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9月 20 2020

一パーセントの人たち

10:37 AM ブログ

しかし、よく考えてみればです。どこかの会社などもう毎日罰が当たっているのです。(それくらい天罰が現れています。この連中にはです)

それなのによくやりますよね。毎日負けずに嫌がらせをです。凄いですよね。この連中はです。どれだけ罰が当たってもそれでも嫌がらせをやめようとしないからです。

せいぜい半日くらいですか。よっぽど天罰が現れた時、ドン引きしているのはです。それを過ぎるとまた同じように始めるのです。私に対する嫌がらせをです。

しかし、この連中くらいでしょう。こんな毎日罰が当たるところなどです。他はさすがにないと思いますよ。いくらこの辺りの人たちが私によく嫌がらせをしてくるとはいえです。毎日罰が当たるところなどはです。

そこは日本一でしょう。天罰日本一。(苦笑)

しかし、この会社などこれだけの天罰がくだっているのです。それでも反省しないということになるとどこかで起きるでしょうね。ビッグバン(大爆発)はです。

だって、これだけ天罰が起きていて、それでも反省しないということになれば、そういう現象でも現さないと(一変に二~三十人逝ってしまうようなです)このような連中は絶対に反省しないからです。

反省させるがためこのような現象は現れているからです。

だから、神の業をあまりなめていると本当に怖いのですが(いつまでもその怖さを理解されませんが。この辺りの人たちはです)昨日なども歩いているとすさまじく怒っていたところがありました。

あとのところはみな引いているのに、その会社一社だけがやたら怒っていてでかい音を立てているのです。(まあ、パニくっているのが一人いるだけかもしれませんが)

もうどこも出ているのです。相当多くの天罰がです。自分のところだけ怒っていても仕方ないでしょう。いつまでも怒り狂ってなどいないで、他と同様、少しは引いてよく考えてみてはどうでしょう。いま起きていることをです。

それにしても何でこの辺り、これほどのことが起きていて、それでもまだ私のいうことを無視して(逆らって)いるんでしょうね。もうこの辺りの全体を知るなら、凄い数、起きているはずだからです。

災いがです。

この状況では無視をどれだけ続けたところで悪いことが起きてくるだけなのです。(早くそれを自覚してください。それほどすさまじい数の災いがすでにこの辺りには起きているからです)だからもう私のいうことをきく以外ないのです。

残念ではありますが、それ以外ではもうこのすさまじい数の災いを止めることは出来ないからです。

だからもう観念してはどうでしょう。過去の人たちは誰も神理を知らされたら感謝して布施してくれていたからです。

それなのに、そういうことを無視し続けているのは現代の人たちだけだからです。(何でそんな罰当たりなことをし続けているんですか?これほどのことが起きているのにです。まったくもって不思議ですね)

私に頭を下げる人も中にはいるのです。(まあ、百人に一人くらいですが。〔苦笑〕)そういう人たちがまず見本を示されたらどうでしょう。

そういう人たちの中から布施する人がチョコチョコ出てくれば、さすがに突っ張り続けている人たちも折れる人が出てくると思うからです。

しかし、今のように多くの人が意地を張り続け、神理に逆らい続けるなら、どれだけ災いが現れてくるか知れないからです。

絶対に止まらないのです。今のままでは災いはです。

どうですか。これほどの教えなのです。(それほど奇跡も天罰も起きる)してみませんか。少しずつでもいいからです。

この辺りの人たち、大人ばかりでなく子供も含めてです。

特に子供たちはまだ心が素直できれいです。(大人に比べれば)小さい時から、この神理を基準として生活するなら、そのような生活が長ければ長いだけ心がきれいになり愛も出て来て、心がきれいで愛深くなるなら、当然、自分がすることも周りに起きてくることも他の子たちとは違ってくるからです。

それこそ、子供のうちから神理を実践するなら、小さい時から自分の天才的部分に気づいたり、祈ると奇跡が起きたり、周りに鳥や魚たちが寄ってきたり、不思議で愛ある現象がたくさん現れてくるからです。

楽しですよ。そのような人生はです。

そのような人生こそ、本当の正しい人生なのです。今のように何の奇跡も起きず、一寸先は闇で、悪いことばかり起きてくる人生などこれだけ間違った不幸な人生もないのです。

ほんと子供たちがかわいそうです。多分、子供らはそういう人生が当たり前のように思っているからです。しかし、それは違うのです。

神理を行うなら、そういう間違った人生から逃れることが出来るのです。いいことも悪いことも起きるのが人生、ではないのです。(いま現在はほとんど悪いことが起きていますが)

善いことばかりが起きるのが(奇跡的な)本当の正しい人生であるのです。

そういう人生に気づけるのはこのブログを見ている人たちだけなのです。そうして、このブログを見ている人たちの中でもです。

そのことに心から気づけるのはほんのわずかな人たちだけなのです。(先ほどいいましたが、そのことに気づけるのは百人に一人くらい、つまり一パーセントくらいの人しかいないということです。それくらいしかいないのです。本当に心が高い人たちはです)

そういうわずかな人たちが、日本を(そうして世界を)救うのです。難しいですが、そのようになっているのです。それだけ心が高い人たちは少ないということです。

しかし、その心が高い人たちでないと、この辺りはもちろん日本は救えません。そのわずかな人たちが気づいて立ち上がってはもらえないでしょうか。

そこから本当の救いが始まるからです。

追伸…前総理が靖国神社を参拝されたそうですね。

しかし、もう三日、四日早く参拝されるなら、ご英霊ももっと喜ばれたであろうにそこは非常に残念です。総理のまま参拝されるのと、総理をやめられたあと参拝されるのとでは全然違うからです。

ご英霊に総理退任を報告されたとのことですが、本当にそうなのか、それともどうしても総理の時は参拝できなかったのか(一度参拝したがため、脅されて、それにビビってです)あの世の英霊はすべてお見通しです。

前総理にはあの世に帰った時(死んだ後)恥をかかないようお願いしたいものです。あの世に帰った時、だらしないだの、負け犬だのと英霊にいわれたらあまりにみじめであるからです。

しかし、医療従事者の方々でさえもです。このコロナ禍で命懸けで仕事をされているのです。

それなのに政治家が(しかも総理大臣まで上り詰められるような方が)自分の命一つかけることが出来ないのでしょうか?だとしたら、政治家といわれる人たちはずいぶんだらしがないのですね。

もし、少し脅されたくらいでしゅんとされてしまったのならです。

それが本当かどうかはこちらでは確認しようがありませんが、あの第二次政権の途中からの政策など見ていると、それが本当のことのように思えてなりません。

期待が大きかっただけにどうしてもいうことがきつくなりますが、そこはご容赦ください。

それだけ大きな使命を前総理は持っていられたはずであるからです。しかし、それが果たせなかったのは事実であるからです。(まあ、自分の使命を果たせない人はたくさんいるのですが……)

どうせならです。総理の最後となった日にでも靖国神社の参拝を果たしたのなら、そこは最後に意地を見せたということになったのでしょうが(苦笑)やめたすぐ後にいくなど、最後まで忠実であったのだなと思えてなりません。そのような人たちにです。(少しはこちらの人たちの爪の垢でも煎じて飲みませんか。こちらの人たちは、どれだけ滅ぼされてもそれでも神理に逆らい続けているからです……これはこれで哀れですが)

どちらにしても前総理には、一度ゆっくり身体を休めていただき、病気も治していただき、そうしてこれまでの総理としての仕事をよく反省していただきたいと心から願っております。

反省する部分は多々あったと思うからです。

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