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4月 10 2012

親の心

10:47 AM ブログ

前回書いた、下村議員らが立ち上げられる「親学」の件をもう少し書いておきますが、親の心というのは非常に大事で、例えば、名古屋に不登校の子たちばかり集めた学校ができたそうですが、このような子たちをいくら教育しても、この子たちだけでは不登校は直りません。

この子たちの親の心を変えないと不登校の子は直らないのです。(特に母親の心は重要です…女の心がヒネていてはいけないのです)

これと同じく、躁(そう)やら鬱(うつ)やら心の病を抱える子も同様で、そのような病気になっている子をいくら治療しても、親の心が変わらないと、そのような子らの心の病は治らないのです。

親の心は、それほど子供に影響を与えるものなのです。(物なら作り直すことができますが、子供はつくり直しがききません。子供の育て方を間違うと、その子の魂までおかしくしてしまいますので、また大きな罪をつくることになるのです)

ですから「親学」は本当に大事な分野であり、また、難しい分野でもあるのです。

それを安倍元総理や下村議員らが始められるというのは、大変よいことであると思いますが(お二人はもちろん信頼しておりますが)よほどしっかりした心をお持ちの方々が、その指導をしていかないと間違ってしまうということです。

法の勉強をしていただくのが一番よいと思いますが、何せ、その法の流布が遅々として進みません。そこら辺が悩ましいところですが、現在やっている日教組の教育よりは、はるかにいいと思いますので、頑張っていただきたいと思っています。

しかし、政治家の方々も北朝鮮のミサイルや消費税、原発、震災の復興など、多岐にわたって問題が山積しているにもかかわらず、教育までやらなければならないとは大変ですね、もう少し政治家に頼らずとも、自浄努力で何とかならないものかと思ってしまいますが、これがなかなかよくなりません。

しかし、それもこれも一にも二にも、まずそれは、一人一人の心の在り方にかかっているといえます。

親となられる人の心は(縁によって)その子となられる人の心まで影響を与えます。

親となられる人は心の面も立派でなければならないのです。

(大飯原発の再稼働がずいぶん問題になっていますが、どちらにしても原発は稼働してもしなくても危険度は同じなのですから、稼働させればいいのではないしょうか。〔地元住民の意見を無視するなと言う人もいますが、地元の人は原発再稼働に、賛成の人も反対の人もいるのですから決して無視していません〕少なくとも、その方が電力の心配はなくなりますからね。〔火力では燃料代が高くつくし環境にも悪いでしょう。それに節電節電では経済がしぼんでしまいます〕安全性をギャーギャー言ったって、すべての人が納得するような安全性の基準など、元々示せるわけないのです。〔すべての人が納得するような安全案があるなら、誰でもいいですから具体的に出してみてください〕どっちみち、そこに原発がある限り、事故が起きれば危険なのですから〔稼働しようがしまいが危険度が変わらなければ〕稼働しながら、安全策は考えていけばいいのではないでしょうか。こんな原発の大事故があったのですから、電機業界の仕組みは変えないといけないのだし、それは〔難しいかもしれませんが〕原発を稼働しながらやればいいと思います。原発を動かさない一番の問題は、やはり電力が足りるか足りないか分からない、ということだと思います。何度も言いますが、電力が足りなくなったら誰が責任を取るのでしょうか?〔とりあえず橋下市長お一人は名乗り出ていますが〕強行に稼働に反対される方は、当然電力が足りなくなった時の責任は取っていただけるのでしょうね。そんな責任感もないのに強行に反対するのは無責任だと思います。〔どっかの原発問題をはっきり言わない党も無責任だと思いますが、はっきり言われる方々が、率いられた方がいいのではないでしょうか〕私など、こんな大きなエネルギー使わない手はない、と思ってしまうのですが、あまりに考えが違いすぎて、反対している人の考えがよく分かりません。ご理解いただいてるとは思いますが、はっきり言わないのも無責任ですが、はっきり言い過ぎれば当然その責任は、その言ってる人にまともにかかってきます。その自覚だけは持たれて、強行に反対されるなら反対された方がいいと思います)

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