5月 13 2021
神理の計り知れない力と悪魔の洗脳
昨日もまた怒っている人が多かったですね……といいたいところですが、そうでもなかったですかね。昨日などはです。
あんなブログを書いたのです。さぞ怒っている人が多いと思っていたんですが、昨日はトラックの運転手など怒っていたのは半分くらいで後の半分の運転手は引いていましたね。それはそうでしょう。だって本当にもうずいぶん減っているからです。トラックばかりでなく車がです。
それはこの辺り周りを見れば嫌でも分かります。もういい加減、冷静になって何でこんなことになっているのかと真剣に考えないと、本当に危ないと誰でも分かるはずであるからです。
だから、さすがのトラック運転手も、それが半分くらいの人には分かってきたということではないのでしょうか。後の半分くらいはまだ分からないようですが、しかし、その分からない人たちが(私の顔を見て怒ってブシュなどとやっていった人たちが)今頃、心臓が止まっているかもしれません。(怖)
だからもう真剣に考えた方がいいのではないですか。いま起きていることをです。単に感情的に怒っているだけではなくです。そんな単純なことが起きているのではないからです。
いま起きている恐ろしい現象は死んだ後まで祟るからです。
と、そのような人たちを尻目に昨日私は久しぶりに庄内川にいってきたんですが、川に向かって呼びかけているとバシャバシャやっているのが何匹もいました。そうして、細かい魚たちもたくさん川の浅瀬に来ていました。
またこれから細かい魚などたくさん出てきますね。(凄い数、出てくる時がありますから)そういう季節になってきたからです。
しかし、まだカニは出てきていませんでしたね。昨日など呼びかけても全然出てきませんでしたから。もう出てきてもいい時期なんですけどね。カニもたくさんです。
しかし、カニがまだ出てきていない分ずいぶん昨日はツバメが飛んできていました。鳴きながら飛び回っているのもいて元気なものです。十羽くらいいましたかね。昨日庄内川で見たツバメはです。
庄内川はあちこちにツバメがわりとたくさんいるのです。九月くらいまでいるのがいますんでまたにぎやかな日々が続きます。これから秋までは庄内川はです。(笑)
この前、堀川にいっていた時のことです。川辺を歩いて声をかけていると魚たちがあちこちで跳ねていました。すると私の足元を何か小さな細長い生き物が通ったのです。
すぐに横の草むらに入ってしまったんですが、どうもトカゲぽかったので身体を少しかがめて、その入っていった草むらの辺りに向かって「おい、いるのか。いたらちょっと顔を出せ」と呼びかけたのです。
すると、しばらくしたらガサガサガサと音がしてトカゲが一匹顔を出しました。
それで「おっ、いたな。お前元気か」と声をかけると、チョロチョロと舌を出して、喉の辺りをゴロゴロさせて何か嬉しそうです。
しばらく、そのトカゲを見ていましたが、私が見ている間中そのトカゲもジッとこちらを見ていました。舌をチョロチョロ出しながらです。
トカゲとはいえかわいいものです。爬虫類って表情がなさそうでよく見るとあるんですよね。心が顔に出るといいましょうか。何かかわいらしかったですね。そのトカゲもです。
しかし、最近ふと思ったんですけどね。東山動物園にいった時もオオトカゲがずいぶん愛想がいいのです。(日によって全然違うんですけどね。知らん顔をしている時もありますから。〔笑〕)
だとしたら、私が恐竜がいる時代に生まれていたらどうなっていたのかなとです。
しかし、鳥や魚同様に恐竜までたくさん集まってきたら怖いですよね。どんなでかいのが寄ってくるか分からないからです。(笑)
ほんとリアルジェラシック・パークの世界なのですが、そういうことも起きたかもしれないなと思うと、改めてこの正法神理の凄さ、偉大さがよく分かります。
そんな恐竜が寄ってくるなど、そういうことも起きかねないからです。神理を実践していればです。
だから、こんなことも起きている(多くの天罰がくだる)神理にはどれほどの力があるか知れないからです。
それを考えると思いませんか。どれだけ神理とは可能性があるのかとです。現れてくる力にです。それこそ無限大にあるのではないかと思えるわけです。神の力は無限であるからです。
その神と同じような力が与えられるのが神理を極めた人たちであるからです。(その代表が釈尊、キリスト、モーゼです)
