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12月 05 2020

恐ろしい事実

10:51 AM ブログ

昨日は新しい方から布施をいただきました。

これから続々と増えて来ますかね。布施する人がです。(笑)昨日、恐ろしい事実も確認できたからです。

その恐ろしい事実とは昨日のことなんですが、昨日はまたどこかの会社が窓を閉め切って仕事をしていたのです。(一昨日に続いてです…今日も閉め切っていますが)しかし、中ではかなり怒っています。

こちらがブログを書いている最中もやはり音を立ててじゃまして来ます。なら窓など閉めても同じなのにと思いながら「また天罰を食らうぞ」「どれだけ天罰がくだったら分かるんだ」などといいながら、ブログを書いていました。

しかし、この連中に一体どんな病気が現れているんだろうと、何で最近はこれだけビビってんだろうと不思議だったんですが、昨日その病気がはっきり分かりました。

というのも、昨日でもそうですがこの連中やたら癌という言葉を気にするのです。ちょっとそれらしいことをいうと(癌になっているのかとかいうと)すぐにガンとかやってきます。

それで「何だやっぱり癌が止まらないのか」といったら、ガシャーンとかやって凄い怒りようをしたのです。

それで分かりました。やはりそうだったんだなと、この連中、最近はその癌になる人が続出しているのでしょう。(まあ、コロッと逝っている人も混ざっているのかもしれませんが)

だから窓を閉め切りビビりながら、それでも怒っているのです。癌になる人が(前以上に)ドンドン増えているからです。

怖いが、おとなしくもしていられないとそんなところでしょうか。

だとしたら、ずいぶん恐ろしいことをしているのですが、しかし、どこも同じなんでしょうね。きっとです。この辺りはです。

だからこの辺りの多くの会社や現場が毎週、激しく怒ったりドン引きしたりしているのです。

次々に癌になる人が出ているからです。

その癌になる人のペースがドンドン上がっている、だから極端な態度を皆が取っているのでしょう。それではあまりに怖いからです。いつ自分にも癌が出るか知れないからです。

だとしたら、ずいぶん恐ろしいことです。そんなことが本当に起きているのならです。でも起きているんでしょうね。この辺りはです。

それはこの辺りの多くの人たち(会社や現場)の態度を見れば分かるからです。怒り方といい、ドン引きの仕方といい、本当に極端であるからです。

何か相当怖いことでも起きていなければ、それだけ極端な態度も取らないと思うからです。

しかし、本当に恐ろしくはないのでしょうか。そんなことが起きている人たちはです。

だって、周りに次々に癌になる人が出るのです。普通であるなら怖くて仕方がないはずですが、しかし、不思議なことに現代の人たちはそれを怖がらない。そういう恐ろしい現象を人のせいにして、なんと怒っているというのですから、あまりといえばあまりの態度でしょう。

本当に驚きます。していることがあまりにずれているからです。

普通であるならです。(というか、昔の人ならです)もうそんなことが周りに次々に起きてくるなら、恐れおののいて「へへー」となって「お助け下さい」くらい合掌していうはずだからです。(それが当たり前の態度なんですが…)

なのに、現代の人たちはなんとなんと大人から子供まで平気でいて(表面上は)それはお前のせいと怒りまくって嫌がらせしてくるというのですから、これだけ驚く態度もないわけです。

明らかに自分たちの態度が間違っているのに(すさまじく恐ろしい態度を取っているのに)それには全然気づいていないからです。

一体、現代の人たちはどこまでずれているんだろうと、そう思うわけです。こちらとしましてはです。

だからもうそういうことが起きているのならです。起きている人たちなど真剣にきいてはどうでしょう。私のいうことをです。

私のいうことを無視していることが(逆らっていることが)このような恐ろしい結果となって現れているからです。

昔から神理を説いている者のいうことは皆きいたのです。だから救われていったのです。

神理を説いている者は人が救われる正しい道を伝えているからです。だから奇跡も起きるのです。神理を説いているということは、それだけ神の心に通じているということであるからです。

だから、その神理を説いている者のいうことをちゃんときく人はみな救われたのです。その神理を説く者のいうことこそ真に人が救われていく神の道であったからです。

しかるに今生の人たちは、ほとんどの人がその神理を説いている者のいうことをきこうとしない。きかないどころか、平気で逆らっている。(ここらの子供らは平気でバカにしている)

それでは恐ろしいことも起きてくるでしょう。

神理を説いている者を軽(かろ)んじて逆らうくらい悪いことも(間違っていることも)ないからです。

それは神を軽んじ逆らっているのと同じであるからです。

まあ、現代の人たちは、その神を認めようとしないのですから、そういう不遜な態度も平気で取れるのでしょうが、それでまだ分かりませんか。

そういう態度が明らかに間違っているとです。だからこれほど恐ろしいことも起きてくるとです。

この辺りの人たちなどこれでもまだ分からないというのであればです。もはやずれているという言葉では足りず、頭がおかしいと、気が狂っているとしかいいようがないのですが、そこはどうなんでしょうか。

特に次々に周りに癌が現れている人たちなどはです。(もう分かるでしょう。そういう人たちはです。自分たちがどれだけ怖いことをしているのかはです)

