6月 24 2021
縁は異なもの味なもの
もうドンドン増えていきますね。怒っているところやドン引きしているところがです。
神理に逆らい嫌がらせをし続けている人たちなど現代の人たちだけなのです。よくそんな態度をいつまでも取っていられるものです。それでは天罰は止まらず激しくなるだけです。
もうずいぶん滅ぼされている人が増えてきているようです。(ほんと恐ろしい)そんなことが起きてきたのなら、昔の人たちなら恐れおののきみな頭を下げ布施されたのです。
それが正解なのです。現代の人たちも同じ態度を取りませんか。そういう態度を取らない限り、いま起きている恐ろしい災いは絶対に止まらないからです。
昨日、布施をもらったんですが(ウナッシーさんともう一人の方に)その布施をもらった一人の方から(その方は独身女性の方でおそらく生涯独身でしょうといわれています)生涯独身の女性は、どのような心がけで生きていけばいいのか教えてくださいとメールをもらいましたので、その返事を書いておきます。
しかし、生涯独身かそれとも結婚するかはまだ分かりません。(それこそ死ぬまでです)そう決めつけるのではなく、今ある心を磨きましょう。女性であるなら、もっともっと愛を深めていきましょう。そうすればどのような良縁がついてくるかしれないからです。
心をきれいにし愛を深めれば深めるだけ良い縁がついてくるからです。
そのメールをくれた方は、生涯独身であるなら、子供を産み育てるという女性の生き方から外れてしまうのではないでしょうかと書いていられましたが、しかし、生涯独身と決めてこの世に生まれてきているのなら、そういう生き方をしないことが正しいのですから、逆にそのような人はそういう生き方をしてはならないのであって、高橋先生や園頭先生のご著書に、そのような女性の生き方が書かれたあるのは、それは一般論を書いていられるのであり、そういう(子供を産み育てる使命を持って生まれてきた)女性が多いので、そう書かれているのであって、それがすべての女性に当てはまるものではありません。
だから、一概にそうでないといけないとはいいませんが、ただ、昨今(さっこん)のようにです。
人に(男に)あわせるなどまっぴらごめんと、それで結婚しないとか、子供はほしいが結婚するのは嫌だから子供だけつくって、それで自分一人で育てるとか(未婚の母)それではいけないので(それはただのわがままで、そういう人の下に生まれてきた子供もかわいそうですので)ですから、そのような女性の正しい生き方を両先生は書いていられるのであり、だから、それは生涯一人と決めてきた人には当てはまらないのですから、この世に結婚すると決めて生まれてきた女性の生き方をあまり気にすることもないのでしょうが、しかし、先ほども書きましたように生涯一人かどうかはまだ分かりません。
ですから、そのような質問をされた方もです。せっかく神理と巡り合ったのですから、この正法神理をもっともっと実践され愛を深めていってください。そうすればどこでどのような良縁に巡り合うか分からないからです。
縁は異なもの味なものといわれているからです。
とにかく愛を深める方、深める方へといけば間違いありません。そうすることによってよいことも起きてくるのです。だから、そのような(愛を深める)考え方を間違えてはならないということです。
例えば、昨日ニュースにもなっていましたが、あの夫婦別姓の問題でもそうです。今回最高裁が夫婦別姓を認めませんでしたが、それが正しいのです。
こういう問題は、一見すると夫婦別姓を強制するものではなく、選択の自由を認めよといっているだけなのだから、それくらい認めればいいではないかと、何でも自由優先の悪魔の左翼思想に染まってしまった人たちは主張するのですが、しかし、これだけ愛のない考え方もないのです。
そうではないでしょうか。この夫婦別姓は、このようにすれば離婚しやすくなるとか(別れることが前提ですから)子供のことを考えず、自分たち優先の考え方でしかないからです。
この夫婦別姓を希望する人たちは、ただ、自分たちの前の姓を捨てたくないとか(別に捨てなくてもいいでしょう。旧姓で仕事をしている女性などいくらでもいるのですから)その方が仕事がしやすいとか、何かの手続きがしやすいとか、自分のことばっかりです。身内の(特に子供たちの)ことなど考えてもいないんですから、これだけ愛のない考えもないわけです。
だから夫婦別姓など、家族をバラバラにするこれだけ愛のない制度もないのですが、こういう制度に平気で賛成する愛のない人たちが最近は増えているのです。自由という言葉に騙されてです。
なにか、自由は愛に勝るかのように思われていますが(いま現在は悪魔の左翼思想に洗脳されている人が多いため)しかし、この世に愛に勝るものはありません。だから、決して愛を忘れてはならないということです。愛を最優先にしなければいけないということです。
そのように愛が深まる方、深まる方にいくなら、間違いなく幸せになれるからです。
だから夫婦とはキリストがいわれた一体とならなければいけないのであり、だからそちらの方にいく方が幸せになれるのですから、夫婦別姓などもっての他なのです。それくらいキリストの言葉にそむく愛のない考えもないからです。(だから逆に世界の人たちに教えてあげてください。〔というか、夫婦同姓の国も多いんですよね。世界はです。そういう報道をしませんが。マスコミはです〕夫婦は同姓でないといけないとです。〔苦笑〕)
しかし、どちらにしても、結婚するもしないも、生涯独身と決めてこの世に出てきた人は、霊の修行のためだけに出てきているのあり、結婚すると決めて出てきている人は、霊と肉体の両方の修行をするために出てきているのであり、その違いなだけで、同じこの世の修行には変わりがありません。
そうして、その自分のこの世の修行の本当の目的と使命は、この世で愛を深めれば深めるだけ分かってきます。
こうと決めつけるのではなく、今は愛の実践こそ大事なことなのです。そのような愛の実践を重ねていくなら必ず良い導きがついてくるからです。
メールをくれた方は、高橋、園頭両先生のご本も読まれ、私のブログも読んで、そうして布施までしてくれています。
そのような実践を続けていかれるなら、神のご加護もあり良縁にも恵まれることでしょう。(そうして、そのような疑問、追求の心もよいです)今のまま進まれることです。
そうすれば、知らないうちによいことが(奇跡が)起きてくるようにもなるからです。



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