だから、この神理から遠ざかれば遠ざかるほど災いが現れてくるのです。そのような心は神の心ではないからです。
だから、今のような悪魔の左翼思想に染まれば染まるだけ災いが現れる。今の世界がそうだからです。悪魔の左翼思想は神理とは正反対の思想であるからです。
そのような思想に支配されればされるだけ災いが現れる。そのような思想は間違っているからです。
だから、今生はこれだけの災いが現れている。そのような間違った考えに支配されている人が多いからです。
しかし、間違った考えに支配されている人たちは、私のような正しい考えの者を目の敵にする。だから私はこれだけ多くの人に嫌われ、嫌がらせまでされるのです。それだけ今は悪魔の思想に洗脳されている人が多いからです。
だから、このブログを見ていて、逆らっている人はもちろんですが、まったく動こうとしない人もやはり悪魔の思想に洗脳されているのです。多少の差こそあれです。だから私のいうことに全面的に賛成出来ない。
あそこは違うだろう。そんなことしたら窮屈(きゅうくつ)でかなわん。まったくそうではないのにです。神理に従えば従うだけ実は自由になるのにです。
神は人間に自由を与えられ悪魔は人間に支配を求めているからです。だから実際は逆なのです。悪魔の思想に従えば従うだけ不自由になっているのですが、しかし、それが分からない。
その分、悪魔の思想に洗脳されているからです。だから、神理に賛同できない。悪魔に洗脳されている部分が多いからです。
そうでない人たちは、ちゃんと協力出来るからです。これだけ次々に奇跡が起きてくる教えに賛同しない方がおかしいからです。神の子の人間であるならです。
しかし、何でこんな教えにすべて賛成するのかと、そういう人の気持ちが分からない。それはその分、自分が悪魔の思想に洗脳されているからです。自分ではそんなことはないと思っていても、もし悪魔に洗脳されていなければ神の教えには従えるはずであるからです。全面的にです。
しかし、それが出来ない。その分、悪魔に洗脳されているからです。
だから奇跡が起きてこないのです。そのような人たちにはです。その神理に反している部分が間違っているからです。
だから、この神理に従えば従うだけ奇跡が起きてくるのです。神理こそすべて正しい間違いのない神の心であるからです。
いつになったらそれが分かるのですか。それが分からないうちはドンドン差が開いていくのです。
起きてくることにです。
神理を実践している私たちにはドンドン愛ある奇跡が現れ、神理を知らない人たち、または知っていても逆らったり、無視している人たちには、ドンドン災いが現れていく。
これこそ心の差であり、それが生きている時だけではなく、死んだ後まで起きてくることの差となって現れるのです。
だから神理を実践している私たちは死んだ後は愛ある奇跡が起きる天上界にいくのであり、災いが起きている人たちは、その災いが起きる地獄界にいくということです。
いま起きていることが、それを教えているのです。自分の死後の世界までです。その起きている通りの(自分の心の通りの)世界にいくことになるからです。死後の世界はです。
だから、生きているうちに直さないといけないのです。周りに起きてくることをです。災いばかりが起きている世界にいては、それは生きている間だけではなく、死んだ後まで続くからです。そのような苦しみがです。
しかし、その苦しみはこの神理を実践しない限り止らない。
皆さん方は本当にラッキーですね。
そうではないでしょうか。だって、この災いの止め方など分からないんですよ。普通であるならばです。だから神理を知らない人たちは右往左往するしかない。災いが次々に起きてきてもです。
しかし、神理を実践している人にはそんな中でもちゃんと奇跡は起きてくる。だから、その道を進めばよい。
そうすれば幸せになれるからです。回りに奇跡が次々に起きていて不幸になるわけがないからです。
こんな教えが他にありますか?
一体いつになったら分かるのですか。この神理の計り知れない力がです。
そうしていつになったら気づくのですか。その悪魔の洗脳にです。
早く気づかなければ滅ぼされるのです。そのような滅ぼされていく人たちがすでにもうたくさん出てきているからです。



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