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10月 13 2020

何を一としないといけないか

11:15 AM ブログ

まあ、私のいうことなどきかないと十分承知の上で書くんですが、この辺りの皆さん、マジでです。

マジで私のいうことをもうきいた方がいいのではないでしょうか。すでに、ずいぶん多くの災いがこの辺りには出ているようであるからです。

その災いがここ数日はまた一段と激しくなっているようだからです。

どこかの会社などもう窓を閉め切りドン引きしているし(それでもまだ逆らっているのが、二、三いますが)この近所ではおかしな人が何人も出てくる。そうして、出ていけば出ていったで、そこらじゅう(の会社)で怒っていて、昨日などキレまくっていたところが(そこは死ぬほどキレているのがいましたが)ドン引きしているところもある。

そうかと思うと、これまで静かだったところがやたら怒り出したところもあり、それに怒っているところも微妙に怒っているところが多くて、もうキレているところなど数えるほどです。

そうして歩いてくる人はもうほとんどが顔を引きつらせ、怒っている人はわずかです。普通に怒っているのはトラックやバスの運転手くらいなものでしょう。(そういう怒っている運転手も最近は減っては来ましたが)

その中でも、私の顔を見るとやたら怒って、思いっきりブシュとでかい音を立ててくる短絡的な運転手がいますが、そういう運転手は心配ですね。この状況で、そんなことしてくる運転手には何が起きてくるか知れないからです。

それこそ、そういうキレた運転手は、そのトラックの仕事が終わったとたん、本当にキレて(頭の血管が)コロッと逝ってしまったり、急に苦しみ出してコロッと逝ってしまったり、朝起きたらコロッと逝っていたり、してませんか?

どこの運転手か知りませんので、そこまで確認できませんが、こちらではもうそういう人がたくさん出ているようだからです。

では、トラックの運転手もそういう人が出ていても決して不思議ではありません。むしろ出ない方がおかしいのではないですか。キレた人はキレる、それが因果応報であるからです。

本当に危ないのです。そういう法則をなにも理解せずやたら怒って(神理を説いている)私に嫌がらせなどして来てはです。

やったことがそのままやった人に返ってしまうからです。そういうことは多々起きていることであるからです。

だからいっているのです。もう私のいうことをきいた方がいいとです。(要は神理をした方がいいということです)

私のいうことを無視すればするだけ災いは現れてくるからです。しかし、神理を実践するなら、その災いは止まります。もう怒っている場合ではないのではないですか。

それだけ多くの災いがすでにこちらでは起きているようであるからです。もう一刻も早く心を入れ替えた方が安全であるからです。

この状況でまだ怒っている人たちは、それはいま現在起きているすさまじく恐ろしことを単に知らないだけなのです。

神理を説いている者に嫌がらせなどすれば確実に天罰がくだる、早くそのことを理解した方がいいでしょう。そのことを正しく知らないばかりに多くの災いが現れているからです。

しかし、このようなことを考えればです。一体、何を一にしないといけないかということがよく分かると思うんですが、どうでしょうか。

仕事ですか? 遊びですか? それとも自分たちの生活なのでしょうか? そのどれも違うでしょう。

まず、この正法神理を一としないといけないのです。つまりやはり正しい神の教えを一としないといけないということです。

そうしないと、このように仕事どころか、遊びどころか、生活どころか、何もかも出来なくなってしまうからです。

それはそうでしょう。次々におかしな病気や天変地変が周りに現れていては、何をするにしてもそれどころではなくなります。だから私はいっているのです。

正法神理を一としないといけないとです。

そうすれば、そのような災いも起きて来なくなるからです。何をおいても、まず、そのような災いを止めないことにはなにもまともに出来ないからです。

それが今のこの辺りの、そうして日本の状況であるということです。(それは世界も同じですが)

何をしていても、途中で病気をしたり、天災が起きたりしたら出来なくなります。そのような状況なのではないでしょうか。特別この辺りだけではなく、今の日本も、そうして世界もです。(激しい天災やコロナ禍、バッタ禍、その他、戦争などで)

ではまずそれを止めなくてはどうにもなりません。それを止める方法が神理の実践であるということです。(皆が神理を実践するなら、天災や病気も止まり、戦争まで起きなくなるのです。愛と慈悲を説く神理を実践するなら皆が調和するからです)

だからいっているのです。まずこの神理を知って少しずつでも実践されませんかとです。どちらにしてもそうしないと、ドンドン災いが起き出しているのです。(特にこの辺りは)

どうにもならないでしょう。この状況ではです。あらゆるところに災いが起きているからです。まず、この災いを止めないことにはです。

その災いを止めることが出来るのは、唯一この正法神理だけだということです。

早くそのような事実を理解してもらえませんか。それを理解しない限り、起きてくる災いは止めようがないからです。(他の何をしても止まらないのです。その災いはです)

