7月 21 2021
神の導き 神理を理解しない不幸
もはやすさまじいですね。すさまじい数、現れていまるようです。こちらなど天罰がです。
どこかの会社などドン引き状態ですしドンドン増えていきますもんね。怒っているところがです。そうしてドン引きしているところもです。もうぐうの音も出ないところもあるようで、特にひどい嫌がらせをしていたところにそういうところが多いようです。
それでもまだ頑張っているところもありますが、悲惨でしょうね。そういうところはです。わずかにまだ残っています。そういうところもです。しかし、そういうところは、もう凄い数、出てくると思いますよ。まだこれから難病、奇病がです。
神の業はそれほど甘くはないからです。反省しない限り止ることはないからです。
もう頭を下げるしかないのです。それ以外、その難病奇病を止める手立てはないからです。だから昔の人たちは皆そういう態度を取ったのです。そういう態度を取らないと、災いが止まらないのが分かっていたからです。
しかし、現代の人たちは、絶対にそのような態度を取りません。だから止まらないのです。恐ろしい災いが(神の業が)です。
神の業に対する態度がなっていないからです。神の業に対しとんでもない態度を取り続けているからです。
あまりに理解しなさ過ぎでしょう。現代の人たちはです。神理に逆らっているばかりに現れてくる神の業をです。だから死ぬほど出だした。そういうものだからです。本当の神の教えである神理に逆らうということは、すさまじい天罰がくだるということであるからです。
それは今日から行われるオリンピックでも分かることでしょう。日本の選手たちは前回のオリンピックでずいぶん、その神の業に助けられたのにまったく感謝しなかった。
では、今回のオリンピックではどういう結果が出るのか? ということです。それでまた神の業が証明されることになるのです。
予想以上の悪い結果が現れてくるからです。
予想では(週刊誌などでも書いてありますが)今回の東京オリンピックは日本は金メダルラッシュになるのではないかといわれていますが、残念ではありますが、絶対にそうはならないでしょう。
逆に地獄を見ることになるのではないでしょうか。今回の東京オリンピックでは日本の選手たちはです。それだけ神の業を無視した罪は大きいからです。
それはすでに始まる前から見えています。
また今度は絵本作家がオリンピックの出演を辞退されたそうですね。もう続々と辞める人が出てきます。それに経済界のお歴々が次々にオリンピックの開会式の出席を見送るとか。そうしてスポンサー企業からも開会式の欠席を表明する企業が続出。
もうほとんどの競技で無観客も決まっていてドンドン寂しくなります。今回の東京オリンピックはです。みな人が去っていくからです。
人がドンドン離れていくということです。そのように導かれるのです。神からです。
そうして、そればかりでなく東京の新型コロナの感染者が半端なく増えてきました。(昨日など火曜日としてはこれまでで最高の感染者だとか何とかいってませんでしたっけ?)しかし、何か首都圏だけ突出して増えていませんか。新型コロナの感染者がです。
今回の東京オリンピックのほとんどを行うことになる首都圏だけです。
大阪や愛知も増えだしてはいますが、首都圏レベルではないですもんね。(大阪は例の広域一元化条例がありますから、増えるの仕方ないし)よりにもよって、オリンピック競技を行う場所でだけ感染者がドンドン増えているというのは、どう考えてもおかしいですよね。
あまりにタイミングが悪いからです。特に東京などオリンピック直前くらいから増え方が急激であるからです。
だから、このようなことになるということです。裏目裏目に出るのです。やることがです。神に(神理に)逆らっているとです。そのように導かれるからです。
神理を実践している私たちには次々に奇跡が起きてくるんですから(これもまたそのように導かれているのです。神からです)その逆の目が出てくるのは当然の結果であると思いますが、それが本当によく分かることになるでしょう。
今回の東京オリンピックではです。神理に逆らっていることがいかにいけないかということがです。ここら辺の人たちだけではなく他の地域の人たちにもです。東京オリンピックを通してです。
しかし、この辺りの人たちは何度そういうことが起きてきても、それでも理解しません。しかし、他の地域の人たちは、神理に逆らうことの恐ろしさを今回はぜひ理解してほしいものです。
今回の東京オリンピックでは、そのようなことが(私のいっていることが)本当によく分かると思うからです。そのような運の悪いことが今回の東京オリンピックでは次々に起きてくると思うからです。まだこれからです。
そのような結果を見たら、今度こそです。今度こそ私のいうことをきいて神理に帰依して(せめて布施くらいはして)ほしいものです。
そのように神理に帰依した人だけがこれからは救われていくからです。正しい神の導きを得られるからです。
そのような神理の正しさがこれからはドンドン分かってきます。それと分かるような現象がまだこれからたくさん現れてくるからです。
そのようなことをもうしっかり理解しないといけないのです。このブログを長く見ている人たちはいい加減です。
神理を正しく理解しない限り不幸は続くからです。



人目の訪問者です。

昨日は母を病院につれていっていたんですが、朝から出ていくと相変わらずの人気ぶりであちこちでよけいなことをされました。私の人気は今年も健在なようです。(苦笑)
昨日など一日外に出ていたんですが、しかし、感謝する人は皆無ですね。くだらない嫌がらせをしてくる人はたくさんいてもです。これが反対であったなら、この辺りはさぞたくさんの奇跡が起きていたんでしょうが、逆の態度を取る人ばかりです。
それではこれだけ天罰がくだるのも仕方ない話でしょう。
自分たちは神理をきくだけきいて、それにはまったく感謝せず嫌がらせをしまくっているなど、そんなことをしている人たちきいたことがないからです。(多分)歴史上初のことであるからです。
そういう、これまでにないほどの大間違いをしている人たちなどすべて天罰がくだるでしょう。昨日くだらないことをしていた人たちも、それはもう分かったと思います。(もうくだっている人も多いはずだから)
そのような神理の正しさが分かった人たちから、素直に頭を下げませんか。神理の正しさが分かっているのに、それでもなお逆らうなら、その天罰はさらに激しくなって自分たちに降りかかってくるからです。
昨日などあの15パーセント値引きをしなかったドラッグストアにまた買い物にいったんですが、そうしたらそこのスタッフがやたら怒っていました。
その15パーセント値引きをしなかったスタッフはいないようでしたし、何か(ひどいことが)起きたのかもしれませんね。そのスタッフにです。(または、そのことをここに書いたから怒っていたのかもしれませんが。〔苦笑〕ここに事実を書くとやたら怒る人も多いですから)
しかし、もし、そのスタッフにひどい現象が出ているのならです。(または他のスタッフかもしれませんが。あまりにそのスタッフの我が強ければ、他の人に出ますから)やはりそのスタッフが、あの時わざと15パーセント値引きをしなかった何よりの証拠であるのです。
だから、そんなことが起きたのです。天は心の中をすべてお見通しであるからです。
そういう悪いことをわざとしようとしたというなら、それがたとえ未遂に終わろうと、その罪は消えません。それが未遂に終わったのは私が勝手にそれに気づいて、そのようなことをやらせなかっただけの話で、それをやろうとした人の罪は消えないからです。そのような悪いことを行おうとした、その心が消えない限り(そのような心を反省しない限り)その罪は消えないからです。
だから起きたのです。そのようなひどいことがです。そのような悪いことをしたことに対する(したのと同じですから。心の中でそれをしてやろうという心が残っている限りはです)天罰です。
だから私はいっているのです。私に嫌がらせなどしてはいけないとです。
それはこのドラッグストアの件を見ても分かると思います。このひどい天罰を食らったであろうスタッフなど、私から金をごまかしてやろうとした金額などわずか百円、二百円のことなのです。
しかし、もしそれでひどい天罰を食らったのなら自分の損は一体どれくらいになるのでしょうか。
まったく比べものにならないということです。
もし、その天罰がくだることによりおかしな病気になって、それで入院までしなければいけなくなるなら、当然仕事は休まなければいけなくなります。(それで収入はなくなります)そのうえ入院費までかかり、そうして、その病気の治療のため自分もつらく苦し目に遭い、自分自身もどうなるか分からないのです。その病気がちゃんと治るかどうかも分からないからです。ちゃんと治らないような病気になるなら(またはひどいけがでも同じですが)仮に命は助かったとしても、一生その後遺症に悩まされることになるからです。
そういうことも起きるということです。あまりに神理に逆らっているとです。それ以上のひどいことが起きている人もいるからです。それこそ命までなくしてしまうような人までです。
だから、昔から多くの人が神理に逆らうことなどしなかったのだし(そういうひどいことが起きた人がたくさんいたからです。キリストに対するユダ、釈尊に対するダイバー・ダッタなどその典型ですが)それが神理と分かったのなら、皆その神理には従ったのです。
その方がよほど自分たちは幸せになれるからです。それはこれまでのことを知るなら誰だって分かることであるからです。(例えば釈尊やキリストによく従った人たちを見るならです。それこそ、釈尊やキリストの弟子たちなどその典型でしょう。弟子の多くが神通力を持って奇跡を起こしたからです。だから、神理に従えば従うだけ〔正しく実践すればするだけ〕幸せになれるということです)
こういう事実がすでに分かっているのです。もうはるか昔からです。
にもかかわらず、現代の人たちは、それが神理と分かっていても平気で逆らい無視します。
それでは仕方ないのではないですか。こういう(ひどい)ことが起きてきてもです。神理にはそのような神通力が(お陰が)あるのだし、その神理に逆らう自分たちが悪いからです。大きく間違っているからです。
昨日など家に帰ってくると、どこかの会社がドン引きしていました。そうして昨夜も遅くまでひどいことが起きているようでした。(だから昨日だけでも相当くだっているんではないですか。天罰がです)
その前まですさまじい怒りようで(土曜日の帰ってきた時とか、昨日私が出ていく時とかです)昨日帰ってきたらドン引き状態なんですから、その変わりようにはこちらも戸惑うんですが、それだけくだっているということでしょう。激しい天罰がです。
神理にいつまでも逆らうならこうなります。
いつまで歴史無視の恐ろしい態度を取り続けるつもりですか。そんな愚かなことをもう何年にもわたり、し続けている人たちなどこれまでいないのです。
もう反省されませんか。そのようなこれまでの誰もしなかったような愚かなふるまいをです。
どちらしても最後にはです。最後にはすべての人が皆この正法神理に帰ることになるからです。それはまぎれもない事実であるからです。
そのような事実をです。現代の多くの人たちは知らないでいるのです。いつまでもです。
阪神大震災が起きて28年ですか。もうそんなになるんですね。
あの頃は園頭先生がまだご健在で神理を説かれていました。多くの人が、その神理に耳を傾けていたのなら、あの阪神大震災は起きなかったのに、そこは本当に残念です。
しかし、その時以上に今は悲劇的ですよね。園頭先生が法を説かれていた時以上にいま現在の人たちは、その法に(神理に)耳を傾けようとはしないからです。
だからこんな状況にもなっている。本当に正直ですよね。現れてくる現象はです。
今などそんな大地震も心配し(南海トラフや首都直下型地震など)異常気象もあり(また今週末から10年に一度クラスの寒波が入ってくるようではないですか)コロナ禍もおさまらず、プラスこちらのすさまじい天罰です。(もうどこかの会社もドン引き状態ですから。ブログは書きやすくていいんですが…)
どんどん悪いことが起きてきます。それだけ堕落しているからです。いま現在の多くの人たちがです。その自覚がまるでなさそうですが。
男女平等だの、同権だの、妻の出産に夫が立ち会うだの、男が子育てを(主に)するだの、結婚もまともにせずにパートナーだの、性別まで無視して同性愛まで認めるだの、これまでしたことがないことをやりたい放題。そうして起きてくる異常現象には、やれ気候変動だの、地震の活動期だの、どこどこの国のせいだの、私のせいだの、責任転嫁のオンパレード。
これでは止まらないでしょう。益々ひどくなっていくことでしょう。起きてくる災いはです。
ここまで大きく間違えてしまうと、悪いことしか起きないからです。過去の人たちでここまで人の道から外れたことを(外れた思想を)した人たちなどいなかったからです。
それはおかしなカルト宗教などにはまっていた一部の人たちなら、こういうこともすべて認め、神と悪魔を間違えて崇拝し、それで起きてくる異常現象を神が起こされる現象と勘違いして、地獄への道を一直線ということもあったでしょうが、現在など日本の(世界の)多くの人たちが、こういう(過去になかった)異様な思想に染まっているのです。
私からすればです。多くの人たちが皆でカルト宗教を行っているようで、不気味で仕方ないのです。そのような思想を平気で正しいと思っている人たちがです。
だから今のような災いも頻繁に起きてくる。これだけカルトのようなおかしな思想に支配されていては、起きないわけがないからです。それだけ大きく道から外れているのです。いま現在の多くの人たちの思想はです。
だから奇跡などまったく起きない。奇跡が起きてくる(運のいいことが起きてくる)世界こそ普通であるのにです。神がつくられたこの世界は、そのようにつくられているからです。普通に生活するなら(法に従った)普通に奇跡が起きてくる、そんな世界であるからです。この世とはです。(あの世はもっと極端ですが)
しかし、今はまったく逆のこと(災い)しか起きてこない。それだけ大きく間違えているからです。
そのような分かりやすい結果が(自分が間違っているというです)次々に現れてきています。また阪神大震災のようなひどい災いが現れる前に早く気づいてください。自分たちの大間違いにです。(ほんとただの間違いではありません。大間違いですから)
間違えていない私など、昨日でも歩いていると、急に鳥が前の木から飛び出してきて、近くの木にとまったその鳥を見ると、それはメジロでした。それでそのメジロに声をかけると(元気か、などとです)ピィピィ鳴きながら、その木の枝の間を嬉しそうに飛び回っていました。
昨日はしばらく庄内川にもいたんですが、この時期はまったく魚は顔を出しませんが(そこは少し寂しいのですが。〔笑〕)その分、冬鳥が騒いでくれます。白鳥公園などでもそうですが、昨日でも何羽もの冬鳥が私の前をスイスイと泳いでいきこちらを見て鳴いているのもいました。カモメのように川面でバシャバシャやるのもいて「お前らあまり暴れると羽に傷がつくぞ」とこちらが心配するくらいでした。(笑)
そうして庄内川にはたくさんスズメもいるのですが、川辺に座って、そんな冬鳥たちを相手にしていたら、数十羽のスズメたちが私の頭上を鳴きながら(というか、騒ぎながらといった方が正確でしょうか。〔笑〕)いったりきたりして飛んでいます。そのスズメたちにも声をかけるとよけい激しく飛び回っていました。
私の思想が間違っていないということは、このような現象でもよく分かるのです。川でしばらくボーっとしているだけでも周りに愛があふれているからです。
しかし、カルト宗教に洗脳されている人たちは周りに次々に災いが現れ、こうしている間だけでも怒りがあふれています。(どこかの会社が静かな分、横のオバちゃんやオジちゃんが騒いでいます。こちらも止まらないようです。災いがです)
自分の心と行いが正しいか間違っているかは起きてくる現象で分かります。(口でどれだけ責任転嫁したところで自分たちに悪いことが起きているということは自分たちが悪いのです)
これだけ災いがあふれているのです。(このブログを見ている人たちをはじめとした日本中、世界中にです)自分の心と行いを反省されてはどうでしょう。
自分たちの間違いに自ら気づいて自ら直さぬ限りはです。その災いは止まらないからです。
この辺りの皆さん、もう怒っている場合ではないでしょう。一刻も早く頭を下げ神理に帰依した方がいいです。やはりもう相当な(危ない)ことが起きているようであるからです。
やはり数ですね。最近は現れてくる数がものすごいようです。一人に二つも三つも病気が出るとか、自分だけではなく家族にまで奇病、難病が出るとか(家族全員に出るとかです。例えば、新型コロナのようにです)そのようなことも起きているようです。もうこの辺りの人たちは神を怒りに怒らせているからです。全然神を恐れようとしないからです。
そういうところに、そのような恐ろしいことが起きている。そのようなことでも起きないと、このような神を恐れない人たちが神を恐れるということはないからです。いつまでも神を恐れようとしなければ神を恐れざるを得ないようなことが起きてくるのは道理であるからです。
また、このくらいのことでも起きていないと、例えばどこかの会社のようなところが黙ってしまうわけがないのです。こんな、どれだけ病人が出ても、そうして死人まで出ても、それでも黙らなかったほどの罰当たりなところが黙ってしまうことなどです。(今日も静かです)
すさまじい数の災いが現れてでもいなければ、そういう態度を取るわけが(黙るわけが)ありません。そういうことが他でも起きているということです。だから怒るところがどんどん増えている。ものすごい数、現れているからです。難病奇病がです。
だから私はいっているのです。もう怒っている場合ではないとです。一刻も早く頭を下げた方がいいとです。これ以上神を怒らせるなら、まだこれからどれだけひどい目に遭うかしれないからです。神のお力は想像を絶するからです。
どちらにしても、ここまで神を怒らせている人たちはいません。これ以上の恐ろしいことが起きてくる前にです。早くこの正法神理に帰依されることです。そうすれば救われるからです。またそうする以外に救われる道はもうないからです。
だいたい、神を怒らせているのはこの辺りの人たちだけではありませんからね。昨日も書きましたが、もう完全にカルト思想に染められていますから。すでに多くの人たちが西洋カルト思想にです。
だから、カルト宗教の信者たちと同じことをするのです。この辺でしている私に対する集団ストーカーやトラックやバスの運転手連中のブシュブシュや工事現場や会社、歩いていく人たちの嫌がらせなどもそうでしょうし、あのネットでの誹謗中傷でもそうではないですか。
寄ってたかって一人の者を集中していじめる。
これは同じですよね。創価学会や幸福の科学などの信者たちが、教団をやめた人や自分たちに反対する人たちにしている行為とです。そういう被害者が(集団ストーカーやネットの集中攻撃などの)すでにたくさん出ているのは承知の事実であるからです。
だから気づいていないだけで、いま現在の人たちは同じことをしているのです。そのようなカルト教団の信者たちとです。
だから私はいっているのです。今の人たちの多くはカルト思想に染まっているとです。そういう思想に染まってしまうと同じことをしてしまうからです。元は同じであるからです。そのような教団の教えも、そうしていま西洋から入ってきている(男女平等、同権、性別無視、同性愛賛成などなど)そのような思想もです。
だから同じことをしてしまうのです。元が(神の思想とは大違いの)悪魔の思想であるからです。
だから、自分たちの考えと少しでも違う人は許さない(それが集団いじめとなって出る)自分たちの考えは絶対であると(超勘違いして)歴史になど学ぼうともしない。今の者たちの好きなようにやるのが正しいのであると歴史を軽視し、これまでの人たちがしてこなかったようなことを平気でしてしまう。(男が出産に立ち会うだの、パートナー制度だの、同性婚だの、ほんと史上初です。こんなことを認めている人たちはです)
しかし、歴史にそういうことをした人たちが登場していないということは、それをした人たちがいなかったということではなく、そういうあまりに間違ったことをしていた人たちはみな滅びたということであり(だから、聖書などにもそのような記述が出てくるのです。ソドムとゴモラの町のようなです)私たちは人間は、男は外に働きにいき、女は家で家事をやり子供を育てるという、男と女の役割はそのように昔から決まっていたことであり、男は男として男らしく育て、女は女として女らしく育って、男と女ははっきりと区別し、やることも考えもまったく別であったのです。
