6月 13 2024
立派な子供の育て方
だから、子供に決めさせろとか、押しつけはダメとかいっている人が(左翼が)いますが、そんな小さな子供が自分で正しい判断など出来るわけがないのです。
だから、十五歳くらいまでは全部自分で決めさせるのではなく、ある程度は親が(そうして周りもです。学校の先生などがです)判断して、こうしなさい、ああしなさいと正しい方向に導いてあげないといけないのです。それが(正しい判断が)まだ出来ないのが子供であるからです。
だから子供に対する教育は大事なのであって、そのようにかかわることが子供の教育なのであって、なんでも子供に決めさせるとか、自由にさせるとかいうのが教育ではないということ知るべきなのです。
だから時にはたたいてでも、悪いことはやめさせる、危険なことはやらせないということは、それは子供ためなのであって、愛なのであって、いくら小さな子供とはいえです。そんないつ死んでもおかしくないようなことを(例えば前に書きましたがマンションの窓から身を乗り出すようなことなど)そのままやらせ続けることこそ逆に愛がないのです。
例えばマンションの窓から落ちてはいけないからと、台になるようなものを置かないとか、二重のカギなどつけて窓を開けられないようにするとか、そういうことをいくらしたところでです。
そういう危ないところは別に、そのマンションの中だけではないのです。外に出ていくのならいくらでもあるのです。危ないところはです。
それなのに、その危ないことをしてはいけないということをしっかり教えないで、そのままそのような子供を外に出して、それでその子は危ないことを回避出来るのですか? 家の中のことはもちろんですが、こういう危ないことをしてはいけない、ああいう危ないことはしてはいけないとなにも教えていなくてです。
そういう子供が外に出て、自分で判断出来るというのでしょうか。危ないことにです。
とにかく家の中では猫かわいがりして、あれもいいですよ、これもいいですよ、そうして危険は親が先に察知して、その子供が危ないことが出来ないようにして、そうして、そのままそのような子供を外に連れていく。
本当に危ない。外など家の中以上に危険なところはいっぱいあるのにです。それなのに、その子は危険ということをまるで知らない。
それでその子は危険を回避出来るのでしょうか。親が四六時中、その子を見張っていれば(もはやそのような言葉がピッタリです)よいのでしょうが、子供は親の手からだんだん離れていくのです。そうなった時に、その子は出来るのですか、そんな危険からの回避が自分でです。
やれないと思いますけどね。そういうことをしっかり教えていなければです。
まあ、これは一つの例ですけどね。危険の回避などたくさんしないといけない子供に対する教育の中のたった一つの例ですが、それ以外でも礼儀にせよ、食事にせよ、普段の態度にせよ、学校の勉強にせよ、教えなければいけないことはたくさんあるのです。
このように、たった一人の子供に対する教育だって山ほどあるのです。その子に対する教育はです。
それなのに、出来るのですか。自分はあれもしたい(仕事もしたい)これもしたい(遊びもしたい)などいって、そうして、それで子育てもしたいなどいって、そんなこと全部です。
それが出来ないから昔から家のことや子育ては女の仕事、外で働くのは男の仕事と決めていたんでしょう。そういう役割分担をしっかり決めて、専門にそれをしていたからちゃんと出来たのです。私たちの生活はです。
つまりです。たとえはおかしいのでしょうが、匠の仕事と同じですよね。
そういう人たちは、それを専門として、伝統としてそのやり方を守り続けてきたから、その仕事はよいものが出来るのです。男が外で仕事をするということも、女が家で家事育児をするということも同じなのです。そのような専門職の人たちが専門として続けてきたから(男は男の仕事を〔外で働き金を稼ぐ〕女は女の仕事を〔家事育児〕)人間生活は連綿として続き、立派で様々なよいことを行う人もたくさん出てきたのです。そのような匠の家庭からはです。(これは立派な人をつくるという匠の技です)
それなのに、そのようなやり方をやめて、あれもこれもやりたいからと、あちらもして、こちらもして、そうして自分の本来の仕事もしてなどということをしていたらです。そんな匠の技などと呼ばれるようなよいものが出来てくるのでしょうか?
今の左翼思想に侵されて、あれもしたい、これもしたい、そうして子育てもして、子供には好きなことをさせていればいいなどという人たちは、それと同じであるということです。ろくな生活は出来ないということです。そういうやり方をしていればです。
いま現在は、それ以前に男も女も働かないと食べていけないというよけいな問題まで増えてきましたが(貧困化)それでもです。よくテレビでもやっていますが、節約の達人などと呼ばれている人たちもいます。(笑)出来るものなら女性は結婚したら家庭に入り、子育てに専念してもらいたいものです。それは夫育ても兼ねているからです。
家事育児とは、もっと稼ぐことが出来る(そうして人柄もよい)夫に成長させる、そのような夫育ても入っているからです。(こちらも大事)
それがよい(幸せな)家庭が出来るコツであるからです。女性が(母が)家庭にいるかいないかでは全然違うからです。
そういうことをしなくなったから(家庭の専門職である女性が家から出ている時間が長くなったから)これだけ問題ある家庭が、そうして社会が増えてきた。そのような専門職を皆がやめて、ごちゃごちゃにしてしまったからです。そのような(男と女の)役割分担をです。
物のつくり直しは出来るが、子供のつくり直しは出来ないとよく園頭先生はいわれていました。子供の育て方を間違えると親は一生困るのです。その育て間違えた子供に悩まされてです。
もう少し子育てを(というか、妻は夫も育てなければいけないので〔これは夫も同じ。妻も子も育てないといけない〕人育てといった方が正確かもしれませんが)真剣に考えませんか。親である人はもちろん、これから子育てしないといけない女性などです。
やはり子育ての中心は女性が(母親が)しないといけないからです。それも半々でなどという左翼思想の言葉にいつまでも騙されていてはいけないからです。女の愛と男の愛は違うからです。子育ては女の愛が(母の愛が)なければ出来ないからです。
最近はそんな女性の育児ノイローゼになる人が増えているそうですが、それもやはり子育ての勉強をしっかりしていないことと、そのような子供の教育に対するきびしさを忘れてしまった(たたいてでも悪いところは直すという)結果であると私は思っています。
愛があるなら、子供をきびしく育てませんか。そういう子供の中から立派な(たくさんの人を救う)人は出てくるからです。



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