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9月 18 2025

中道の心

10:37 AM ブログ

また今日も朝からお怒りのようですが(もちろんどこかの会社です)一日も早く頭を下げることです。そうしない限り、その天罰は止まらないからです。

しかし、どれだけ天罰を食らっても、それをする気がなさそうだから怖いんですが、しかし、イスラエル軍もやめる気なさそうですね。ハマスにかこつけたパレスチナの人々への虐殺をです。

昨日もそれで数十人の人が亡くなったとか。イスラエル軍は良心というものを持ち合わせてはいないんでしょうか。無抵抗の人たちを一方的に爆撃していてです。

しかし、自分が死んだ時、その良心を基準として裁かれることになります。良心を忘れてしまっていると、死んだ後とたんの苦しみを味わうのは自分自身なのです。

こちらも早く目覚めてほしいものです。パレスチナの人々に与えた苦しみはいずれ自分自身にも必ず返ってくるからです。

イスラエルが早く目覚めてくれるよう、神に祈りましょう。多くの人が祈るなら、その祈りは必ず神に届くからです。(中東の〔イスラム教の〕人たちは日に何度も祈るんですよね。では、一日一度でいいので神理の祈りも加えてください。そうすれば奇跡も起きるからです)

しかし、そんな物騒な中東と違い、日本はいま世界陸上などしているようですが、それにしてもメダルが取れませんね。

やたらメダルメダルという割には、最初に競歩かなにかで銅メダルを取っただけですよね。あとは、そのメダルを取れる実力のある選手が何人も出ている割には全然メダルまで届かない。

日本で開催されていて、これではいけないでしょう。それこそ日本人選手はメダルラッシュくらいしてもらわないとです。いつもは威勢よくそんなことをテレビでもいったりしていたからです。

それが今回は一言もいわない。まあ、現実が現実だからいえないんでしょうが(苦笑)しかし、日本で世界陸上が開催されていて、あまりに日本選手がメダルを取れないでもいけませんので、では、メダルの取り方をここに書いておきましょう。

2~3日前でもハードルの選手だったでしょうか。メダルを取れる実力があったにもかかわらず取れなくて「なにが足りなかったんだろう」と泣いていた選手もいたからです。

その足りないものを教えてあげようと思ってです。

その足りなかったものは、高橋信次先生のご著書である「人間・釈迦」の中に書かれてあります。その部分を抜粋します。

<しばらく牧草の砂地に腰をおろしていると、女の歌声が風に乗ってきこえてきた。その歌声は高く、低く、天界の音楽のようにひびいてくる。ゴーダマはジッと耳をすませてその音楽に聴きほれた。

弦の音は 強く締めれば糸は切れ

弦の音は 弱くては音色が悪い

弦の音は 中ほどにしめて音色がよい

調子合せて踊ろよ 踊れ

みんな輪になり 踊ろよ 踊れ

ゴーダマはハッとした。朝もやをついて流れてくる若い澄んだ女の美声は、ゴーダマの心をゆり動かした>

この場面は釈尊が悟られる、そのきっかけをつくった有名な場面でありますが、この時のゴーダマ(釈尊)は、6年もの荒行を続けたため身はがりがりにやせて疲れ果て、それにもかかわらずまったく悟りの兆候など見えてもこず、惨憺たるありさまであったのです。

このままこんな修行を続けていても、もう死ぬだけであると、絶望の中、あのような歌がきこえてきたわけです。

弦の音は強く締めれば糸は切れ 弦の音は弱くては音色が悪い 弦の音は中ほどにしめて音色がよい。

その時にゴーダマはハッと気づいたわけです。自分の間違いにです。

この釈尊が気づかれた間違いとはなんであったのか、お分かりですか? 釈尊と同じ間違いを、今回の世界陸上の日本選手もしている人が多いということです。全員ではないのでしょうが。

つまり、入れ込みすぎなのです。だからよい結果が出ないのです。もうちょっとのところで負けるのです。

日本開催であるからと、多くの日本人選手が、だからメダルを取らないといけないと入れ込みすぎているからです。

それではよい結果は出ないのです。片方に心が偏れば偏るだけよい結果は現れてはこないからです。だから、そんな選手ばかりでしょう。今回の日本選手はです。

日本で世界陸上が開催されるので、そんなことは競技人生の中で一生に一度あるかどうか分からないことなので、絶対にメダルを取ります、取ってみせますと、そんな選手ばかりです。

それでは取れません。よい結果も現れてはきません。特によい成績で(メダルが取れるだけの実力が)ある選手であればあるだけです。入れ込みすぎてしまっては自分の実力は出せないからです。

だから、逆にそれに足りない、あるいは少し足りない成績の選手の方がよい成績を出している。日本新などのです。

そういう選手は日本で世界陸上が開催されるからと、張り切って(入れ込みすぎではないほどほどの張り切り方で)それがよい結果となって現れているからです。

つまり、どちらにも偏らない中道の中での張り切り方をするなら、そのようなよい結果が現れるということです。特に今回は地元開催で日本のファンもたくさん応援してくれるからです。そのような応援のあと押しもあってです。

ところが、今回の世界陸上など実力がある選手であればあるだけよい結果が現れない。もうちょっとのところでメダルが取れない。その理由はなにかといえばです。

『中道』の心ではなかったということです。

そういう特に実力のある選手たちがです。あまりに日本での開催ということで、入れ込みすぎていた、絶対にメダルを取らないといけないという心に偏りすぎていた、その結果がこれであるということです。

まだメダル一個という(最近の日本の実力からしたら)惨憺たる成績であるということです。

だから、まだ遅くはないので、もし、そんな入れ込んでいる選手がこれから出る選手の中にいるのなら、そこまで入れ込むのではなく、せっかく日本で開催されるのなら、ちょっと(ちょっとでいいので)いいとこ見せようと、結果(メダル)ではなく自分の実力だけは出そうと(例えば日本新とかです。それでも十分かっこいいですから。見ている日本のファンは喜びますから)そのようなほどほどの思いに切り替えるのなら、実力以上の成績も出るということです。

やはり地元開催であるのなら、地元の日本選手への応援は凄いものであるはずだからです。その応援の力は、自分の実力以上の力も出してくるからです。

釈尊も、その歌をきいたおかげで中道の心を知って悟りを開かれることになります。

だからスポーツ選手もです。ここで中道の心を知って、神理に帰依されませんか。そうすればです。

そうすれば無敵の人となるからです。(それは自分の競技だけでなくなにかにつけてです。〔笑〕)

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