12月 18 2020
やらないといけないこと やれば天国やらねば地獄
皆さん、本当にです。本当にもうこれ以上の無理はやめてください。何かもうこちらに皆さん方の必死さが伝わってきて哀れで仕方ないからです。
昨日も凄かったですからね。やたら怒っているところはある。ドン引きしているところはある。人がいなくなったところはある。中には私が「皆さん、もう感謝して布施してください。そうしないと天罰は止まりません」などといいながら歩いていると、必死の形相で会社から出てきたおっちゃんはいる、凄い形相で家から出てきた爺さんはいる(天罰が出すぎてわけが分からなくなっているようです)もう頭を下げなさいよ。
そんな必死に逆らっていないでです。この正法神理にです。
神理を無理に無視などしているからいけないのです。止まらなくなるのです。天罰がです。
すればいいではないですか。感謝の布施くらいです。神理を見ているのですから。
そうすれば、その苦になって仕方ない天罰は止まるからです。
こちらは有り金全部出せといっているわけではないのです。気持ちだけでいいから感謝の布施をしてくださいと、そうしないと、そのままでは罰が当たりますよと、そういっているだけなのです。
その通りのことが起きているではないですか(あちこちで)にもかかわらず、それを無視し続け、自分のところに天罰がくだると、それを全部私のせいにして責任転嫁ばかりしているから、ドンドン悪いことが(天罰が)起きてくるのであって、すればいいのです。
感謝の布施くらいです。
それをするなら誰も不幸にならないからです。それを頑なに拒むからこれだけ不幸が現れるのです。
神理を見ていて感謝出来ないのなら必ず罰は当たるからです。
それは今だけの話ではなく、もう神理がこの世に現れた時からの決まりであるからです。
だから感謝の布施くらいすればいいのです。このブログを見ている大人たちはです。そうすればこちらでこれだけ起きている天罰もくだらなくなるからです。(こちら以外のところでも起きていると思いますが。天罰はです)
少なくとも、こちらで私のブログを見ている人たちが感謝の布施をするならいま起きている天罰は確実に止まります。しかし、どうしてもそれが嫌だというのならです。
昨日も書きましたが、そういう不遜な人たちが一人もいなくなるまで天罰は出続けます。
もうこちらなど決して大袈裟な話ではなくそこらじゅうで天罰がくだっているのです。
だったらやればいいでしょう。そんな必死に逆らったり無視しているのではなくです。少しくらいの布施などです。それこそ少しくらいこの神理に教えられたこともあるはずだからです。(少しくらいじゃない人もいると思いますし)
そうすれば、その周りに起きている災いの多くは止まるのです。
だから私は決して嘘をついているのではなく事実を事実のままいっているだけなのです。神理を知らされていながら少しの感謝も出来なければ当然罰は当たるからです。
そういうものなのです。それを理解しようとしないのです。現代の人たちはです。罰など当たるわけがないと、そんなものは迷信であると頑なに思い続けているのです。
実際に罰が当たっているにもかかわらずです。
しかし、その罰を絶対に認めない。それは人がしていると思っている。(もうここまでくると無理やりですが。無理やりそう思い込もうとしている)
しかし、それは違うのです。(人がそんなこと出来るわけないでしょう)本当の神の教えに逆らうなら罰は必ず当たるのです。
私のいうことをいい加減信じ、もう感謝の布施くらいしてもらえませんか。そうすれば多くの不幸が起きなくなるからです。
こちらなど、その天罰が一体どれくらいくだっているのか分からないからです。
だからこちらだけではなくです。素直にこのブログを見ている人が感謝の布施をしてくれるなら、いま起きている多くの災いが減るかもしれないのです。(例えばいま起きている大雪などの異常気象もです)
どうします。もし、このブログを見ている多くの人たちが布施してくれたとたん新型コロナの感染者が激減したらです。(苦笑)
そんなことになったら、本当にこの新型コロナはこのブログを見ていた人のせいということが証明されてしまいます。それはそれでまずいですか。
しかし、もうそんなケチなことをいっている場合ではないのです。
このブログを見ている人たちが感謝の布施をするなら、少なくともこちらで起きている天罰は確実に減るからです。
「自分が布施するなら災いは確実に減る、ならば喜んで布施しよう」という大きな愛の心が何より必要なのです。このような非常時にはです。
だからそういう心に今すぐなって感謝の布施をしてください。
そうすればです。必ず状況は変わってくるからです。もちろんよい方にです。
しかし、新型コロナの感染が止まりませんね。昨日でも一日の感染者が東京など八百人を超え、全国でも三千二百人を超えて過去最多の人数をまた更新しました。
いつになったら止まるんでしょうね。この新型コロナの感染者はです。
昨日テレビで、この新型コロナに感染し重症までいった人がその体験を話していましたが、ずいぶん苦しいらしいですね。この新型コロナに感染するとです。
その人は体中がひどく痛んで、治った現在でも後遺症に苦しめられ身体も満足に動かせないとか。
ほんとかかるもんじゃありません。こんな病気はです。どんな症状が現れてきて、その症状が急変したり、ひどい後遺症が残ったり、何が起きるか知れないからです。この新型コロナはです。(ほんと得体が知れない感染症です)
だから、やるべきことはしっかりやらないとけないのです。こちらの天罰もそうですが、それは日本政府も同じなのです。
今回ようやく政府がGOTOを止めて人の動きを止め、新型コロナの感染を抑えにかかるようですが、少なくとも人の動きを止めるなら感染者が抑えられるのは事実なのです。(第一波の時もそうですし、今回でもあれだけ感染者が増えだしていた北海道や大阪が減りだしましたからね。GOTOを止めたらです)
とにかく、新型コロナ感染者を抑えないともう医療が持たなくなり、医療崩壊が始まれば、新型コロナの感染者だけではなく他の病気の患者まで救えなくなるのです。
だから、政府は人の動きを止めるよう手を尽くさなければいけないのです。
では、政府がやるべきことはGOTOを止めることだけでよいのですか?
