11月 29 2020
因果応報 良心が基準
昨日も怒っている人が多かったですね。
その中で、もうカンカンに怒っている人もいましたが、しかし、どれだけ怒ってもねぇ。悪いのは自分たちなんだし(神理をきいているのに感謝もしない)だから悪いことが『自分たちに』起きてくるのだし(因果応報)それにそれだけ怒っていて怖くはないのでしょうか。
そういう怒っていることがもうそこらじゅうであふれているのにです。この辺りはです。
本当に狂っていますね。何度もいいますが現代の人たちはこと神のことに関してはです。
だってこの辺りなど次々に天罰がくだっているのに、怒っているか、ドン引きしている人しかいないというのですから。
普通であるなら罰が当たったのなら、自分が悪かった、どうもすいませんと素直に神に頭を下げるのが当たり前であるからです。
それなのに、それをする人が一人もいない。それどころか多くの人が天罰を人のせいにして怒っているだけ。(ほんと呆れます)
そうして他の地域の人たちは、そういう話を散々きいても(このブログを通して)ほとんどの人たちが無視して自分のことをしているだけ。
本当に狂っているとしか思えませんね。現代の人たちはです。
神に対し(神理に対し)それだけ不遜な態度もないからです。
神が怖くはないのですか? まあ、こちらなどボンボン天罰がくだっている人たちでさえ神を恐れる態度を取りません。では、このブログを見ているだけの人たちが怖がるはずもありませんか。
しかし、そういう人たちの周りに何も起きていないのでしょうか?(もちろん、その人自身にも)
だって、こちらの人たちにこれだけ多くの天罰がくだっているのです。他の地域の人たちに何も起きていないとは思えないんですけどね。
特に長年このブログを感謝もせずに見続けている人たちなどです。
まあ、仮に悪いことが起きていても、それが天罰だとは他の地域の人たちは思わないのでしょう。運が悪かったとか、こういう病気は仕方がないとか思って、神のことなど考えもしないのでしょう。
しかし、それは違うと思いますよ。この神理に従うなら、そんな悪いことは起きなかったということは多々あると思うからです。
だからこちらの人たちなどこれだけ多くの天罰がくだっているのだし、その多い少ないの違いはあるにせよ、何か天罰がくだっているはずです。
感謝もせず神理を見続けている人たちにはです。そういう不遜な行いくらい悪いこともないからです。
では何か悪い方へと導いていかれるからです。
そういう人たちに大きな悪いことが起きる前にです。神理を見ているのなら、感謝の布施くらいすることです。
その神理を見ていて感謝もしない人たちなど昔からそうですが、必ず天罰がくだったからです。
その天罰がもうシャレにならないくらいこちらではくだっているからです。
しかし、これも、その天罰の一つなんではないですか(苦笑)また昨日など、全国の新型コロナの感染者が最多を更新したそうではないですか。どこまで増えるんでしょう。
こんな感じで増えてくるなら、遅かれ早かれ医療崩壊が起きませんか。感染ペースが早すぎるからです。
誰ですか。日本人はそんなに感染者が増えないなどといっていたのはです。だからまだよく分からないのにそんなこといっていてはいけないというのです。
ファクターX(神)をなめてはいけないとです。常に謙虚さを忘れてはならないのです。何に対してもです。(神理に対しては特に何ですが……)
しかし、これはもう動きを止めるしかないでしょう。人のです。そうしないとこれからもっと寒くなってくるのです。このウイルスは寒い方が活発になるんでしょう。(寿命も長くなり)
ドンドン増えて来ませんか。まだこれからです。いろいろ、あれが原因、これが原因といったところでGoToくらい、その原因が疑われているものもないからです。
どちらにしても、感染症くらい動き回ってはいけない病気もないのです。では、人の動きは止めた方がいいですよね。
前回もそれで(緊急事態宣言で)おさまっていったはずであるからです。(第一波の時などです)
だから、これから暖かくなるまでの四ヶ月ほど巣ごもり生活を続けたらどうでしょう。そうすればさすがにおさまるのではないですか。いま最多感染を更新し続けている新型コロナもです。
経済重視か感染対策か、などという不毛な議論はもういいのではないですか。時間の無駄だからです。
別に両方救えるのですから、それをすればいいのです。政府はです。
だから両方救えますよね。政府が人の動きを止め、どこも休業要請して、すべての補償をすればです。
そうすれば感染対策にはなるし、経済の動きを一時的には止めるにせよ、すぐに復活は出来るからです。(そういうところのすべての補償を政府がするのですから)
これだけの話なのですから簡単な話です。なぜそれをしないのですか? それが不思議でならないのです。誰も損をするわけではないのにです。それどころか、すべての人を救う手段はこれしかないのにです。
そうしてそれを政府は出来るのにです。(いくらでも自国通貨〔円〕を発行できる通貨発行権がある政府にはです。くどいくらいいいますが。〔苦笑〕)
だから、政府がまた非常事態宣言を出して、外国人の入国を禁止して、国内の人の動きを最小限にすればいいのです。
そうすれば感染症は自然におさまっていくはずだからです。(病院に対するケアはもちろん必要ですが)
もう第三次補正予算が決まるんですよね。では予備費の七兆円は使ってもいいんですよね。全部です。