そうして、そのような別々の道を進んできた男と女が結ばれるのが唯一結婚ということであり、そこではじめて自分たちの家庭というものが出来上がるのであり、その結ばれた家庭で生まれてくるのが自分たちの子供たちであり、だから子供のことをむすこ、むすめ、というのです。
結婚して夫婦が互いに結ばれて生まれた子であるからです。(だから結ばれて生まれた男の子を息子、結ばれて生まれた女の子を娘と呼ぶのです)そうしてそれは、生まれてくる前の深い深い約束に伴って、そのようなことが起きているのです。
それほどの深い結びつきであるから、ちゃんと結婚して、そうして自分たちでしっかりした家庭を築いて、そうして子供はつくらなくてはいけないのに、そのような結婚前に子供をつくったり、またはまともに結婚もしないで子供をつくったり、いい加減なやり方をしています。だから、後でその子供らと揉めることになるのです。子供たちは親がそのような約束をしっかり果たしていないことを心の中では知っているからです。
それが揉める原因となるのですが、それはともかくです。そのような家庭を夫婦親子で築いていきまた男と女は同じように自分たちの役割を果たして、そうして連綿と私たち人間の歴史は続いてきているのです。
そのような歴史の中に、今のような男も女もない、すべて同じで平等で同じことをして、結婚などしなくてもパートナでも同棲でも何でもいい、子供も出来たら出来たでどちらの親の姓を名乗ろうが自由で、夫婦が互いに何をやっても自由で、同性婚もOKでなどなど、そんなデタラメな歴史が認められると思いますか? そのようなムチャクチャな秩序もない堕落した歴史がです。
だから、そういう歴史はないのです。これまでの歴史の中にです。そんなやり方は認められないからです。というより自然に滅びて(なくなって)いくのです。そのような歴史はです。神がつくられた法則からあまりに外れているからです。だから、そういう歴史は残らないのです。早晩(そうばん)なくなってしまうからです。
だからそうなっているではないですか。だからこれだけ災いが増えているのだし(神の怒り)そうして自分たちでも(同じ人間同士でも)揉めまくっているのです。(アメリカ、ヨーロッパなど見れば分かるではないですか。国内はデモやストなど当たり前に起きていますし〔アメリカなど真っ二つに割れているし〕離婚率も高い。とても調和されているとはいえないでしょう。こんな堕落したやり方の本丸であるからです。それを何でマネするのですか?〔揉めたいんでしょうか?〕まったく意味が分かりません)
やり方を間違えていれば結局滅んでいきます。それは周りに起きてくることで分かるのです。(だから私は周りに起きてくることをもっと意識しないといけないといっているのです。起きてくることが教えているからです。いま現在の自分が正しいことをしているかどうかをです)
昭和以降に生まれた人たちなど、今いわれているようなことが(男女の関係が)当たり前だと思うのかもしれませんが(それしか知らないので無理ありませんが)前の歴史をよく勉強して今いわれていることが本当に正しいのかどうかを判断してください。周りがそういっているからそれが正しいではなくです。
間違ったやり方をしていては絶対に幸せにはなれないからです。
過去の歴史を振り返るなら、今のような男女のやり方をしている時代はありません。
それが何を意味しているのか? よく考えないといけないのです。
やっぱり図星だったんでしょうか? 昨日など今年に入って大騒ぎしていたところが急に黙ってしまっていましたからね。もう災いが(難病奇病が)すさまじい数でてきてどうにもならないんではないでしょうか。そのようなところはです。
それでまた今年は年の初めから怒りまくっていた。黙ろうが、怒ろうが、どちらにしても起きてきてしまうからです。そのような災いがです。
だから年末は静かだったところもまた怒りだした。正月もたくさん出ていたからです。そのような災いがです。その図星をつかれてまた黙ってしまった。
そんな感じでしょうか? しかし、もしそうならです。それはもう手を合わせて頭を下げるしかありません。(昔の人たちのように)それをせずにいつまでも怒りまくっているなら起きる災いはどんどんひどくなります。
その通りのことが起きています。(すでに数えきれないくらい)いい加減正しい態度を取りませんか。(私の後ろにいられる)神に対してです。
例えばお寺や神社などいきです。(そこにいる坊さんや神主さんに向かってでもいいのですが)怒りまくったりでかい音を立てて嫌がらせをしまくったりしている人がいるでしょうか? いま現在の日本にはそういう人はいないでしょう。そんな神がいられる場所で(そうして、その神の言葉を述べている〔と思われている〕人たちに)そういうことをして罰が当たってもいけないからです。
しかし、残念ではありますが、今の日本のお寺や神社に神などいないのです。日本のそのような場所は正しく神への信仰をしている場所ではすでにないからです。
正しい信仰をしていないところに神などいないからです。
正しい信仰をしているのは私(そうして、その私が説いている神理を信じている人)だけであるのです。だから、私の後ろには神がいるといっているのです。正しい信仰をしているところには常に神は存在しているからです。
だから、罰が当たるのです。私に嫌がらせをしてくる人にです。正しい信仰をしているのは私だけであるからです。その当たる天罰が私が正しい信仰をしているという何よりの証拠であるからです。
だから私に怒りまくったり、嫌がらせをしてくる人たちは、お寺や神社の坊さんや神主さんに、そのような態度を取っているのと同じなのです。
だから罰が当たるのです。私こそ本物の坊さんであり神主さんであるからです。(本物の神の教えを述べるです)今お寺や神社にいる坊さんや神主さんは本物ではないからです。
だから、そんなところにいっていくら祈っても、何の奇跡も起きないのです。ここにきてパワーをもらえたとか、ここでお参りしたならこれから運が開けますとかいわれても、そうならないのです。それは、口だけのその場限りの嘘であるからです。
ご本人たちは嘘をついている気はないのかもしれませんが、しかし、実際にそこで何をされようと(そこで祈ろうがお経をあげようが)何も起きてはこないのですから、その後何も起きないのなら、それは嘘をつているということになります。結果が違っているからです。
偽物が何をしても神は応えてはくださらないのです。
しかし、本物が祈るなら確実に何か起きてきます。本物が祈れば必ずお陰があるからです。だからこれだけ罰も当たる。その本物の神の教えを説いている者に、それだけ罰当たりなことをしているからです。
今テレビなど、福岡のストーカー殺人のニュースがよく流れていますが、あれなど何度警察に相談しても、そうして警察から警告しても、そのストーカー殺人をしてしまった犯人はきかなかったんですよね。
もっとこうすればよかった、ああすればよかったと、専門家がテレビでいろいろいっていますが、しかし、もうやると決めた者を止めることはなかなか難しかったと思いますよ。警察だろうが、誰であろうがです。
あんな異様な事件が起こるのを見ても分かりますよね。今のような西洋悪魔カルト思想をそのまま信じてしまうと(何でも本人の自由などと自由ばかりを強調していると)やはり異常なことがよく起きるということがです。そのようなことをするのもまた自由ということになるからです。その自由の線引きがよく分からないからです。
人を殺してはいけないとでもいうのでしょうか? では、多くの人が一人の者を誹謗中傷して、その人が自殺などしたら、それは殺人ということにならないのでしょうか? そういうことはネットなどで自由にしていますが、それはよいのですか? それもまた異様な事件であるからです。
何度でもいいますが、西洋悪魔カルト思想を信じていると、こういう異様な事件がよく起きるということです。
悪いことの定義が曖昧であるからです。
それはともかくです。とりあえず、こういう立場に自分がなってしまったらどうしますか? 特にこのブログを見ている女性の人たちが、このようなストーカーに狙われたら、もうめった刺しにされますよ。こんなストーカーでは守りようがないからです。どこでやられるか分かったものではないからです。
今回の福岡のストーカー殺人など駅の人通りの多いところで平気でやってしまったんでしょう。(馬乗りになってのめった刺しを)それではどうしようもない。四六時中警察官が守ってくれるというなら話は別でしょうが、そういうわけにもいかない。では、どうするのか? ということになります。
だからこういう事件は警察にいっても解決しないのです。(それで解決する人もいますが、今回のようなことになってしまう人もいるのですから)私のような本物の神の教えを説いている者のところにこないと解決しないのです。
神に頼むなら、このような事件は調和と安らぎのうちに解決していくからです。
その方法はこのブログを見ている人たちならもうお分かりであると思います。祈ればどうとでもなるからです。
しかし、その祈りも、そのストーカーを受けている人が反省しないときかれません。そうなるにはそうなるだけの理由が、そうなった人にも必ずあるからです。
その原因を本人が反省し、正しく祈るなら、このようなストーカー事件など百パーセント解決していくということです。
しかし、いつまでも西洋悪魔カルト思想に支配されていては、こういう異様な事件はよく起きる、天罰はよくくだる、天変地変もたくさん起きて(今度の最強寒波も心配ですよね。予報がどんどん悪くなっているからです)パンデミックまで起きる。ほんとろくなこと起きません。
ここに、そのような多くの災いを大転換させる稀有な教えがあります。自分に不幸が起きた後では遅いのです。
そうなる前に正法神理に帰依しませんか。それだけ安心安全で、また正しい行いもないからです。
昨日は珍しい光景を見ましたね。堀川にいっていたんですが、何ともう魚が跳ねているのです。周りにはまだ水鳥がいっぱいいるにもかかわらずです。
それなのにもう魚が何匹も跳ねています。「お前ら危ないぞ」と声をかけていましたが我慢出来ないんですかね。魚たちもです。(笑)
水鳥など羽をばたつかせ大騒ぎしているのもいるし、あちこちでピィピィ、ギャーギャー鳴いているのもいるし、だから魚もジッとしていられないのではないですか。私がいくとです。嬉しくてたまらないようであるからです。(笑)
本当ににぎやかなものなんですが、しかし、昨日は(というか、昨日もですか)そういう動物たちと同じように人間たちもにぎやかなものでした。(苦笑)
ずいぶんでかい音をガンガン立ててきたあの会社(土曜日だというのにです。休みのところも多いのにほんとうるさい)大丈夫でしょうか。すでに出ていませんか、ひどい天罰がです。
同じ騒ぐにしても、動物たちと人間たちとでは心の思いがまるで違います。(大喜びと大変な怒りではです)そうなると起きてくることもまるで違うということになりますので、そこはお気をつけください。
動物たちはともかく私を見て騒いでいる人間たちは皆、この正法神理を見ているからです。それに対し、感謝の心はまるでなく怒りの心しかないでは当然(そんな傲慢不遜な心では)罰は当たるからです。
しかし、西洋悪魔カルト思想にここまで洗脳されてしまうと本当に哀れですね。どれだけ自分たちが間違ったことをしていてもそれを認めず、どれだけ神が罰をくだしてもそれを人のせいにし続け、どれだけ自分たちが不幸になってもその不幸に気づかない。人生とはそんなものと勝手に決めつけ、どんどん不幸な方向に進んで、そうして死後は真っ逆さまに地獄に堕ちる。
ほんと最悪のパターンなんですが、そのような事実をまったく理解しようとしない。いつまでたってもです。
その自分たちの異常さにいい加減気づいてください。過去の人たちにこんなおかしな態度を取り続けた人たちなどいないからです。自分たちは相当おかしい(愛がない)のであると、もういい加減分からないといけないからです。
それが分からない人ばかりだから、おかしな事件ばかり起きるのです。ここ数日ニュースで流れているものだけでも相当おかしい(まったく愛がない)からです。
気づきませんか。その事件の異様さにです。
めった刺しストーカー殺人事件に力ずく強盗事件。片方は女性を一方的に刃物で刺し、もう片方は老人を数人で一方的に殴って金品を奪う。
特に力ずく強盗事件など最近は多発していますが、一番最近の事件など九十才過ぎの老人の腕の骨をへし折り、寄ってたかって殴り殺してしまうなどという残虐な行為を平気でしているのです。
やれますか。そんなことがです。年寄りを数人で一方的に殴り、その腕まで折って殺してしまうなどということがです。とても出来るものではないでしょう。普通なら愛の心が(かわいそうという思いが)先にくるからです。
そのすぐ前には、家族三人を殴り殺してしまうなどという異常な事件も起きていましたし、小さな子供を餓死させたり、大やけどをさせてもほっておくという親までいて、こういう異常なほど愛のないことを、近くにいる人たちが平気でしてしまっているのです。いま現在はです。
だから、そのような異常で異様でまったく愛がない(だから相手が誰であろうと少しもかわいそうとは思わない)人たちがどんどん増えているということです。現在はです。
それはネットいじめを見ても分かるはずです。たった一人の者を大勢で徹底的にいじめるのです。(マスコミなどもそうですが。人の言葉尻をとらえて徹底的に)そのいじめられている人のことなど考えもせずにです。そうしてその人が自殺しても知らん顔。
一体どれだけ愛がないのかとそう思いませんか。気づきませんか。今の異様な世の中にです。もう誰もまともな人間には見えないからです。ここまで愛がなくなってしまうとです。
だから、私の周りでもそのようなことをする人が多いのです。平気で嫌がらせをです。人のことなど考えもしないからです。それをされている人のことなどです。
それだけ自分は愛がないということです。それだけ自分は異様であるということです。しかしそれに気づきもしないのです。自分たちはです。自分は、そのような異常で異様な事件の犯人と同じことをしているということにです。
そうなってしまうのです。社会全体がそのようなカルト思想に支配されてしまうとです。
愛がないことを平気でやれるようになるのです。周りにそのような人が多いからです。そうなるとこんな異様な事件も次々に起きてくる。周りが段々同じような愛のない人ばかりになってくるからです。
だから表面上は平静な態度をよそおっていても、心はそんな異様な(まったく愛のない)心の人たちばかりです。一つ間違えば、いくらでもそんな無慈悲な事件を起こすということです。今の人たちは昔の人たちが誰も持っていた愛や慈悲の心がまるでないからです。
もはやいま現在の多くの人たちはカルト思想に支配された異常な人たちばかりであるからです。
それに比べて、最初に書きましたが、私の周りは常に愛があふれ、そのような異様な人たちから少し離れれば楽しいことばかりになります。どこにいっても動物たちが喜んで寄ってきて、そうして天に向かって祈れば、必ず何らかの形で神が応えてくださるからです。
自分が愛を出すなら、誰でもこういうことは起きてきます。
しかし、カルト思想に愛はありません。見せかけだけの表面上だけの、そうして超がつくほどの偏った愛しかないのです。(それを愛とはいいませんけどね。ただのエゴでしかありませんから)
異様なカルト思想に従っている人たちと、偉大な正法神理に従っている私とではこれだけ起きてくることが違います。そうして心もまったく違い死後の世界も違うのです。天と地ほどです。(天上界と地獄界だから、そのまんまその通りですが)
自分たちの異常さにまだ気づかないのですか。それがもっとも不幸であるのです。(気づかなければ分かりようがないからです。自分たちの大不幸にです)
明日から凄い寒波がくるようですね。10年に一度などといわれているようですが、各地でひどい被害が出ないことを祈るばかりです。(多分きかれないでしょうけど。そのような祈りはです)
しかし、10年に一度などといわれるほどの寒波がくるくらいですから(これだけ運の悪いことが起きるくらいですから)ということは、それだけ悪い心を持っている人が増えているということであり、だからこれだけひどいことも起きてくるのです。
このような自然現象はただの自然現象ではなく、今の人たちの心の在り方を現わしているからです。
それはよく分かるのではないでしょうか。昨日も書きましたが、最近の人たちの起こす事件などひどいものばかりであるからです。では、こういうすさまじい天気になるのも道理であるということです。それだけひどい心の人たちが多いからです。
神理に心を合わせていかないと、今のような西洋悪魔カルト思想に侵されてくとどんどん不幸になっていきます。今がまさにそれではないでしょうか。いい加減目を覚まさなければいけないのです。神理を知っている人たちがです。
それ以外の人たちでは目を覚ましようがないからです。神理を知らない人たちでは今の西洋カルト思想と大差ない考え方しか出来ないからです。
などと書いていたら、急にまたどこかの会社からでかい音が響いていきました。
それで「また悪いことは人のせいか。そんなでかい音を立てるのなら周り中が迷惑するんだぞ。そういうことを自分たちはもう10年以上も続けているんだぞ。それなのに悪いことが起きたら全部こっちのせいか」などと声をかけたら急に静かになってしまいました。
何でこうなんでしょうね。自分たちの行いなどまったく振り返ろうともせず、何か悪いことが起きたらすぐに人のせい。そういう人たちばかりです。
いやだから、そういうことが起きたらです。何も考えずに人のせいにするのではなく、まず自分たちのこれまでの行いを振り返らないといけないのです。そうしないと、そのような悪いことが起きた本当の原因はいつまでたっても分からないからです。いつまでたっても人のせいにしていては、いつまでたってもその起きてくる悪いことは止まらないからです。
よく考えてみてください。その起きてきた悪いことを私のせいにする前に、その私に自分たちは悪いことをしませんでしたか? 何度もです。
または感謝もせずにこのブログを(神理を)見ていたとか、私の悪口ばかりいっていたとか、そういうことをしていませんでしたか? 自分たちはです。
そういうことは全部悪いことです。神理をきくくらいの有難いことはないのですから、神理をきかせてもらったのならまず感謝しないといけないからです。(もう何度もいっていますが)
それほど神理に巡り合うということはあり得ないほど運のいいことであり、たとえ同じ時代に生まれていてもきけない人もいるのです。たくさんです。(たくさんいますよね。だって、このブログを見ている人など世界の人たちからみたらほんのわずかな人たちでしょう。ということは、そんなわずかな人たちしか〔今の時代に限っていうなら〕神理に巡り合っていないというのですから)そういう中で自分は神理に気づいて、それをきけているなどこれほどの幸運もありません。(その幸運も実践しなければ意味をなしませんが)
それほどの幸運に感謝もせず、文句ばかりいっているのなら、これほど罰当たりな行いもないのですから、それでは罰が当たって当然なのです。それは釈尊が説かれた正法やキリストが説かれた福音に文句をいっていることと、同じであるからです。
正法や福音に文句をいっていては罰も当たります。だから同じことが起きているのです。そのような悪いことが起きている人たちはです。私が説いているものも、釈尊、キリストが説かれた教えと同じ神理であるからです。
神理に感謝もせず、文句をいっているようでは当然天罰はくだるからです。
そういう悪いことを自分たちはしているということです。そのような悪いことが起きる、その前に必ずです。
そこを理解しないといけないのです。いい加減にもうです。そんな悪いことだけがいきなりです。いきなり自分たちに起きるなどあり得ない話であるからです。
そういうことはないのです。自分たちに悪いことが起きたのなら、必ず本人にそれが起きるだけの原因があるのです。
だからそのような結果が出ているということをよく知ってください。
これはすべてそうなのです。今回のような10年に一度の天変地変もそうですし、自分がおかしな病気になるのももちろんそう。事故に遭うのもそう。そうしてもっと厳しくいうならです。あのような犯罪に巻き込まれることもそうなのです。
だってそうでしょう。今のようなお金持ちの年寄りばかりを狙っている強盗などでも、そういうところは全国に数えきれないくらいあるのです。その中で自分たちのところに強盗が入る。
「それはなぜか?」ということです。これもまた偶然ではないということです。その自分たちの心に、そのような強盗を呼ぶだけの何かの原因が必ずあるのです。そのような強盗が入ってくる家の人たちにはです。その原因を自分自身で気づかないといけないということです。
