4月 22 2012
法の効用
いつも固い話ばかりしていてもいけません。時にはやわらかめの話も必要でしょう、今日は日曜日でもありますしやわらかめの話をしましょう。(?)
法は戒律の厳しい宗教などとは違い、あれをやったらダメ、これをやってもダメというような固いものではありません。(とわいえ、やっていけないものはやってはいけませんが)
別に酒を飲むのもかまいませんし、少々遊ぶのもかまいません。要はそんなことばかりやって、度が過ぎるのはいけないということであって、気分転換なら酒を飲むのも、遊びに行くのもかまはないということです。ちなみに私は酒もタバコも遊びも全くしません、まじめが服着て歩いているようなものですから、まるで面白みがないでしょう。(…というのは嘘です。タバコは吸いませんが酒は少々飲みますし、遊ぶのも今はお金がないから遊ばないだけです〔笑〕)
それに法を勉強すると、自分の本当の進むべき道が分かってきて、その道に従って進めば(それほど平坦な道ではないかもしれませんが)それが自分の本当の使命を果たすことになり、心の向上に繋がっていくのです。
心が向上していけば、何か運がいいなとか、何か不思議だな、と思うようなことがしばしば起きるようになってきて、この世はこの世だけではないのではないか、ということが実感として分かるようになります。
そういうことが実感されて、神を常に思えるようになると「えっ、何でこんなことが起きるの」と言うようなことも起きてきて、法を信じて勉強していけばいくほど、法の正しさや大事さが分かり、この法を多くの人に伝えねばならない、という気持ちが強くなっていきます。
そのような気持ちになれば、もう大分心が拡がっているということになりますので、自分の心が向上していることが自分でも分かるのです。
逆に言えば、そうならない人は私のブログをただ読んでるだけで、何時まで経っても法を理解されていないということになります。
しかし、せっかく法と縁があったのであれば、より深く理解されないと法に縁があった意味がありません。
一人でも多くの方が、法の理解を深めていただきたいと切に思います。
法の理解を深めるためにはまず実践でしょう。どうぞまた賛助会員にでもなっていただける方がありましたら、ぜひよろしくお願いいたします。(結局今回のブログは、賛助会員の募集だったんですけどね〔笑〕)
追伸…今回、差しさわりのないブログを書こうと思ったのですが、たいしたこと浮かんできませんでした。(私が差しさわりのないブログなど書いても意味がないということです)やはり差しさわりのあるブログしか書けないようです。あしからず(笑)ところで西の天気が大荒れのようですが…もしかして橋下市長引いてくれる気ないのでしょうか?



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