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9月 21 2012

法の証明

10:30 AM ブログ

祈りの結果はどうだったでしょう?このブログを読まれている皆さんはどう思われたでしょうか?

八日から十八日まで祈り、関東、東北にそれなりの雨が降ったかどうか、ということですが、マッ関東、東北にはあまり雨は降らなかった、というのが実際のところですね。(今日も雨が降っているようですが)それどころか他のところ(沖縄や西日本が大荒れの天気になりました)にやたら雨が降ってしまい、こちらの希望どうりの結果にはなりませんでした。

大変申し訳ない結果となったのですが、そのような結果はともかく、今回の祈りを、私は何でわざわざ日にちを区切って祈ったのか、といえば、もちろんそれは法の証明をしたかったからです。

これまでは祈ります、と宣言はしましたが、何時までにこのようなことが起きますとか、このようになりますとか、そういうことをいうことはありませんでした。(そこまで分からないからです)ただ漠然と祈りますと宣言し、その後いろいろなことが起きた、というだけでした。

これだと私が祈ってそういうことが起きたのか、それとも祈らなくても起きたのか、はっきり分かりません。(それでどこかのオジちゃんやオバちゃんによく突っ込まれたのですが)それでも大雑把とはいえ、ここに書いていることが何度も起きているのですから、法の証明にはなったと思います。

しかし、そういうことが何度も起きているにもかかわらず、まだ多くの人は傍観しているだけで、法を真剣に知ろうともせず、神の運動の手伝いをしようともしませんでした。

それで今回わざと日にちを区切り、そうして目的(関東、東北に雨を降らせる)をわざと言って難しい条件を自ら課して祈ったのです。何ども言いますが、一にも二にも法を証明したかったからです。より困難な状況で現象を現すことにより、この教えこそ本当の神の教えである、ということを証明したかったからです。

そんな回りくどいことをせずに、これから大雨を降らせますとか、地震を起こしますとか宣言し、その通りのことをした方が早いではないか、と思われる方もいるかもしれませんが、そのような祈り方はしません。なぜなら、そのような祈り方は間違っているからです。

前にも書きましたが、大雨を降らせたり、地震を起こしたりするということは、それは多くの人を不幸にするということになります。(そんな大雨や地震が起きれば被害に遭う人が当然出てきますので)それでは人の不幸を祈っていることと同じであり、そんな祈りをすれば、その祈りが自分にも返ってきて、その念で自分も不幸な目に遭うということになります。

だからそんな祈り方はしませんし、そのような祈りは間違いなのです。

では、どう祈るのか、ということですが「神よ、どうぞ様々な現象を現し法の証明をせしめたまえ」と祈るのです。(簡単に言えばですけどね、実際はもう少し具体的に細かく祈ります)

このように祈れば、そこに住む人たちの心に合わせた現象が、現れることになります。そのように祈り現れる現象は、そこに住む人たちの心を現しているのですから、どのような現象が現れてこようと、それはそこに住む人たちの責任ということになるわけです。(従って私にその現象が返ってくることはありません)

そこに悪い現象が現れるのなら、それはそこに住む人々の心が悪いから悪い現象が現れるのであり、そこに住む人たちの心がよければ、逆によい現象が現れるのです。(よい現象とは、例えば、作物が豊作になったり、そこに住む人たちに幸運が起きたりということです)

つまり、私の祈りは(そこに住む人たちに神の心を早く知らせるため)神の心を代弁して祈っているわけですから、もうこれ以上の祈りはないわけで、そうなれば当然私にはよい念しか返ってこないわけですから、だから私はどれだけ祈り、おかしな現象が起きようが(それはそこに住む人たちの心が原因ということになりますので)私にそのおかしな念が返ってくるということはなくピンピンしているのです。(つまり起きた現象だけで、その祈りがよいか悪いかは判断できないということです。正しい祈りはどんな悪い現象が起きようと正しいのです)

従いまして、今回このような現象が起きた(私が祈った翌日から急に前線が活発になり、猛烈な台風の十六号がいきなり発生して、西日本が大荒れになって、肝心の関東、東北にあまり雨が降らなかった)のは、お気の毒だとは思いますが、それはこの日本に住む人たちの責任であり、法の証明という観点からいけば十分証明できたのではないか(私の祈りはきかれたのではないか)と思われます。

関東、東北の水不足も私に協力するのであれば解消します。(私の祈りは天にきかれているのですから、このように書くことが私に都合のいいことを書いているとは誰も思わないはずです。それともまだそう思われる人がいますか?それなら私はいくらでもそうではないという証明をしますよ)

私の祈りは天にきかれているのです。その上でもまだ、どなたも(数名の賛助会員の方は別にして)ご協力いただけないのでしょうか?

よくよくお考えください。

追伸…この件は書こうか書くまいか迷ったんですが、私のブログですので何を書こうが私の自由だと思い書くことにします。

自民党の総裁選の件ですが、その総裁選の候補者の一人である町村さんが入院されました。よりにもよって総裁選の真っ最中に急病で入院されるなど、ずいぶんタイミングの悪い話です。

それでも町村さんは総裁選を続けられるとのことですが、町村さんには大変申し訳ないのですが、引かれた方がいいと思います。

なぜ私がそのようなことを言うのか、といえば、これは天の警告だからです。

天は同じ派閥のもう一人の方を、今回は自民党の総裁(すなわち次の総理)として望んでいるのです。(まだ、町村さんの時は来ていないのです)ですから、天はこのような現象をわざわざ現し、町村さんを引かそうとしているのです。

町村さんがここで引かれて、もう一人の方に総裁選の後を託されるのなら、必ず後で町村さんにはいいことが起きます。(天の命に従ったからです)

しかし、もし町村さんがここで無理をして総裁選を続けられたり、または病気がひどくなって渋々引かれられても、それは天の命に従ったことにはなりませんので、後々よいことは起きてきません。

このタイミングでなぜこのようなことが起きたのか?それは決して偶然ではないのです。

天の警告に気づかれるのか、それとも気づかれないのかで、この先の町村さんの運命は大きく変わることになります。賢明なご判断を望むばかりです。

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