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6月 02 2025

心の偏り 心の傾向性(けいこうせい)

10:42 AM ブログ

いい加減、罰当たりなことはやめればいいのにね。(もうそれがどこかはお分かりでしょう)

こちらは口ばかりでなく、そんなことをするならまた降りてくるのです。本当の天罰がです。もはや数えきれないくらい起きているではないですか。いった通りのことがです。

にもかかわらず、まだ反省しない。このような傲慢な、そうして恐ろしい態度を取り続けているのは現代の人たちだけなのです。

こちらは分かるまでいうしかありませんが、そういうあり得ない態度を反省し、感謝の布施をされませんか。神理に対してです。

昔の人たちは誰もそれをしていたからです。だから救われたのです。滅ぼされもせずです。

しかし、現代の多くの人たちは、そのような本当の神の心である正法神理に対して正しい態度を取ろうとしません。だから、どんどん滅ぼされていくのです。今のようにです。(この辺りだけでなく、もはや死ぬ人がボンボン増えている。今の日本はです)

神理に感謝するなら救われます。いい加減、信じ行いませんか。この正法神理をです。

そうすれば変わっていくからです。自分も周りもです。しているうちに知らない間に変わっていくのが、この正法神理であるからです。

しかし、熱心にこのブログを見ている人もいるのにね。それこそ一日何度も読んでいる、そんな奇特な人もです。

ならすればいいのに、なんでそのような人たちは神理を行わないのですか? する気がないなら、なんでそれほどこのブログを見ているのですか?

よこしまな気持ちで読んでいるのなら、このブログを読む意味はありません。それほど読むのであれば実践しないといけない。神理の実践をです。そうしないと読む意味がないからです。ただ読んでいるだけではなにも起こらないからです。

そのような人たちは少しは反省してみませんか。自分の行いをです。そうして少しは布施をしてみませんか。それだけいろいろ教えてくれているこの正法神理にです。

そういう行いをしてはじめて変わってくるからです。起きてくることもしていることもです。神理は実践の中にこそ生命が宿るからです。

また、それくらいの愛の心は持たないといけない。(反省は自分に対する愛であり、布施は神理に対する愛)そうしないと愛ある人にはなれないからです。

だから、陰謀のことよくいっている人たちがいますが、そこは私もずいぶん参考にさせてもらって感謝しているのですが、ただこういうことをいっている人たちは、常にそのことを考えています。

ということは、心は常にそのことでいっぱいであるということになります。相当調べないとこんなことは分からないだろうなと思うことが多々あるからです。

もちろん人に対する愛はあるでしょう。愛があるから、そのような隠し事を表に出して、本当のことを多くの人たちに伝えるという仕事もされているであろうからです。

しかし、そのような人たちは大半はそんな陰謀のことを考えているのです。何度もいいますが、よほどそちらの方を調べないと分からないようなことをたくさんいっている人もいるからです。

しかし、そうなるとです。

心は愛よりも陰謀でいっぱいであり、常にそのような心がその人を支配しているということになります。もちろん、そんな心のまま生活することは出来ないので、多少は違うことも(気分転換も)するのでしょうが、しかし、大半は陰謀のことを考えているのです。

命懸けで、陰謀のことを伝えている人たちはです。(もちろん自分の命とか、人への愛とかはありますが、大半は陰謀のことを考えている。その話がメインであるからです)

そうなると、そのような人たちはどうなるのか? と申しますと、まあ、分かりやすくいうなら陰謀だけとまではいいませんが、自分の考えが大方はなにか起きてきたら、それはすべて陰謀であるという風になってしまうわけです。

別にそのような人たちに限りませんが、人間は誰でもそのような心の傾向性(けいこうせい)はあるからです。常にそのことを考えていると、常にそのように思う、という心の傾向性は必ず出てくるからです。