だから反省が必要であると私はいっているのです。自分が生まれてきてこれまでのことをです。ザッとでもいいから反省してみないと、いま自分に起きている不幸は分からないからです。どこのどんな原因が今の不幸に結びついているか分からないからです。(例えば私にしても、まだ歯が痛んで〔そのせいで顎まで痛くなってきて〕歯医者に通っていますが、これは小さな時から虫歯をずっとほっておいたのが原因のようです。こういうことが今になって〔最近特にひどくなってきましたから〕祟るということはままあることだからです)
だから、まず自分なのです。自分に悪いことが起きているのならです。その自分に悪いことが起きた、その原因は必ず自分にあるからです。
絶対にです。絶対に他にあるわけではないからです。
まずそこから直しませんか。そうすればです。(そういう人が増えてくるならです)いま起きているような不幸もずいぶん減ってくるはずであるからです。
西洋悪魔カルト思想はこの逆を教えています。悪いことが起きてきたら、その悪いことは全部周りのせいであるとです。自分のせいではないとです。だから不幸が増えるのです。その思想は大間違いであるからです。大間違いの思想が広がっているから、これだけ不幸も広がるからです。
人のせいにする前にまず自分を振り返りませんか。それが自分の不幸をなくす、一番の方法であるからです。
朝からあちこちずいぶんお怒りのようです。どこかの会社など昨夜も遅くまで大変そうでした。ギャーギャー怒ってです。ほんと残業ご苦労様ですといいたいです。夜遅くまで天罰を食らう天罰の残業のです。
本当に罰当たりがすぎてシャレにならないんですが、早く頭を下げればいいのにね。それ以外で、その災いから逃れる術はないからです。
例の最強寒波がいよいよ入ってきたみたいですね。こちら名古屋は今のところ静かですが、日本海側などもう凄いところがあるんでしょう。(凄い雪になって)心配ですね。これからひどい被害が出ないかです。
しかし、こんな大きな災いでもです。いくらでも避けることが出来るのにね。自分の心さえ変わるならです。だって、私がそれを証明しているからです。
何度も書いていますが、あの2019年の地球史上最大といわれた19号台風の時など、なんと名古屋の上空だけ雲の穴がぽっかりとあいていたのです。それで名古屋はあの時、被害らしい被害はありませんでした。(多少はあったにせよです)しかし、名古屋の周りはひどい大雨被害が出たところも多かったのです。
もちろんこれは偶然ではありません。私のせいです。(お陰といった方が正確ですが)
こういうことも起きてきます。神理を実践し、神の光をたくさん受けることが出来ればです。自分の心に降りてくる神の光の量が多ければ多いほど、その周りは守られていくからです。神の光が降りているところに(大きな)災いは起きないからです。
だから神理をしっかり実践出来る人がその地域に一人でもいるなら、その地域ごと守られるということです。その人の心の広さに応じてです。(その人に現れる神の光の量に応じてです)
だから、ひどいことも起きてくる。その神理を実践している人にひどいことをするならです。当然その人は神に守られているからです。その神に守られている人に嫌がらせなどするなら、当たり前のように天罰はくだるということです。本来はその人が説く、その(本物の)神の教えを、その嫌がらせをしいている人たちは学ばなければいけないからです。それに対し、まったく逆の態度を取っているからです。
それでは災いが起きてきても仕方ありません。神理に従うなら奇跡が起きるからです。その神理を実践し奇跡が起きている人に逆の態度を取るなら(感謝の態度ではなくです)逆の現象は当然起きるてくるからです。
それが神理のお陰であるからです。
神理を実践しているのなら、そんな大きな災いでも防ぐことが出来るのです。では、小さな災いなどいかほどのことでしょう。それこそあっという間に鎮まってしまうということです。そのような(大きな災いを防ぐことが出来る)人に祈られるならです。
だから、こちらで出ている難病奇病など私が祈るならすぐに鎮まるといっているのだし、また、そんな不治の病にかかってしまっている人でもです。私が祈るなら奇跡も起きるといっているのです。
その人が治療は治療でしっかりやって、後は本物の神に正しい祈りが出来る人が祈るなら、どんな難病奇病でも、その完治は、ほぼ(ほぼですが)100パーセントであるからです。
この世の治療に加え、そこに神の力が加わるのです。そうなるなら、どんな難病奇病も治ってしまうからです。後は、その人の心さえ神の心に合わせることが出来ればです。それと手遅れでなければです。(だから、ほぼといっているのです。手遅れの場合や〔私の歯などそうなんですが〕あるいは神をあまりに拒否する心が強ければ、そのような奇跡も起きないからです)
どちらにしてもです。奇跡は起きますよ。この神理に従いさえすればです。その心が(神理を受け入れる心が)強ければ強いだけです。
しかし、神理を拒否し、西洋悪魔カルト思想を受け入れる人たちばかりです。だからこれほどの災いも起きてくるということです。
神理は奇跡と調和を呼びますが、西洋悪魔カルト思想は災いと争いしか呼ばないからです。だから、その思想を(西洋悪魔カルト思想を)受け入れれば受け入れるだけ周りとケンカになり、悪いこともたくさん起きてくるのです。今がまさにそれであるからです。
こんな災いばかりが起きてくる、不調和なこのような世の中で本当によいのですか?
神理を知っている人たちが、それをしっかり考えないといけないのです。
なぜなら、神理を知っている人たちは、その災いを奇跡に変えることが出来る唯一の人たちであるからです。
今日はこちら名古屋も一面真っ白です。それほどの雪ではなさそうですが、それでも積もってはいるようです。
ずいぶん雪が降って電車が止まってしまったところもあるようですが、残念ですね。いつまでたっても神理に目覚めない人たちばかりでです。神理に目覚める人たちがもっと出てくるなら、これほどひどいことも起こらないのにです。
こちらもずいぶん怒っている人が多いんですが(横のオバちゃんなど怒りまくっています)その怒っていることが起きる原因は自分にあるのです。他に(人に)あるわけではありません。
今回の最強寒波でもそうですが、何でこんな(悪い)ことが起き続けているのですか? そこを真剣に考えないといけないのです。神理を知った人たちはです。
自分たちは関係ないとか、お前のせいだとかやっていたら、それは間違いであると悟るまで悪いことは出続けるのです。神はそのような(善因善果、悪因悪果という)法則をつくられているからです。その神がつくられた法則は絶対であるからです。誰であろうと従うしかないからです。
この世は神がつくられ、そうして、その神が支配されている世界であるのです。決して私たち人間がつくった世界ではないのです。
そこを勘違いしている人も多いんですが(何でも自分中心でです。それでこの世界を元々あったとか、自然につくられたとかいう人も多いんですが、そこもカルト宗教の類と同じですね。〔苦笑〕)何かが目的を持ってこのような世界をつくらない限り、こういう世界が存在することはありません。
この大宇宙が(そうして人間も)偶然(あるいは自然に)出来たなどあり得ない話のです。
それは少し考えれば分かるはずです。それぞれの星々が自転公転して秩序整然と動いているこの大宇宙だってそうでしょう。
勝手には動きませんよね。これだけの星々が勝手にはです。
大宇宙の星々が動いているのなら、それを動かすだけのエネルギーは確実にかかっているでしょうし、これだけ正確に動いているのです。それだけ正確に動かしているコンピューターのようなものまで存在しないと、これだけ正確な星の運行など出来るわけがないのです。
これだけでも大いに不思議なのに(とても偶然で出来るわけがないのに)そのような大宇宙だけでなく私たち人間の体一つとっても不思議なところばかりではないですか。
例えば、なんで人間はこのような姿かたちをしているのかとか(これも意味があるのです。人の身体を五体とか、あるいは内臓を五臓六腑〔ごぞうろっぷ〕とかいいますが、それは一本体五分身という意味があるということです。またその詳しい意味は書ける時がきたら書きます)また人間の細胞は約六十兆あるといわれますが、これは不思議なことに大宇宙にある星々と同じ数だといわれているのです。
偶然の一致なんでしょうか? 違います。これもまた合わせてつくられているのです。もちろん大宇宙と人間はです。
あるいは人間は空気の中に21パーセントの酸素がないと生きられませんが、酸素がそれ以上あってもそれ以下でも生きられないのです。ちゃんと21パーセント(あるいは前後)の酸素がないと生きられないのです。
なんで人間の身体はこのようにつくられているのか? ということです。
このように大宇宙はもちろん人間の身体だけとっても不思議なことばかりなのです。
そう考えれば、こういうものが目的もなく自然に(偶然に)出来上がるわけがないのであって、何かが目的を持ってつくられたから大宇宙も、そうして我々このような姿かたちをした人間も存在しているのであって、では、その何かとは何か? ということです。
それが私たちがいっている神という存在なのであり、そのような言い方が嫌なら、超大意識でも、超大エネルギーでもなんでもよいのです。どちらにしてもこれほどの超巨大ですさまじいまでの数の物質を(大宇宙から人間から動物から植物から微生物から空気〔分子、原子〕に至るまで)つくられた方は確実に存在するということです。
それが(超大意識で超大エネルギーである)神であるということです。
今の科学ではまだこの神の存在が分からないのです。あまりに巨大すぎてです。そうして極小すぎてです。その端から端までのすべてに神の力は現れているからです。
そこまで存在が大きいと今の科学力ではまだ存在が分からないということです。この世のすべてのことを今の科学が分かるわけではないからです。ほんの一部のことしか分かっていないからです。
そのほんの一部が分かってきたからと、ギャーギャー喜んでいるのが今の人間たちであるということです。現代科学の発達は素晴らしとです。
その程度の科学が神を否定してほしくないのですが、今日いろいろなことを書いたのは、あまりに一部分を見ているだけで他のところを見ようとしない人たちが多いからです。
自分のしたいことをしてればいいとか、何か悪いことが起きるとすぐお前のせいとか、そこで思考停止している人が多いからです。
しかし、この世界はいろいろなことがあり、それが複雑に絡み合って成り立っている世界なのです。
そういうことを知るならです。そんな思考停止をいつまでも続けていてそれでいいのかということです。
悪魔に憑かれている人たちなど特にそうなのです。この辺りにもたくさんいるのです。耳元に声がきこえてくる人たちがです。
それは私のせいですか? 違いますよねえ。それは私にあう前からそういうことは起きていたはずであるからです。そういう人たちは、そんな悪魔が憑くくらいのひどい生活の仕方をしているということなのです。自分はまったく分かっていませんが。だから憑いているのです。自分たちに悪魔がです。善人に悪魔が憑くということはありませんから。悪魔が憑くということは、その人は悪魔と同じ心を持っているということであるからです。
しかし、そういう悪い(間違った)生活をしてきたのであればです。悪いことは当然起きてきます。悪魔が憑くくらい間違った生活をその人は続けてきているからです。そういう間違った生活をし続けるなら、必ず悪いことは起きてくるのです。最後にはです。その悪魔が憑いている人たちを悪魔が幸福にするわけがないからです。絶対に不幸にするからです。その悪魔はです。その自分が憑いている人をです。
こういう悪魔の存在も今の科学ではまだ分かっていません。
この世はまだまだ知らないことだらけなのです。神理を知らない、何の奇跡も起きない、そのような人たちはです。
しかし、神理を知るなら、そのような知らなかったことも様々な気づきを与えられ、少しずつでも分かってくることになります。その神理もいつまできけるか分からないのです。神理をきいている人たちがいつまでたっても何も行動を起こさなければです。(あるいは嫌がらせしかしなければです)
病気が手遅れになるなら、取り返しのつかないことになりますが、神理が手遅れになるなら、もっと取り返しがつかないことになるということをい加減理解しないといけないのです。このブログを見ている人たちはです。
神理が手遅れになるなら、これ以上のこの世の人々の損失はないということを知るべきなのです。
最強寒波の影響があちこちに出ているようですね。大雪はもちろん、その影響で停電や電車がストップしてしまったり高速道路での車の立ち往生など大変なことになっているようです。
まだこの寒気はしばらく続くんでしょう。最悪ですね。
ほんと心がきれいな人が多ければこんなひどいことも起きないんでしょうが、この凄い寒気のせいでこちらもただでさえ寒い部屋がよけい寒くなって、さっき温度計を観たらなんと4度しかありませんでした。(冷)
私もよくこんな寒い部屋で書いているんですが(毛布にくるまり電気ストーブをつけて)その寒い中、私がこちらの部屋にきたとたんガチャーン、ガラガラガラとかやってますからね。どこかの会社の連中がです。
本当にいつまでも罰当たりなことです。
そんな感じて今日も朝から大変お怒りなんですが、しかし、いつになったら分かるのでしょう。正しいことがです。
そういう災いが故意で起きているということはもうこの連中は分かっているのです。(そこまでは正しい)
しかし、それを私のせいにしている。(そこから間違えている)この連中は毎日のように怒っているんですから、ということは、もう毎日のように何か(誰かに)災いが現れているということになりますが、それを私がしている。
「???」ということになりませんか。なんで人間が、そんな毎日のように同じ人間たちに対し、災いを現わすことが出来るのでしょう。本当に出来ると思っているんでしょうか? この連中は、私にそんなことがです。
まあ、そう思っているから私に対し怒り心頭なんでしょうが、しかし、キリストあるいはモーゼにしてもそうなのです。
あれほどの奇跡を現わされた方々であっても、その奇跡を「自分が行った」などといわれたことはありませんでした。それは天が(あるいは主が)行われたのであると、そういわれていたのです。
何か不思議なことが起きてです。それを自分が行ったなどといっているのは、悪魔に憑かれた教祖や偽の預言者がいっているだけで(それもまた大間違いなんですけどね。それはそのような連中に憑いている悪魔が行っているだけだからです)モーゼやキリストでさえ、そんなこといわれていないのですから、私がそんなこと出来るわけがないでしょう。モーゼやキリストでもそんなこと出来られなかったのにです。
だから、天が行われているといわれていたんですよね。モーゼもキリストもです。あのような偉大な方々でさえ自分単独では、そのような奇跡は起こせなかったからです。
別にモーゼやキリストは謙遜してそういわれていたのではなく、本当のことをいわれていただけなのです。本当にモーゼやキリストだけのお力ではそんな奇跡も現れてはこなかったからです。モーゼやキリストの偉大な心が天に通じ、その天の力がキリストを(あるいはモーゼを)通して現れていただけだからです。
もちろん、だからそれだけ偉大な心を持たないと、それほどの奇跡は現れてはこないのですから(天の力がそれだけ現れてくるということは、それだけ偉大な心の持ち主であるということですから)モーゼやキリストや釈尊が偉大な方であるということは間違いないのですが、ただそのように起きてくる奇跡はです。
そのような偉大な方々がいわれているようにすべてです。すべて天が行っていることであるということです。だから、こちらで起きている災いもです。当然、私が行っていることではなく天が行っていることなのです。私単独でそんなことなど出来っこないからです。
それともなんですか。私はモーゼやキリスト、釈尊より力を持っていて、私だけは自分でそのようなことが出来るとでもお思いなのでしょうか? そのようなことを私がしているとお怒りの方々はです。
そう思われているのなら悪い気はしませんが(人類史上最高の人たちより上と思われているのなら、そう思われて悪い気がする人はいません。〔笑〕)しかし、残念ではありますが、私はまだまだモーゼや釈尊、キリストの足下にも及ばない者です。皆さん方がそう思っているのは大変な誤解なのです。大間違いなのです。私単独では何も出来ないからです。
すべて天が行っていることであるからです。そのような災いから奇跡から何から何までです。
でも、祈っているのはお前だろうと、なら祈るお前が悪いとそう思われている人はです。その前に、私にそんな祈りをさせたのは一体誰なのかをよく考えてみてください。私は一度もです。一度も私の方からいきなり何もしていない人たちを祈り、そこに災いを現わしたことなどないからです。(だいたい、そんなこと出来ませんから。例えば、あいつら生意気そうだから祈って災いを現わすなどということはです。天がそんな祈りをきいてくれるわけがないからです)
このような説明で納得いただけないでしょうか。そのような毎日起きている災いを私のせいにしている大間違いな方々はです。
だいたいです。私が毎日人を病気になどしているのなら、私は忙しくて仕方ないではないですか。そんなことで怒っているのは、どこかの会社だけではないからです。この辺りは数えきれないくらいあるからです。そのようなところがです。
それだけ多くの人たちから私は嫌がらせを受けているということです。
そういう人たちのほとんどにすでに天罰がくだっているのです。それをたった一人の私が出来るわけがないでしょう。(一人や二人にそういうことが起きたというのならまだ話も分かりますが)
それを考えただけでも分かるはずです。それを行っているのは私ではなく(人間ではなく)神で(天で)あるということはです。それほどの数の災いを人が単独で現わせられるはずもないからです。
皆さん方が、よくお寺や神社にいき(あるいはパワースポットにいき)パワーをもらったとか、お陰があったとか、いわれているようなことはです。(それはほとんどは気のせいですが)別に私には毎日のように起きているのです。特別そんなところにいかなくてもです。
そこらで祈ればすぐに現れてくるのです。そのようなパワーやお陰はです。
どこの場所であろうと正しく祈れば、そのようなものはすぐにいただけるからです。天は私たちがどこにいっても、存在しているからです。(天がない場所などないですもんね)
その天の力がこの世に降りてくるだけであるからです。そのようなパワーもお陰もです。
要はそのような心にならなければいけないということです。そのような天の力がすぐにいただけるそのような心にです。
いつまで間違えているのですか? 間違えている間は、そんな天のパワーはいただけません。
いい加減、正しませんか。そのような大きな間違いをです。
最強寒波は抜けつつあるようですが、今日も寒そうですね。こちら名古屋はドン曇りで今にも雨か雪か知りませんが、降ってきそうであるからです。
それに引きかえどこかの会社など相も変わらず怒りの炎で燃えているようです。(ほんと熱そう)昨夜も遅くまで残業していましたからね。(仕事の残業だけでなく天罰の方の残業も)それでまた朝から怒っているようですが、しかし、よく怖くない。
それを人のせいにしているから、そうやって怒ることも出来るんでしょうが、それを天がしていると理解するならとても出来ないでしょうね。そのような態度はです。
天の行うことに怒るなど人がやれることではないからです。そんな態度を取るなら、お前は天より偉いのかということになり、それだけ傲慢不遜で恐ろしい態度もないからです。
だから恐ろしいことが毎日のように起きてきている。それだけ恐ろしいことをしているからです。
その恐ろしいことに対し、恐れるどころか怒りまくっているというんですから、まさに前代未聞。何度も書いていますが、こういう態度を取っている人たちなど過去いないからです。それこそ大国の王でさえ改めたからです。それほど災いが起きてくるなら(それは天が起こしていると悟って)自分たちの態度をです。
しかし、この会社の連中は毎日そのような恐ろしい災いが起きてきているにもかかわらず、まったく態度を変えようとしない。もう十年も前からです。本当に恐ろしいことです。それだけ長く天に逆らっている人たちなどいないからです。そうであるなら、当然その災いはもっとひどくなり、恐ろしことはもっと起きてくるからです。
それでも自分の間違いを認めず、その災いで自分が死ぬようなことにでもなれば、その恐ろしさは死んだ後まで続きます。それはそれは恐ろしい世界に(地獄に)堕ちていかなければいけないのです。そのような人たちはです。
