5月 25 2021
本当に価値あるもの
昨日もお怒りの人たちがたくさんいましたね。だから昨日もいったんですけどね。
「神理をきいているんだから感謝もせず嫌がらせなどしているなら罰は当たる」とです。そうして「行えば奇跡が起き、逆らえば天罰がくだる、こんな教えは他にないのだから、そんな教えをきいているのなら布施するのが当たり前でしょう」とです。「それくらいの筋は通したらどうですか」とです。
しかし、それをきいても、怒るか、黙るかのどちらかです。自分が悪かったと頭を下げ、感謝の布施を行う人など皆無です。そういう筋を通す人など誰もいないのです。これでは止まらないでしょうね。災いはです。ということは正しい行いをする人が皆無であるということであるからです。
しかし、よく考えてみてください。この神理を中心に置いて生活するなら周りに奇跡が現れ、政治を行うなら大調和出来、仕事をするなら二倍三倍の量をこなせるようになるのです。
これほどの教えを無視し逆らうくらいもったいなく危ない話もないでしょう。これだけ天罰がくだっていてまだそれが分からないんでしょうか。特にこちらの人たちなど神理のそれほどの価値がです。
そう考えてみると金や物などどれほどの価値がありましょう。だいたい、日本など通貨発行権があるんですから、金(円)などつくろうと思えばいくらでもつくれるのです。日本政府が国債を発行すればいいだけの話だからです。
そう考えるなら、金など一体どれほどの価値があるというのでしょう。そんなもの無限につくり出せるからです。アメリカや日本などの通貨発行権がある国は世界のどこでも通用する自国通貨のドルや円をです。
では、それがほしいならほしいだけつくれば(政府が国債を発行すれば)いいからです。極端な言い方をすればです。
だから、いろいろ策をめぐらし自分たちばかりその金を手に入れようと必死になっている人たちが哀れですよね。そんないくらでもつくれる金に価値などないからです。ただ、今生は、それを持っていれば都合がいいというそれだけの話に過ぎないからです。(だから総理の裏にいる人たちも、そんなに金がほしいなら、よけいなことをせずに総理に頼んで国債発行してもらったらいいではないですか。その金を直接もらう方が手間もなく早いからです。〔苦笑〕よけいなことをされて不幸になる人が増えてもかなわないからです)
そうして、物もその金があるならだいたいの物は手に入るのです。
よく考えてみればそんなもの何の価値があるのでしょう。そんないくらでもつくれるものなどです。そう考えるなら、金や物より、そういうものをつくり出す心とか(自分のことばかりでなく)人のことまで考える愛の心とか、そういう心の方がよほど価値あるものなのではないのでしょうか。そのような心がなければ何も出来ないからです。その心が他の多くの人たちを救うからです。
だから、その本当に価値あるものを大切にしないといけないのではないですか。その本当に価値がある心をないがしろにするなら不幸にもなるからです。
価値が大きければ大きいだけ自分たちの幸、不幸に大きな影響を与えるからです。
その本当に価値がある心をきれいに正しくするものが(その心をより以上に価値あるものにすることが出来るのが)この正法神理であるのです。
だから、この神理を実践するなら、心がきれいになり愛深くもなって周りに多くの幸運が現れてくるのです。
昨日でも私は買い物ついでに庄内川にいって、しばらく庄内川をのぞいていましたが、それだけで細かい魚たちがたくさん寄ってきて(もうそういう季節です。この時期たくさんの小魚たちが寄ってきます。川沿いで川などのぞいているならです)この時期にしかいない鳥も飛んできて楽しかったですよ。一時間ほどいただけですけどね。
そのこの時期にしかいない鳥など激しく上下に飛びながら飛んできたものですから、それで分かったのです。またその鳥が来ているとです。
その鳥は飛んでいると急に急降下して川の中にドボンと飛び込んで魚を捕まえる、カワセミのような鳥なんですが、カワセミよりは大きくて白っぽい鳥なのです。
前に動画にも撮ったことがあるのですが、この鳥はこの五月、六月くらいの頃しか見ない鳥で、その鳥が分かりやすく上下に上がったり下がったりしながら飛んできたものですから、それで「ああ、あの鳥がまた来たのか」とすぐに分かったのです。
まるで私に気づいてもらいたくてそのような飛び方をしているかのようでした。その鳥はです。だから「お前来たのか」と声をかけると、その鳥は私の前で一層激しく上下に飛びながら飛んでいきます。私が声をかけたとたんずいぶん喜んでいるように私には見えました。
しばらくすると同じ種類の鳥がまた飛んできたのですが、その鳥は先ほどの鳥と違い、一直線に飛んできたのです。スーと平行に飛んでいたのですが、近くまで飛んできたので私が「よー、またあれを見せてくれよ」と声をかけたのです。
するとです。急にその鳥は私の目の前で急降下したのです。もちろん私はそのことをいっていたのですが、まるで私の心が分かっているかのように、その鳥は私の前で急降下して川にまでは入りませんでしたが、そのまままた急上昇して飛んでいきました。
最初に上にいったり、下にいったりして飛んでいた鳥が私の前で急降下したのではないのです。その次に来たまっすぐに飛んでいた鳥が私が声をかけたとたん急降下して、その後急上昇して飛んでいったのです。
では、たまたまそういう態度を取ったのではなく意識的にそのような態度を取ったということになります。その鳥はです。
だからつまり、それだけ人間の心が分かるということです。鳥だけでなく人間以外の動物たちはです。
だから通じたのです。私の心がです。このような鳥たちにです。心は通じているからです。あらゆる生き物にです。多分、心が通じていないのは人間だけでしょう。
人間だけが、そのあらゆるものに通じる心を汚してしまっているからです。
だから通じなくなった、人間だけが、自分の心を汚してしまったからです。そうして愛もなくしてしまったからです。だから、そのような動物たちも寄ってこない。
愛のない人が多いからです。しかし、愛がなくなれば災いが寄ってきます。だから不幸になる人が多い。いま現在は心に愛がない人が多いからです。
こう考えてみるならです。本当に価値があるものとは一体なんであるのかはおのずと分かってくると思います。
だから、本当に価値あるものとは、その心ですよといっているのです。心に愛があるなら周りからたくさんの愛がもらえて災いからも守られるからです。
そうして、心が救われるなら自分は救われ、心がきれいなら何にでも通じるからです。その心はです。もちろん神にまでです。
金を払ってそれで動物たちが寄ってくるのですか? 金をたくさん積めば神が自分の願いを叶えてくれるのでしょうか。
そんなことはないはずです。
金などいくら積んでも動物たちに好かれることもなければ神が願いをきいてくださることもないのです。人間だけでしょう。金をもらって喜んでいるのはです。
では、一体何が一番価値あるものなのですか? それをしっかり理解しないといけないのです。それを理解しないから多くの人が不幸になっているからです。



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