だから、そういう人たちの大半は、あの安部元総理の暗殺でも裏には大きくて深い陰謀があると必ずいうわけです。そういう心の傾向性になっているからです。

もちろんそれは、あるかもしれませんが(しかし、なかなかアメリカからそんなファイルが出てきませんね。なんでも知っているはずのアメリカはケネディ大統領暗殺ファイルとか、エプスタインファイルとか、そのようなものは出てきているのにね。日本の人たちが待っている安部元総理の暗殺ファイルはなかなか出てきません。そんな噂もです。なぜですかね?)しかし、そのような心の傾向性も観ないといけないということです。

だから、陰謀をいう人たちは、すでに人とは違う心でいるのです。なんでもあやしんで見るというか、物事を深く見すぎてしまう(その裏にはなんでも陰謀があると決めつけてしまう)傾向性があるということを知らないといけないのです。

心がそちらの方に偏ってしまっているからです。陰謀をよく調べている人たちは自分の知らない間にです。

それが事実であるなら、それはかまわないんですが、大きく違っているなら、それは世を騒がせるだけの、つまりそれは罪になるということになります。

それが間違いであるなら、それを信じた人たちを騙すということにもなるからです。

どちらにせよ、心に偏りが出ると不幸になるのです。自分もその周りもです。心の偏りは多くの不幸を呼ぶからです。

だから、こういう人たちも神理を行った方がいいと私はいうのです。というより、こういう人たちほどより神理を行った方がいいというのです。

こういう人たちは大きく心を偏らせてしまう恐れがあるからです。先ほど書いたように、陰謀など調べるなら、やはり相当そのような情報を集めないと発信出来ません。(適当にガセネタばかりいう人は別でしょうが)そうすると知らない間に心が偏ってしまうからです。そちらの方にです。心の傾向性は誰でもあるからです。

そのような偏ってしまった心を中道に戻すのが、この正法神理です。だから私は毎日、夜3~40分くらいかけて祈りと反省禅定をしているのです。

私も毎日のように嫌がらせはされるし、陰謀系のユーチューブはよく観るので、そちらに心が偏らないようにです。

だから、辻説法や買い物がてら外にも出ていって動物たちに癒されもしているのです。

そうしないと私も陰謀ばかりを知って、そんな嫌がらせまでされるなら、怒りの心ばかりになって、それこそどれだけ心が偏ってしまうかしれないからです。いくら反省禅定をしているとはいえ、愛の心も出さなければ心は偏ってしまうからです。

幸い私はどこにいっても愛の心は出てきます。(鳥やら魚やら多くの生き物たちがたくさん寄ってきてくれるので、愛をもらえて出せているから)だから、そういうことも常にしているわけです。

そうしないと、どれだけ気をつけていても、それでも心などすぐに偏ってしまうからです。心が偏ってしまっては神の心もきけず奇跡も起きてはこなくなるからです。

そうすると必然的に神理も説けなくなるということになります。それでは困るので、だから私はもう常に気をつけているのです。心の偏りにはです。

だから、神理を知っている私でもこうなのです。では、神理を知らない人たちはよほど気をつけていないと自分の心は偏るということを知ってください。しかも相当です。

その道の専門家になればなるだけ、そちらの方にです。

先ほども書きました、そのような偏った心を中道に戻してくれるのが、この正法神理です。

そうしてそのような心の偏りは非常に大事なことなのです。自身の人生にとっても、その先の死後の世界にとってもです。心の偏りは不幸を呼ぶからです。

だから、そのような不幸が起きる、その原因は自分の偏った心にあるわけです。

その偏った心が中道に戻るなら、自分の周りに奇跡が起きだし、自分が伝えたいこともよりスムーズにより多くの人たちに伝わり、そうして自分が仮に危ない目に遭ったとしても大いに守られていくでしょう。

神によってです。

だから、本当の神の教えであるこの正法神理が不必要な人などいないのです。すべての人に必要なものなのです。

では、知っている人から始めませんか。神理の実践をです。そうした人から神の救いの道は始まるからです。

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