だから、もう少し恐れてはどうでしょう。自分がしていることをです。そうして自分たちに起きていることをです。それだけ災いばかりが毎日のように起きてくる人たちなどいないからです。今だけではなく過去を振り返ってもです。
いませんよ。そんな毎日災いが現れている人たちなどです。そんな不幸な話はきいたことがないからです。毎日災いが起きるなど、そんな漫画のような話はです。
しかし、漫画にもなりませんか。そんな毎日不幸が起きるなどです。あまりに哀れで物語にならないからです。というか、そんなこと漫画でも描けないからです。あまりに嘘がひどすぎてです。
しかし、それが嘘でも作り話でもなんでもなく本当に起きているというのですから、ちょっと考えられないくらい不幸なことになっているんですが、その不幸が分からない。
それが一番の不幸なんですが、だからもっと不幸になると分かっているのに、それでも平気で怒っている。これほどの不幸が起きているところなどないのにです。漫画でも描けないくらいの不幸が起きているのにです。
それなのに自分たちに起きているこれほどの不幸を(それこそ史上初くらいの)まったく理解しようとしないのです。この会社の人たちはです。それどころかこの辺りの人たちはです。それこそ大人から子供までです。
これ、これだけ毎日のように(どこかの会社はもちろんのこと)どこかで天罰をくだされるということは(しかもたくさんの)それだけ天の手を煩(わずら)わせているということになります。これだけ天に手間をかけさせた人たちなどいませんよ。分かっていますか、現代の人たちはです。それだけ罪深いことをし続けているということです。現代の多くの天罰を食らっている人たちはです。
これだけ毎日天を煩わせ天罰をくだされ続けた人たちなど過去いないからです。過去の人たちはすべてです。すべて一、二度こんなことが起きれば、それは自分が悪いと反省したからです。
しかし、現代の人たちは何度天罰をくだされても(しかも毎日)それでも少しも反省しない。あり得ない態度ですね。普通ならこれほどのことが起きてくるなら誰だって恐れ入って反省するからです。
しかし、今の人たちは、どれだけ毎日天罰をくだされても、それでも天を敬おうとはせず、それを人のせいにし責任転嫁し続け、決して自分が反省することはない。
西洋悪魔カルト思想の恐ろしさがまざまざと分かる瞬間ではありますが、どちらにしても、その間違いに(大間違いに)気づかず、そのような史上初の不遜な態度を天に対しし続け、天罰を食らい続けて死んでいった人たちは、死後は本当にひどい世界に堕ちていかなければいけなくなります。それだけ罪が重いということです。
それは嘘でも脅しでもなく本当にそうなるのです。そういっていることが正しいから私には奇跡が起きているのです。私がいっていることは、口だけではなく本当に正しいのだということを起きる現象が裏付けているということを知ってください。
そうして災いばかりが起きている人たちは、自分たちのしていることがいかに間違っているのかということを裏付けているということを知ってください。(普通の間違いではなく)大間違いをしているから、そんな災いばかりが、それほど多く起きているからです。(毎日災いが起きるってちょっと考えられませんから。考えられないことがいま現在本当に起きているということです)
しかし、このような考えられないことが起きている人たちから少し離れると、私などとたんに愛に満たされるのです。
昨日でも洗濯の合間に荒子川公園にいっていたんですが、あそこは今カモメがたくさんきています。川の中だけではなく川岸にも一杯いるのですが、その近くを私が歩いていくと数百羽のカモメたちが一斉に飛び上がって私の頭上はカモメだらけになり、そのカモメたちの多くが私の近くにたくさん降りてきて、そこでギャーギャー、ガアガア鳴いているのもいます。川に降りて羽をばたつかせて大暴れしているのもいます。
それが面白くてスマホでそのカモメたちの動画を撮っていたんですが、川にある手すりにとまっているカモメにスマホを向けて「なんかしゃべれ」と私がいうと、いきなり「ガアー」とかいうのです。(笑)まるでしゃべっているようなのです。そういうカモメが周りに何羽もいます。
そうして、その他にも水鳥たちがたくさんいて、川の中にいる真っ黒な水鳥に(あれどういう鳥ですかね。毎年くるようですが)「お前なにしてるんだ、そんなところで」などと声をかけるとこちらに寄ってくるのもいて、本当に楽しいものです。そんな鳥たちとのひと時はです。
本当に(愚かな)人間たちを相手にしていては疲れるばかりですが、こういう鳥たちを(鳥ばかりではありませんが。多くの動物たちをです)相手にしているとほんと癒されるのです。多くの鳥たちの喜びがこちらにも伝わってきて、その喜びの心にこちらの心も安らぐからです。
怒りと喜びでは起きてくる波動がまったく違い、その影響も大きく(怒りは苦しみを喜びは癒しを与えてくれるからです)起きてくる現象も違ってくるのです。(怒りは災いが癒しは奇跡が現れてくるからです)
これだけ天に(決して私ではありません)逆らっている人たちはこれまでも、そうしてこれからも出てくることはないでしょう。いま現在ある人たちは大変な罪をつくっているということをよく知ってください。天に対してです。
それだけ天に対し逆らっている人たちはいません。一刻も早くそのことを悟り反省されることです。天に逆らうほどの重い罪もないからです。
いつまでボケッとしているんでしょう。今もヒヤヒヤでしょうね。どこかの会社などです。いつ誰が病気を発症するかしれないからです。
昨日もいっていたのです。あんな天気だったので(ブログを書き終わる頃にはみぞれが降りだしていましたから)外には出ていかなかったんですが、怒っているのがいたもんですから、早く頭を下げて布施を持ってこいとです。そうすれば、その怒っていることは(病気になることは)すぐに止まるからとです。それでもまだ病気になる人がいるのなら、その時は持ってきた布施は返してやるからとです。(昨日は外で辻説法が出来なかったものですから、その分、家の中でしていました。〔笑〕)
別に私は詐欺師ではありません。法を説いている者です。だから嘘はいいません。一度布施をしたからと、もう返せないなど、とこかのカルト宗教みたいなことはしません。
もし、私のいった通りのことをして、それでもまだ同じように災いが現れるなら、その時はちゃんと返しますよ。お陰がないのに布施をもらうなど、それではいま現在の既存や新興宗教と変わらないからです。それはただの詐欺師であるからです。
ある意味詐欺ですよね。そのような行為はです。
そう思いませんか。例えば、ここにお参りするとこういうご利益がありますとか、ここでこの仏様をさわると、そのさわった部分がよくなりますとか、この線香の煙がかかると、その煙がかかったところがよくなりますとかいって、よく人を集めているお寺や神社がありますが、それで本当にその部分がよくなるならよいのですが(というか、そうなって当たり前ですよね。そのようにうたっているのですから)よくならなかった場合、どう責任を取るのでしょう。そういうところはです。
そうならなかった場合、そのようなところは出したお賽銭を返すとか、そんなのしれてるので(そこまでいった交通費や手間暇時間まで考えたら)そうならなかった場合は、一定の金額をお支払いしますとか、そうしたらいいのにね。
そういうことをするなら、そんな出来もしない嘘をうたって人を集める寺や神社もなくなるのにです。
しかし、何かそうならないのが当たり前のように、そうならなくても誰も文句をいわない。これだけ小さなくだらないことには文句をいいまくる日本国民がです。(ネットなど見れば分かりますが。〔苦笑〕)
だからいつまでたっても、こんな偽の信仰が(そうしておかしなカルト宗教まで)まかり通っているのです。
多くの人々が本当の神の教えを求めようとしないからです。宗教とはこんなものと軽く見ているからです。
まあ、それはともかくです。(しかし、このブログを見ている人たちはその考えも改めつつあるのではないですか。これだけ天罰がくだっていてはです)私は、そんな宗教団体なのか、それとも詐欺団体なのかよく分からない人たちとは違います。
もし、私のいった通りのことをして、それでも災いが止まらなければすぐにそのもらった布施はお返ししますよ。どこかの会社などすぐに分かることであるからです。
この会社など毎日災いが起きているのです。その災いが止まるか、それとも止まらないかなど、すぐに分かるでしょう。一日二日待つだけでです。
その間、何も起きてこなければ(誰も病気にならなければ)それは私がいった通りのことが起きているということであり、それでも変わらず、次の日も、またその次の日も同じように災いが現れるなら、それは私が嘘をついているということになるからです。
それだけ分かりやすい話もないからです。
だから一度やってみろといっているのです。やるだけの価値はあるはずだからです。(そりゃそうでしょう。毎日誰かに病気が出ているのです。それが止まるのなら全然違いますよね。それはです)
そのかわり、もう二度と嫌がらせはしませんとこれまでのことは悪かったと反省し(少しでもいいからです)感謝の心で布施をしないといけませんが。それが出来るなら、すぐにその起きている災いは止まります。そうして、もし、それでもその災いが止まらないようなら、その時は持ってきた布施は全額お返しします。それでどうですか。それをするなら多くの人が救われるからです。この会社だけでもです。
だって、この会社は漫画にも描けないひどいことが起きているからです。(そんな見え見えの嘘のような話〔毎日災いが起きるなど〕漫画にもなりませんから。しかし、それが本当に起きているなど、まさに「事実は小説よりも奇なり」ですね)
別にこの会社だけではありません。私に嫌がらせをして、それから災いが止まらなくなったところはこの辺り多いはずです。そういうところの人たちも真剣に反省して(何度もいいますが少しでもいいからです。〔多分、いっぺんには出来ないでしょうから〕そのような反省するという心が大事であるからです)感謝の布施くらいしませんか。神理を見ているのならです。
そうすれば、その起きている災いは確実に止まるからです。また、それをしてもその起きる災いが全然変わらないようなら、もらった布施はお返しするからです。
もうした方がいいですよ。そのような災いが(天罰が)もうどれだけ起きているかしれないからです。特にこの辺りはです。
それだけ神理は(本当の神の教えというものは)偉大であるということです。
そんなことを書いている間にも天罰がくだっている人がいます。(昨日でも家にいても、それでも嫌がらせをしていく人はいたからです。どこかの会社はもちろん〔あれ、また何か起きました?〕前のマンションなどに配達にくるトラック運転手や家の前を走っていくトラック運転手などもです。〔家の前でブシュなどとやっていく運転手もいますから〕)一刻も早く試してみてください。私のいったことをです。
そうすれば救われる人は(災いが止まる人は)必ずいるからです。
しかし、大丈夫なんですかね。私のいうことを無視し続けていてです。特にどこかの会社の皆さん。大丈夫ですか。今日もまた病気になる人が出るのにです。天罰に日曜日もないのにです。(そうするとまた月曜日は朝からお怒りですか……大変ですね。パターンが同じで)
私のいった通りのことが起きなければ布施を返すとまでいっても、それでも進もうとしませんか。本当に救われる道をです。
本当に残念でならないんですが、そりゃ、私のいうことを無視していてもやれることはやれるんでしょうが、そうすると運の悪いことばかりが起きてきます。実際そうなっていますよね。いま現在、多くのところで多くの人がです。特にこの辺りはです。
だから、きいた方がいいと思うんですけどね。神理を説いている者のいうことはです。
昔の人たちは皆そうしたからです。だから多くの人たちが救われていった。多くの人が神理には従ったからです。その神理を行うことこそ唯一無二の幸せの道であるからです。後は(他の道は)多かれ少なかれどこかに不幸が隠れているからです。
特に今の西洋悪魔カルト思想などたくさんの不幸が隠れています。大変ですよ。そんな思想を実践していたらです。どんどん不幸になるからです。
だからそうなっているでしょう。そんなおかしな思想を信じているばかりに、世は乱れ、天変地変は増え、景気もよくならず、おかしな犯罪も増え続け、パンデミックまで起きている。大きく間違った思想を多くの人たちが、それが正しいと信じているからです。
だから、よいことが起きない。ほんと悪いことだらけです。それに気づいていない人も多いのですが。世の中はこんなものと、分かっていないのに分かったふりをしている人が多いのです。よく考えてみればこんな不幸な世の中もないのにです。
だから、私のいうことを無視していてこのブログを見るだけ見て不治の病などかかった人はです。残念ではありますが、まず死んでいきますよね。
だって、そのような人たちはまっこうから神の心に逆らっているからです。そうしておかしな思想に(西洋悪魔カルト思想に)大きく染まっているからです。
それでどうやってよいことが起きるのでしょう。神の心に逆らっていて奇跡が起きるわけがありませんし、また間違った思想でいつまでもいるなら、それは災いを呼んでいるのと同じで自ら不幸になる道を突き進んでいるのです。
それではどう転んでもよい目が出るわけがない。だから、そのような間違った心でいつまでもいる人は、一時的には病気がよくなるかもしれませんが、それは反省の期間を与えられているだけでその時にまったく自分の心を変えようとしなければ(反省しようとしなければ)最終的には、そのような病気が原因となって死ぬことになるのです。
そのような人たちに奇跡は起きないからです。
だからいっているのです。自分たちのしていることの危なさにいい加減気づいてくださいとです。神に真っ向から逆らうなら、奇跡が起きないのはもちろんのこと多くの災いまで起こされるからです。
神に逆い、悪魔に従うなど(それと気づいたのなら)これまでの人たちは絶対にしなかったことであるからです。
いま西洋悪魔カルト思想に従っている人たちは、それほど危ないことをしているということです。だから神をいつまでも無視しているのです。それが悪魔であるからです。
悪魔は神を(神の心を)無視するものであるからです。(ねっ、やっていることも悪魔と同じでしょう。早く気づいてください。自分たちが悪魔にどれだけ洗脳されているのかをです)
しかし、昨日ふと思ったのです。もし、私が神理を知らなかったらどうなっていたのかなとです。
そうしたら、普通に会社に勤めて定年までやり、そうして普通に年金暮らしをしていたのだろうなと。そうであるなら、私は今のように多くの人に知られることもなく、皆に嫌がらせされることもなく、周りにいろいろな現象が現れてくることもなく、他の爺さん婆さんのように仕事がなくなるなら昼からやることもないので、そこらぶらぶらして(または家でテレビなど見ているだけで)たまに酒など飲んで憂(う)さを晴らして、そうして一生を終えていたのだろうなとです。
神理を知らなかったのなら、会社を途中でやめて神理を世に広めようとも思わなかったであろうし、こんなブログを書いてもいなかったであろうし(書くネタもないので)周りに奇跡が起きてくることもなかったでしょう。
そう考えるとです。私は神理を知ったばかりに劇的に自分の人生が変わったのです。
そうしてそれは、このブログを見ている人たちにもいえることなのです。
そうではないでしょうか。その神理を知って私がこのブログを書いていろいろ周りに現象が起きてきたせいで多くの人が神理を知り、私を知って、そうして運命が変わったのです。よくか悪くかは知りませんが。
どちらにしてもです。この正法神理は確実に人の運命を変えるということだけは確かなようです。それを知ったばかりに大きく運命が変わった人は私だけではなくたくさんいるからです。特にこの辺りは多いはずであるからです。
この辺りで神理を知り、私を知って、私に嫌がらせをして、それで大きく運命が悪い方に変わったなどという人はごまんといます。しかし、この正法神理は、そのような悪いことだけではなく、よいことも起きるのです。むしろ、よいことの方が多いのです。神理を正しく行うならです。実際に私の周りがそうであるからです。
これほど大きく運命を変える教えなど他にありますか? 自分たちがどれだけ有名な寺や神社にお参りしようが、どれだけパワーがあるといわれているパワースポットにいこうが、あるいはどれだけ当たるといわれる占い師に見てもらおうが、これだけいっぺんに自分の運命が変わることなどないのです。
そのようなすべての場所に、そんな本当の神の力など降りてはこないからです。神理こそ本当の神の力をこの世に降ろすことが出来る唯一の教えであるからです。
だから、神理に関わるならこれほど運命も変わるのです。それだけ神の力が降りてくるからです。だから天罰も奇跡も起きてくる。これだけ、神の力が天から降りてくるものなど他にないからです。
だから、不治の病も治るような奇跡も起きるのです。神理を真剣に実践するならです。本当の神の力がいただけるからです。
神理を信じ行いませんか。そうすればこれまで悪い方にしかいかなかった人生が確実によい方に変わってくるからです。そんな奇跡も起きるからです。
唯一無二の本当の神の力を降ろせる教えがここにあります。
それをなんで無視し続けているのですか? それでは悪魔と同じなのです。
今日も朝からお怒りで……でもなさそうですか。
今日は静かなものですね。どこかの会社もです。私はてっきり今日も朝からお怒りであると思ったんですが、昨日書いたように昨日も(日曜日も)起きているはずであるからです。災いがです。
どうしたんでしょう。今年は妙に静かな日が多く、あまりうるさくしません。(多少はしていますが)しかし、災いは止まらない。
そりゃ大騒ぎしているより静かにしていた方が起きる災いは少ないんでしょうが(うるさくしていた時の夜など特にひどいですからね。起きてくる災いがです。それは非常によく分かります。態度でです)しかし、止まるわけではない。
この会社がいい例です。今年は去年までとは段違いに静かですが、しかし、止まらない。夜遅くまで出ている時もある。うるさくしても静かにしても止まらない。では、どうやって止まるのか? ということになります。その災いはです。
だからいっているのです。災いが止まらなかったら返すので、私に頭を下げて布施してみなさいとです。
そうすれば止まるからです。その災いはです。
しかし、止まらないと大変でしょう。最近ずっと静かであって急に死ぬほど怒りだすところもあるからです。もちろん、その反対もありますし、相も変わらず、ずっと怒っているところもあります。
そういうところはすべてです。すべて災いが起きているのでしょう。だから、そういう態度を取る。しかし、あまりに自分のところに(会社や家に)悪いことが続く時はお祓いくらいしませんか。
そうするところも(人も)あるでしょう。もうやってみなさいって、それをです。(お祓いではなく私に対する布施をです)そうすれば止まるからです。その災いはです。私がいっていることが嘘ではないと(神理のご利益が)分かるからです。
ソロソロ解けてきたんではないですか。悪魔の洗脳もです。私がこれだけ書いているのです。おかしいと思いませんか。これだけ悪いことばかり続くのはです。それが自分の周りだけではなく日本中で(世界中で)です。
それは考え方を間違えているからです。神がつくられたこの世界で神の心に逆らっているからそうなるのです。多くの人がです。
神などいないではなく、神が存在しているから、こういう世界が出来上がっているのです。神がいなければこのような世界も、そうして我々人間も、何もかも存在していないのであり、神と呼ばれる第一原因者が存在しているから、いま自分たちを含めたすべてのものは存在しているのであり、その神の存在を抜きにしては語れないのです。この世のすべてのものはです。
だから神を一としないといけないと私は何度もいっているのですが、そこで神を抜いてしまうから不幸になるのです。また神の存在を認めていても、その本当の神の心を理解しないから奇跡も起きてはこないのです。
本当の神の心を理解出来るのはこの正法神理だけだからです。だから奇跡も起きるのです。神理を行うとです。そうして天罰もくだるのです。その神理を行っている人に危害など加えようとするとです。(嫌がらせも危害ですから。精神的なです)
神理は正しく神の心を現わしている唯一の教えであるからです。起きる奇跡がその何よりの証拠であるからです。
だから神理に関わると自分の人生も(運命も)変わる。大きくです。それによく考えてみればです。人間だけでなく動物たちの運命まで変えているのです。神理はです。
そう思わないでしょうか。もし私がいなければ、鳥や魚たちはあれだけ大騒ぎしたでしょうか? 川で魚があれだけ跳ね回ったり、鳥が大騒ぎして飛び回ったり(前に動画でも撮りましたが)したでしょうか?
