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11月 12 2020

すさまじく現れるおかしな病 心が基準 

11:00 AM ブログ

メチャメチャ起き出しましたね。コロナもそうですが、この辺りの災いもです。

と、思いますよ。だって昨日など十ヶ所ほどの現場や会社を回ったんですが(ほんと営業か)もうドン引きしているのです。ほとんどのところがです。

激しく怒っていたところは新しい(一、二度災いが起きたかどうかの)ところだけで、後のところはドン引きしているか、怒っていても小さな音を立てているかだけでした。

その回ったところはすべて、すべてです。もう、私が通るとガンガンやっていたところばかりなのにです。

そういうところのほとんどがドン引きですからね。ほんとどうなっているんですかね。あれだけ嫌がらせをしたくっていたところばかりがです。もうシーンとしているからです。(どこかの会社も最近は元気がありません。今日も静かです。多少、小さい音をたてていますが。〔苦笑〕)

その反面、個人やトラックの運転手連中などやたら怒っていますが、大丈夫なんですかね。そういう人たち。たくさん災いが出ているのを知らないだけなのではないでしょうか。

今頃、真っ青になっているんではないですか。そういう人たちすべてに災いが現れてです。

実は昨日回った辺りは、その前に回った時に家から出て来て嫌がらせをしてきた人が何人もいたのです。(五~六人)だから、そういう人たちの家の前も通って「おっちゃん(オバちゃん)祈ったけど元気しとるか。いたら顔を出せ」とかいいながら、その出て来た人たちの家も全部回ったんですが、そういう人たちも一人として出て来ませんでした。

前回はあれだけ勇んで出て来ていたのにです。

それが今回は、いなかった家がほとんどで(家の中が真っ暗でしたから。前回と同じくらいの時間に〔夕方五時ごろ〕通ったのにです)電気がついていてもシーンとしているところばかりでした。

この前、家から出て来た人たちは年寄りばかりで(爺さん、婆さん)そういう人がそんな時間に出かけているのでしょうか? 夕方なのにです。

年寄りならその時間帯はいるはずでしょう。(夕食の時間くらいだから)それがいないのです。

たまたまいなかったのかそれは分かりませんが、また近いうちにあの辺り回ろうと思っています。それでもいなかったのならです。

もしかしたら、その人たち皆、入院でもしたのかもしれないからです。天罰がくだってです。

とにかく、この辺りは最近は災いが特にたくさん現れているよう思えてならないのです。

何年にもわたってうるさかったところがたくさん静かになっているからです。

だから、もう次々に天罰がくだっている(病が現れている)のではないかとしか、私には思えないのです。

でなければ、これだけ多くのところが一斉に静かにはならないはずであるからです。

そうして、それと比例するかのように新型コロナもドンドン増え出しました。だからよけいそう思うのです。

災いが(病が)ドンドン増えているのではないかとです。

だから、こちらの災い(病)も増えるなら全国的な災い(コロナ禍)も増える。

すさまじい数の病気が現れ出しているからです。この日本にです。(世界も同じでしょうが)

本当に大丈夫ですか。こういう状況で神に手を合わせなくてです。こういう時だからこそ神に手を合わせるのではないですか。

苦しい時の神頼みとはこういう時にするものであるからです。こういう、おかしな病がたくさん現れ出した、こういう時にこそです。

あまりそういうことをバカにしたものではないですよ。私などしょっちゅうそれをしているものですから(神に祈るので)最近はその神が凄く身近に感じられ(何か最近は祈っていると目の前に巨大な神の光が現れて来て、その神の光にじかに煌々〔こうこう〕と照らされていると感じるのです)これでは祈りはきかれるわな、と逆に祈りがきかれない方がおかしく感じるくらいです。(笑)

変ですかね。こういう感覚もです。しかし、最近は祈ると(しっかり祈っていると)そのような感覚が出て来て、祈りはきかれるのが当たり前、みたいに思えるのです。(ここまでくるともはや祈りの達人でしょうか。〔笑〕)

