2月 17 2026
悪魔の洗脳と神の思想
「渇水」「深刻」と今日の中日新聞の社会面にデカデカと載っていますが、30年に一度の少雨はどこも深刻のようです。
30年どころか仙台など100年に一度の少雨となっているようですが、こういうことが起きているのはそれだけ罰当たりな人が多い証拠なのです。
にもかかわらずまだ突っ張りますか。それは温暖化の影響だ、気候変動だなどとしらじらしくいい続けるのですか。
唯一、正しいことを知っている。このブログを見ている人たちはです。
それでもかまわないのですが、それだとこのような現象が、50年に一度、200年に一度などとどんどんひどくなっていきます。それでもよろしいんでしょうか?
そんなことになるなら、飲み水はなくなる、農産物は取れなくなる、火事は多発するなど一つもいいことが起きてはこないと思うんですが、それでも平気なようです。このブログを見ている(神理を知っている)人たちはです。
こちらも同じですからね。毎日出ているのに(天罰が)まだ頑張って神理のじゃまをしているし(もうずいぶん元気がありませんが。どこかの会社はです)最近またブシュブシュやるトラックが増えてきましたが、本当に危ない。
癌が出てもよいというならしてもかまわないんですが、ここに嘘など書きません。そんなことをするなら必ず癌が出ます。もう信じた方がいいでしょう。私のいうこと(神理)をです。
私もこんなこと書きたくはありませんが、あまりにいつまでもこのブログを見ている人たちが神の恐ろしさを理解しないから、そのようなことも書いているのです。
しかし、私の書くことなどは本当の神の恐ろしさに比べれば全然足りないのです。神の恐ろしさのほんの一部さえ書けていないのです。
それはいま現在、日本に起きていることを知るなら分かるはずです。地震、大雨、大雪、異常な渇水に、ひどい台風に、竜巻、突風、異常高温、異常低温、大火災にクマ禍に至るまでどんどん現れてきます。
恐ろしい禍がです。
これほどのことが次々に起きてきているというのに、それでもまだそれを温暖化、気候変動、偶然、たまたま、ただの自然現象でやり過ごしている。
本当に大丈夫か? といいたくなりますね。現代の人たちにはです。
この状況で、なんで神を恐れない、なんで神に頭を下げない。本当に哀れです。そこまで深く悪魔の思想に(左翼リベラル思想)洗脳されてしまっていてです。
だからそれはこのブログを見ている人たちも同じなのです。ただ、神理を見ているだけではダメだからです。行わないと悪魔の洗脳もとけないからです。
だから、神を畏れることも頭を下げることも出来ないのです。悪魔の思想は神など認めない、神をないがしろにする思想であるからです。
だからリベラル思想に神は出てこないでしょう。愛も慈悲も出てこない。反省も謙虚さも潔さも出てこない。そうしてもちろん天啓や天罰という考えもです。これらの思想はみな神の思想であるからです。
反対に、傲慢、不遜、自己中、無関心、偶然、たまたまなどなど、そのような思想が自由、平等、友愛という思想の中には入っている。それらはみな悪魔の思想であるからです。
だから、どれだけ天罰を食らってもそれを罰とは認めない。どれだけ周りに悪いことが起きても、それは偶然で終わり。ひどい災害が起きたところにもせいぜい気の毒にと(もっと悪魔の思想に毒されている人は自分には関係ないと)しかし、それは自然現象だから仕方ないとそれですませてしまい、あとは無関心でいる。そんなことより自分のことであるからです。
どうですか。まだ分かりませんか。自分たちがどれだけ悪魔の思想にやられているのかがです。
それを指摘している人たちでも(リベラル思想を批判している人たちでも)実はまだやられているのです。悪魔のリベラル思想にです。それに気づいていないだけでです。口ではリベラル思想を批判しているのに、自分はそれを行っているのです。
程度問題なだけなのです。口ではリベラル思想を批判していても神を認めないなら、その部分はリベラル思想であるのだし、また神まで認めていても天罰を認めないなら、その部分はリベラル思想であるのだし、そこを全部認めて、神の心を全部信じることが出来て、はじめて神の思想を持っているといえるのであり、その完璧な神の思想を持たれていた方々が、釈尊やキリスト、モーゼといわれる方々で、だから正確にいうなら、あのような方々を神の思想を持った人というのであり、だから、いま現在、悪魔のリベラル思想を批判している人たちでも、実はその悪魔の思想を持っているということであり、その程度が多いか少ないかという話であるということです。
だから、リベラル思想を批判している人たちにも奇跡が起きないのです。そういう人たちもまだ完全に悪魔のリベラル思想が抜けているわけではないからです。その悪魔の思想が完全に自分の心から抜けない限り、奇跡は起きてはこないからです。
しかし、悪魔の思想を抜くには愛の実践を行うしかないのです。口よりも行いだからです。愛あることをどんどん行うなら、悪魔の思想もどんどん抜けていき奇跡も起きてくるようになるのです。
愛ある行いこそ、自分の心を浄化する唯一の方法であるからです。(だから口だけではダメだということです)
だから、そのような正しいことを(奇跡が起きてくることを)教えてくれるこの正法神理に感謝の行い(布施)をしなさいといっているのです。
それこそ自分の心を浄化する一番の方法であるからです。神の心に感謝の布施を行うくらいの善行もないからです。
このまま多くの人たちが悪魔の思想に洗脳されたまま悪を行っているのなら、まだこれからどれだけひどいことが起きてくるかしれません。(これだけ日本にひどいことが起きていることが、そのなによりの証拠)
もういい加減、悪魔の思想から抜け出しませんか。神の思想に転換しませんか。
それには神理の実践しかないのです。



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