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9月 11 2026

神の証明 神理の正しさ

10:55 AM ブログ

前回も書いたんですが、やっぱ相当出ていますね。あの線状降水帯での名古屋の被害はです。

冠水した車が200台だけではなく、床上床下浸水など百数十棟も出ているようですし、水没してしまったところもあるようですし、昨夜あげた動画(線状降水帯と神のご加護)の中でもいいましたが、相当強い雨が数時間降り続いていましたからね。

そこからの線状降水帯発生ですから、やはり相当ひどい被害が出ているようです。

昨夜の動画は、その線状降水帯発生前後の話をしています。(その時の体験を忘れないうちにと思いまして)よかったら観てください。リアルな話であるからです。

しかし、前回も書きましたが、その線状降水帯の雲が発生した時には明らかにかかっていたはずなんですけどね。私の家の周りにも、その線状降水帯の雲はです。

なにしろ、名古屋に線状降水帯が発生したというニュースが流れた時はすさまじい雨が降っていましたから。私の家の周りもです。

雨音がザーザーどころか、ゴーゴーいってましたから。そのすさまじい雨で家が壊れるかと思いました。(苦笑)なにしろ私の家はボロいからです。

しかし、そのすさまじいほどの雨が降っている中、私が祈ると、その祈りが終わるかどうかの時から、すでにそのすさまじい雨は弱まってきていて、それからだんだんその雨は小降りになっていき、その後はもう線状降水帯発生時のような激しい雨が降ることはありませんでした。

多少の強弱は繰り返していましたが、そのあと激しい雨が降ることは私の家の周りではなかったのです。

だから、これはどういうことか? ということなのです。

だからそれは、線状降水帯の雲が消えたということになりませんか。

だから激しい雨は止まったんですよね。秋雨前線の雲は残っていても線状降水帯の雲はなくなっていたからです。少なくとも私の家の上空はです。

それだけ激しい雨を降らせる雲は、線状降水帯の雲以外ではあり得ないからです。

では、なんで急に私の家の上空の辺りだけ線状降水帯の雲が消えたのか? ということになります。同じ名古屋でも、その時間帯は(4時半から5時過ぎくらいまで)まだ千種区や名東区などすさまじい雨が降っていたのにです。それで川が氾濫しかけていたのにです。

だから、それは偶然ではないでしょう、といってるわけです。なにしろ、私が祈ったとたんですから。とたんに雨が弱まったんですから。

あまりといえばあまりのタイミングなのではないでしょうか。私が祈ったとたん、それほどの雨が弱まってきてだんだんおさまって(鎮まって)いったなどです。

偶然にしては出来すぎているからです。

だから、神理の祈りは災いを鎮めるといっているのです。だから、こんなすさまじい雨が降っている時でも、そこで神に祈るなら救われる道は現れてくるといっているのです。

実際に今回は現れたからです。線状降水帯の雲さえ消えたからです。

私は、線状降水帯が発生した直後に祈りを始めたのです。しかもその時はすでに数時間、そのようなすさまじい雨が降り続いていたのです。

普通であるなら、このような状況であるなら、それからが本番のもっとすさまじい雨がその場所に降るのではないのですか。だから、気象庁は名古屋に線状降水帯発生の発表をしたはずであるからです。

そのすぐあとに、そんなに早くに雨が弱まってやんでいくようなら、そんな線状降水帯発生の発表などしなかったはずであるからです。線状降水帯の発表などポンポン簡単にするなら、その発表した地域が混乱するだけであるからです。

だから、気象庁はその地域にはまだ相当の大雨が降ると見越して、名古屋に線状降水帯発生の発表をしたはずなのに、発表した直後から急に雨が弱まってくる。

これはどう考えてもおかしいのではないですか。これを偶然というにはあまりに無理があるからです。

だから明らかにあの時は、私の家の上空になにかの力がかかり、それでその激しい雨がやんできたのです。その力が上空の雲を消した(または移動させた)からです。

それが、神のご加護(神のすさまじい力)であり、その神のご加護は(すさまじい神のお力は)私の神への祈りによって現れたといっているのです。

そう考えないと説明がつかないことが今回また(こんなこと何度でも起きています。2019年の台風19号の時はその典型ですが)起きたからです。

それが違うというのであれば、そういう人は根拠を示してください。口で否定するだけでは話にならないからです。私は毎回、口だけでなくこのような根拠を示しているからです。

なかなか、その神の力を信じてくれない人が多いので、またまた今回もしつこく説明しましたが、このようなことは別に私にだけ起きることではなく、誰にでも起きることであるのです。

ただしそれは、普段から神を信じていて、そういう時に(絶体絶命の時などに)神に祈れる人はという注釈はつきますが。

だから私は「神を信じなさい」といっているのだし、困った時には「神に祈りなさい」といっているのです。

そうすればなにか救われる道はついてくるからです。神のお力がおりてきてです。

今回、名古屋に発生した線状降水帯によって、そういっていることの正しさがまた一つ証明することが出来ました。

私は多くの人が神を信じて神に頭を下げてくれるまで、このような証明をし続けるだけですが、しかし、このような大きな神の力は確実に存在します。

そうして、その神の力をおろすことが出来る、その方法は「祈り」のみであるのです。

私は自分が説いているこの正法神理の正しさを次々に証明しています。

いい加減、神理を信じ行いませんか。そうすれば幸せはあなたのものとなるからです。

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