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7月 25 2026

本当の神の教えと偽の神の教えの違い

10:55 AM ブログ

毎日、本当に暑いんですが、東海地方は昨日までで40度以上の酷暑日のところが4日連続で出ているそうで、もし今日も東海地方のどこかで酷暑日となるところが出るなら、5日連続ということで過去最長の新記録となるようですが、こういう記録はほんと勘弁してもらいたいものです。

熱中症になる人がどれだけ出るかしれないからです。

しかし、この暑さでは今日も出るんではないですか。酷暑日のところがです……といいたいところなんですが、昨日どこかの球団が珍しく勝ちましたんでね。(苦笑)しかもサヨナラ勝ち。

ここで少しくらい勝ってもファンの怒りはおさまらないのかもしれませんが、しかし、多少なりとも昨日のサヨナラ勝ちでファンの留飲が下がるなら、40度いくところは出ないかもしれません。そこは微妙ですね。

しかしまあ、この勝ちをきっかけにこれから一週間くらい連勝を続けるなら、一週間後の気温は下がるでしょう。(40度はいかなくなるでしょう)来週も東海地方は猛暑が予想されています。

くれぐれも連敗はしないよう気をつけてください。どこかの球団はです。そちらが連敗すればするだけ熱中症患者が増えていくからです。

昨夜ユーチューブの方で新しい動画を出しておいたのですが、その中でいっておきました。本当の神の教えと偽の神の教えの大きな違いをです。

よかったら観てください。

その違いとは、まあ、はっきりいうならご利益の面ではまったく違うということです。

本当の神の教えであるこの正法神理は、わざわざご利益のことをいわなくてもご利益は現れてくるからです。

私に嫌がらせをしてくる人に罰が当たったり、末期癌の人の癌が小さくなり痛みがなくなったり、母の肺炎がすぐに治ったり、風邪をひきやすかった人が全然風邪をひかなくなったり、あるいは仕事が急に出来るようになったり、地球史上最大級の台風から守られたり、こういうのは皆、神理のご利益であるからです。

神理を行い、神理の祈りをしなければ、こんなことは起きてはいないと思うからです。しかし、神理にかかわった人たちにはこのようなことが起きているのです。

では、これは神理のご利益なのではないのですか。だから、神理を行うなら、このようなご利益が確実に現れてくるということです。

それに対し、私がいう偽の神の教えをしている人たちは、そのようなご利益のことをいちいちいうのです。ここの寺の神様はこういうご利益があります、あそこの神社の神様にはああいうご利益がありますなどとです。

例えば、ここの神様は、家内安全、交通安全、無病息災の神様でありますから、交通事故や不慮の事故や病気から守られますよとか、あるいは商売繁盛、厄除開運などうたっているところは、ここにお参りすると仕事が忙しくなり厄除けにもなって運も開けてきますよ、などというのですが、しかし、大方の人はそのようなことをきくともうそれだけでそうなった気分になって、そこに喜んでお参りし、そうしておみくじなどひいて縁起のいい物を買っていく。

それで信仰した気になって縁起がいいなどと喜んでいる人が多いんですが、しかし、現実を見るなら、生活は変わらず仕事も別によくなるわけではなく、病気になったり事故を起こしたりすることもある。

いい加減、分かりませんか。自分たちは偽の神の教えに騙されているとです。

だって、なんのご利益も現れてはきませんよね。そんなところでいくらお参りしてもです。気分が少々よくなっただけでです。

本当のご利益とは先ほどもいいましたが、自分に嫌なことをする人に罰が当たったり(天罰覿面)病気があっという間に治ったり、ひどい病気の痛みが取れたり、風邪をひかなくなったり(無病息災)あるいは急に仕事が出来るようになったり(商売繫盛)ひどい災害から守られたり(厄除開運)こういうのをご利益というのです。

しかし、そのようなところは(ご利益を自分たちの方から宣伝しているところは)そういうことが起きてくるのですか?

そういうところにお参りにいっている人たちは、ただ、ご利益をいわれることだけに満足して、その後の結果などあまり重視していないのではないですか。

信仰とは、そのようなものと勝手に解釈してです。信仰とは自分の心が満足すればそれでいいのであって、なにも起きないのが信仰であると、自分が納得すれがそれでいいのであると、それが神への信仰と、そう思い込んでいるのではないですか。多くの人がです。

しかし、その考え方が実は大間違いであったということです。

本当の、本物の、神の教えであるなら本当の神のご利益まで確実に現れてくるからです。

それを知らないのです。多くの人はです。

だから偽の神の教えなど信仰するからそうなっているだけで(なにも起きないだけで)本当の神の教えを信仰するなら、ちゃんとご利益は現れてくるのです。

そもそも、そんなご利益を限定するということがおかしいと思いませんか。ここはこれとこれのご利益があります、あちらはああういうご利益があります、などと限定していることがです。

では、それ以外のことにはなんのご利益もないということになるからです。

全知全能の神はすべてを支配されてるのですから、これは出来てもあれは出来ないなどという神がいるなら、それは偽物の神といわざるを得ないのです。

だから、あれこれご利益を限定していることがまずおかしいのであり、そういうご利益をことさらいって、そういう割には、そんなご利益が現れてこないなど、これほど偽の神の教えの証拠はないのであり、だから、そういう基準をよく知らないといけないということです。

本当の神の教えは本当にご利益が現れてきて救われていくからです。しかし、偽の神の教えはやたらご利益のことをいうが、そのご利益が限定的で、しかもそのご利益が現れてくることはないからです。

だから、偽の神の教えを信仰するということは詐欺に遭っているのと同じで、なんの益もなく損しかしないということです。

しかし、本当の神の教えを信仰するなら、ご利益がもらえるだけでなく、神やこの世の本当の事実が分かり、そうして奇跡まで(神通力まで)現れてきます。

そういう体験をしていってこそ自分の心は成長しまた進歩もするのです。(釈尊やキリストがよい例)

いつまでも偽の神の教えに騙されているなら、自分の心は成長もしなければ進歩もありません。

いい加減、目覚めませんか。

本当の神の教えにです。

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