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3月 07 2021

神理を知ると観えてくる世界(人間 動物 植物)

10:49 AM ブログ

昨日は堀川の辺りを回っていたんですが、ずいぶんカモメがいました。

今回の冬はほんと少なかったんですけどね。堀川に来たカモメたちはです。数十羽もいた時など数えるくらいで(昨日はそれくらいいましたが)ほとんどは十数羽くらいしかいませんでした。私が堀川にいった時にはです。

それが今頃たくさん来ているのですから「何だ今頃来たのか」と声をかけていたんですが、そのカモメたちは元気よく飛び回っていました。

ところがそんなにたくさんカモメがいるのにです。魚たちが平気で跳ねているのです。

カモメたちが飛んでいる時ばかりでなく、たくさん堀川に浮かんでいるその中でも魚たちが跳ねています。

「オイオイお前ら、大丈夫かそんなところでそんなに跳ねて」とか「お前ら危ないことはやめなさい」とか(笑)声をかけていたんですが見ているこちらがヒヤヒヤしました。ずいぶん跳ねていたからです。魚たちがです。

そうして、カモメが浮かんでいるすぐ近くでも魚が跳ねるものですから、カモメが逆によけていたくらいで、こちらは「お前が逃げてどうする」とカモメに突っ込んでいました。(笑)

カモメはカモメで何羽もこちらに飛んで来ましたし、本当にかわいいものですね。このような鳥や魚たちはです。

しかし、不思議な光景ですよね。カモメがたくさんいる中で魚が跳ね回っているなどという光景はです。普通はこんなこと起きないからです。

このように、この正法神理を実践しているとずいぶん変わった景色がよく観えます。鳥や魚たちばかりでなくいろいろな動物たちのです。

そうして、嫌がらせをしてくる人を祈ればすぐに病気になる人もいますし(別にこちらは病気になるように祈っているわけではないのにです。勝手に罰が当たっていくのです)逆に病気が癒される人もいる。

雨も降れば台風がコースを変える時もある。仕事がもっと出来るようにもなるなら、ずいぶん運もよくなって正しい方向に導いてももらえる。

これだけ有難い教えもないのですが、何でこのブログを見ている多くの人たちはこの正法神理をいつまでも無視しているのでしょう。

本当に不思議ですよね。おまけにこれだけ有難い教えに逆らいまくっている人たちまでいますが、それでは罰も当たるでしょう。

これだけこの世に生まれても巡り合うことが稀な教えもないからです。それだけ稀な教えに巡り合って、その教えに逆らっているようでは罰も当たるからです。

それでこの辺りは罰が当たりまくっているんですが、そういう事実を知っている人たちがです。何でいつまでも逆らっているんでしょう。この正法神理にです。

従うなら、罰が当たることもないのにです。

しかし、逆らい続けていてはそのような人たちに罰は当たり続けます。昨日もやたら怒っている人がいましたが危ないだけでしょう。

正法神理に逆らうなら逆らうだけ災いが現れてくるからです。しかし、従うなら従うだけ奇跡が現れて来ます。

では従ってはどうでしょう。従うなら奇跡がたくさん起きてきて不思議な体験も出来るからです。

この神理に従うなら、いろいろこれまで観えていなかった世界が観えてくるのです。

例えば先ほど書いたような動物たちの不思議な生態を知っていましたか? このブログを見ている人たちはです。

カモメがたくさんいる中でも魚が飛び跳ねるなどということをです。

普通ではあり得ないことですよね。そんなにたくさんカモメがいる中で平気で魚たちが飛び跳ねているなどです。

しかし、こういうことは起きるのです。人間がもっと愛を出し大調和するならです。

動物たちが争うことがなくなるからです。人間が大調和すればです。肉食動物と草食動物が同じところで昼寝しているという光景まで見られるようになるのです。自分たちの目の前でです。

そういう場所を人間が通っても人間が襲われることもなく、どの動物も人間たちになついて、一緒に遊び回れるくらいになるのです。

実際いまの私がそうであるからです。だからカモメがいる中で魚が飛び跳ねるなどという不思議な奇跡が起きるのです。その大調和出来る唯一の教えがこの正法神理であるからです。

だから、この正法神理を世界中の人が実践し、世界がこの神理の下、大調和するなら、そういう大奇跡が起きてくるということです。

そういう話を高橋先生はすでにご著書の中に書かれているからです。動物たちはみな人間の友達となり、それぞれの食べ物も自然界の中に現れてくるとです。

世界から戦争がなくなり人間が大調和すると、何か肉のような物が自然界に現れて来て肉食動物はそれを食べるようになり、草食動物はそのまま草を食べているだけですが、その草食動物の数も制限されて今のようにいくらでも増えるということがなくなるそうです。

