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11月 27 2025

実在するあの世 大きな罪

10:33 AM ブログ

また朝一でお怒りのようです。どこかの怒りの軍団はです。朝もはよからガシャーンとかしていたからです。

だから今もお怒りのようなんですがずいぶん引き気味ではありますね。(なにか遠くの方でガンガンやっています)そんなに怖いのならやめておけばいいのにです。

今日の中日新聞の中日春秋の欄に最近の首長たちの往生際(おうじょうぎわ)の悪さ(学歴詐称、不倫、セクハラ、それでも首長をやめようとしない)が書いてありますが、それにしてもこちらも往生際が悪い。

これだけ一方的にそちらに悪いことが起きているのです。それが教えているではないですか。自分たちが悪いということをです。それなのになんでいつまでもそれを私のせいにし続けて怒っているのでしょう。

怒りの軍団の往生際の悪さは、そんな(市民からひんしゅくを買っている)首長たちの比ではありませんね。もう15年以上も、そういう態度を取り続けているからです。

今日の中日春秋には「往生は仏教の言葉で極楽浄土(ごくらくじょうど)に生まれ変わること。往生際とはすなわち死に際である」と書いてあります。つまりそれは往生際があまりに悪ければ極楽浄土には生まれ変わることが出来ないということであり、そのような往生際が悪い人は死ねば地獄に堕ちるということです。

今の怒りの軍団など本当にその往生際にいるのです。それだけ神理流布のじゃまをしていては、もういつあちらに(あの世に)引き取られてもおかしくはないからです。だから、それだけ(もう毎日)天罰もくだっているからです。

この世はこの世だけでなく、あちらの世界もあるのです。それは死ぬ間際になれば分かります。多くの天使たちが(自分の守護、指導霊)あなたの周りに現れてくるからです。

それが観えるようになるのです。そのような世界(あの世)があるということを、もう近いうちに死ぬことになる(あの世にいくことになる)あなたに知らせておくためにです。

死んでいきなり、あの世の天使たちを観ても驚くだけであるからです。すると自分が死んだことも、自分が今いる状況もなかなか理解出来ないからです。

だから死ぬ数日前くらいから、その人の心の目を開かせあの世の天使たちやあの世のことを知らせるのです。

だから死ぬ間際になるとおかしなことをいいだす人が多いのです。

誰もいないところを指さして「あの人は誰だ」とか、周りをぐるりと見渡して「この周りにいる人たちは誰だ」とか、あるいは「昨夜は死んだ爺さん婆さんと話してきた」とか、そういうことをいいだす人がいるのです。

それは、その人が嘘をいっているわけでも、幻覚(げんかく)を観ているわけでもなく、実際にそういうことが起きているということです。

知らせているのです。もう死んでいくその人に、あの世の天使たちがあの世があるということをです。

まあ、そうなる前にコロリといかないことです。(苦笑)あまりに往生際が悪いと、そういう順序も持たずして、いきなりあの世に引きあげられるということにもなるからです。急死した人などそうだからです。

そういう人はいきなりあの世に帰るのです。焦るでしょうね。いきなりあの世の天使たちが観えるようになり、あの世の存在が分かるなら、そこでまた心筋梗塞を起こしそうなくらい驚くのでしょうが(苦笑)しかし、人間は必ず死にます。

この正法神理は、そんな死が必ずしも不幸ではないということも教えるのです。

この世の生と死は輪廻しているものであり、あの世は確実に存在し、この世を去るなら、今度はあの世で生活し、またこの世に生まれ変わってくる、ということは神が決められた節理(せつり)であり、神の子である人間は、そのような輪廻転生を永遠に繰り返しているのです。

だから人間は(霊は)永遠不滅であるのです。神が永遠不滅のようにです。その神の子である人間も永遠不滅であるのです。

しかし、もちろん往生際が悪い人はそんな永遠不滅も(輪廻転生も)不幸ですが。死んですぐ地獄に堕とされる人もいるからです。

そうしてその地獄でも自分の罪を浄化しきれなかった人たちは、その次にこの世に生まれてきても、まだその罪の浄化を自ら行わなくてはいけないものであるからです。

自分がつくった罪は自分自身で返すのが法則であるからです。その法則が変わることは永遠にないからです。

だから、最初から最後まで不幸な人生を送る人や、他国で爆撃や餓死など苦しんで死んでいく人たちなど、そういう人がいるからです。(皆が皆とはいいませんが。自分でやり方を間違えた人もいるからです)

前世の罪を消化しきれていない、それで今生は苦しい人生を送らないといけない、そのような人もです。

だから、どこかの怒りの軍団で天罰を食らって死んでいく人などです。それこそどれほど大きな罪をつくって死んでいっているかしれないのです。人に殺されるのではなく、神に殺されるなど、もはやすさまじい罪をつくらなければ、そんなことは起きないからです。

だから、それほど罪が大きいということです。すさまじいということです。神理流布をじゃまする罪はです。

その自覚があまりにないということが本当に哀れなんですが、そんな大きな罪を背負ってしまった人でもです。その罪を自覚し、心からその大きな罪を反省し、神理に帰依するなら、そのすさまじいまでの罪も消えていきます。

神理に感謝し、帰依されませんか。そうしないと、もはやすさまじいまでの罪を負っていることになるからです。

神理の無視をし続けている人たちはです。(これまで日本に起きていることを分かっていますよね。すさまじいまでの天変地変に最近はクマの問題まで出てきた。こんなことはどこの国にも起きていません。なんで日本にだけこんな異常なことが次々に起きるのですか?)

ここに書いていることが嘘でも脅しでもないということは、私に起きてくる奇跡で証明されています。

素直にききませんか。この正法神理をです。そうすれば多くの人が幸せになるからです。

それは、生きている時だけでなく死んだあとまでです。

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