しなかったでしょうね。私以外の人たちに、鳥や魚たちが、そんなことをする場面など見たことないからです。私の周りはもちろんのことテレビやネットでもです。
そうであるならです。私は(神理は)そのような動物たちの運命まで変えているということになります。楽しくです。
そのような動物たちも楽しくなければ(嬉しくなければ)そのような態度は取らないはずであるからです。楽しくもないのに、喜んで寄ってきたり、騒いだりはしないはずであるからです。
では、この正法神理は動物たちの運命まで変えることが出来るということになります。もし、私のように神理を実践する人が増えれば、どこにいる動物たちも喜び、楽しい生活が出来るようになるからです。その人が近くにいてくれるだけで楽しい。そんな生活がです。
そうであるなら、動物たちが人間を襲うということもなくなるでしょう。そうなるなら、人間たちも助かるのです。動物たちとの本当の愛ある共生も出来るようになるからです。神理が広がりさえすれば、それがどれほどの猛獣であろうとです。
私は、ライオンやヒョウたちが私にはどれだけ愛想のいい態度を取っているか知っています。動物園でどれだけそのような体験をしたかしれないからです。もちろんそれは(オオトカゲのような)爬虫類に至るまでです。
だから、そのようなことも出来るようになると確信するわけです。実際私には、そのようなことが起きているからです。
これが本当の世界なのです。元々神が現わしたです。今がおかしいのです。こんな人間同士はもちろんのこと動物たちともうまくやれない(人間とも動物とも不調和な)今のような世の中がです。
それも悪魔のカルト思想に多くの人たちが染まっているからです。そういう間違った心の人たちがたくさんいるから、人間ともうまくいかず、動物たちも人間を見ると逃げるのです。動物たちは人間の心の中を知っているからです。
それを転換することが出来るのはこの正法神理だけであるのです。この私が、その何よりの証明であるからです。
正法神理は、人間だけでなく動物を含めたすべてのものの運命を変えることが出来るのです。それは奇跡が起きるということだけではなく、どのような教えよりも愛の深い教えがこの正法神理であるからです。
その愛が(奇跡ではなく愛がです。動物たちには奇跡は関係ありませんから。愛が深く広いかどうかのその一点ですから)すべてを救うからです。
まだ分かりませんか。この正法神理の偉大さがです。これほど深く広い愛を持つ教など他にないのです。だからこれほどの奇跡も起きてくるのです。
その教えに頭を下げることがなぜ出来ないのですか? これほど有難い話もないのにです。
相変わらずトラックなどブシュブシュうるさいんですが、ほんと危ないですよ。そういうことをしているとです。
だって、もうほとんど走らなくなってしまったところもありますんでね。たくさん走っていたトラックがです。(前に書きましたが、庄内川の横の道もそうですが、洗濯にいった時によく通る道などひどいものです。あれだけ走っていたトラックがもうほとんど走らなくなってしまったからです)
確実にそういうことをしてくる運転手に天罰がくだっているようです。それが分かっていてしてくる運転手もいますが(同じ会社の運転手が)それだけ愚かな行為もありません。その天罰は今だけのことではなく死んだ後まで祟るからです。
だからもうやめてはどうでしょう。そんなバカな態度はです。頭を下げて布施くらいされませんか。それが昔から多くの人がしていた神理に対する正しい態度であるからです。
私もねぇ。これだけちょっかいをかけられなければこれだけ書かないんですが、毎日ちょっかいをかけられますからね。(誰か彼かに)そうすると書かざるを得なくなるわけですよ。こちらはまざまざと見ているからです。そういう人たちに天罰がくだるのをです。
見ているのと同じでしょう。どこかの会社などもちろんですが、これだけ通るトラックが露骨に減ってしまうのです。では、そのトラックの運転手たちに天罰がくだったと思わざるを得ないんですから、それはその運転手たちに天罰がくだっているのを見ているのと同じです。
あるスーパーで何度か嫌がらせしてきた人がいたのです。その人は三~四十代くらいの男の人だったんですが、二、三度私に嫌がらせをしてきたら、パタリとそのスーパーであわなくなりました。
しばらくして(何ヶ月かして)久しぶりにその男の人を同じスーパーで見かけたのですが、前と比べてずいぶん痩せていてよろよろしていました。それでもです。
それでも、その男の人は私を見るとムッとしてまたくだらない嫌がらせをしてきたのですが、しかし、その時以来、もうその人をそのスーパーで見ることはなくなりました。
ある小学校の近くを歩いていた時のことです。小学生の低学年と思われる集団が前から歩いてきて(集団下校でしょう)その中のニ、三人が私に向かい大騒ぎしてきたのです。
そのニ、三日後でしょうか。その同じ道を同じくらいの時間に通ったら、また同じ小学生の集団と出くわしたのですが、もうその時は騒ぐ小学生は一人もいなくて、みな顔を引きつらせて歩いていきました。
ある年寄りの家の前を通ると、そこの家の年寄りに嫌がらせをされたのです。そういうところが何軒もあるんですが、そういう家で、もうなくなってしまったところ、空き家になってしまったところ、売りに出されているところなどいくつもあります。
まあ、そんな家の年寄りはともかくです。(年なので寿命で死んだり病気になったりもするでしょうから)それ以外の人たちなど、明らかに天罰がくだっているのを目の前で見せられているのと同じなのです。
私はこのような人たちをもうどれだけたくさん見ているかしれないのです。それこそ(わざわざ例に書きましたように)老人から小さな子供までです。
天罰に大人も子供もないからです。天はその人たちの心しか観ていないからです。
だから、そんな傲慢な態度は改めないといけないといっているのです。特に神理の前ではです。
神理の前で、そのような態度を取るならどんな天罰をくだされるかしれないからです。それこそ、どれだけよぼよぼの年寄りであろうと、どれだけ小さな子供であろうとです。また、どれだけ自分が生活に困窮していようとです。
この人は年寄りだからとか、まだ小さな子供だからとか、この人は生活に困窮しているからとか、そんなこちらの(この世での)都合など天は考えてはくれないからです。
それは天変地変を見れば分かると思います。大きな天変地変など起これば、そのようなことに関係なく皆ひどい目に遭うのです。それこそ大人から子供までです。死ぬ人もいれば、瀕死の重傷を負う人もいます。家がなくなってしまう人もいるのです。
しかし、その中でも、もうダメだと思われていた人で命が助かる人もいれば、少々のケガだけですんだ人、ほとんど被害らしい被害が出なかった人など、いろいろな人に別れるのです。
それはなぜか? なぜこんな差が出るのか? ということです。
それを多くの人たちは運がよかったというのですが、それは違うのです。
それは運がよかったわけではなく、その人の心がよかったからそうなったのです。(またはまだこの世に残される使命があった)
心一つなのです。この世の運がいいも悪いもです。
そう考えるならです。その運といわれているものもコントロールされていると思わないでしょうか。偶然たまたまではなくです。
そう書いていることが正しいということを私が証明しているのです。
私の周りではその天変地変が起きたことと同じようなことが展開されているからです。
そうではないでしょうか。私に嫌がらせをして、病気になった人、ひどいけがをした人、あるいは亡くなってしまった人までいるようですが、同じことが起きているのではないですか。そのような天変地変が起きた時とです。
多くの人が普段いっている運の悪いことが私の周りでは次々に起きているからです。
しかし、私の周りで起きているその一般的に運が悪いと思われていることは、もうそれは運ではないと分かっているのです。それは故意に起こされていると知っているのです。このブログを見ている多くの人たちはです。
だから、いっているのです。そういうことは運ではなく、心で起きているとです。
そうとしか思えないようなことが、こちらでは、次々に証明されているからです。その心の傲慢が原因で病気になる(あるいはけがをする)人がたくさん出ているからです。(あの大けがをしたプロ野球選手など大丈夫でしょうか? 明日からキャンプが始まり今年期待する人も多いんですが、しかし今年もダメでしょう。心が変わっていないからです)
では、そのようなことは運ではないと、そのような世間一般で運と思われていることも実はコントロールされていると分かるはずです。このブログ見ている人ならです。
この世に運がいいも悪いもありません。すべてそのようなことは法則に従って起きていることだからです。
その法則の原因はすべて自分たちの心がつくるのです。
よい心でよい行いをするなら確実によいことが自分に返ってきます。
悪い心で間違った行いをいつまでし続けるのですか? だから悪いことばかりが起きてくるのです。
こんにちは、今日を待ちまして定年退職となりました。我ながら頑張ってきてと自負しています。しかし一方では継続雇用の選択もあったのですが、今となっては今回の退職は正解だったのかなと思います。それは、今回明確な節目を持つことができたからです。これまでの自分の生き方や生活、会社での行いなどなどを振り返ることができたからです。多分継続雇用だと惰性でずるずるとルーティーン化した日常を生きるだけとなったかもしれないからです。会社生活の終了は、生活基盤を不安定にさせることだからです。それは真剣にならざるを得ません。これまでのライフスタイルの見直しは必至です。まだまだ60歳とまだ先の長い人生においてはこれまでの反省を行い改めるには十分過ぎるくらいの時間があり、その反省を生かせる機会なのです。これまでより更に一日一日を大事に過ごしていき神の子としての使命を果たすべく心を高めて行きたいと思います。
それはお疲れ様でした。これからは神理の方で頑張ってください。期待しています。
昨夜も大変そうでしたが、今日も朝からお怒りのようです。もちろんどこかの会社です。
物をたたきつけて怒っているのがいます。それで「そういうことをしているから悪いことが起きているんだろう。こちらから祈ったことなど一度もないんだけどな」などといったら、とたんに静かになってしまいました。図星をつかれて一言もないようです。
何回いえば分かるんでしょう。自分たちが嫌がらせをしているから、そのような(怒るような)悪いことは起きているのであって、別に私の(祈りの)せいではないのです。
私は自分の方から祈ったことなど一度もないからです。そういうことをされるから(あまりにひどくです)だから祈っているだけであって、そんなことをしてこなければ祈ることもないのであって、私が自分が気にくわないからと、それで(そんな私情で)人を祈ったことなど一度もないのです。
あまりにひどく道を間違えている人が多いから、そういう人を祈るのであって(この人を正しくお導きくださいとです)私は、そのような慈悲の祈りしかしていないのですから、それでそういう人たちに何か起きてきたからとなんでそれが私のせいになるのでしょう。
それは全部自分のせいでしょう。間違ったことをしている自分たちが悪いからです。
昨日もそんな間違ったことをする人がたくさんいました。あんなブログを書いたからでしょうか、昨日などトラック連中は割とおとなしく(などと書くと今日はまた意地になってブシュブシュやってくる運転手も多いんでしょうが。〔苦笑〕)歩いている人たちの方が多かったですね。そんなくだらない嫌がらせをしてきたのはです。(それこそ老人から小学生までです。昨日のブログを見て怒っているということがまる分かりでした。〔笑〕昨日は年寄りや小学生のことまで書いたからです。天罰がくだっているとです)
しかし、そんなことをしてきた人たちは確実に天罰がくだるでしょう。そのようなご利益は必ずあるからです。この正法神理にはです。
こういうご利益があるということはもう分かっているのです。少なくとも、この辺りの多くの人たちにはです。
そのご利益の(天罰の)体験者も多いはずだからです。それにもかかわらず、頭も下げなければこの教えに帰依もしない。(こんなご利益があるのにです)相も変わらず逆らい続け怒り続けている。
それが子供なら仕方ないんですが、もうちょっと何とかなりませんか。特に老い先短いお年寄りなどです。なんで小学生と同じ態度を取っているんでしょう。それでは年を取っている意味がないのではないですか。
年寄りは小学生より何十年も長くこの世にいるのです。そうして、もうそのこの世にいる時間もわずかなのです。そうであるならもっと有難がってはどうでしょう。本当の神の教えに人生の最後近くにやっと巡り合えたからです。
それなのに、そこでまだ人生経験が足りない、これからの人生も長い小学生と同じ態度取っていてはあまりに情けないのではないでしょうか。
例えば、自分が神理に帰依などしなくてもです。その神理を説いている者の話をもう少しきいてやるとか、あるいは自分の意見があるならあるで、私は神への信仰とはこういうものであると思うが、そこはどうなのかとか、そういう冷静でためになる意見をいうのがお年寄りなのではないのでしょうか。特に神への信仰のことをいっている自分より年下の者にはです。
それが年寄り(年を取る)ということであると思うんですが、残念ではありますが、そんな年寄りはこの辺りには一人もいません。私の顔を見れば無言で嫌がらせしていくか、自分からちょっかいをかけてきていきなり怒り出すか(それで掴みかかってきた年寄りもいたくらいですから。くだらない噂を全部信じて怒りまくっている人もいるようです)こちらが何をいってもそれには一切答えず嫌がらせをし続けるかくらいで、一人としてまともに私と議論した人などいないのです。こちらの話をまともにきいた人すらいません。こちらの年寄りなどです。
それにもかかわらず、このブログだけは見ているというんですから勝手なものです。少なくともこのブログを見ているのならです。私の話くらいしっかりきいてはどうでしょう。そうして、せめて受け答えくらいちゃんとしたらどうでしょう。
人生経験が少ない小学生ならともかくです。私などよりずっと人生経験が長い人たちばかりであるからです。それなのに、私にそういうことをしてきた年寄りの中でまともに話した人など一人もいないというのですから、だからそれではあまりに情けないといっているわけです。小学生でもちゃんと話をした者はいるのにです。それなのに年寄りは皆無というならです。(ただ嫌がらせをしていくだけというならです)それでは最近の年寄りは小学生ほどの知恵もないといわざるを得ないからです。
私にそんなことをいわれたくないのであればです。もうちょっと勉強してください。少なくとも神のことくらいはです。もう先も短い人たちばかりであるからです。そうであるなら、その人たちは最後に頼るのは、その神しかないからです。
どちらにしても、このようなことが起きているのです。(次々に明らかに天罰と思われるようなことが起きている)そうして、天変地変さえも防げるかもしれないという事実まで分かってきているのです。(私の体験を知っている人たちは)
よく考えていただけませんか。このブログを見ている人たちはです。
こういう事実を世の多くの人々に知らせないでいて、本当のよいのかということをです。もし、この事実が日本中の、そうして世界中の人々に分かればです。
悪いことをする人は減りませんか?(悪いことをしたら本当に天罰を食らうなど、そういうことが分かっていればです)そうして気候変動(温暖化)のせいにしている天変地変も減らすことが出来ませんか?
