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3月 18 2021

義務を果たす

11:16 AM ブログ

もう果たしませんか。昨日書いた最低限の義務くらいです。

というのも、昨日もまたあったからです。コロッと逝く人が出たところがです。(もちろんどこかの会社以外でです…そのどこかの会社なんですがドン引きしています。昨夜もそうだったんですが、何かこの会社、夜な夜な死ぬ人が出ているようです。〔恐〕)

その会社の近くを通るとブシュ―という音が凄い勢いできこえて来ました。それで「なんだ誰かコロッと逝ったのか」ときくと急にシーンとなります。それで、ここも誰かコロッと逝ったんだなと思い「もう感謝して布施しろよ。そうしないと止まらないぞ。そのコロッと逝くのはよ」といったんですが、そういったとたんまた怒り出してブシュ―とかやっています。

「どこも一緒だな。しかしこんなことしていて大丈夫か、この連中」とブツブツいいながら「もうどれだけコロッと逝くのが出ても知らないからな」とかいって歩いていったんですが、しばらくしてあることに気がついてハッとしました。

何でハッとしたのかといえばです。その会社の近くを私はつい二、三日前にも通っていたからです。そうして、その時はこの会社はたしかドン引きしていたのです。私が何をいってもです。

この会社はずいぶん私に嫌がらせをして来たところで、それでその会社の近くを通る時に私は必ず何かいいながら通るのです。(「早く感謝して布施しろ」とか「メチャメチャコロッと逝くのが出ているぞ」とかです)

しかし、ここ最近はいつ通っても、私が何をいっても、この会社はドン引きしていてほとんど嫌がらせなどして来なくなっていたのです。(たまにするのがいましたかね。それも微妙にです)

だから昨日もどうせ何もして来ないだろうと高をくくって、近くをトコトコ歩いていったんですが、そうしたらこちらが声をかける前にいきなりブシュ―です。その時はいきなりそんなことをして来たので、なんだこいつらとしか思わなかったんですが、だから通り過ぎてから、ちょっとハッとした(ゾッとした)わけです。

ということは、この二、三日の間に誰かコロッと逝く人が出たということになるからです。

そればかりでなく、この会社などもう私に嫌がらせをして来なくなっていたので全然祈ってもいないのです。それにもかかわらずコロッと逝く人が出たということはです。

昨日ブログに書いた会社もそうですが、ではもうどこに急死する人が出るか分からないということになるのです。私が祈る祈らないにかかわらずです。

最近は何もして来なくなって祈ってもいない、そんな会社にもいきなり急死する人が出ているようだからです。

では、どこにそういう急死する人が出てもおかしくはないということになります。そんな会社はこの辺りにはごまんとあるからです。(未だに嫌がらせをしてくる会社より、して来なくなった会社の方が断然多いですから)

それだとこの辺り、まだこれからどれだけコロッと逝く人が出るか知れないということになります。

未だ嫌がらせをしているところはもちろん、もうして来なくなっているところまでドンドン出ているようだからです。急死する人がです。(夜な夜な急死する人が出ているところまでありますし)

だから、もう最低限の義務(感謝の布施)くらい果たしてはどうかといっているのです。そうすれば、その恐ろしい現象は止まるからです。

結局、神理をきいている人が感謝の布施をしないから、そういう恐ろしいことも起きてくるのです。

残念ではありますが、そういうものなのです。だから昔の人たちは神理をきいたらちゃんと布施をしたのです。

神理をきいていて布施もせず知らん顔をしているほどの罪もないからです。

そのような罪な行いをもう長い人など十年以上も続けているのです。どれだけその罪は深く重くなっていることでしょう。そういう布施を無視し続けて、このブログを長く見ていればいるだけ、その罪は大きくなっているということです。(ちゃんと布施をして見ている分にはよく神理の勉強をしているということになるのですが。布施をするとしないでえらい違いです)

では、そのような人などもういつ急死してもおかしくはない、そういう状態なのです。(ご本人にその自覚はないのでしょうが)こちらの人たちがそうであるからです。

多分、何の予兆もなしにいきなり死んでいると思いますよ。こちらで急死している人たちはです。

もう私など、この数日だけでも何人(何十人?)の人が急死したか忘れてしまうほど多くのところで教えてもらったからです。その急死した人をです。ドンドンガンガンやられてです。