どちらにしてもこのような状況では何もしないでいては危なくて仕方ないのではないですか。こう様々な病が現れだしてはです。

だから正しい祈りはしないといけないのです。正しく神に祈るなら、自分も守られるし、自分の心も正しく導いてもらえるからです。

しかし、いま自分や自分の周りに起きているこのような悪いことは、別に人のせいでも、仕方がないことでもないということは知らないといけないのです。

そういう心でいつまでもいてはいつまでたっても悪いことはおさまっては来ないからです。だからおさまって来ないのです。

そういう間違った考えていつまでもいるからです。多くの人たちがです。

いま自分たちに悪いことが起きているのは自分たちの心が悪いから、そのような悪いことが起きているのであり、それは病気になるのも同じなのであって、だから自分の心を正すなら、そのような(病気も含めた)悪いことも起きはしないのです。

自分の心を本当に正しく出来るのであればです。

しかし、それをしないから、悪いことしか起きて来ないのであり、その心を正す基準がこの正法神理であるということです。

いま現在、悪いことが起きている人たちは、自分たちの心の間違いを知らないだけなのです。自分たちに間違いはないとそう思っているだけなのです。多くの悪いことが起きている人たちはです。

しかし、その自分に起きている悪いことが何よりの証拠なのです。自分の心が間違っているというです。

それを理解しないといけないということです。それがどれだけ理解しがたいことであってもです。心が正しい人に悪いことは起きては来ないからです。

その自分の心の間違いを、その自分に起きている悪いことが教えているということです。

例えば、病気になる人もです。自分の心が悪いから、そういう病気になったのであって、自分の心が正しかったのなら、そういう病気になることはなかったということです。

実際、釈尊もキリストもおかしな病気になどなりませんでした。預言者でおかしな病に苦しめられた人などいません。

だから、病気が人のせいとか、仕方がないことであるとか、そういうことではないということです。

そのような様々な病も心が正しければかからないからです。

そうして何か仕方がない理由で(例えば今回のような新型コロナなどは、そういう人がいるところにいかなくてはいけない人もいますので〔例えば医者とか〕)一時そういう病にかかったとしてもすぐによくなるということです。

心が正しければです。

だからすべてです。すべて心が基準なのです。

心が正しければ、起きてくることも正しいことが(善いことが)起きてくるのであり、悪いことが起きている人は、その心が間違っているから、そのような悪いことが起きているということです。

決してそれは、人のせいでも、仕方がないこと(運命)でも、ないのであるということです。

それらはすべて自分自身の心の問題であるからです。

そうであるなら、その間違った心を正すなら、そのような悪いことは起きて来ないということになります。

その心を正すのに一番よいのが、この正法神理であるということです。

何せ、この正法神理を実践するなら、それこそ心が神の位置まで高まっていきます。(さすがに神の位置までは高まりませんが〔笑〕神に近いところまでは高まります)だから奇跡が起きてくるのです。

神の心に近くなればなるだけ奇跡が現れてくるからです。その神の力によってです。

だから、もうグダグダいっていないで(全部自分が悪かったと反省して)この教えを少しずつでも実践していきませんか。

そうすれば、そのような悪いことは段々起きなくなるからです。そうして、すでに起きてしまった悪いことも段々よい方に変わってきて奇跡も現れてくるからです。

病気が現れるより奇跡が現れてきた方がよほどよいでしょう。私のように愛ある奇跡が次々に周りに現れて来てみなさい。

どれだけ楽しいか知れませんよ。家の外に一歩出るなら、もうそこらじゅうで動物を飼っているのと同じ状態になるからです。

そこらじゅうの鳥から魚から犬から猫から虫たちに至るまで愛を出してくるのです。(まあ、虫嫌いの人も多いのですが、その虫まで愛を出してくるとかわいく感じるのですから不思議です。〔笑〕)それだけでずいぶん癒されませんか。

しかし、怒りや憎しみなど出していては、そのような心が体をむしばんでいきます。それでは黙っていても病気になるということです。

だから、一にも二にも心の在り方なのです。その心さえ正しければ悪いことは起きて来なくなり、いま現在起きている悪いこともよいことに変わってくるということです。

特にこの辺りは心の改革が急務です。(すまじい数の災いが現れだしたようだからです)

やりませんか。心の改革をです。そうしない限り、起きている不幸は止まらないのです。

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