肉食動物が他に食べる物があるなら草食動物を襲うことはなくなりますし、草食動物も増え過ぎなければ別に害になることはありません。そうなれば人間ともうまくやれるわけで、それで人間とも調和出来るわけです。

そういう世界が現れるのです。人間が大調和するならです。すべての動物たちとも大調和出来るのです。

それは私を見てもらえるなら分かるはずです。すでにそれに近い世界が私の周りには現れているからです。どの動物とも仲良くやれて、カモメの近くで平気で魚が跳ねるなどということも起きているからです。

つまり、世界中の人がこの正法神理を実践するなら、高橋先生がいわれていたような世界が本当に実現するということです。

私を見るならそれが分かるからです。高橋先生が書かれていた世界を私が証明しているようなものであるからです。

そればかりか高橋先生のご著書には、そのような動物たちと話も出来ること(これは動物たちが死んで霊になってからの話ですが)そうして植物とも話が出来ること(これはそれぞれの植物には妖精がいて、その妖精と話が出来るそうですが)まで書かれてあります。

そういうことが出来るようになるということです。この神理を実践するならです。

こういうことまで起きてくる教えは他にありません。だから、この世に生まれても巡り合うことが稀な教えとまでいわれているのです。この正法神理はです。

これだけ有難い(出会うことが難しい)教えもないからです。

だから、その唯一無二の出会うことがこれだけ難しいこの正法神理を、これだけきいているのに、一切無視しているこのブログを見ている多くの皆さんが、一体どれだけもったいないことをしているのか、少しはお分かりでしょうか。

この神理を極めていくなら、このようなことだけでなく例えば、あの世にいくことも出来るようになるのだし(幽体離脱して)あの世にいくなら当然死んだ人にもあえるのだし、死んだペットなどともあえるのだし、植物たちの気持ちまで分かるのだし(その植物の妖精を通してです)だから、これまで観えていない世界までたくさん観えて来ますよといっているのです。

この正法神理を行うならです。実際私たちは、そのような不思議な体験をもう何度もしているからです。

例えば、あの世など何度観て来たか知れませんし。夢の中でです。このブログを見ている人たちも夢の中であの世を観たことがある人も多いと思いますが、そこはまず地獄界です。(すごく怖いところにいった夢とか、薄気味悪いところにいっている夢など観たことありませんか? それがあの世です。あの世の地獄界です)

しかし、私たち神理を実践している者は、そのような地獄界を観せられることもありますが、天上界を観てくることも多いのです。今年の初夢も私は天上界にいましたから。(このブログにその初夢のことは書きましたが)

しかし、夢などではなく、それを自分で自由に観てくることも出来るようになるのです。もっとこの神理を実践するならです。幽体離脱してです(まだ私は修業が足りないのでそこまで出来ませんが)

そこまで出来るようになれば、死んだ人たちと話すことも可能になります。(幽体離脱してあの世にいってです)そうなったらまた広がりますよ。自分が観ている世界がです。

そうして動物はもちろんですが、植物の妖精などともです。私はまだ話したことはありませんが、それに近いことが起きたことがあります。

それはもうずいぶん前の話ですが、昔、私の家の庭に花を植えていて、ある年の春にその花の芽が出て来た時のことです。

その花の芽が出て来たすぐ近くに草がいくつも生えだしたのです。だから、これはじゃまだなと思って、その草を抜こうとしたのですが、その草を抜いている最中にずいぶん、その生えだしたばかりの芽にさわったのです。

そうしたらです。なんと自分の目の辺りがチクチク痛み出すではありませんか。「あれ」と思って、その草を抜くのをやめました。

すると、その目のチクチクは止まります。そうして、また、その花の芽の辺りに生えている草を抜き出すとまた目がチクチクしだします。

その時、私はピンと来ました。これはこの花の妖精がやっているんだなとです。

つまり「出て来たばかりの芽にさわるな」と妖精はいいたかったのではないでしょうか。それで私の目に妖精は痛みを感じるようなことをしたのです。

実際、私がその花の芽の辺りの草を全部抜いて、花の芽から手を離すとすぐにその痛みはなくなったからです。

その時「ああ、やはり植物の妖精っているんだな」と実感したものです。

この神理を実践していると、このように段々自分の世界が広がり、普通では体験出来ないようなことまで起きて来ます。

どうですか? すばらしいでしょう。この正法神理はです。やればやるだけ、自分たちが想像もつかなかった不思議な奇跡が周りに現れてくるからです。

だから私はいっているのです。この神理を見ていながら実践しないなど、どれだけもったいないことをしているか知れないとです。

少しずつでもやってはどうですか。この正法神理をです。そうすればこの正法神理のよさは嫌でも分かってくるからです。

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