結局、どれだけいっても分からなければこういうことも起きてくるのです。三千年前にも同じことが起きているからです。(もちろん過ぎ越しの祭です)

だから同じことが起きるのです。正法神理をあまりに無視しているとです。逆らっているとです。

昨日は私は庄内川にもいっていたのですが、川岸を歩いているとバシャバシャよく魚がはねているところがあったので、そこは川のすぐそばまでいって「お前ら元気だな」などと声をかけながら、しばらくそこではねている魚たちをながめていました。

すると、私の目の前の辺りで何匹もの魚たちがたくさんはねてバシャバシャやっています。その中の一匹など、背びれだけ水面から出して(しかもその背びれをぴっと立ててです)スーと泳いでいくのもいて「お前はサメか」などと声をかけていました。(笑)

神理を勉強して実践するなら、こういう愛ある現象がたくさん目の前に現れて来ます。

少なくとも神理に逆らい続け、恐ろしい現象が現れ続けるよりはよほどよいと思いますが、しかし、そこまではしたくないという人でもです。この神理を見続けている以上、感謝の布施までは必ずしないといけないのです。

それをしないばかりに、こちらではもうこれほどの現象(過ぎ越しの祭)まで現れて来ているからです。

その過ぎ越しの祭がいつ広がり出すか知れません。神理を見ているのなら最低限の義務は果たしてください。

その義務を果たそうとしない人たちが、もうこちらでは次々に滅ぼされていっているからです。

追伸…今日の中日新聞の一面に「同性婚を認めないのは違憲」と大きく出ていました。

しかし、同性婚など認めてしまえば子供が生まれることもなくなり(同性では子供をつくりようがないですから)人類が滅びていくことになりますが、それでもよいのでしょうか?

しかし(中日新聞はもちろん)世相は同性婚を認める方向に進んでいるようです。同性婚賛成の風潮が強いからです。

こういうことを見てもよく分かります。私たちが滅びの道を進んでいるということがです。

同性婚など認めてしまえば(そうしてそのような同性愛者が増えてくるなら)人類は段々滅んでいくのに、その自分たちの滅びの道を多くの人たちが賛成しているというのですから、これだけ愚かな話もありません。

だから怖いのです。悪魔の左翼思想はです。何でもよいとすべてを許してしまうからです。そうしてそれが正しいことのように吹聴するからです。

しかし、よいものはよいし、悪いものは悪いのであって、それをごっちゃにしてしまうから、これだけの災いも起きてくるのです。日本はもとより世界中にです。

同性愛者の意見などこれだけ間違った意見もないからです。

そうではないでしょうか。同性愛というのは精神異常の一つであり(それはそうでしょう。普通は男なら男の心を持っているのが正常であり、女なら女の心を持っているのが正常なのです。同性愛者は男なのに女の心を持っていたり、女なのに男の心を持っていたりするのですからどう考えても異常でしょう)だから同性愛者の意見をそのままきいている人たちは、精神異常者の意見をそのままきいていることと同じであり、だからおかしくなるのです。世の中がです。

根本的な考えが違う(間違っている)精神異常者の意見をそのままきいているからです。(精神病院に入院している患者のいうことをそのままきいたらおかしくなりますよね。それと同じことをしているのです。同性愛者の意見をそのままきいている人たちはです)

そんな精神異常者の意見までいれてしまうのなら、正しいことが分からなくなるのであり、正常な人たちの意見だけでいいのです。

そういう正常な人たちの意見だけで進めるなら、異常な人たちも段々正常に戻っていくからです。

異常な人は正常に戻してやらなければいけないのです。そうしないと、その人たちはこの世に生まれて来た意味がなくなるからです。

男と生まれたのなら男でしか出来ない仕事を、そうして女と生まれたのなら女でしか出来ない仕事をするために、その人たちはこの世に生まれて来ているからです。(もちろんそれは私たちも同じですが)

同性愛など広げてしまえば、そんな国は滅びる、そういうことを歴史は教えています。(聖書に書かれたソドムとゴモラの町)

間違ったことをしているから災いが増えるのです。だから正しいことを行う人を増やさないといけないのです。

そうすれば奇跡が起きてくるからです。

その奇跡が次々に起きているのは今のところ私だけです。では、私のいうことを(この神理を)ききませんか。

そうすれば今のような災いばかりが起きる世界ではなく、奇跡ばかりが起きてくる、そんな世界に段々変わってくるからです。

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