本当に出来るのです。そのようなことがです。多くの悪いことを減らすことが出来るのです。この事実が、このブログを見ているほんのわずかな人たちしか知らないのではなく世界中の多くの人たちに知れ渡るならです。そうしてそれで、世界中の多くの人たちの心が変わるならです。
それなのにそれをやろうとしない。それもまったくです。
だからこれだけ神も怒るのです。これほど重大なことを(事実を)わずかな人しか知らず、それを多くの人たちに知らせようともしないからです。このブログを見ているほとんどの人たちがです。
この神理の事実が世に知れ渡るなら、多くの悪がなくなっていくのです。そのような大変な事実をこのブログを見ている人たちはみな知っているということです。
それをいつまでたっても理解しようとしないから、これほどの災いも起きているということを知ってください。それだけこのブログを見ている人たちの使命役割は大きいといわざるを得ないからです。(分かりますか? だからいっているのです。そんな自分は知らないではすまないとです。世界を救うほどの教えをこのブログを見ている人たちはすでに知らされているからです。それなのに、そんな〔小さな〕自分の私情など挟めるわけがないからです)
あり得ない事実をいま多くの人たちが知りつつあります。それを黙っているのは、それほど重い罪もないのです。
このあり得ない事実をです。多くの人たちが知るなら、どれだけ多くの人たちが救われるかしれないからです。
おはようございます。今日からは定年退職した身なので、こちらにもお邪魔する機会があると思います。どうぞ宜しくお願いします。さて、いまだにこのブログと縁のある方々はその道の門の扉を叩こうとはしていないようですね。残念です。先ほども書きましたが、定年退職して環境が変わったことは確かなんですがそれでも変わらないものがあるのです。そのことに気付いたのは心行を拝読していた時です。これまで仕事と共に、その心行や反省などをまるでルーティンの様にやってきましたが、今朝のその禅定の行いは、これまでと決して変わらないものであることがわかりました。これは本当に素晴らしい人生のバイブルであると感謝しています。神がありそして私たちは神の子として生かされている、そのことに改めて感謝します。退職時にお世話になった方々への挨拶回りの時に、先輩などは何やるの?何もしないとボケるよ。そんな心配をしてくれましたが、今日もこれまでと変わらないモチベーションがあるわけで、これは日々の禅定効果であり、これまでの過ごしてきた日々は禅定の上にあったことに気付かされました。これからは、その素晴らしさも、お伝えしていける様に尚、この身を正して参ります。
それはそれは頑張ってください。
そうですよね。神理を知っている(そうして実践もしている)私たちなどボケようがありませんよね。毎日反省禅定は欠かせないし、心行を読み祈りまでしていたら(そうしてその祈りで奇跡まで起きていたら)ボケている暇はないからです。
私などそれプラスこんなブログまで書いているんですから(心だけでなく頭と指先まで使ってです。頭だけでなく指先を使うのはボケ防止に最適らしいですから)まったくかかわりのない話でしょう。私たちにボケるなどという話はです。(笑)
ボケる老人というのは、そういう努力を(日々勉強するという)怠っている人たちなのです。だからボケる(そういう悪いことも起きてくる)だから努力を忘れてはいけないのです。それこそ死ぬまでです。
私たちはそれを実践して参りましょう。またよろしくお願いします。
そういえば昨日は、歩いていてそのような老人をよく観ました。(まあ、ボケてはいないんでしょうが。〔苦笑〕)そうして、その老人たちが何か知りませんがみな怒っているのです。くだらない嫌がらせをしてくる人ばかりなのです。
最初はなぜだか分かりませんでしたが、途中で気づきました。そういえば今日の(昨日の)ブログに、最近の年寄りは小学生より知恵がないなどと書いたなということをです。
それでみな怒っていたようです。いやはやいまだに私のブログは(こんなコメント欄に書いているにもかかわらず)この近所の人たちには大人気のようで、そのような年寄りのボケ防止にも役立っているんだなと改めて思いました。(笑)
昨日はずいぶんいい年した人(どう考えても八十過ぎている)まで怒っていたからです。それだけ私のブログを読んで怒っていられるのなら、まだ当分ボケそうもないからです。(笑)
私、不思議なんですけどね。まだしっかりしている人はともかくどうやって見てるんですかね。そんなどう見ても八十過ぎているだろうというよぼよぼの(失礼)年寄りが、私のブログをです。
パソコンは見ないでしょう。(使うんですかね。こんな年寄りでも)スマホですか? 携帯ですか? 前のアパートの変死した婆さんもそうですが、もう八十過ぎてよぼよぼの一歩手前という婆さんが普通に私のブログを読んでいましたからね。(変なこと書くと〔というか、自分たちに都合の悪いことを書くと〕やたら怒っていましたから)
どうやって見ているのか知りませんが、そう考えるとです。本当に私はそのような人たちのボケ防止に一役買っていたんだなと思います。何かを読むということは(特にためになる〔勉強になる〕ものを読むということは)ボケ防止には非常によいことであるからです。(年を取るなら本を読むということも段々しなくなりますからね。〔本を読むのも疲れますので〕せいぜいテレビをボサッと見ているくらいなものです。それではボケますよね。〔笑〕)
なにからなにまでよいことだらけですね。特に(暇な)年寄りにはです。このブログを読むなら、暇つぶしにはなる、ボケ防止にはなる、そうして、ここに書いていることをもっとしっかり読んで行うなら、奇跡も起きて死に対する恐怖もなくなっていき、死後の世界まで安泰。(天上界にいける)
どう考えてもよいことだからけでしょう。先の短い年寄りには、ここに書かれている正法神理はです。にもかかわらず、感謝もせず、昨日のように嫌がらせをしてくる人ばかり。
これはどういうことですか? といいたいです。だから最近の年寄りは小学生より知恵がないといっているのです。
これだけいいこと尽くしのこの正法神理に対し、まったく感謝をしないからです。自分たちに都合の悪いことを書かれると、その部分だけ取り(実に小さい)子供のように怒っているだけであるからです。
だから昨日もそんなことを書いたのですが、こういうことをされているのならです。感謝するのが当たり前でしょう。まだまともに分別がつかない子供であるならともかくです。もう酸いも甘いも嚙み分けてきている年寄りであるなら、それだけこの正法神理の有難みは分かるはずであるからです。
違いますか?
そういう考えさえ全然出てこないようであるから、最近の年寄りは小学生より知恵がないといっているわけです。事実そうであるからです。行動がともなわなければ(小学生と同じ態度を取っているようでは)そう思われても仕方ないからです。
昨日は今日コメントくれたウナッシーさんから布施をいただきましたが、せめて、そのような年寄りはです。(明らかに自分のボケ防止にこの神理が役立っていると思われるお年寄りはです)
それくらいのことをされてはどうですか。ただ、ボーっとそこらをぶらぶらしているのではなくです。そうして私の顔を見れば怒って嫌がらせをするのではなくです。
感謝(布施を)してください。その感謝を神理に対し行うならです。これほどの徳積みもないからです。そのような年寄りが(もう先があまりないです)そんな徳積みが出来ることなど、これほどよい話もないからです。(徳を積むことなどそう出来ることではありません。それが晩年に出来るのです。それも最高の徳積みがです。これほどよい話もありません。本当に感謝の心でそれを行ってください。徳積みをすればするだけ天に宝を積むことになり、死後の世界はよいところに〔より高い世界に〕いけるからです)
昨日も書きましたが、この神理が世界に伝わるなら、劇的に世界が変わり悪い現象がどんどん減っていきます。
それを積極的にやる気がない人たちはです。せめて、布施くらいはするべきでしょう。この神理を読んでいるのならです。そうしてこれからも読み続ける気であるならです。
布施が集まるなら、その布施を利用して、もっと多くの人たちにこの正法神理を伝えることが出来るからです。
何もしないでただ読んでいるだけ、というのが一番いけません。ずいぶんこの正法神理は皆さんの(読んでいる人たちの)役に立っているからです。
そのことにいい加減気づいて、せめて少しのお返しくらいしてください。神理に対してです。
その神理に対するお返しは必ずです。必ず何倍にもなっていずれ自分に返ってくるからです。(というか、お返しうんぬんよりも、そういうことをしてくれた人に対する感謝が全然ないなど、あまりに外れていませんか。人の道からです)
いつまでもお間違いがひどくてかわいそうです。もちろんどこかの会社なんですが、しかし、毎回間違えていますからね。この会社など災いが起きた時の態度をです。
そこで怒っていても止まらないのです。そこで頭を下げないと止まらないのです。災いはです。
だから災いが起きた時には、そのような正しい態度を取ってください。そうすれば、その災いは止まるからです。しかし、知恵のない人たちは、それをどれだけいっても正しい態度を取りません。だからいつまでたっても止まらないのです。災いがです。
そういう人たちは知恵がないといわざるを得ないでしょう。毎回間違った態度しか取らないんだから。そこは本当に残念なんですが、昨日もそういう残念な人たちがたくさんいました。
年を取った人たちは特に哀れですね。そういう間違った態度を取っている人は確実に地獄に堕ちていくからです。しかし、それが分かっていてもそれでも正しい態度を取ることが出来ない、そういう人もいるようです。
昨日でも前から歩いてきたある爺さんが嫌がらせをしていったものですから「なんだなんだ神理をきいているのに感謝もせずに嫌がらせか。その神理を知ることによって知らないことを知り、心まで救われていながら、感謝のかわりに嫌がらせですか。それでは罰も当たるでしょう」などとこちらがいったら、頭をかきながらうつむいて歩いていきました。
自分が悪いと分かったのなら頭を下げるべきでしょう。頭などかいていないでです。そういうことを子供らに教えてこなかったんでしょうか? その爺さんはです。
それとも、そういうことを子供らにはいうくせに自分は出来ないんでしょうか。(まあ、そういう人が多そうですが。そういう口だけの人がです)それではあまりに情けないし、そういう人ばかりだから、これほど天罰もくだっているのです。
そんな子供にいってきたことを自分たちがまったく出来ていないからです。
そういう人たちは、そのまま年だけくって今さらそんなことを誰も注意などしてくれません。(いい大人にそんなこと誰もいわないでしょう。「自分が間違っていると思ったら素直に頭を下げなさい」などという小学生以下の子供らにいうようなことをです)だから天がしているのです。そのような注意をです。素直に頭を下げない大人たちに対してです。(まあ、子供らにも同じようにしますが)
しかし、天は言葉では注意しません。いってはいけませんが、みな体罰です。いま多くの人たちが(西洋悪魔カルト思想に染まったです)口からあわを飛ばして非難する体罰しかしないのです。
そういう人たちは口でいっても分からないと分かっているからです。口でいっても分からなければ痛い目をみてもらうしかないからです。
だから口でいっても分からない子供らに対しては、少々の体罰は間違いでないと思いますけどね。(もちろん度が過ぎてはいけませんが)天もしているからです。
まあ、それはともかくです。大人たちが子供にする体罰は少々ですむのでしょうが(だって、殴り殺すことまではしないでしょう。子供に体罰を行う大人たちはです。最近は子供を殴り殺してしまう親などもいますが、あれは子を思っての体罰ではなく、ただの殺人ですから)天の体罰は少々ではすみません。どうしてもそれが分からなければ引き上げてしまうと(死んでしまうと)いうことも起きるのです。
この世の修行とはそのようなものであるからです。皆それを承知で生まれてきているからです。(まあ、それも天の判断なんですが。その方がその人のためになるからです。あまりに間違った道を進んでしまっては、その人がどれだけ修行が遅れるかしれないからです)
だから甘えたことをいつまでもいわれていても困るのです。なんか悪いことが起きたらお前のせいだなどという甘えたことをです。
そんなことをいっていても、一つも自分のためにならないからです。自分に悪いことが起きたら、即、何でこんな悪いことが起きたのかと反省する、それが一番自分のためになるからです。
だから、そうならないといけないのに、こちらの人たちなど、いつまでたっても悪いことはお前のせいです。そうして常に自分は正しい。そんなわけないのにです。みな西洋悪魔カルト思想にやられて傲慢になっているからです。
だから、そんな悪魔の洗脳をいつまで受けているから、こういうひどいことも起きないといけないのです。それほどのことが起きないとみな目を覚まさないからです。
神などいないという(または神を二の次、三の次にする)西洋悪魔カルト思想からです。
だから悪魔たちは体罰なども絶対にさせないようにするのです。体罰さえなければ人はいうことをきかないからです。そういう人も多いからです。特に子供らはです。(だから学級崩壊とかも増えているんでしょう。先生たちが子供に体罰が出来ないからです。そうすると先生のいうことをきかない子供もいます。そういう子供が好き放題して学級崩壊を招くのです。それも悪魔の手なのです。調和させないというです)
だから、ある一時期の体罰は悪くはないのです。素直な人間になるため、あるいは根性のある人間になるためには、そういうやり方もなくしてはいけないからです。口だけで分かる人ばかりではないからです。(だから最近は意気地がない、口ばかりの人たちが増えたのです。殴られたことがないから、その痛さ怖さを知らないからです)
極端にやれとはいいませんが(すぐそのように極端に取る。これも悪魔のカルト思想です)やるべきところでは必要であるということです。体罰も(という愛のムチも……最近は愛のムチという言葉も死語になりましたが)です。(ただ、そのような愛のムチといじめは別けなければいけませんけどね。しかし、そのような愛のムチの名を借りたいじめも昔は普通にありましたけどね。〔苦笑〕そういう体験をへて強い心も育つ。そういう部分もありますから。今の私もまだそういう体験があったから〔学校でいじめられたり空手にいってぶん殴られたりしたから〕耐えていられるのだともいえますし。今のような〔そこら中からいじめられる〕状況でもです。強い心を持つには苦しい体験は必須であるからです)
何か話がどんどん横道にそれていきますが(苦笑)とにかくです。自分が悪いと思ったら素直に頭を下げてください。特に神理に対してはです。
本当の神の教えに逆らっているくらい危ないこともないからです。そうして、その危ないことがもう数えきれないくらい起きているからです。あまりに多くの人たちが真っ向から神理に逆らっているからです。
それもこれも、悪魔のカルト思想が問題であると思います。小さい時から甘やかされ、わがまま一杯で育った人たちが、そのまま大人になるなら、素直に人のいうことなどきくわけがないからです。どれだけ自分が間違っていると分かっても、それを認めるわけがないからです。
小さな時から、すべて自分中心で、そのような思想が蔓延している今の状況ではです。
しかし、自分の間違いは間違いと、素直に認めて頭を下げなければひどい体罰を食らう、そういう時代がもうきています。
なら、早く直したらどうですか。その自分の間違いをです。
誰だってひどい体罰(天罰)を食らうのは嫌だからです。(ひどい天罰を食らうのが嫌だから直すというより、自分が悪いのなら素直に頭を下げるのは正しい人の道であるからです)
おはよう御座います。今朝もいつも通りに目覚ましをかけて規則正しい生活のスタートをきりました。さて、想い出は宝物とよく言いますが今朝の禅定でその事が改めて実感できました。実は私の半生は自分をあまりよく思わない、ややもすると劣等感さえ持っていたのです。しかし、よくよくその自分を見つめていると、少しずつそんな自分に疑問が浮かんできて、いつのまにか心が穏やかになっているのに気付きました。そうなんです、自分では忌まわしいと思っていた過去は、これから自分が新たに生まれ変われる為の記憶である事に気付いたのでした。何物にも代え難い、正に宝物である事に気付いたのです。良しと、これからの第二の人生、これまで会社勤めでいた時間よりもはるかに多い時間の中、その宝物を積んできた自分にエールを送り、この時の為に良く頑張ってきたと褒めて称えて、そうして日々の反省に生かして新たなる自分を構築していき、神の子としての使命を果たすべく日々頑張ってきた自分と見つめあっていこうと思います。
前は気になっていたところが気にならなくなった、いつの間にか悪いところがよくなっていた、気がついたら悪いところがなくなっていた、などなどそういうのが正法神理のよさですからね。(笑)神の子の自分をよく思うことは大事なことです。(それは神をよく思うのと同じことですから)その調子で頑張ってください。
そんなウナッシーさんだけでなく、こちらの人たちもそのような自分のよさにもう少し気がついてほしいものですが(すべての人が神の子ですので、よいところはたくさんあるからです)相変わらずこちらの人たちは、怒り、恨み、ねたみ、ひがみ、責任転嫁などなど、悪いところばかりがボロボロ出てきているようです。
昨夜も遅くまで大変そうでしたが(仕事の残業だけではなく天罰の残業の方も)今日も朝から怒っていたと思ったら、今しがたまた何か大きな音が会社の中で響いていました。もう止まらないんではないでしょうか。次々に出ているんではないでしょうか。災いがです。どこかの会社などです。
昨日は三年ぶりに国府宮(こうのみや)のはだか祭りが行われたようですので(こちらはそのニュースばかりでした)厄落としにいけばよかったのにね。そうすれば、そのような災いも起きなくなったかもしれないからです。
しかし、そうはなりませんか。たとえはだか祭りに参加して神男にさわろうと(神男にさわれば厄が落ちるといわれていますから)今のそのような祭りは歴史を伝えているだけで、すでに宗教的価値などないからです。ただ形だけの形式的なものでしかないからです。
だからどれだけそんな祭りに参加して神男にさわろうが何も変わらないということです。そんなことで自分の厄は落ちないからです。厄を落とすのは唯一自分の心を入れ替えることだけであるからです。
これまでの自分の行いを反省し(神理に逆らっていたことを)心を入れ替えるなら(そうして感謝の布施をするなら)その災いはすぐに止まります。
されたらどうですか? そうしないともう今日の今日にもどんな災厄がどれだけ現れてくるかしれないからです。それだけ危ない状況であるからです。この会社などです。(にもかかわらず、パニくっているのがいます。もうデタラメですね。やっていることがです。こんな状況でそんなことしていたら、どれほどの勢いでまだこれから災いが現れるかしれないからです)
一昨日でしょうか。この近所のことなんですが、私が歩いているとガンガンやってきた工事現場がありました。そこが昨日近くを通るとまた音を立ててきたことはきたんですが、ずいぶん元気がなく、それで私が「じゃあ、もっと祈ればいいんだな」というとピタリとその音がしなくなりました。
一発でくだったようです。そこには天罰がです。
神理を説いている者が祈れば必ずご利益が現れます。もう頭を下げてはどうでしょう。悪いのはすべて神理をきいているのに感謝もせず、一方的に嫌がらせをしてきたそちらの人たちであるからです。
昨日は洗濯がてら荒子川公園にいっていましたが、最近はどこもカモメがくるのが減ったなどというニュースが流れていましたが(堀川なんかはほんと減っていますけどね)荒子川公園はまだたくさんカモメがきています。
それで私がいくと、そのカモメのたまり場の少し前からもう何羽かのカモメがこちらに飛んできてギャーギャー鳴いています。なんか喜んで寄ってくる犬のようです。(笑)
そうして、そのカモメのたまり場に私がいくとあちこちのカモメが鳴きだして、飛び回ったり、水面で羽をばたつかせバシャバシャやって暴れ回ったりと大騒ぎです。
ほんと、そのようなカモメたちを見ていると楽しくて癒され心も安らぎます。
神理を行っているなら、このようなご利益まであるのです。
何度もいいますが、これほどの教えが一体どこにあるのですか? 現実を見るなら、昨日、国府宮で行われていたはだか祭りも天下の奇祭ということで全国的にも有名なんですが、その有名な奇祭にどれだけ参加してもです。(もう何年も前から参加している人もいますから)
それでも私に起きてくるようなご利益など起きてはこないのです。この奇祭に参加した誰にもです。
そのようなことでも分かるはずです。どれだけこの正法神理にはご利益があるのかということがです。もう目の前に次々に現れてくるからです。神理のご利益はです。しかもあふれるくらいにです。
これが本当の信仰のご利益であり、なにか起きたか起きていないか分からない、なにかのパワーがもらえた気がする、などというものは、そもそもそれはご利益でもなんでもなく、ただの気のせいかまたは単なる思い込みなのであって、ご利益とは(お陰とは)そのような確実に分かるものが(神の力が現れているとです)本当のご利益であるということです。
その本当のご利益があるのはこの正法神理だけなのです。それなのに何で無視し逆らい続けているのですか。その本当のご利益があり、本当の神の教えでもあるこの正法神理をです。
だからよいことが起きてこないのです。本当にご利益があり、本当の神の教えであるこの正法神理を無視するなら、それ以外のところに幸福などあるはずがないからです。
本当の幸福とは、この正法神理がないところには現れてはこないということをよく知ってください。
昨夜も大変そうでした。9時くらいでしたかね。どこかの会社からガチャーンみたいな音が響いてきて(小さな音ですが)それからしばらくガチャガチャやっていたようです。
何か起きたとすぐに分かりましたが、毎回あんなことしてるんですが何が起きているんですかね? トイレにいったら血尿でも出たんでしょうか?
