6月 01 2010
園頭広周師⑨
昭和二十年六月園頭先生は広東にいました。この年の三月三日にはフィリピンのマニラが米軍に占領され、二十五日になると硫黄島で栗林兵団長が突撃し玉砕、二十六日には沖縄本島に米軍上陸、もはや本土決戦を覚悟しなければならない状態になりました。
日本の敗戦は時間の問題でした。園頭先生は昭和十八年ニュージョージア島で米軍と戦闘して以来、その戦闘力のあまりの違いに、いつかは日本が敗れる日がくると覚悟はしていられましたが、いよいよその日が来るのかと思うと、分かってはいたもののそれを認めたくはありませんでした。
八月十五日終戦の詔勅(しょうちょく)を聞き敗戦。園頭先生は日本に帰ることになりました。
この終戦後、日本だけが侵略国家といわれ自虐史観を埋め込まれます。(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)しかし、多くの国が戦争をして一国だけが侵略国家であるということはありえません。このような考えは捨てないと正しいことは分かりません。しかし、日本人はこのような考えを埋め込まれてしまった結果、アジアの人々からも軽蔑した目でみられるようになってしまったのです。
園頭広周先生著「正法と経営」より抜粋します。
<日本についての再教育を
日本人はよいこともたくさんしてきたのである。マスコミ、そして学校教育では、なぜ、日本の悪いところだけを教えて、よいところは教えないのであろうか。そういう点に私は何か国際的な謀略があるのではないかと思う。
マレーシア独立に貢献した、大東亜戦争中、日本で教育を受けたラジャー・ダト・ノンチック氏の次の詩を読んで、私は涙が流れた。この詩は全日本人が読むべきであり、特に小・中学生は学校で読ませ、日本のことについて再教育すべきであると思う。
かつて 日本人は
清らかで美しかった
かつて 日本人は
親切で こころ豊かだった
アジアの国の誰にでも
自分のことのように
一生懸命つくしてくれた
何千人もの 人のなかには
少しは 変な人もいたし
おこりんぼや わがままな人もいた
自分の考えを おしつけて
いばってばかりいる人だって
いなかったわけじゃない
でも その頃の日本人は
そんな少しの いやなことや
不愉快さを越えて
おおらかで まじめで
希望に満ちて明るかった
戦後の日本人は
自分たち日本人のことを
悪者だと思い込まされた
学校でも ジャーナリズムも
そうだとしか教えなかったから
まじめに
自分たちの父祖や先輩は
悪いことばかりした残酷無情な
ひどい人たちだったと
思っているようだ
だから アジアの国に行ったら
ひたすら ペコペコあやまって
私たちはそんなことはいたしませんと
言えばよいと思っている
そのくせ 経済力がついてきて
技術が向上してくると
自分の国や自分までが
えらいと思うようになってきて
うわべや 口先では
すまなかった悪かったと言いながら
ひとりよがりの
自分本位の えらそうな態度をする
そんな
今の日本人が 心配だ
本当に どうなってしまったんだろう
日本人は そんなはずじゃなかったのに
本当の日本人を知っているわたしたちは
今は いつも 歯がゆくて
くやしい思いがする
自分のことや
自分の会社の利益ばかりを考えて
こせこせと
身勝手な行動ばかりしている
ヒョロヒョロの日本人は
これが本当の日本人なのだろうか
自分たちだけで 集まっては
自分たちだけの 楽しみや
ぜいたくに ふけりながら
自分がお世話になって住んでいる
自分の会社が仕事をしている
その国と 国民のことを
さげすんだ眼でみたり
バカにしたりする
こんな 人たちと
本当に仲よくしてゆけるだろうか
どうして
どうして日本人は
こんなになってしまったんだ
(一九八九年四月クアラルンプールにて)
あなた方はこの詩を読んで、どう思われるであろうか。日本人は、過去の日本に対してもっと自信を持ってよいのではないのか。>
現在は戦前、戦中というと何か暗黒世界のように思われておりますがとんでもありません。GHQによる戦後の教育とマスコミを使った(ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム)洗脳作戦によって、そのように思わされているだけなのです。戦前、戦中の日本人は、心が清らかで親切な人が多く、人が困っていると自分のことのように一生懸命尽くしてくれる人も多かったのです。
もちろん戦争中も日本人が特別悪いことばかりしていたわけではありません。それは先のラジャー・ダト・ノンチック氏の詩が教えてくれています。この詩ほど現在と過去の日本人を正しく表現している詩はないのではないでしょうか。
戦争は確かに正しいことではありません。しかし、どうしても回避できない戦争もあるのです。大東亜戦争はその中の一つでした。(それには理由がありますがそれはまた機会があるときに書きます)
正しい歴史を知るということは大事なことであるといえましょう。



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