8月 29 2026
災いから逃れる方法 神 反省 愛
昨日の北海道の釧路地方の線状降水帯まで発生した激しい豪雨も、やはりひどい被害が出ているようですね。
まあ、線状降水帯が発生するならひどい被害は出るでしょう。今日もまた石川県辺りに強い雨雲がかかってくるかもしれないという予報が出ています。
なにも心を入れ替えようともせず、いつまでもボケっとしている皆さんはどうするつもりなんでしょう。
このままではひどい災害が増える一方であるからです。
ということで、昨夜「災害の止め方及び災いのさけ方 神 反省 愛」と題し、動画をあげておきました。まあ、ほとんど視聴されない動画ではありますが(苦笑)興味がある人は観てください。正しい雨乞いや災いのさけ方を話しているからです。
しかし、いま現在の日本にはこれだけ多くの災いが現れているのです。少し真剣に考えた方がいいですよ。日本の現状をです。これほど災いが次々に現れてくる国などないからです。
2~3日前でしたかネパールでものすごい土石流がありましたが(それで行方不明者が2500人とか)ああいう災いが起きるには起きるだけの理由が必ずあります。特にあのような多くの国の人々が犠牲になるような大災害には、そのような国々それぞれに問題があるから、あのような多くの国の人々が犠牲になるような大災害が起きるのであって、しかし、それは、そのような国々の問題なのであり(その行方不明者の中には日本の人も含まれているようですが)今の日本に次々に起きてくる災害とは関係ないのです。
日本に起きる災害は日本の問題で起きていることであり、他国で起きる災害は他国の問題で起きていることであり、それをごっちゃにしてはならないということです。
今は世界でも災害が増えているから、日本に災害が増えるのも仕方がないなどとはです。
それはそれ、これはこれで、日本国内で起きている災害は日本の人々の心の問題が、そのような形を取り現れているだけだからです。
日本に起きている災害に他国は関係ないからです。
だから、日本は日本で日本の人々が心を入れ替えないと、日本に次々に現れる災害は(災いは)なくなりませんよ、といっているわけです。
その災いの止め方、さけ方を昨日の動画で説明しておりますので、何度でもいいますが、興味がある人はぜひ一度見てください。
雨の降らし方も説明しているからです。それを、そんなことくらいでなどと思わず、一度試してみることです。水不足のところはです。そうすれば必ず雨は降るからです。
神を信じ、少しの反省をして、少しずつでも愛を出すなら、災いはさけられます。私がそうなんだからこれ以上の正しい話もありません。
しかし、神と反省はともかく、愛の方は自分は出していると思い違いをしている人が多いのかもしれませんが、愛を出すのと、心のスモッグを出すのとでは、まったく意味が違います。そこは勘違いされないよう願います。
例えば、仲のいい友達がたくさんいるから自分は愛を出しているとか、近所づきあいがうまくいっているから、その町は愛があふれているなどと思うのは大間違いで、仲がいいのと愛を出すということは違います。
いくら仲がよくても、その仲のいい友達と人の悪口やら自分たちの愚痴のようなことばかりを話しているのなら、そこに愛などないのです。それは近所づき合いが長い町や村に住んでいる人たちも同じで、そういう近所の人たちと人の悪口やくだらないうわさ話ばかりをしているのなら、やはりそんなところに愛はありません。
普段から、くだらないうわさ話をすることもなく、人の悪口をいうこともなく、オホホ、アハハと楽しい話が出来、困った時にはお互いに助け合って、そうして同じ家族のようなつき合いが出来ている、そのような仲間や近所づき合いが出来る人たちこそ愛ある人たちなのであって、それが出来ていない人たちは別に愛ある人たちではないのです。
いくら仲間が多くても、人の悪口や怒りや愚痴やねたみひがみの話しか出来ない人たちなど、それは愛を出しているのではなく、その正反対である、マイナスの意識の心のスモッグまき散らしているにすぎないからです。
それはそうでしょう。いくら仲間がたくさんいても、その仲間たちと一緒に盗みや暴力などの悪いことを繰り返していては、それは愛を出すのではなく、罪をつくっているだけなのです。
だから、いくら仲間が多くても、その仲間と人の悪口やくだらないうわさ話しか出来ないような人たちは、これと同じことをしているのです。
つまりそれは愛を出すのではなく、罪をつくっているだけであるということです。
盗みや暴力同様、人の悪口やくだらないうわさ話など善ではなく所詮は悪でしかないからです。では、盗みや暴力同様、人の悪口やうわさ話も同じ悪には変わりがないからです。
悪はどこまでいっても悪でしかないからです。悪が途中から善に変わるということはないからです。
だから、仲がいいのと、愛を出すのは違うのです。「仲がいい=愛」ではなく、その中身が問題であるということです。
だから、都会に住んでいる近所づき合いなどまったくなく、隣の人の顔も知らない、などという人はもちろんですが、仲がよさそうな町や村の人たちでもそこに大きな災いが起きてくるのです。
そこには愛がないからです。そこに愛があるなら、そんな災いは起きないからです。
こういうことを理解して、そうして昨日出した動画を観たい人は観てください。そうすれば昨日話した動画の中身も、より一層理解出来るはずであるからです。
とにもかくにも、災いから逃れるためには神と反省と愛が必要です。
それが揃っているのなら、災いに遭うことはないということです。



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