とありあえず、その七兆円でしてもらえませんか。人の動きを止めて、補償から給付金から、様々なケアからすべてです。七兆もあれば、ずいぶんやれるからです。必要なことはです。
それをすぐ始めてください。何回も書いていますが、もうあちこちから悲鳴が上がっているからです。この新型コロナの感染でです。
ない袖は振れませんが、ある袖を振ってくださいといっているだけなのです。それなのに政府がこれ以上モタモタするならです。
多くの人がドンドン不幸になって、その恨みはやれることをしなかった政府や与野党の政治家にいくのです。(当然そうなります。政府が動かなかったのなら、その責任は与野党にもあるからです)
そうなるなら、政治家の先生方は例えば、自分たちが病気になって病院にかかる時に(人間どこかで病院にはお世話になるでしょうから)今度は自分たちが悲鳴を上げなければいけなくなるのです。
病院が苦しんでいる時に助けられるのに助けなければ、それを恨んでいる医師たちがたくさんいて、自分の治療の時に手でも抜かれてです。(笑)そういう冗談はともかく(冗談じゃないかもしれませんが。〔苦笑〕)医療ミスとか、そういう運の悪いことも起きるということです。
やるべきことをしようとしなければです。特にこういう非常時にベストを尽くさなければです。政治家がです。
因果応報です。
人にしたことは必ず自分に返ってくるということです。
だから人には愛を出さないといけないというのです。自分ばかり儲けようとすると哀れな最期を遂げなければいけなくなるからです。どれだけ我の強い人でも最後の最後にそれが自分に返ってくるからです。(そうならずに死んでいった人も〔すさまじく我が強くて〕どちらにせよ、地獄で裁かれるので同じなのです)
情けは人の為ならずです。自分のためにするのです。そのような善行はです。
だから今これだけ悪いことが広がっているのは、悪いことをしている人が多いからです。それこそ、自分のことばかりしていることは悪いことだからです。
そういうことは別に悪いことではないと思っている人も多いのかもしれませんが、そういう小さな行いも悪いことなのです。なぜなら、この世は自分一人で生きているわけではないからです。多くの人とのかかわりがあってはじめて自分の生活が成り立っているからです。
自分さえよければいいという考えは、その周りの人たちのことなど知ったことではないということです。そういう周りの人にお世話になっているのに、周りの人たちとは持ちつ持たれつであるなずなのに、それを無視するということは当然悪いことでしょう。
何度もいいますが、正しさの基準は『良心』であるからです。
だから、そのような全体の流れを考えれば分かるわけです。そういう自分さえよければいいという考え方がどれだけ良心に反しているかがです。
そういう考えの間違いが人間、多々あるのです。それを知らずにいる人も多いのですが因果応報という法則が、その自分の間違いを教えてくれるのです。
自分に悪いことが起きてくる時は、何か自分が悪い(間違った)ことをしているのです。自分がそれに気づいていないだけでです。(だから逆恨みもされる。私のようにです。〔苦笑〕自分が自分の間違いに気づいていないからです)
だから、自分によいことが起きてくる時は、自分が正しいことをしている証拠にもなるのですが、いま現在は、ずいぶん多くの悪いことが全国各地で起きています。(もちろん新型コロナの感染も悪いことですから)
では、何でこれだけ悪いことが起きて来ているのか?
因果応報の法則や良心が正しさの基準ということを鑑(かんが)みて、よく考えてみないといけないというこです。
自分自身の行いをです。
自分で気づいていない自分の悪いところが自分にはたくさんあるはずだからです。だから、悪いことばかり起きて来て奇跡の一つも起きないのです。
自分の行いに多くの間違いがあるからです。
しかし、今回の因果応報にせよ、良心が正しさの基準ということにせよです。
こういうことをこれだけしっかりと教えてくれるブログが他にありますか?
そういう他で教えてくれないことを教えてくれるブログを散々見ていながらです。感謝の一つも(布施の一つも)しないというのですから、そういう人は正しいことをしているのでしょうか?
自分の良心に照らし合わせてよく考えてみてください。自分のそのような行いをです。
いま現在、大きな間違いを、このブログを見ている多くの人たちはしているのではないでしょうか。
だから多くの悪いことが起きてくる。このブログを見ている多くの人たちが多くの間違いを知らずにしているからです。



人目の訪問者です。

家から一羽の雛が大人になり巣立ちました。翼を広げて限りなく広い大空に羽ばたいて行きました。実はこれ私の娘の話ですが、結婚を控えて嫁ぎ先へと行ったのです。コロナの影響で挙式は先延ばしになりましたが入籍はするとのことで、今はホッとしてます。無論、諸手を挙げて喜ぶほど良いご時世ではないのですが親としてしっかりと送り出せたことの安堵感があるのです。この子供の結婚を機に親としての自分を見つめ直したり、娘の結婚相手から幸せにしますと言われて、幸せとは何ぞやと考えてみたり、また相手方の親御さんとのことを思案さたりと様々なことを学んだものでした。そうして娘の行く末の幸せの想いをお通して神への祈りもさせてもらいました。子は宝と言いますが、子供を通して私自身が大事な貴重な経験をしたことは子があってこそと考えた時、まさに子は宝であると思いました。
それはそれはおめでとうございます。
私もお二人の結婚を祝して祝福の祈りをさせていただきます。どうぞお幸せに。