>>ブログトップへ

11月 03 2020

事実を正しく知ることの難しさ

11:08 AM ブログ

しかし、本当にたくさんのところで怒っていますね。多くの人がです。

あまり通らないところなど通ると、それが特によく分かります。

あっちでゴンとか、こっちでガンとか、ガンガンガンガンガンなどとやってくるところもあれば、ガーンとかでかい音を立ててくるところもあり、本当に激しいのです。やることがです。

普段よく通るところを通れば通ったで、この前はあれほど怒っていたのにドン引きしているとか、ドン引きしていたのに、またすさまじく怒っているとか、そんな会社や工事現場がそこらじゅうにあり、そればかりか、最近は私が歩いていると、あっちこっちの家から人がふらふら出て来て嫌がらせをしてくるのです。

前はそういう人が多かったのですが、一時いなくなり、また最近増え出したと、そんな感じですかね。最近はやたら怒りながらやってくる人が多い。本当に昨日、今日、何か災いが起きたと、そんな感じの人がです。

昨日など雨が降っているにもかかわらず、そういうふらふら出てくる人がたくさんいるのです。(なんかゾンビみたいです。〔苦笑〕)

雨の中までずいぶん熱心なことだなと呆れ、よほど自分たちに起きている災いを私のせいにしたいらしいです。この辺りの人たちはです。

しかし、大丈夫ですか。そんなことしている人たちはです。すでに出ていませんか?(昨日の今日でも)災いがです。

ドンドン増えていますよ。そういう人たちがです。あちこち毎日のように回っている私から見たらちょっと異常な増え方をしています。最近は、そのようなおかしな人たちがです。

どこかの会社なども昨日など窓を閉め切りドン引きしていたのですが、それでもです。それでも会社の中からガシャーンという音がきこえて来て、急に怒り出すのがいました。

そうしてガンガン音を立て出すのですが、その音が最近は小さい。(苦笑)少し前までは、そういうことがあると(多分、病気なる人が出たのでしょう)ガンガンでかい音を立て続けていたのが、最近はカンカンカンカンカンと小さな音を立て続けています。

ずいぶんやることが変わってきました。あの怒り続けていたどこかの会社の連中までもがです。

だからもうこの辺り、災いがかなりの数でているのではないかと想像できるのです。多くのところと、そうして同じところ(大きな会社や現場、人がたくさんいるところ)で、そういうおかしな態度を取っている人が一杯いるからです。

だから、そう考えてまず間違いないと思います。だって、車いすに乗った爺さん婆さんにまで災いが出るくらいです。では、普通の人ならすぐにでも現れてくるでしょう。

神理に対し傲慢な態度を取っている人に対する天罰はです。

それがもう異常なほど現れ出した。だから、これだけ多くの人たちが異常な態度を取り始めた。そう考えて間違いないでしょう。

私はこの近辺、そこらじゅう回っているからよく分かるからです。皆の態度がドンドン変わっていっているのがです。

だからもう感謝して布施するしかないといっているのです。逆の態度を取るなら、もうすぐにでも天罰が現れるからです。

何度でもいいますが、昔の人たちは皆していたことであるのです。神理を知らされたのなら感謝の布施はです。

今の人たちだけなのです。感謝もせず平気で神理を見続けている人たちなどです。(ほんとどれだけ不遜か知れません)そうして感謝どころか神理を知らされているのに平気で嫌がらせをしてくる人たちなどです。(もはやこのような人は罪人〔つみびと〕といっても過言ではありません)

特にこの辺りなど、そういう罪人が多いからこれだけ天罰もくだってくるのであり(罪人なら仕方ありません。天罰がくだってもです)それにもかかわらずまったく自分たちの態度を反省せず、同じ態度を取り続けているから、ドンドンその天罰が激しくなって、異常なほど現れ出すのです。

そういう態度を改めない限り、現れる天罰は激しくはなってもおさまることはないからです。そういう態度をする人がいなくならない限り、天罰は止まらないからです。

だからもう、そのような傲慢不遜な態度を改め、感謝して布施するしかないといっているのです。

本当にもうそれしかないからです。そのような態度を改めない限り、その改めない人には必ずどこかで天罰はくだるからです。これは決して大げさな言い方ではなくです。

必ずくだるのです。神理を説いている者に嫌がらせするということは、神に嫌がらせをしていることと同じであり、神に嫌がらせなどすれば、必ずどこかで天罰はくだります。

それと同じなのです。神理を説いている者に嫌がらせをするということはです。

だからこうなっているんでしょう。この辺りは異常なほどの災いが現れているのです。

それは異常なほど多いからです。神理を説いている者に嫌がらせをする人がです。だから、異常なくらい天罰がくだるのです。

それが私がいっていることが正しいという何よりの証明なのです。神理を説いている者に嫌がらせなどする人には必ず天罰が現れるからです。

そういうことを知らないでいるだけなのです。私に平気で嫌がらせしてくる人たちはです。

そういう事実を知らないのです。私に(神理を説いている者に)嫌がらせなどすれば必ず天罰がくだるということも、その天罰がすでに異常なほどこの辺りにはくだっているということもです。

