10月 15 2020
災いの止め方
昨日も現場回りをしてきました。(営業か。〔笑〕)
マンションをつくっているような大きな現場はどこもです。みな引いていましたね。少し前までは、そういうところはどこもずいぶん怒っていたのにです。
それが最近は、音がきこえるかきこえないか分からないくらいの音しか出してこなかったり、あるいはでかい音を出していたのに私が近くまでいくとシーンとなって、それで私が「感謝して布施してな。そうせんと災いは止まらんで」と声をかけても無視です。
何をいってもうんともすんともいいません。そうして私が離れていくとまたガンガン音を立てるみたいなところもあり、どこもみな微妙な怒り方をしているところが多いのです。
キレているところもありますが、本当に減りましたね。そういうところはです。この近所くらいでしょう。平気でキレているのはです。
少し離れると微妙な怒り方をしているところばかりです。やはり相当出ているんでしょうね。災いがです。中途半端な出方しかしていなければキレているところばかりであるはずだからです。
実際そういう時もあったからです。
しかし、最近はほとんどのところが引いています。では、ずいぶん出ているんではないですか。災いがです。
それと不思議なのは前にも書きましたが、嫌がらせをしていた人が、祈ると急に嫌がらせをやめて、顔を引きつらせて一変におとなしくなるのです。
見た目ピンピンしているのに何が起きているんだろうと、本当に不思議ですね。そういう人はです。
しかし、何が起きているんでしょうね。そういう人にはです。昨日もそういう人がいたからです。その昨日の急におとなしくなった人とはです。なんとホームレスなのです。(苦笑)
そのホームレスは最近、近くの公園に来て、その公園の隅で多くの荷物を持って座っていたのですが、ある時、その公園で歩いて来た人に私が嫌がらせをされて、それでその人にそこで辻説法をしたのです。
それが気に食わなかったのか(うるさかったのか)知りませんが、その時から、そのホームレスは私が近くを通るとカチカチ音を立て始めたのです。
それで私が「おっちゃん、そんな嫌がらせをするなら祈るからな」といったのですが、そのホームレスはまったくビビる様子もなく、私のいうことなど平気で無視してガチャガチャやっていました。
まあ、私のことなど知らなかったんでしょう。(笑)誰だこいつはやかましい奴だなと、それくらい思って嫌がらせをしていたのでしょう。「こっちを祈ってそれで何か起きるのか? へっへー。(笑)」みたいな感じでです。(笑)
だから、その夜、そのおっちゃんを祈っておいたのですが、祈った後、しばらくして私がその公園を通ると、その時はたまたまだったのでしょうか、そのホームレスはいませんでした。
しかし、荷物だけは置いてあるのです。
でも本人はいません。まるで今までいたのに、急にどこかにいってしまったような感じでした。荷物がそこらにばらけて置いてあったからです。
何か私が歩いて来たので逃げだしたような感じです。だから、近くにいるのかなと思いキョロキョロしながら「おっちゃんいるのか、祈ったけどどうだった」とか声をかけたんですが、公園内にいなさそうだったので、まあ、そのうちまた会うだろうとその時はそのままいってしまったのです。
しかし、何か様子が変だったので「何か起きたんじゃないか?」と漠然と思っていました。
そうして昨日です。夕方、その公園を通ると、そのホームレスのおっちゃんが荷物をたくさん持ってベンチに座っていました。
「お、いるじゃん」と思って近くまでいき「おっちゃん、祈ったけどどうだった。何か起きたか?」ときいたのですが、私が近くまで歩いていくと急にオドオドし出してどこかにいこうとします。
もうきくまでもないなと思い「な、起きるだろう、俺が祈ると必ず何か起きるのよ」といいながらこっちはさっさと歩いていきました。
このおっちゃんは全然話そうとしないからです。だから何をきいても仕方ないと思ったからです。
しかし、少し歩いていってふと気づきました。「そういえばこのおっちゃんに一体何が起きたんだ」ということをです。このおっちゃんもピンピンしているようだったからです。
それなのに、態度だけは変わっています。「なぜ?」ということになるからです。
それで振り返って「おっちゃん何が起きたか教えてくれないか」といったのですが、無視です。「よう、おっちゃん、何が起きたか教えてくれよ、そうしないとまた起きるぞ」とか散々きいたんですが(脅し半分で。〔笑〕)何も答えません。
仕方がないので「ならもういいわ。おっちゃん、早くホームレスなどやめてちゃんと働けよ。神に祈れば救われる道は必ずついてくるからな」といって帰りましたが、正しい祈りはきかれるということをこのホームレスは身をもって体験したのです。
では、自分でも実践してもらいたいものです。そうすれば本当に救われていくからです。
だから結局、私が祈って何が起きているのかは分からないんですが(笑)しかし、祈れば必ず何か起きてくることだけは確かなようです。
祈った後、態度が変わったり、いなくなったりする人が私の周りにはたくさんいるからです。
まあ、こんな感じでこちらでは次々に天罰が現れているようです。こっちの人たちは神理を知らされているのに(ホームレスにまで教えているのに。〔笑〕)まったく感謝しないからです。
感謝しないどころか、こちらの人たちは神理を説いている者をないがしろにし、嫌がらせまでしているのです。
そんなことをしていてはよいことが起きるはずがありません。だから天罰が止まらないのです。それだけ罰当たりな間違った態度もないからです。
だからこちらは辻説法をしながら歩いているのです。では、歩いているのを見かけたら布施くらいするのが当たり前なのではないですか。いま現在でも、そういう坊さんがいたら布施する人もいるからです。
しかし、そんな坊さんの説法などきいても、何の奇跡も起きませんが、私の説法をきくなら本当に奇跡が起きて救われていくのです。
では、どちらに布施をしないといけないのかはもう誰が見ても明らかでしょう。
それをしないから止まらないのです。災いがです。
だからそれをしたら止まるのです。もうこの辺り、そこかしこで起きている災いはです。
昔の人たちは皆していたことであるからです。神理を説いている者に対する感謝の布施などです。
今の人たちだけなのです。それをしないのはです。神理をきくだけきいていてです。
それで何もしない。それで何が起きているのですか?
多くの災いです。
では、した方がいいのではないですか? というより、しないといけないのではないですか。それをしないばかりに(頑なに)その災いは起きているからです。
するべきことをしないからです。昔の人たちが誰もがしていた神理に対する当たり前のことをです。
だから、昔の人たちが誰もがしていた当たり前のことをするなら(神理に対する感謝の布施)その災いはすぐにでも止まるのです。
ならしてはどうでしょう。いつまでも、そんな大事なことを無視し続けてなどいないでです。
それだけ大事なこともありませんよね。だって、その災いを止めないことには、仕事も、遊びも、何をするにしても支障をきたすからです。
実際、支障をきたしているにもかかわらず、多くの人たちがそれを無視し、その災いをただ私のせいにして無理してやっているだけなのです。
いま現在はです。仕事も、遊びも、自分たちのそのような生活をです。
ただ無理してしているだけ、みな困っているのです。そのような災いが次々に起きてくるからです。
では、止めたらどうでしょう。そのような災いをです。その災いはいくらでも自分たちで止めることが出来るからです。
元々、その災いは自分たちが現したものであるからです。(自分たちの神理に対する不遜な態度が)では、自分たちの態度を直しさえすればすぐにでも止めることが出来るのです。
また直さない限り、止めることは出来ません。すべて自分たちの行い次第であるからです。
止めてはどうでしょう。その次々に現れている災いをです。そうしないと最後にはです。
皆、その災いに滅ぼされてしまうからです。



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