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5月 23 2026

神理を無視する危なさ 現れる地獄界

11:04 AM ブログ

昨日はようやく勝ったようですね。どこかの球団もです。(6-2で)

しかし、また逆転負けを食らうのではないかとヒヤヒヤもんだったでしょうね。ファンはです。(苦笑)

しかし、この成績で(昨日勝ってもまだ借金13)次の三連戦からは苦手のセ・パ交流戦でしょう。その交流戦で借金が返せるとはとても思えません。

前回の話ではありませんが、徳も得て勝ちも得る、そういういい方法もあります。神理への布施はよく考えた方がいいでしょう。神理に感謝するなら一石なん鳥にもなるからです。

どこかの球団だけでなく、このブログを見ている人は皆そうでしょう。神理への感謝はそんなに軽い話でもないからです。

前回の徳の話の続きをもう少し書きますが、私は毎日のように神理を説いてこのブログで公開しているのですから、それを見る人が大した人数ではないにしても、そのような結果にかかわらず、そういう行いは確実に自分の徳となります。

正しく神理を説くくらい徳になることもないからです。

ところが、このブログを見ている大方の人が、その徳になる神理を見ているにもかかわらず少しの感謝もしない。しかし、徳になる行いをし続ければ、その徳は必ず自分に返ってくる。

だから、神理を説き続けている私に対するその徳のお返しが、多くの動物たちが寄ってくるという形と(愛と)なって現れてきているわけです。

このブログを見ているほとんどの人たちが、私に対する感謝を(お返しを)しようとしないためです。

しかし、このブログを見ているほとんどの人が感謝しなくても、その神理を説いているという徳は必ず自分に返ってきます。

それが多くの動物たちの愛という形で私に返ってきているわけです。だから、このブログを読んでいる多くの人が、もしこの神理を読んで素直に私に感謝してくれていたら、こういうことは起きなかったということです。

動物たちの愛より、そのブログを見ている人たちの愛の(お返しの)方が当然優先されるからです。神理を見ている人が感謝するのが当たり前のことであるからです。

ところが今生は、神を信じない人が多くて神理の価値が分からない人が多く、それで神理を見ても、その価値が分からない人がほとんどで価値の分かる人がほんのわずかであった。それで神理に対し大方の人が感謝しなかった。

しかし、神理を多くの人に説いているということは、どれほど多くの徳を得るかしれない。多くの徳を得るなら、その徳は必ず自分に返ってくる。

その多くの徳が、今生は動物たちの愛という形で神理を説いている私に返ってきているということです。本来であるなら、それは人の愛(多くの布施)という形で返ってこなければいけないはずなのにです。

それが今生は、多くの人々がもらっている徳のお返しをまったくしなかったため、世にも稀(まれ)な現象が現れたということです。

だって、こんな現象は、過去の預言者といわれる人たちの誰にも現れてはいないのです。釈尊やキリストにも起きていないんですよ。

私にいま起きているような、どこにいっても鳥や魚たちが寄ってきて騒ぐなどという現象はです。せいぜい、説法をしていると動物たちが寄ってきて説法をきいていたとか、なにかの節目に鳥や他の動物たちが寄ってきたとか、その程度なのです。

なんで過去の預言者といわれる人たちに起きていなかったことが、今の私には起きているのですか? それは過去の預言者といわれていた人たちは、ちゃんと感謝の布施をいただいていたからです。

多くの人たちからです。

釈尊やキリストはもちろん、高橋先生や園頭先生もです。多くの布施をちゃんといただいていられたからです。神理を説いていられる人は、そのお返しをいただくことは当たり前のことであるからです。当たり前というより、必ず返ってくるからです。

自分がつくった徳は自分自身にです。

何度でもいいますが、神理を説くほどの徳を得る行いもありません。だから、多くの布施をこのような方々はいただけたのです。多くの人に神理を説いていられたからです。

しかし、私はこのブログを通して神理を説いているにもかかわらず(ゼロとはいいませんが)ほぼ布施を(お返しを)もらえません。

だから、私には、神理を説いて徳を得た分の人のお返しの足りない分を、動物たちからの愛という形でもらっているということです。

だから、もし私が今生たくさんの布施をもらっていたとしたなら、このような動物がたくさん寄ってくるという現象は起きなかったでしょう。

このような現象は、神理をきいている人々の布施が(お返しが)あまりに少ないために起きている特異な現象であるからです。

だから、神理をきいていながら、ちゃんと感謝しない人々に多くの災いが現れているのです。次々に病気になる天罰はもちろん、激しい雨に風に地震、最近は日照りもひどく猛暑もすさまじい。そうして大きな山火事まで頻繁に起きだした。

何度でもいいますが、こういうことは多くの人が神理を無視しているため起きていることなのです。

私がこれほどいっているにもかかわらず(そうしていった通りの現象が何度も現れているにもかかわらず)それでもまだ自分たちの不徳を知ろうとしないため、クマまでがそんな不徳な人たちを襲うようになってきた。

いつまでも多くの人が神理を理解しようとしないためです。

こういうことを気候変動、温暖化でいくらごまかしてもごまかしきれないのです。次々にそれでは説明のつかない災いが現れてくるからです。

そういうくだらない、いい分けを(ごまかしを)している暇があるなら、一刻も早く神の存在を認め神理をききませんか。

そうすれば、このような災いは徐々におさまっていくからです。

しかし、いつまでも神を認めず神理の無視を続けるなら、さらに災いは増し、最後には核戦争が起こり、日本はもとより世界が滅ぶからです。

いま現在は、どう考えてもそちらの方に向かっているからです。それは日本を見ても世界を見ても分かるからです。

天変地変がどんどん激しくなり、男が女のようになり(化粧などしだして)女が男のようになり、同性愛が流行り(こういう現象はすべて滅びの前兆。滅びる前にはこのような異常なことが必ず起きだす)それで風紀は乱れどんどん治安も悪化。(闇バイトがどんどん増え、昼間から堂々と強盗に入る)

動物までもが人々を襲いだし、そうして世界は次々に戦争が起こりだして、核戦争にまで言及し始め終末論までいいだした。

どう考えても末期的状況であるのです。今の世界はです。よく見てみるなら、すでにこの世には地獄界が現れているのです。あの世にあるはずの地獄の世界がこの世にです。

どうするのですか。このままでは本当に滅びてしまいますよ。今のような悪魔の思想にいつまでも支配されているのならです。

このような状況を変えることが出来るのは本当の神の力が降りてくる、この正法神理だけなのです。

いい加減神理の無視はやめませんか。神理を無視すればするだけ地獄の世界の闇が深まるからです。

そういう現実がまだ分からないのですか。もう現実逃避はやめましょう。いくら目の前のことに目をふさいでいても現実は変わらないからです。

そのような闇の世界に光を降ろすことが出来るのは、この正法神理だけであるのです。

神理を認め、神理に感謝しませんか。

奇跡はそこから始まるからです。

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