全然理解しないのです。そのような起きていることのすさまじい事実をです。

自分たちの行いなど全然反省しないで、この辺りに病気になる人がたくさんいて、それはあいつの(私の)せいでなっているのだと、だから自分たちにそのような病気になる人が出たのもあいつのせいだと、ただ、漠然とそう思い深く考えもしないで平気で嫌がらせをして来ているのです。

この辺りの多くの人たちはです。

自分たちの(神理をきいているのにまったく感謝しない)不遜な行いはまったく反省しないでです。そうして、この辺りで起きている天罰の多さをまったく理解しないでです。

そういう正しいことを理解しない人が多いということは、今回の大阪都構想(大阪市廃止・特別区設置構想)問題でもよく分かるのです。

都構想が、これだけ話題になっているのに、それでも都構想の中身を深く知ろうとする人は少なかったのです。大阪市の人たちもです。

だから、あれほど結果が拮抗した。大阪市に都構想の本当の中身をよく理解する人が少なかったからです。

中身をよく知るなら、まず賛成できるものではないからです。この大阪市廃止・特別区設置構想はです。どう考えても大阪市の人々には損にしかならないものであったからです。

しかし、それでもこの構想の賛成反対が拮抗した。それは大阪市の人たちに都構想の中身をよく知る人が少なかったからです。

または、維新の連中に騙されている人が多かったかのどちらかでしょうが、どちらにしても考えが浅いことには変わりがないのです。

物事を深く(正しく)理解するなら、分かることであるからです。維新の嘘はです。(都構想が実現したら何でもかんでもよくなるなどというです)

しかし、それでも理解しない人が多かった、そのような自分たちの生活に直接かかわることであってもそうなのです。

それでも理解しない人はしない。では、こちらは神の(神の業の)ことなのです。

それを正しく理解するということはもっともっと難しいことであると思いますが、しかし、それをしないともうこちらではすぐにでも天罰がくだるのです。

そういうことが実際に起きているのです。しかも次々とです。では、するしかないでしょう。そうしないと自分にもいつ天罰がくだるか知れないからです。

このブログを見ていて何一つ(報恩の行為を)しようとしない人にはです。

だからもうするしかないのです。正しい理解をです。そうしないと(間違った考えのままでいては)まず天罰がくだるからです。特に(神理を見ている人が多い)こちらの地域ではです。

だからいま起きていることを正しく理解することです。正しく理解しない限り、自分が救われる道はもうないからです。

私が人を病気にしているのなら私が病気になるはずです。しかし、私が病気なるのではなく、私に嫌がらせをしている人たちが次々に病気になっているのです。

起きていることがおかしいでしょう。私が人を病気にしているのなら私自身も病気になるはずだからです。(因果応報)しかし、そうはならず、私に嫌がらせをして来ている人たちが次々に病気になっている。

何でこういうことになっているのですか?

それは、私が人を病気にしているのではなく、私に嫌がらせをしている人たちに次々に天罰がくだっているからです。

それが事実であり、そう考えることが正しいのです。どれだけそれが認めたくないことであってもです。

しかし、事実は事実なのです。そのような事実を認めないから、正しい判断も出来ないのです。

起きていることを正しく見られないと正しい判断は出来ないからです。

だからこんなことになっているのです。正しいことをいつまでも認めないため、正しい判断が出来ないからです。正しい判断が出来なければ、そういう人には確実に天罰はくだるからです。

だからもう自分の罪を認めるしかないのです。自分の罪は罪として認め、そうして、その罪を反省し、神理を知らされていることに感謝し報恩の行為をするしかないのです。

そうしない限り、この負の連鎖(次々くだる天罰)から逃れる道はないからです。

だから、こちらではすでに異常なほど多くの災いが、異常なほど多くの人たちに現れていること。

そして、その異常な災いは私のせいではなく、自分たちのせいで現れていること。

そうして、その異常な災いは自分たちの行い次第でいくらでも増えるし、いくらでも減っていくということ。

このような事実を正しく知らないといけないのです。

まず、事実は事実として正しく知らないと、何度もいいますが、その後どうするかの判断まで正しく出来ないからです。

こう考えて来ますと、本当に事実を正しく知ることの難しさがよく分かりますが、もういま起きている事実を正しく知って、正しい判断をしないとすぐにでも天罰がくだる、そのようなすさまじい状況にこちらはすでになっているのです。

それが事実なのです。

それでもです。それでもまだ意地を張り、お前のせいでこうなっている、悪いのはお前と、そういい続けるのですか?

残念ではありますが、そのような人にはです。確実に天罰はくだるのです。

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。