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2月 28 2026

正しさの基準

10:59 AM ブログ

もはや半狂乱ですね。昨夜は10時過ぎまで出ていたようであるからです。

もちろんどこかの会社ですが、もう止まらなくなったようです。朝から夜まで天罰がです。冗談でも脅しでもなく事実です。

それで半狂乱になっているのもいるようですが、よくこんなところで働きます。毎日癌になるのがいるのにです。他いくか、布施するかした方がいいのではないですか。そのままそこにいると黙って仕事をしている人がバカを見るからです。

よく考えましょう。いま働いているところをです。

それでなんでこういうことが起きているのか? もういい加減理解した方がいいでしょう。

何度もいいますが、それほどひどいことをしているからです。こういう(神理の流布をじゃまし嫌がらせしている)連中はです。

いま例のエプスタイン事件で、アメリカの元大統領まで連邦議会に呼び出されて証言しているようですが(それで自分はなにも知らないなどととぼけているようですが)この事件は何度も書いています通り、小児性愛やら人身売買やら虐待やら悪魔崇拝やら、そんな異常行為ばかり行って、そうしてそれをしている人たちを罠にかけて、それをネタに脅して、そのような人(変質者)たちを自分たちのいう通りにさせていたという、悪質極まりない異常な事件ではありますが、しかし、これほどの事件であってもです。

それでもその首謀者たちには天罰がくだっていないのです。いまだ健康に暮らしている人も多いのです。(自殺したといわれるエプスタイン氏もイスラエルで普通に生活しているらしいですし。そんな写真まで出回っているし)もちろん、さらにひどい戦争の計画者や実行者に至ってもそれは同じで、そういう多くの人を殺(あや)めている人たちでも天罰などくだらず、いつまでもぴんぴんしている人も多いのです。

そういうところを見て、だから神などいないんだと、だから天罰などくだらないんだと、そういう人も多いでしょう。

もし、神が存在し天罰がくだされるなら、真っ先そういう人たちにくだらないといけないはずであるからです。そういう人たちが一番悪いことをしているのだから、そういう人たちに一番にです。

しかし、そういう人たちには天罰がくだらず、私の周りだけに天罰がくだっている。それはおかしいだろうと、だからそれはお前がしていることなんだと、そのように判断している人も多いわけです。

それで私はそこらじゅうで嫌がらせを受けているわけなんですが(お前が人を病気にしているなどと思われてです)しかし、それが間違いだというのです。

そのような見方がです。そのような肉体優先の見方がです。

エプスタイン事件の変質者や戦争犯罪者たちは、確かに人の体を傷つけ殺すことはしますが、しかし、心までは傷つけないのです。たしかに、その時の恐怖はいかばかりでしょう。それで仮に生き残ったとしても、そのようなことが原因でトラウマになって一生苦しむ人もいるでしょう。

しかし、それはその人の問題なのであって(そういう悪いことをさっさと忘れて、普通の生活をする人もいるので)それをした方の問題ではないのです。そのようなことをする人たちは心よりも肉体を問題にしているからです。

そういう人たちは肉体を滅ぼすなり、虐待するなりしているだけであるからです。その人の心までは問題にしていないからです。

しかし、こちらの人たちは(神理流布のじゃまや嫌がらせをしている人たちは)違うのです。肉体ではなく、心をおかしくしようとしてくるのです。

だから肉体は傷つけない、しかし、心を傷つけようとする。そのような嫌がらせを行ってです。

バスやトラックのブシュブシュやるのもそうでしょう。肉体を傷つけるわけではありませんが心は傷つけるのです。そこらじゅうでそんなことなどされてみなさい。たいていの人は頭が(心が)おかしくなるのです。

そこらを歩いていれば前から歩いてくる人は嫌がらせしてくる、そうして横を通っていくバスやトラックはブシュブシュやってくる、それが毎日なのです。

そんなことを毎日され、それをずっと続けられたら大方の人は鬱(うつ)くらいなるでしょう。

私などそういうことをもう15年も続けられているのです。では、そのようなことをしてくる人たちは私がおかしくなってもよいと、むしろおかしくしてやろうと、そう思ってしてきているのではないのですか。

そういう行為をです。

そればかりでなく、私は家にいてもそれをされますからね。今このブログを書いている最中でもじゃましていますから、どこかの会社の連中などです。(他もいますけど、そういうバカがです)

これが一番の問題であるということです。

神が(あの世の天使たちが)一番問題にするのがこの心であるからです。肉体などよりもはるかに重いのが心を傷つけるということであるからです。

だから、この辺りの人たちは天罰を食らうのです。この辺りの人たちはそれを知っていて(私が多くの人たちから嫌がらせを受けていると)それでもなお嫌がらせをしてくるからです。

では、こいつがおかしくなってもかまわないと(むしろおかしくなれと)そう思って嫌がらせをしているのです。

お分かりですか。この違いがです。何度でもいいますが、だからこの辺りの人たちは天罰を食らうのです。この辺りの人たちは私の心をおかしくしようとして嫌がらせをしてくるからです。そこまで考えていなくても、私に嫌がらせをしてくるとはそういう意味であるからです。

だから、そういう人は癌にもなるのです。その人は私を狂わそうとしているからです。まして私の説いている神理は多くの人の心を救うものです。

その神理を説いている者に、そのような人の心を狂わせるような行いをしてくるのです。それではさらにその罪は重くなります。多くの人の心を救う神理の流布のじゃまなどするならです。

この違いが天罰が降りてくるかどうかの違いであるということです。肉体を壊すか、それとも心を壊すかのこの違いがです。

だから、エプスタイン事件の変質者や戦争の首謀者に真っ先に天罰が降りないのはおかしいと、だから神などいないんだと、悪い者に天罰が降りるなどというのは嘘なんだと、そう思うのは大間違いなのです。

天罰が降りるかどうかは、そのしていることの罪の重さに関係があるのであって、人の肉体を傷つけ殺すことより、人の心を傷つけ殺すことの方が、何倍も何十倍も何百倍も罪が重いということです。

この基準が分かれば、なんで悪人が罰も当たらずのうのうと生活しているのかは分かるはずです。その悪人は人の物を取ったり、人を傷つけたり殺したりはしているが、人の心を取ったり傷つけたり殺したりはしていないからです。

肉体に対する罪か、心に対する罪かで、その罪の重さは全然違うということです。

物や肉体に対する罪などまだ軽いのであるということです。(そう考えれば分かるはずです。なんでディープステートがぴんぴんしていられるのかがです。彼らは物や人の肉体をダメにしているだけであるからです)心の罪はそれよりはるかに重いのであるということです。

どれだけ納得がいかなくても、それが正しい基準であるのです。

私が、心をきれいにしないといけないと、くどいくらいいっていることがお分かりいただけるでしょうか。

それだけ心を汚すということは(それが自分の心であろうと人の心であろうと)罪が重いということであるからです。

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