とりあえず少しずつでも始めませんか。この正法神理をです。別に神理を実践し出したからと、あれをしてはいけない、これをしてはいけないなどとはいわないからです。

やれる範囲でやればいいからです。そのやった分だけは自分が救われるからです。誰がどれだけ救われようが、それは自分の自由であるからです。

その人間の自由さを失わないのが、この正法神理であるからです。

どちらにしても、すでに神理を一としなければやりたいことをしっかりやることさえ出来ない、そういう時代となっています。(それがどういう状態なのかは、この辺りの人たちだけではなく他の地域の人たちも分かるはずです。コロナ禍があったからです。こちらはいま現在もそのコロナ禍の激しい時と同じ状態であるということです。それだけ病気が現れているということです。この辺りのあちこちにです)

早くそれに気づいてください。

それに気づいてこの神理を行った人から救われていくからです。

追伸…昨日に続いて、大阪都構想のことをもう少し書いておきますが、くどいくらいいいますが、大阪市を特別区にするなら政令指定都市から区に格下げになるということですから、ずいぶん権限から何から減ってしまいますよ。

大阪市はです。

そうして大阪市の金も府に吸い上げられるということでしょう。なにもいいことないではないですか。大阪市はです。(それなのにこの大阪都構想には賛成が多い、なぜ?)

私は前から、この大阪維新の会を危ぶんでいたのです。何かしていることが怪しいからです。

もちろん維新はよいこともしたんでしょうが(大阪府と市の無駄を削ったなどの)それはそれとして、それ以外のこともしっかり見た方がいいでしょう。

維新は一見よいことをしていそうですが、その一方でカジノを進めたり(それも大阪発展の一環ですか? しかし、カジノはマネーロンダリングや依存症、犯罪の温床ともいわれています)万博を進めたり、どちらかといえばインバウンド一本槍です。

その上での大阪都構想です。何か心配になりませんか。

大阪都構想とは大阪市を分割し、その金を大阪府に吸い上げ、それを府で一括して使うということであり、その大阪市の金をです。

大阪府のために本当に使うのでしょうか? 維新はです。

その金を、カジノ構想とか、そちらの方に回しはしないのでしょうか。維新はです。

私が何をいいたいのかといえば、そういうものに金を回せば(カジノの会社はみな外国勢ですから)金が皆、外国に回っていくのではないのか、ということです。

私が心配しているのは、実はそれなのです。

日本で評判のいい知事のところはみな外国の匂いがします。(例の北海道の知事はずいぶん中国の匂いがしますし…静岡の知事同様です)

だからそちらの(外国の)方に金が回っていかないのか、それが心配なのですが、それと大阪都構想など大掛かりなことをすればです。

もし、失敗した場合、大阪だけでなく日本も混乱し疲弊するでしょう。(失敗しても維新は責任を取るわけではありませんよね。これから都構想を始めても、それがうまくいくかどうか分かるのはずいぶん先になります。〔五年も十年も、あるいはもっと〕その頃、維新があるかどうかも分からないし、今の知事や市長などもういるわけがありませんし)

そうなった時にどっちみち外国にやられはしないのでしょうか。それこそ外国資本がたくさん日本に入って来てです。

だから大阪都構想はです。どちらにしてもおいしいのです。外国勢力から見たらです。(うまくいけば、大阪から日本に侵入すればいいし、うまくいかなくても日本が弱り、今度は日本全体から侵入できるから)

だからこういうことに(大阪都構想に)やたら執着していい続けている大阪維新を危ぶんでいるわけです。私はです。

大阪のことだけを考えているようには思えないからです。何かそれ以外の力が働いているように思えてならないからです。

しかし、そのように危ぶんで警戒していても、私一人ではどうにもなりません。だから、この神理を実践する人を増やしたいわけです。

神理を実践する人が増えれば(信用できる人も増え)日本を思う人も増えて、その日本を通して正しく外国と付き合ってもいけるからです。神理を通すならです。(神理を通せばおかしなことをしてくるなら天罰を食らいますから。そのおかしなことをした人がです)

だから、そのような面も含め、神理を実践しませんかと、そうして協力してくれませんかと私は訴えているわけです。

どちらにしても、人の力だけではどうにもならないからです。今のままではどう考えても多勢に無勢だからです。(外国勢力や日本にたくさんいますから。その外国勢力の協力者がです)

しかし、神理を実践するなら、神の力と人の力が両方使えるのです。だから、一人でも多くの人にこの正法神理を実践してもらいたいわけです。

そういう人が増えてくれば実践した人も、そうして日本もです。両方救えるからです。

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