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2月 26 2012

正しい性のあり方③

10:51 AM ブログ

では、正しい性のあり方とはどのようなものなのか、ということですが、それは前に書いたことがありますが、正しい目的(お互いの愛情を確かめ合い)と人(自分の妻または夫)と時と所を得て行うものが、正しい性行為であり、正しい性行為を行うのであれば、それはお互いに相手のことを思いやり(愛情を確かめ合うのですから、当たり前の話です)男は自分勝手にやるだけやって終わるのでなしに、また女もマグロ状態ではだめで、お互いによくなるよう努めなければならないのです。

キリスト教では次のように教えています。

「妻たる者よ、その夫に服(したが)へ、これ主にある者のなすべきことなり。

夫たる者よ、その妻を愛せよ、苦きをもて之をあしらふな」(コロサイ書)

「夫はその分を妻に尽くし、妻もまた夫に然(しか)すべし。妻は己が身を支配する権をもたず、これを持つ者は夫なり。

かくの如く、夫も己が身を支配する権をもたず、これを持つ者は妻なり」(コリント前書)

妻が夫に従うことは、キリストを信じキリストに従わんとする者が当然為さなければならないことであります。(キリストを信じない人はいないと思います。では、キリスト教の教えの正しい部分は信じられた方がいいと思います)キリストに従うとは、キリストは天なる神の子であることと、神を敬うことを教えられたのでありますから、妻が夫に従うということは、それがそのまま神の道を行うことであり、神を信じて敬い、かつ礼拝するということにもなるのです。

夫もまた妻を愛するということが、そのまま神を信じ愛することになるのですから、夫も自分勝手な行動で妻を悩ませたり、苦しみを与えたりしないようにしなければならないのです。

夫は夫のなすべき分を尽くすということが、同時に妻を愛するということになるのであり、妻もまた、妻に与えられた役割を十分に果たすことが、夫を愛するということになるのです。(ということは、夫の仕事が忙しくてこちらにかまってくれない、などという文句は妻は言ってはいけないのであるし、最近は男が育児休暇などとって家庭のことをやっていますが、やはり、男には男のするべき分があるのですから、その分をしっかり果たすこと〔社会貢献〕が本当の意味で妻を愛するということになるのです)

「妻は己が身を支配する権をもたず、これを持つ者は夫なり」

と書かれてあります。ということは、妻が自分の体を自分のものだと思い、夫の心を無視して自分勝手に振舞ってはならないということであり、妻の体をどのように支配し動かすかは、その権利を持っている者は夫なのですから、妻は自分の体を動かす時に、夫の心に添うよう、夫の心を満足させるように動かなければならないのです。妻自身の行動が、夫の心を苦しめるようであってはならないのです。

最近は格差婚というものも話題になっていますが(例えば超売れっ子の女優と漫才師の結婚とか)だいたい離婚しています。その理由がまた似たようなもので、だんなの浮気ということが多いようですが、世間では浮気をした男が悪いということになります。

しかし、では、このだんなに浮気された有名女優は、ここに書いてあることを知っていたのでしょうか?(妻は己が身を支配する権を持たず、これを持つ者は夫なり)まず、知らないでしょう、ということは世間でチヤホヤされるままに、夫にも(自分の方が収入も多いし、世間の注目度もまるで違いますので)横柄な態度を取っていたのではないのでしょうか。

自分の体は自分のものだと考え、自分の体だから自分の自由にすればいいのであって、夫の言うことに一々自分の体を使うべきではない、夫の言うままに体を動かしてはならないと考えていたのではないでしょうか。(キリストの教えとはまるで逆です)

離婚の理由で一番多いのは「性格の不一致」だといわれますが、これは要するに「性生活の不一致」ということが多いのです。

夫の要求に対し妻が応じないのです。このような格差婚の場合、妻のプライドは山のように高いでしょう。そんなプライドの高い妻が、自分よりはるかに下に見ている夫の要求を素直に受け入れるでしょうか?まず、ないでしょうね、よほど機嫌のいい時や欲求不満の時くらいなら受け入れるでしょうが、それ以外では夫に自分の体を自由に触らせることなどありえないでしょう。

となれば、横にいい女が寝ていても、その女に手を出せないのです。夫はヘビの生殺し状態です。男にとってこれほど辛い状況はありません。だんなは必然的によそに女をつくるということにならないでしょうか?

世間では浮気をした男が悪いということになり、実際に自分が浮気をしたのだから「自分が悪い」と言わざるを得なかった、男の辛さ悲しさが私には感じられてなりません。

こう書けば、それは男の身勝手で、あなたが男だから男の味方をしているだけだろう、と言われそうですが、しかし、では、なぜこのような格差婚で別れる理由が“夫の浮気”というものが多いのでしょうか?

格差婚ばかりではありません、ドメスティク・バイオレンスなども昨今はずいぶん言われるようになりましたが、いわゆる我が強くて素直でない妻に、では夫はどう対処すればいいのでしょう?

そんな妻に口で何か言っても聞くわけありません。(というか逆に言いこめられてしまいます)夫が浮気したり、妻に暴力を振るったりするのは、その心の奥に妻に対する不満と、それに気づいてもっと自分を愛してほしい、という男の気持ちがあるのです。

このようなことを書けば、それは男の甘えだなんだと言われる人もありますが、しかし、夫婦が愛情を確かめ合うのは性生活が主なのです。その性生活を拒否されたら、自分は妻から愛されていないのではないか、と夫は感じるのです。(現実に妻に性行為を拒否されると仕事も何もやる気がなくなる、という話を私は何人もの男性から聞いたことがあります)それに性生活は(女は心の奥に神を宿しているのですから)神のエネルギーを妻からもらえることにもなりますので、エネルギーの補給という意味でも、男にとっては非常に大事なことなのです。その性生活で妻が男の言うがままに、それ以上に積極的に尽くしてもらえれば、男は力もわき、また、妻は自分を自分が思っている以上に愛してくれている、という確認もでき(これでまた男はやる気をだします)夫が妻を愛する心も倍化します。

それほど愛する妻が家にいて外に女をつくれる男がいるのでしょうか?そんな愛する妻に暴力を振るえる男がいるのでしょうか?

はっきり言いまして、そんな男は一人もいないのです。夫に浮気されたり暴力を振るわれたりする妻は、やはり夫に対する愛が足りなのです。逆に言えば、浮気をしたり暴力を振るったりする夫でも、女が愛を出すのであれば、その女の愛の力の前には、そのような男の悪い部分も浄化されよくなるということです。女の愛はそれほど偉大な力がありどんな男をも癒すのです。

フランスの古い諺(ことわざ)に「昼は賢婦であっても、夜は娼婦であれ」というものがあります。(日本にも「時には娼婦のように」という歌がありますが)別に娼婦だと思う必要もありませんが、夫の要求には妻は素直に従うことです。「妻の体を支配する権を持つ者は夫」なのですから、夫の言うままに妻は夫に体をまかせるべきでしょう。それが妻が夫を愛している証となり、そうすることで神のエネルギーが循環し、夫もやる気を出し、そのような愛ある家庭に奇跡が起きるのです。(私が前回、結婚前の女性は身持ちが固い方がいいと、わざわざことわったのは結婚後の女性は〔もちろん夫に対してだけですが〕夫の要求には素直に従い体を開いた方がいいからです。同じく将来結婚する人のために女性は体を大事にした方がいいといったのも、その女性の体は自分のものであって自分のものでないからです)

性生活が正しくなければ夫婦は一体になれません。それだけ正しい性のあり方は大事なことなのです。

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