よく分かりませんが、そのような危ないことが次々に起きているということだけは確かなようです。私の周りではです。
私もこんなこと書きたくはありませんが、書かないと平気で嫌がらせしてくる人も多いでしょう。書いていてもやってくる人がいるくらいですから。
だから書いているんですが何度でも分かるまでいいます。神理を説いている者に嫌がらせなどしない方がいいですよ。その説いている神理は確実にお陰が現れてくる教えあるからです。皆さん方がしているようなお経をあげようが祈ろうが、まったく何も起きてこない信仰とはまるで違うからです。
しかし、昨日でもたくさんいましたからね。くだらないことをしてくる爺さん婆さんがです。中には車の陰に隠れていて、私がその車を通りすぎたら急に出てきて後ろからゴホゴホでかい声で咳をして、私が後ろを振り向くと慌てて車に乗り込んで走り去っていく、お子ちゃまのようなことをする爺さんがいましたが(苦笑)しかし、そんなことしても天罰はくだるのです。
それは、似たようなことをしている(ブシュなどと音を立てて走り去っていく)トラックの運転手を見れば分かるはずです。ああいうことをしていく人たちには皆どこかの会社に起きているようなことが起きているのです。次々とです。
だからそんなことをしても無駄なのです。というか、よけい危ないのです。そんな子供のような態度を取るならよけいな罪が増えるからです。嫌がらせだけではなく、卑怯などという罪までです。
本当に子供ではないんですから、自分たちのしていることの危なさに(愚かさに)早く気づいてください。そのようなもうあまりこの世にいる時間がない人たち(年寄り)は特にです。
しかし、私など、こんなことを書いているからよけい怒るんでしょうね。爺さん婆さんがです。知恵がないだの、子供のようだの、それだけでなくこれまでしていた神への信仰まで否定している。
それでは年寄りの立つ瀬もない。(苦笑)
しかし、事実は事実です。そういう人たちは本当にもう時間がないからよけい書いているのです。そういう人たちが、その残り少ない時間で救われていくには正しいことを知り、それを行う以外にないからです。
だから年寄りなどモタモタしている時間はありません。私のいうことが分かる人はです。(昨日でも〔そうして一昨日でもです〕そういう年寄りがゼロではありませんでしたから。頭を下げる年寄りもいるにはいましたから。わずかですが)一刻も早く改心し、この正法神理に帰依してください。
そうすれば本当に救われるからです。それこそ死んだ後までです。
しかし、ここまで世相が狂ってしまってはねぇ。(西洋悪魔カルト思想に)年寄りだけでなく、他の人たちも正常に戻るのはなかなか難しいことでしょう。特に若い人たちはです。生まれた時から、それ(西洋悪魔カルト思想)であるからです。
今日の中日新聞にも載っていましたからね。そんな異常な記事がです。「首相秘書官 更迭」などというおかしな記事がデカデカとです。
その理由がLGBTや同性婚を否定したというだけなんでしょう。
別に普通でしょう。そんなことはです。正常な判断なんではないですか。そんな病気の人たちを否定する(嫌だという)のはです。
同性愛などしている人たちって病気なんですよね。性同一性障害などというです。
では、そういう人たちと正常な人たちを同じにしてはいけないし、別けないといけないでしょう。そういう人たちと正常な人たちはです。そうしないとその病気が広がってしまってもいけないからです。
だからそういう人たちを(同性愛者などを)そのままにしておくのは、それは鬱(うつ)の人たちをそのままにしておくのと同じでよくないことであり、そういう人たちにはよくいってきかせてあげないといけないのです。男なら男らしくしろとです。女なら女らしくしろとです。
そうすればその人たちのその病は段々治っていくからです。そのような病は前世の影響が今生に少し強く現れているだけであるからです。
だから、皆がそのようにいいきかせれば(男の肉体を持って生まれてきたのなら、それに感謝して男らしく生きろとです。そうして女の肉体を持って生まれてきたのなら、その女に生まれたことに感謝して女らしく生きろとです)よくなっていくのです。
そのような『病気』はです。
だからそれをしないと(そのような病気は治してあげないと)いけないのに、なんと西洋悪魔カルト思想は、そのような病気の人たちを病気のまま放置し、そういう病気の人と正常な人を同じにして、そういう人(病人)たちを差別するなと攻撃する。
それではその病気は治りませんしもっと広がる恐れもあります。その病気を(同性愛を)正しいことと認めてしまってはです。何でも自由などという間違った考えでです。(このような自由とか差別という言葉には気をつけた方がいいでしょう。差別や自由もすぎればそれは毒となるからです。その前に中道という言葉がないからです)
だから、やっていることがデタラメなのです。西洋悪魔カルト思想はです。そんなことしたら混乱するだけであるからです。正常な人と異常な人を一緒にするなら揉めるだけであるからです。
それを無理して抑えているのが(そういう〔異常な〕人を差別するなといって)いま日本を覆っている西洋悪魔カルト思想であるということです。そうした方が不調和になり悪魔には都合がいいからです。
よく考えてみてください。鬱の人たちと正常な考えの人たちと一緒にいたらちゃんとやれると思いますか? まず無理でしょうね。揉めだすでしょう。根本的に考え方が違うからです。精神的に異常をきたしている人と正常な人とではです。
それと同じなのです。同性愛者とそれを否定する正常な人たちと一緒にいたら最後は揉めだすのです。
それが悪魔たちの手であるということをよく知ってください。悪魔たちは人間を調和させることは絶対にしないからです。調和させる(仲良くさせる)ように見せかけて実は不仲にさせているからです。(だから、そのような病人〔性同一性障害〕の病を治そうともせず、そのまま放置し無理やり正常な人たちと一緒にさせて揉めさせるのです。人間を不調和にさせないと悪魔たちの住処がなくなるからです。そのような揉めている場所に巣くうのが悪魔であるからです)
しかし、異常な人たちは正常に戻してあげないといけないのです。それは本人の自由などと異常な人のいうことをそのままきいているのではなくです。そうしないと異常な世の中がよけい異常になってしまうからです。(そりゃそうでしょう。そういう異常な人のいうことをそのままきいていたら、鬱の人まで自由などといいだしそれを認めないといけなくなるのです。そうなったら、どれだけおかしくなるか分かりますか?)
こういう世の中になってしまっているからこそ、より必要であるのです。この正法神理はです。(本当に正しいものはです)神理こそ、そのような悪魔の思想に勝てる唯一のものであるからです。
正しい考え方をするのなら、そこには必ず奇跡が(運のいいことが)起きてきます。
今なんでこれだけ多くの災いが現れているのですか? その災いが、いま現在の思想の多くの間違いを教えているのです。
立春もすぎて少しは暖かくなってきましたかね。
朝晩はまだ寒いんですが、昼間などは多少は暖かくなってきましたよね。外を歩いているとよく分かります。その違いがです。しかし、ある会社など春を通り越してすでに真夏のようです。先ほども物を投げつけて怒っているのがいたからです。
もう熱い、熱い、灼熱(しゃくねつ)地獄ですね。この会社の中はです。常に怒りの炎で燃えているからです。(かわいそうに、その心のまま死んだら本当にそのような世界に堕ちていかねばならないのにです)もちろんどこかの会社なんですが、しかし、よく怖くない。それだけ次々に災いが起きていてです。本当にそんなことを人がしていると思っているんでしょうか? そんな毎日毎日災いが現れるようなことを本当に人がです。
やれっこないでしょう。そんなこと全知全能の神以外はです。そういう能力があってはじめて起こせることなんではないんでしょうか。そういうことはです。
もう少し考えを進めませんか。それはお前がしているなどと、そこで(無理やり)思考停止していないでです。
そりゃ、私に嫌がらせして、それをした人が次々に病気になるならそう見えますよね。お前が人を病気にしているとです。表面だけ見ればです。
しかし、一人や二人そういうことが起きたというなら、そういえるのかもしれませんが(私が丑の刻〔うしのこく〕参りなどしてです…そんなことしたら自分も病気になりますが)そうなっている人たちの数がまったく違うのです。だから、それは故意で起きていると分かったんですよね。(認めたんですよね)多くの人たちがやっとです。
しかし、そのような現象は明らかに人の能力を超えています。何十人も何百人も同じ現象が現れたのなら(人が病気になっているのなら)それは神が行っている天罰であると、そう思う以外ないのではないですか。どう考えてもそんなこと人が出来ることではないからです。
だから、そのような現象が故意で起きていると多くの人たちが認めたのなら、それは神が(天が)行っている天罰であると、もうそこまで認めてください。事実そうであるのだし、それが正解であるからです。
正しことを認め、正しい行いを取ってください。そうすることが災いを鎮める一番の方法であるからです。
それを真っ先にしないといけないのが、お年寄りの皆さんなんですが、いかんせん子供のように怒り子供のようなことをしてくるお年寄りまでいます。そういうお年寄りはもう間に合わないんでしょうが、まだ間に合いそうな人はです。
神理に巡り合ったことに感謝して布施くらいしてください。そうすることが死んだ後まで本当に救われていく唯一の道であるからです。他に救われる道はないからです。
しかし、本当に今生神理に巡り合いそれを伝えてもらっているのならです。何かお返しはしないといけないのです。生まれてきてこれほどの恩もないからです。
だってそうでしょう。よく考えてみてください。この世に生まれて釈尊やキリストと巡り合い、正法や福音をきかせてもらえるなら、これほど有難く幸運なことはなく、また、それほどの恩もないのではないですか。釈尊やキリストに対するです。
それを私がしているから、こんな奴と思うのであって(苦笑)私を釈尊やキリストだと思ってみてください。(無理でしょうけど。〔苦笑〕)そう思えるなら、これほど有難い話もないからです。
実際、私が説いていることを実践出来るなら奇跡も起きてくるからです。(起きた人いるし。何人もです)それに逆らっているから、これほどの災いも起きているからです。
その奇跡や災いが起きるということが、私が説いていることが釈尊やキリストが説かれた正法や福音(それは即ち神理)と同じものであるという何よりの証拠なのであり、だから神理をきかせてもらえたのならです。
何かお返しはした方がいいといっているのです。何度でもいいますが、今生で神理に巡り合うくらいの幸運もないからです。
その幸運に勝手に逆らい不運にしてしまっているのは、それはそうしている人たちが悪いんであって、神理を説いている私が悪いわけではありません。そういう人たちも神理に対する態度を変えるなら、いくらでも幸運はやってくるのです。
だからこの神理を読んでいる人たちは感謝を(報恩の行為を)しないといけないといっているのです。くどいくらいです。
神理をきいた人が何の感謝もしないでそのまま死んでいくなら、それはそれは苦しい世界に堕ちていかなければいけなくなるからです。そんな大変な恩を恩とも思わない。傲慢な態度もないからです。
実際そうなっているのです。そのような傲慢な態度のまま亡くなった人たちはです。(すでにたくさんいますけど)だから、その亡くなるのが早いお年寄りの人たちによくいっているのです。その人たちは特に急がないといけないからです。
しかし、特別お年寄りだけではありませんけどね。このブログを見ていて大病をわずらっている人たちも同じですけどね。いつ病状が急変するかしれないからです。神理に傲慢な態度を取ったままではです。そりゃそうです。健康な人でも病気になるくらいです。では、すでになっている人はいつひどくなるかしれないのです。その病がです。
別に脅すわけではありません。それだけ神理に対し傲慢な態度を取るということは罰当たりな(危ない)ことですよといっているだけなのです。そうして、後々まで(死後の世界まで)苦しむことになりますよと、教えてあげているだけなのです。
本当にその通りになるからです。神理をいつまでも無視しているならです。それが正解であるから、これほどの現象も現れているからです。
ここまで教えてくれる人はいないのです。いないでしょう。今のことだけではなく死後の正しいことまでです。
いい加減なことはいくらでもいえますよ。例えば、他の人でも(どこかの宗教団体の教祖とか坊さんとかです)似たようなことをいう人はいるのでしょうが、しかし、そのような人たちには何の裏付けもないのです。正しいという何の裏付けもです。そのような人たちには奇跡も災いも起きてはこないからです。(まあ、災いくらいは起きてくるかもしれませんが。災いを起こすのは悪魔は得意ですから)
しかし、私には正しいという裏付けがあります。(死ぬほど出ていますから。奇跡も災いもです)
だから何かお返しはした方がいいといっているのです。そんな正しいという裏付けがあることをこれだけ教えてくれる人もいないからです。少しずつではありますがこんな毎日のようにです。
いい加減素直にききませんか。そのことをです。皆さん方くらい幸運な人たちもいないからです。(そのことにまったく気づいていませんが。〔苦笑〕)
こんにちは。今日はまた退職後の諸々の手続きで時間を過ごさなければなりません。さて、昨晩のことです、私の義父が家族で話している時に義父を表す言葉をポロリと吐いたのを聞き流しませんでした。それは、なる様にしかならん。と言った言葉です。義父は認知症もあり家族はその言動に対し病気の仕業だと諦めているのです。しかし、その言葉を聞いた時に私は、そんなんだから認知症になるんだと思いました。振り返ってみると、家族に何を言われても笑ってやり過ごしていることが多いのです。自分の目標を持つことなく、また周囲のことに関心もなく過ごしていれば、それはそれは、過去に築き上げた立派な知識を持つ脳や他人への思いやる心さへ失せてしてしまうのは当然なことだと思いました。義父はあまり私には話しかけてこないので会話の機会は少ないかも知れませんが、チャンスがあれば思いやる心で持って愛を尽くしていきたいと思います。
そうでしょうね。なにもたいして関心を持たず流していてはボケもするでしょう。園頭先生はためになる本を読んでいればボケることはないといわれていました。
何度もいいますが、私たちは死ぬまで勉強しないといけないのであって(正確にいうなら死んだ後まで)思考停止やよく考えようとしないのはダメなのです。
しかし、それをいってもお義父さんは理解されないでしょうから、よく祈ってあげるといいでしょう。祈れば神が導いてくださるからです。そうするとお義父さんも何か気づきを与えられるはずであるからです。
心の勉強はどこにいても出来ますね。しっかり頑張ってください。
もう本当に本当にです。大変そうですね。どこかの会社もです。
だからいったのです。昨日でもそんなことやめておけと何度もです。朝から少々(少々ですが)うるさかったからです。
この会社が朝からうるさいことをしていると、その日は凄いですからね。もうすぐに起きてくるようなのです。激しい災いがです。
そう予想して(さぞ激しく怒っていることだろうとです)昨日など怖々、夕方帰ってきたのですが、そうしたら静かなものでした。うるさいどころかどちらかというとドン引きしています。
「あれ?」と思ったんですが、激しく怒れないほど出ていたようです。災いがです。そのドン引き状態が今も続いているからです。
だからこの会社はもう激しく出るか、普通に出るかの二択しかないようで激しく出るのが嫌なら静かにしていた方がよいようです。そうするとその日は普通に出るくらいですむからです。災いが(天罰が)です。(ほんと最悪ですね)
そんな凄いことになっているんですが(多分、この会社だけではないと思いますけどね。そのようなところはです)だからもう頭を下げるしかないのです。頭を下げなきゃ終わらないし(災いが)昔から皆そうしていたからです。神に対してはです。
そんな今の人たちのように「神などいるか」などという尊大な態度を取った人などいなかったからです。過去の人たちはです。大国の王でさえ神には頭を下げたのです。神の力の前にはです。(モーゼの大奇跡がよい例です)
それなのに何で現代の人たちは、大人から子供までまったく頭を下げようとしないのですか? これほど神の力が現れているにもかかわらずです。
そんな人たちは過去だけでなくこれから先も出てくることはないでしょう。この時代の人たちだけであるのです。これだけ神の力を人の力などと勝手に決めつけ、神に対し尊大な態度を取り続けている人たちはです。
それがどれだけ恐ろしい態度であるのか?(史上初ですから。これほどの態度を〔すさまじいまでの傲慢な〕神に対し取り続けている人たちはです)それが分かるまで出続けるのです。恐ろしい災いはです。本当の神の存在と神の恐ろしさが分かるまでです。現代の多くの人たちにです。
早く昔の人たちと同じ態度を取ってください。一刻も早く神を認め、神を恐れ(畏れ)てください。そうすれば災いはおさまるからです。しかし、そうしない限り、災いは(神の怒りは)絶対におさまることはないからです。
本当に現代の人たちは恐ろしいことをしているんですが、私がそういうことを何度も注意しているにもかかわらず、また神を怒らせるような記事が中日新聞に書かれてありましたね。
「同性婚 G7で唯一認めず」などという記事がです。
「だから何」っていいたいくらいですけどね。G7の中で日本だけが唯一正しい態度を取っているんですから、それほどよいことはないのに、なんで批判的に書いているんでしょう。中日新聞はです。(まあ、それはそうなんでしょうが。そう書くしかありませんよね。いま現在の日本の世相ではです。〔苦笑〕)
同性婚など神は認めていないのです。だから当然釈尊もキリストも認めていない。それを何で今の人たちだけが(それも西側の)勝手に認めているんでしょうか? それは正しいことなんでしょうか?