神理を説いている者は昔から多くの人から尊ばれ、その言葉はどれだけ有難いか知れないのです。(神理を説く者など数百年、数千年に一度しかこの世に現れないのですから、それは有難いでしょう)

それを軽んじている。だから、これほど恐ろしいことが次々に起き出すのです。神理を説いている者に対する態度を今生の人たちはあまりに知らないからです。

その知らないの度が過ぎているからです。

しかし、どちらにしてもそのような恐ろしいことが次々に起きていることは事実なのです。だから、そのようなことが起きているところは、今のままでは、その恐ろしい現象はまだまだ現れ止まらないということです。

神理を説いている者に対する態度(心と行い)それを直さない限り、その恐ろしい現象は止まらないからです。

それでも変えないのですか。自分たちの態度をです。

もし、これまでの態度を悔い改めるなら、そのような災いは止まり、神理を説いている者に感謝の布施を快く出来るようになるなら、今度はその災いから守られ奇跡も起きてくるのです。

自分たちが悪いのです。自分たちの態度が間違っていたのです。だからこれだけ恐ろしい現象も起きてくる。それだけ大きく自分たちが態度を間違えているからです。

いま現在は、これだけ起き出したこの辺りの天罰だけではなく、新型コロナの感染も止まりません。しかし、神理を実践するなら、天罰がくだらないだけではなく、その新型コロナからも守られるのです。

このような時代となっています。(次々に不幸が現れてくる)悔い改めませんか。自分たちの心と行いをです。

そうすれば今度は大きな幸福がやってくるからです。そのような大きな幸福を呼ぶことが出来るのが、この正法神理だからです。

追伸…これだけ新型コロナの感染者が増え、病床が逼迫して崩壊寸前の病院まで出て来ているにもかかわらず、何とまだGoToキャンペーンをやめるどころか、延長するらしいですね。

日本政府はです。

気は確かですか。それだと感染者がドンドン増えて来ませんか。日本中にです。

だから、政策転換してはどうでしょう。GoToで人を動かすのではなく、人を動かさない方にです。

半年なら半年、一年なら一年と決めてでいいですから減税(消費税など)補償、給付とそちらの方にです。

政府はいくらでも自国通貨(円)が出せるからです。(何の借金もつくることなくです。くどいくらいそこはいいますが)

現金さえ出せるのならやれますよね。これらの政策はです。全部現金があるなら出来ることであるからです。減税や補償や給付金などはです。

それらを政府が保証し行ってくれればいいのです。それをしてくれるなら国民は誰も政府に逆らわず、政府が自粛要請するならみな従うからです。

そこらへんは他国と比べ素直であるからです。日本国民はです。(その分、神理には逆らいますが。〔苦笑〕)

だから、これだけの疫病が流行っているのですから、それが流行っている間は自粛した方がいいでしょう。

ワクチンだ何だといっても、こんな疫病にかかってしまったら、どういう症状が出るか知れないからです。後々までです。

とにかく、いま現在はこちらなど新型コロナだけではなく天罰もすさまじくくだっていて大変な状況なのです。(ですよね。くだっている皆さんはです)

そういう時に政府が正しい政策を行ってもらわねば、よけい不幸になる人が増えます。

だから、こういう状況なのです。日本政府には正しい政策を(この状況にあったです)ぜひ行ってもらいたいものです。

そうしないとあまりに日本政府が間違った政策を推し進めるようならです。その日本政府にまで天罰がくだりかねないからです。

日本政府に天罰がくだってしまっては日本全体が麻痺(まひ)してしまいます。

だから、くれぐれもです。日本政府には正しい政策を行っていただきますよう伏してお願い申し上げます。

2コメント

2 コメント to “恐ろしい事実”

  1. うなッシー2020/12/06 at 10:13 AM

    最近になり新しい想いが上がってきましたのでそのことを書きます。この世の中には色々な人がいます。悪人と呼ばれるような罪を犯した人、世のため人のためにと尽くす人であったり、優しい人楽しい人や面倒臭い人などなど。でも、その全ての人はこの世に生きているのであり生かされているのです。家族であっても尊敬するとかしないとか、仲間であっても好きとか嫌いとか、身近であっても私たちの周りには人で囲まれているなのであり、やはり生かされているということです。生活していると色々なシーンで人と関わっていくものですがその度に、ああ、それでもこの人もまた神に生かされているんだと想うようになってきました。そこには当然、私の父や母への新たな感謝があり、反面教師とずっと思ってきた父母を想うと親でありながら、親としての務めをして下さったのも、紛れもなく神に生かされていたからなのである。私の周りにも色々な人がいますが、そういう想いを大切にしながら暫くの間は世間を見つめて参ります。

  2. gtskokor2020/12/06 at 1:48 PM

    頑張ってください。
    しかし、これだけ混迷が深まり、これだけ多くの災いが現れる時代もないでしょう。(アメリカの大統領選を始め、中国の台頭、世界の混乱、激しい天変地変、コロナ禍、バッタ禍、その他)
    心を向上するチャンスではありますね。

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