3月 12 2025
関係
また今日もお怒りなんでしょうか?
昨日も烈火のごとくお怒りでしたからね。どこかの会社はです。そうであるならきっと今日もそうなんでしょう。すべて自分たちが悪いのにです。
そんなどこかの会社同様、バスやトラックの運転手でブシュブシュやってくるのがまだいますが(だいぶ減りましたけどね)そういう人たちは全員降りてきます。天罰がです。
そんなこと分かるわけないだろうと、確認出来ないだろうと、いくらいわれてもこちらが確認出来ているところには100%天罰がくだっているのです。
なら、確認出来ないからと、そういう人たちには天罰がくだっていないなどとはとても思えないのですが。くだっているとしか思えないのですが、そこはどうなんでしょうか。
だから、確認しているところに100%天罰がくだっているのなら、確認出来ていないところにも100%天罰はくだっていることでしょう。
もうやめませんか。そんな危ない(罰当たりな)ことはです。それは神が起こしていられることであるからです。神がされていないのであるなら、そんなことは(そこまでのことは)起きないはずであるからです。
何度でも分かるまでいいますが、神理を説いている私に嫌がらせをしてくる人たちは、それは神にしているのです。神にしているから、そういうことも(天罰も)起きてくるのです。
それがまだ分かりませんか。そのしていることの恐ろしさがまだです。
いい加減理解しませんか。自分がしていることの罪の重さをです。それだけ罪の重いことをしているから、それだけ天罰もくだっているからです。
だから、昔の人たちは誰もそんなことはしなかったのです。どんどん悪いことが起きてくるのに、それでもかまわず自分の行いをまったく変えようとしないなどという無反省なことはです。
昔の人たちは自分の周りに少々悪いことが続いただけでも行いを変えたからです。まして天変地変が起きた時などは猛省して自分の行いを正したのです。それは自分が悪いことをしているからそうなっていると皆が知っていたからです。
しかし、現代の人たちは、どれだけ自分の周りに悪いことが起きてきても、そうして、どれだけ異常気象が続いても、全部責任転嫁してまったく行いを変えようとはしません。
もう不遜などというよりも、もはや狂っているとしか思えませんね。そのような態度はです。そんな態度はこれまでの人類で取った人などいないからです。そういっても過言ではないくらい無反省な態度を取り続けているからです。現代の人たちは神に対してです。
自分たちのしていることの異常さがまだ分かりませんか? そんなことをし続けている人たちなど過去いないのです。そんな神に逆らい続いている人たちなどです。
だからこんなことが起きているのです。周りにどんどん悪いことが起きているのです。
そんな悪いことが周りにどんどん起き続けているというのに、そうしてその悪いことがどんどんひどくなっているというのに、それは自分とは関係ないとまったく自分の態度を変えようとしない。
なら、なんでその悪いことに自分もまきこまれて不幸になっているのですか? そんな不幸になっている人がどんどん増えているのでしょう。
自分たちにまったく関係ないことで、自分たちがどんどん不幸になっていくというのもまたおかしな話なのではないのですか。自分たちにまったく関係ないことであるなら、自分たちが不幸になることはないはずだからです。
自分たちに関係ないことで自分たちが不幸になるなどあり得ないからです。(まだ気づきませんか。自分たちの思っていることの矛盾がです)
だから、そのような周りに起きる現象で自分たちが不幸になるなら、その時点でもう自分たちとは関係大有りなのです。しかし、それでも、そのような現象は自分たちとは関係ないとすべて責任転嫁。
それで、どんどん不幸になっていく。自分たちに関係ないはずの周りに起きてくる現象で、そのように不幸になる人がどんどん増えていく。そのような自分の周りに起きていることは、実は自分に関係大ありだからです。
だから不幸になっているわけですよね。その自分の周りに起きてくる現象は大変自分たちに影響を与えることであるからです。自分たちに影響を与える現象であるなら、それは自分たちに大いに関係があるからです。
まあ、長々と説明しましたが(こんな簡単なことをやたらくどくどと)だから関係ないではなく大いに関係があるのです。反省しないといけないのです。自分がです。少なくとも自分の周りに起きてくることに関してはです。
それは自分の責任であるからです。
自分の責任であるから、その周りで起きてくることで自分が不幸にもなるのです。それは自分が原因で起きていることであるからです。
だから不幸になる。その自分に起きる不幸は自分がつくっているからです。
なにか禅問答のようになってきましたが、要は自分の周りに起きてくる現象は全部自分に関係あるということです。関係あるから自分に影響を与えるのです。本当に自分に関係ないなら、自分に影響を与えるはずがないからです。
だから、どれだけ遠くで起きている現象であろうと、それが自分に影響を与えるなら、それは自分に関係があるのです。それが悪い現象であるなら、それがよくなるよう自分も反省して行いを正さないといけないのです。
そうしないとその悪いことはどんどん増えていき、どんどん不幸になっていくからです。今のようにです。
しかし、一人一人がそのような気持ちになって、それぞれが行いを正すなら、その悪いことはだんだんいいことに変わっていくということです。
だから、自分の周りで起きている悪いことはもちろんですが、前回書いた東日本大震災でもそう、大船渡市の山火事でもそう。
自分は関係ないではないのです。そういう人たちの気持ちを思い寄り添い、そうして、そういう人たちの少しでも助けになればと、そのような愛の思いを持てる人が増えてくれば増えてくるだけ、そのような大災害は防がれるということです。
そのような愛の心は災害を防ぐことが出来るからです。(そういう証明を私は何度もしています。口だけでそれを否定する人とは違います)
そんな大災害が防がれるのであれば結局自分も救われるのです。
だから逆なのです。自分は関係ないではなく、自分はこの世のすべてのことに関係しているということです。そういう一人一人の心と行いがこの世を形づくっているからです。
そのような人一人がいなくなっただけで、その分、この世界は変わってしまうからです。
だからトランプ大統領などいい例でしょう。あの方が一人出てきただけで世界は大騒ぎ。(笑)それと同じなのです。その騒ぎが大きいか小さいかの違いなだけなのです。
この世は、いまこの世に出てきているすべての人に関係しているからです。だから、この世に自分が関係ないものなどないのです。厳密にいうならです。
ただ、縁が薄い厚いということはあります。だから少なくとも自分の周りで起きていることは自分とは関係大有りで、自分は関係ないではすまないということを知ってください。
自分が関係大有りなら、今の自分をもう少し正しませんか。
そうしないと、その自分の周りに起きている悪いことは止まらないからです。



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