブログに書きましたが、動物たちは自分の死期が分かるというのに人間はそういうことが全然分からないのです。
何で人間だけ分からないのでしょう。自分の死期がです。分かればずいぶん世話なく死んでいくことが出来るのにです。
何で人間だけが分からないと思いますか?というより、人間も分かっていたのです。他の動物たち同様です。自分の死期はです。しかし、それが人間だけ分からなくなったのです。
その理由は、あまりに人間だけが神の心から離れてしまったからです。(それだけ心を汚してしまったということです。人間は他の動物たちよりもずっとです)
それで自分の死期から天上界の言葉から何もかも分からなくなってしまったのです。人間だけがです。他の動物たちはよく分かっているのにです。
だから私のことも分からない。(他の動物たちはみな知っているのにです)人間だけが大きく心を汚したからです。
だから、その心をきれいにするならです。少なくとも自分の死期くらいは分かるようになるのです。
実際、高橋先生が指導されていた頃のGLAでは、自分の死期を悟って「私は何月何日に死ぬことになりました。いろいろお世話になってありがとうございました」と周りの人たちに挨拶されて、そうして、その通りの日に亡くなっていった人がいたからです。
だから、別に自分の死期を悟るということは動物たちだけではなく、人間にも分かることであるのです。分からない人は、単に自分の心をそれだけ汚しているから分からないだけなのであり、その心をきれいにするなら誰でも分かるのです。
自分の死期はです。
そうして、その自分の死期を悟った人たちは、死後の行き先まで分かるといいます。(例えば、天上界のこういう世界に〔幽界なら幽界、霊界なら霊界、あるいは菩薩界なら菩薩界に)往くことになりましたとです。そういう人たちはそういう話をされて亡くなっていかれたそうであるからです。地獄界に往くほど心が汚れているのなら自分の死期は悟れません。だから、自分の死期を悟れるような心のきれいな人たちはみな天上界に往くということです)
そういう心で死んでいくのならです。死後の不安もないでしょう。ほとんどの人たちは死んだ後どうなるか分からないから死ぬのを怖がるのであり、その死後の行き先が分かるのなら、死ぬのを怖がることもないからです。
そういう心で死にたくはありませんか。どうせ死ぬならです。(苦笑)
神理を実践していれば、そのように最後の最後まで導いてもらえるということです。それこそ死後の世界までもです。
だから私やウナッシーさんもです。死に際が近づいて来たら、あなたは何月何日に死ぬことになりました。(あの世に帰ることになりました)死後の世界は○○界です、という知らせがくるかもしれません。
守護、指導霊たちによってです。
実際そういう話は仏典などにも書かれてあるからです。(釈尊はもちろんのこと、例えば、舎利弗や大目蓮なども死期を教えられていたといわれますから。大目蓮など凶徒に襲われて死んでいるのにです。それでも自分の死期を知って、そのような運命を受け入れ、わざわざ凶徒に襲われて死んだそうです。その凶徒から大目蓮は逃げようと思えば逃げられたのにです。大目蓮は、その凶徒に襲われて死ななければいけないその原因が自分自身にあったからです)
今は時期が時期です。(お盆の)だからこういう話もいいのかなと(まさに時期にピッタリであると。〔笑〕)それで、こういう話も書いているのですが、ここまで面倒を見てくれるのが正法神理であり、これだけ有難い教えをです。
何で皆さんやろうとしないのか(無視し続けているのか)ほんと不思議ですね。
しかし、今のままの心では自分の死期など悟れるはずもなく、ほとんどの人たちが地獄行きです。
何度も書きますが、そのような道から本当に救われる教えが目の前にあるのです。
やらない手はないのではないでしょうか。
真剣に考えてはどうでしょう。これほどひどい(災いが多い)世の中になっているからです。



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