それは違うでしょう。
GOTOを止めたせいで当然経済はガタガタになるのです。では、しっかりした補償と(粗利補償など)減税(やはり消費税は下げないとまずいでしょう。この状況ではです。そうしないと国民が持たないからです)そうして給付金(これもしないとまずいでしょう。国民を動かさなくするなら、給付もしないと私たち国民は干上がってしまうからです)この三点セットは欠かせないのではないですか。
それがなければ国民は滅んでしまいます。
だから絶対に必要なのです。この三点セットはです。これが揃って初めてこの得体の知れない新型コロナに立ち向かえるのです。私たち日本国民はです。
この三点セットを欠かして自粛してください、不眠不休の外出はさけてくださいといくらいわれても、もう出来ないのです。干上がる寸前の人たちがすでにたくさんいるからです。日本全国にはです。
それだけこれまでの新型コロナの影響は大きいということです。(もう今年の始めからですから、この新型コロナの影響はです)
だから、政府にはこの三点セットをどうしてもしてもらわないといけないのです。この三点セットは(通貨発行権がある)政府でないと出来ないことであるからです。
しかし、この三点セットのどれもしないというのであればです。ただGOTOをやめただけなどという無為無策なことしか政府がしないというのであればです。
それこそ感染者が減るのはドンドン遅れ、企業倒産はドンドン増え、自殺者や失業者があふれるということにもなりかねないのです。(いや確実になるでしょうね)
何せ今回でもう三度目だからです。この新型コロナのせいで自粛するのはです。だからもう持たないのです。多くの国民がです。
自分たちの資産をどれだけ減らしたか知れないからです。その自粛でです。だからこれまでの政府や自治体の支援だけではもうつぶれるところがたくさん出てきているのです。
それだけでは足りないからです。
だから、GOTOをやめて政府が自粛をいうならです。
その三点セット(補償、減税、給付)は絶対にしてもらわなければいけないということです。
それをしてくれなければ新型コロナだけではなく、それ以外で多くの死者が出るからです。
だから、政府にしろ、私たち一人一人にしろです。
やらないといけないことはやらないといけないのです。やるべきことをやらないと、個人の場合はその人が地獄に堕ち、日本政府の場合は日本に地獄の世界が出現するということです。
絶対にしないといけないことをしないとです。
やれば天国やらねば地獄です。(これは本当にそうなのです)
やるべきことをしませんか。このブログを見ている人も、そうして日本政府もです。
そうすれば確実に天国が現れてくるからです。



人目の訪問者です。

今年一年神との対話が継続できたとは、それこそ私のこれまでを振り返ると奇跡と、呼べるほどの体験であったと思います。しかも決して義務的にならずに出来たことはやらねばと思う自分を縛ろうとする観念がないのだから、いつも心は静かであり決して重荷になることなどなかったのですからね。言い換えれば無理しなくともやれたのは、ちょうど呼吸をするようなもので当たり前のことであったからだとも考えられるのです。そのような体験を通して今周りを見ると、今の大人達に足りないものは親への感謝であるとの思いに至りました。子を持つ親は尚更です。自分は親だからと子供に世話を焼くあまりに自分も親から生まれた子供でありながら親に感謝しない。全ての人は親から生まれた子供でありその親に対して感謝することを忘れて、そしていつの間にか高齢になって感謝すら忘れている。そのことがいわゆる人生の目的を忘れていることにはならないのだろうか、そんな疑問も浮かんできました。子を授かって育て上げ巣立っていけば親の務めは確かに終わるのですが、だからといって自分の人生が終わるなではないしそこに人として何をすべきかを教えているのは、やはり先生の説いて下さっている真理であると思います。縁のある方がそのことを理解して早く帰依されることを願ってます。
そうですね。このブログを見ている多くの人たちは親への感謝が足りないから、神理に対する感謝も足りないのでしょう。
しかし、もう気づかなければいけない時が来ています。
このブログを見ている多くの人たちがいつまでも気づかないせいで、どれだけ多くの迷惑が、どれだけ多くの人たちにかかっているか知れないからです。