こういうことが神を怒らせているとなぜ分からないんでしょう。(まあ、分からないんでしょうが)こんな大間違い(やってはいけないことも)ないからです。
「多様性に背 際立つ遅れ」などとも書かれてもありましたが、いいんですよ。そんな西洋悪魔カルト思想には背を向けていてです。そうしないとまたどんな災いが起きるかしれないからです。それほどの間違いもないのですから、それほど危ないこともないからです。
だいたい分かりませんか。同性婚など認めたら子供が生まれなくなって世界が滅ぶのです。少し考えればこんなこと誰だって分かるでしょう。それが何で正しいのでしょうか。個人の自由とか、本人たちの好きにすればいいとか、そういうレベルの話ではないのです。世界が滅ぶかどうかの話なのです。これをこのまま放置しておけばです。だから神もひどく怒るのです。こういうおバカな(少し先のことすら予想出来ない)思想にはです。
トルコにひどい地震が起きたようですが、よいのですか? 日本もまた(またというか、またまたというか、またまたまたというか)ひどい地震が起きてもです。
こういう神の心から離れる思想が広がれば広がるだけ、このような災いが増えてくるからです。
いい加減分かりませんか。私がいっていることが正しいとです。そのいった通りのことがこれだけ起きているのにです。こういう記事を書いている中日新聞にもです。
起きていると思いますよ。中日新聞にも天罰がです。(起きているでしょう?)だって、このブログをたびたび批判して逆らうような記事も書いているからです。そういうことを書いていてはくだらないはずがないからです。天罰がです。
このブログには神の心が書かれてあります。あまりそういうことはしない方がいいでしょう。そういうことも本当に危ないことであるからです。こちらの人たちがしている嫌がらせ同様にです。
だから、起きる現象で判断してもらえませんか。どういう記事を書くことが本当に正しいのかはです。
まあ、周りからいろいろ指導がきて、なかなかよいことばかりは書けないのでしょうが、出来るだけです。出来るだけ神の心に近いことを(それは即ちこのブログに書いているようなことを)書いてもらうことを願ってやみません。
そうなるなら、中日新聞を読んでいるだけで心がよくなって周りによいことが起きてきた、などということも起きてくるからです。そうなったら当然、発行部数も増えるはずであるからです。
何度でも分かるまでいいますが、周りに起きてくる現象で判断されることです。自分がしていることが正しいか否かはです。
そうすることが一番自分が間違わない方法であるからです。
二月に入って少し暖かくなってきましたかね。気象庁の長期予報などきくと二月、三月は気温は平年より高くなる予報が出ています。それは助かります。
というか、きっとそうなるでしょう。さすがに一月の電気代を見てビビりましたからね。私もです。(びっくりするくらい高かったですから。〔苦笑〕ほんとに政府が出してくれているんでしょうか。電気代が上がった分をです。〔来月分からですか?〕全然足りませんけど)
だから少々祈りました。(というか、少し思ったくらいですけどね)もう暖かくなれとです。これ以上寒くなられては困るからです。寒いからとエアコンや電気ストーブをガンガン使っていては、どれだけ電気代がかかるかしれないからです。(毛布にくるまっていても寒いですから)
そうしたらここ数日は暖かくてエアコンは使わなくてすみ、電気ストーブだけですんでいます。
だから、今回は(今回はって。〔苦笑〕)その長期予報は当たると思いますよ。一日二日は寒い日があっても、もうそう寒くはならないと思います。これ以上、寒くなって電気代が上がっては苦しい生活がなお一層苦しくなるからです。なかなか布施も集まらず、それでは神理流布どころではなくなるからです。
そうなっては困りますから、きっと天は協力してくださるでしょう。もうそう寒くはしないはずです。この世はすべてこの正法神理中心に動いているからです。
まあ、神理に布施が集まるならそうはならないんでしょうが、その集まらない布施をです。(苦笑)昨日はまた伊藤さんからいただきました。ありがとうございました。他の人たちも(特に一度も布施などしたことない人たちは)されてはどうでしょう。神理を見ているのに一度の布施もしないではこれほど残念なこともないからです。
そればかりでなく神理を見ているのに何の感謝もしないでは神の怒りまで買うことになります。それにこちらの人たちなど感謝しないどころか嫌がらせまでしています。それで神をずいぶん怒らせ、すいぶん恐ろしいことが起きだしているようです。(本当にそんな恐ろしいことが起きているんですかね? 今日、ちょっときいて回ってきます)
悪いことはいいません。神理を見ているのなら神理に対し感謝(布施)くらいしたらどうでしょう。これ以上、平気でそんなことをしていては(平気で神を怒らせ続けていては)またどんな恐ろしいことを起こされるか分かったものではないからです。
それに加えて国会では神の心とは正反対である(性的少数者への差別解消の)LGBT法案など通そうとしています。(今回の首相秘書官の差別発言がきっかけになったようですが…別に差別じゃないでしょう。正常な人が異常な人たちを嫌だと思うのはいたって普通の感覚なんだから)
これだけ悪い物価高で国民が苦しんでいるのに、それはほっといて(ほっといてるのと同じですよね。これではです。わずかばかりの電気代やガス代を出されても高いことには変わりがないからです。値上げの方が凄くてです。このような時は国民が助かるくらい〔助かったと思えるくらい〕出さないといけないのにです。通貨発行権がある日本政府がいくらでも出せる日本の通貨〔円〕をです)出してはいけない法案を出そうとしている。
おいおい、どれだけやることを間違えれば気がすむのかと、どれだけ神を怒らせれば気がすむのかと本当に怖いんですけどね。やることが上から下まで(日本政府から国民まで)です。
いい加減目を覚ましてください。異常なものを正しいと思い、正しいものを異常だと思う、そうしてやらなくてはいけないものをやらず、やってはいけないものをしてしまう、その悪魔の思想からです。
そのような悪魔に洗脳されたままではどれだけ神を怒らせ不幸になるかしれないからです。多くの人々がです。
こんなことをしていたら(悪魔のカルト思想に洗脳されたまま神を無視し悪魔たちのいう通りにしていたら)またトルコで起きているような大地震がいつ起きないとも限らないのです。これでは様々な災いは止まらないからです。
これだけ多くの人が多くの人たちを不幸にしてしまっていてはです。必然的にそうなってしまうのです。間違った考えを持ったまま間違ったことをし続けているなら多くの人たちが不幸にです。
だから三十代以下の人たちはなかなか難しいんでしょうが(もう生まれた時から、そのような思想全盛でしたから)同性愛など絶対に認めてはいけないのだし(何度もいいますが、こういう人が増えたらです。〔別に全員が同性愛者にならなくてもです〕これから地球の人口はどんどん減って最後には滅びてしまうのです。それなのに、そんな同性愛者をそのままにしておくことが本当に正しいと思いますか? 正常に戻してあげなくて本当によいのですか?)すぎた自由も混乱を招くだけなんだし(今あちこちで問題になっている動画などそうですが、特にネットの世界など典型なのです。何でも自由のです。それでどれだけ多くの人たちが苦しむのかということです)それで自分のことしか考えないでは不幸にしかならないのです。
そういう考えが大きく間違っているからです。だから、その通りに不幸になっているではないですか。多くの人がです。その間違った考えが不幸の原因であるからです。
だから嫌でもなんでも、ちゃんとした規制はしないといけないのだし、正しいことに(思想に)合わせる努力はしないといけないのです。そんななんでもかんでも自由などといって思考停止していないでです。
自由は必要ですが、やる自由もあればやらない自由もあり、絶対にしなければいけない自由もあるのです。
正しいことを知って、悪いことはやめ、正しいことを行う自由もあります。
そちらの自由を(正しい自由を)いつまでも放棄しているから、多くの人によいことが起きてこないのです。
どうしたんでしょう。今日はドン引き状態ですね。どこかの会社もです。
昨夜からおかしかったんですよね。コトリとも音を立てずそれが朝まで続いています。ずっとこのままだと有難いんですが(笑)やはり恐ろしい現象が起き始めたというのは本当なんでしょうか?(なんかトイレに入ると血だらけになるとか、血の海になるそうですよ。私に嫌がらせをした人たちがです)
どちらにしてもこれだけ神を怒らせた人たちもいません。基本、神は恐れないといけないのに現代の人たちは(というか、日本の人たちはといいましょうか、この辺りの人たちはといいましょうか)誰も神など認めず(認めていないのですから)恐れもしません。
神を恐れないなら(それは間違っているので)神を恐れざるを得ないような現象は現れてきます。そのような現象が次々に現れ(それを全部私のせいにしていますが)それでも恐れなければ、もっと恐ろしい現象が現れてきます。
正しい態度を取ってください。特に神に対してはです。
そうしないと、どんな恐ろしい目に遭うかしれないからです。それが嘘ではないということは、これまで起きている現象で少しは理解出来ると思うからです。
神理を説いている者のいうことをあまりに無視し逆らうなら、その人ばかりか、その縁ある人たちまでどんどん不幸になっていきます。少しはきいては(従っては)どうでしょう。神理を説いている者のいうことをです。神理に従う以外で幸せになる道はないからです。
その神理に従わない人たちばかりであるから、現代は(というか、特に日本はです。全然気づいていませんけどね。そのことに日本国民のほとんどはです)これほど不幸も多いのです。
国会でも、私がこれだけそういう法案は通してはいけないと書いているにのに、昨日でも超党派の議員(LGBTに関する課題を考える議員連盟)が集まってLGBT法案を早く通すよう会合を開いていたようですが、ほんとどこかの参議院議員ではありませんが、愚か者の集まりですね。こういう会派の議員たちなど特にです。自分たちが滅んでいく道の道筋をわざわざ自分たちでつけているからです。そうしてそのことにまるで気づいていないからです。
こういう人たちを愚かといわずして、一体、誰を愚かというのでしょう。それに乗っかってマスコミも騒いでいますが(まあ、騒がざるを得ないのかもしれませんが)自分たちが望むのであれば、その望んだ通りの道がついてきます。
自分たちが滅びたいのであれば、そういう人類が滅びていく法案をせいぜい通していくことです。本当にそうなっていくからです。
トルコのような大地震をまた日本にも起こしたいのでしょうか? いい加減気づきませんか。トルコの大地震は死者が一万人を超えたとのこと。これほどの死者が出たのは災害では東日本大震災以来とのことですが(本当に悲惨なことですね。トルコもイスラム教からの改宗を考えた方がいいでしょう。この正法神理にです)だから日本でも起きているんですよね。そんな死者が一万人を超えるほどの大災害がです。
そういわれて気づきませんか。災害で一万人を超える死者を出す災害など、これまで日本以外では起きていなかったのかということにです。そうして、なんで日本だけそれほどひどい災いが起きたのかということにです。
それどころか日本は、その後も、それに(今回のトルコ地震に)匹敵するような災いが次々に起きているのです。
大阪地震、熊本地震などの震度6~7クラスの大地震はもちろんのこと2019年の地球史上最大などといわれた19号台風などの数々の猛烈な台風、西日本豪雨などのすさまじい大雨に日照りに猛暑(今回の冬もありましたが)異常な大雪に火山の噴火などなどもう数えきれないくらいです。
なんで日本はこれほどひどいことが起きているのでしょうか? それも立て続けにです。すさまじい数です。
それをもう少し考えた方がいいということです。いま現在あんな地震が起きたトルコが気の毒だと、だから支援をしてあげないといけないと、ただそう思うだけでなくです。トルコが気の毒であるなら、日本はその何倍も何十倍も気の毒であるからです。
だから、それに(そのような大不幸に)まったく気づいていない日本国民は本当に気の毒なんですが(これもまた愚かともいいますが)だからダメなのです。
自分たちのことがまったく観えていないからです。今のトルコや紛争中のロシアやウクライナ、同じようなことをしているその他の国々も不幸なことではありますが、日本くらい不幸な国もないということです。
これだけひどく神の業が現れている国など他にはないからです。
なんでそんなことが起きているのかはもうお分かりであると思います。このブログを見ている人たちだけはです。
もちろんそれは、それだけ神の心に逆らっている人が多いからということです。だからこれほどの災いも起こされる。こちらで起きている天罰もなども含めたです。
何度もいいますが、こういうことが分かるのは、このブログを(神理を)見ている人たちだけなんですが…それでも感謝などしないんですか? まだまだ逆らう(無視する)つもりなんでしょうか。
この正法神理にです。
それほど恐ろしい態度もないのです。だから、恐ろしいことも起きるということです。これまでも、そうしてこれからもです。多くの人がそのことに気がつくまではです。
今日の名古屋は朝から雨です。
東京辺りは大雪になるんじゃないかと大騒ぎしていますが(ニュースなどで)昨日など、そんな大騒ぎしている会社がこちらにもありましたね。なんなんですかね。あの怒りようはです。
そこはよく怒っている会社なんですけどね。しかし、いつもなら会社内(工場内)からでかい音が響いてくるんですが、昨日などおっちゃんがリフトに乗って外まで物を運んできて、外でガッチャンガッチャンやってましたんでね。相当怒っていました。
こちらが声をかけても(「そんなことしているとまたひどい罰が当たるぞ」などとです)一切無視で外ででかい音を立て続けています。
あれほど怒るなど一体何が起きているんでしょうか? どうせ昨日書いた通りのことでも起きているんではないでしょうか。(トイレが血の海)それもたくさんです。それでキレまくっていたとかです。
まあ、それに近いことは起きているでしょう。後はほとんどのところが引いていましたから。それこそ、これまで引いたことがないようなところ(会社)までです。
神を恐れようとしないと、神を恐れざるを得ないようなことが次々に起きてきます。正しい態度を取ってください。特に神に対してはです。神に逆らっているほど恐ろしいことはないからです。そのこの世で(もちろんあの世でもですが)一番恐ろしいことを現代の人たちは平気でし続けているからです。
トルコ・シリア大地震の死者が二万人を超えたようですね。このままいくと東日本大震災を超えてしまうかもしれませんね。死者の数がです。
こういうひどいことが起きているなら、もういい加減に気づかないといけないんですけどね。
日本はもちろんトルコもシリアもです。こんなひどいことが起きるなら、いま自分たちがしている信仰は本当に正しいのかということをです。日本は特になんですけどね。そういうひどいことが(激しい天変地変が)起き続けているからです。
そう思いませんか? 自分たちがしている信仰が正しいなら、少なくともこんなひどい天変地変が起きるのはおかしいからです。他のことはともかく(天が行う)天変地変は神が止めようと思えば止められるはずであるからです。
無神論の人が多い日本人ならともかくです。神への信仰心が厚いトルコやシリアの人たちならそういう疑問を持って当然だと思うんですが、持たないんでしょうか? こういうことが起きているトルコやシリアはもちろん、アメリカなどでもです。アメリカもずいぶん天変地変が(竜巻やハリケーンなど)多い国であるからです。
天変地変は自然現象だから仕方ないですか?
そういうことをいう人たちばかりだとしたら、他国の信仰心が厚いと思われている人たちも無神論が多い日本の人たちとたいして変わらないんですね。
それだけ神への信仰が薄いということです。
モーゼはもちろんのこと、キリストでもガリラヤ湖の大嵐を一瞬で鎮められたことがあるからです。そのような事実をアメリカの人たちの多くは知っているはずであるからです。(聖書に書かれてあるから)
それにもかかわらず、そのような天変地変を自然現象だから仕方ないでは「信仰薄き者よ、汝の名はアメリカ人なり」といわざるを得ませんよね。(笑)だから、いい加減、気づかないといけないのです。日本の人たちだけでなく世界のすべての人たちがです。自分たちのしている信仰のおかしさにです。
自分たちのしている信仰が本当に正しいのなら、こんなひどい天変地変が起きるはずがないからです。信仰が正しいのなら、そのような天変地変からは守られる(神がそんなひどい天変地変など起こさせない)はずであるからです。
しかし、どこも当たり前のように天変地変が起き、そうしてひどい被害が出ている。特に最近はその天変地変が激しくなっている。その原因を温暖化だの気候変動だのいっていますが、本当の原因が分からない科学がそこまででしゃばるなと私はいいたいです。
そのような激しい天変地変が世界各国でここまで激しく起きだしたのは、別に温暖化でも気候変動でもなく、そのような世界の人々の心に原因があるからです。その世界の人々の心が、ここまで神から離れてしまったため起きだしていることであるからです。
そうではないでしょうか。先ほどのキリストの話ではありませんが、ガリラヤ湖で大嵐になった時に、その時に一緒にいた弟子たちは動揺し、騒いで急いで同じ舟に乗り寝ていたキリストを起こされたのです。
慌てた弟子たちに起こされたキリストは、そのような天気にした天をしかりつけ、そうしたらたちまちその大嵐はやみ静かになったのです。
その時にキリストは「なぜ、恐れる。信仰薄き者よ」と弟子たちを嘆かれます。
ということは、神を信じ信仰が厚い者なら、どんな天気になろうとそれを恐れることはなく、その天気が自分たちに害をなすことはないと分かるはずです。実際、そうであるからです。
この時のキリストだけでなく、現代の私の周りでも、そういうことは起きているからです。(何度も書いていますが、あの雲に穴が開いていた2019年の19号台風の時など典型ですが)
だから私はいっているのです。そのようなことは(ひどい天変地変などは)人々の心が原因でそうなっているとです。
神をもっと信じ正しい信仰を行うならおさまるとです。
そうキリストもいわれていますし、実際にそのようなことが起きている(そのような証明がなされている)からです。昔から今に至るまでです。(モーゼの時はもちろん、キリストの時も、そうして現代の私の時もです)
正しい信仰さえするなら、そのような天変地変からは守られるという証明がです。
だから、私は、そのような天変地変をただの自然現象というのはあまりに信仰が薄くありませんかといっているわけです。そのような天変地変は自分たちの心で(信仰で)どうとでもなるからです。
いま大地震が起きているトルコやシリアの人たちはもちろんアメリカの人たちもです。信仰心が厚いなら、そうして正しい信仰をしているのなら、そのような激しい天変地変など起きないのです。または起きたとしても、それほどの被害は出ないはずなのです。そんな東日本大震災に匹敵するような被害は(死者の数は)です。
無神論が大半の日本ならともかくです。それほど神を信じている人が多い(一日に何度も神に祈る)トルコやシリアの人たちにはです。(もちろんそれはアメリカの人たちも同じですが。多くの人たちが毎日曜日に教会にいくアメリカの人たちもです)
しかし、それにもかかわらず日本の人たちと同じようなひどい災害被害に遭っている、信仰心の厚いはずのトルコやシリアの人たちもです。ハリケーンや竜巻被害が多いアメリカの人たちもです。
それはなぜか? ということです。
もう正しい信仰に目覚めないといけない時がきています。それは日本だけでなく世界中の人々がです。
しかし、その正しい信仰の基準が分かっているのはこのブログを(神理を)見ている人たちだけなのです。
神理を広げることの大事さ、その偉大さがまだ分かりませんか?
次回からもう一つ前のブログのコメント欄に書くことにします。何度もいいますが、いい加減分かってください。このブログの大事さをです。(それは日本だけでなく世界の人にとってもです)