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6月 11 2024

奇妙な夢と教育

10:39 AM ブログ

昨日とは打って変わり今日は朝から大変お怒りのようなんですが(どこも)そんなこの辺りの人たちと関係があるのでしょうか。昨夜(というか、今日の朝)奇妙な夢を観ました。

その夢は次のようなものでした。

私の家の中である人が作業をしていました。その人は私の家の中にある、ある物を直しているのですが、それが直るか直らないかということで私はその人と話をしていました。

その時、いきなり雨が降りだしたのです。雨音が家の中までよくきこえてくるので相当降っているようでした。

そのうちにカミナリの音まで響いてきます。そのカミナリの音がだんだん大きくなり、あちこちにカミナリが落ち始めたのです。凄い音が響いてくるのですが、まあ、うちには落ちないだろうと私は高をくくっていました。

そうしたらです。いきなり家の目の前にカミナリが落ちたのです。凄い音がして目の前に大きな光が見えました。「ゲッ、カミナリが目の前に落ちたよ」などと思っていたら、外が騒がしくなりました。そのざわついている中で「火事だ」という声まできこえてきます。

ええ、と思い、それで私は家の中にあった消火器を持って外に飛び出したんですが、家から出てすぐ横を見ると、なんと横の家のオバちゃんの車にカミナリが落ちて燃えているではありませんか。その火を大勢の人たちが消そうとしています。それで私は自分が持っていた消火器を使おうとしたら、そこにいた一人の人が雨も降っているし、もうこの火は消えるからその消火器は使わなくていいといいます。

見るとたしかにその車は外に出ており、ずいぶん外は雨が強いのでもうその車の火は消えかかっていてかなり小さくなっていました。そのうちに横の家のオバちゃんも慌てて出てきて回りの人たちと話をしているので、私は横のオバちゃんとは顔も合わせたくないのでさっさと家の中に引っ込みました。

それで家の中で作業をしている人と「横の家の車にカミナリが落ちて燃えたみたい」などという話をしているところで目が覚めたのですが、そんな朝からの周りのいきなりのお怒りでは、その観た夢と関連付けて考えてしまいますよね。

そんな大きなカミナリがいくつも落ちたほどの天罰がこの辺りにはくだっているのかとです。

だからそれだけ怒っている、朝から周りがです。(もちろん横のオバちゃんも、先ほども出てきてくだらない嫌がらせをしてきましたし。その燃えた車の〔苦笑〕ドアを開けたり閉めたりしてです)しかし、こちらにはそんな夢の中で降っていたような雨など降っていない。今日は朝からいい天気です。

そうして今日などずいぶん暑くなる予報も出ています。(名古屋も三十度以上の真夏日予想です)それでは消えないでしょうね。その怒りの炎はです。よけい燃え上がるでしょう。この暑さもあってです。

ずいぶん現実は夢の中とは違うようですが、そんな怒りを消して冷静になってよく考えないと、その天罰は夢の中のカミナリのように大きく激しくなって大変な災いをなすことになります。

昨日もくだらないことをしてきた人がずいぶんいましたが、そうしてそのような人たちは自信満々に(というか、怒り心頭?)ブシュブシュ、ガンガン、ゴンゴンやっていたようですが、なんの根拠があって、そんなことをしているのですか? 自分たちが正しいという、悪くないというよほどの根拠がなければ、そんなに自信満々にこちらに嫌がらせなど出来ないでしょう。

なにかあるから(完全に私が悪いという根拠が)それだけ自信満々にしてくるんですよね。お前が悪いとそれだけの嫌がらせをです。

それともそんな根拠などないのに、ただこちらに怒って、そんなことをしているのですか? そんな子供並みの行いをです。

だとしたら、よほどレベルが低いんですが、だから天罰がくだるのです。そういう子供のような心のレベルの人には天罰は必要であるからです。

子供は口でいっているだけではききません。だからある程度は痛い目をみないと分からないのであって、だから子供に対し、すべての体罰はいけないという極論は間違いなのであって、そういう少々は痛い目をみないと、それが悪いと分からない、そうしてまた痛い目をみないと人の痛みも分からない、そういう子もいるのであって、だから子供に対する体罰は必要なのです。

そのようなことが(痛い目が)大変勉強になる子もいるからです。口でいってすぐに分かる子なら体罰は必要ありませんが、そうでない子供は、やはり痛い目をさせてでも悪いことはしていけないと教えることは大変重要なことであるからです。

成長してからでは、そんなことは教えられないのです。そういう子供の時にしか教えられないことは多々あるからです。(そんな必要な体罰を行わないからうまく教育が出来ない。そういうところが多々あるのではないでしょうか。今の小学校などの教育現場はです)

それと同じです。だから天罰など食らうことは恥ずかしいことであると認識してください。(私もたまにくだるけど。〔苦笑〕)自分はまだ未熟者であるからそうなるからです。(私もまだ修行中の身ですから)

天の教育は人の教育と同じであるのです。口でいって分からなければ、痛い目をみせてでも教えるという人の教育とです。(教育の仕方など変わりませんから。天も人間もです。周りにどれだけ悪いことを起こしても、それでも分からなければ今度はその人自身に起こすのです。そんな悪いことをです)

こういうことまで教えてくれるのが、この正法神理なんですが、その神理に一体なにがそんなに文句があるのでしょう。文句があるならあるで、口でいってもらえませんか。そんなくだらない嫌がらせなど繰り返していないでです。

そういう子供のようなことを繰り返しているから繰り返されるのです。天罰もです。人の世界でいう体罰もです。だから子供に対する体罰は善であると認識してください。天にも人に対する天罰はあるからです。

そんな悪いことをしている間は天罰は繰り返し現れます。

悪いことを反省し、よいことをしませんか。そうすれば必ず奇跡が起きてくるからです。その奇跡が人間社会でいうご褒美であるからです。(笑)

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