10月 07 2026
予言お告げ 正しさの基準
大丈夫なんでしょうか。どこかの罰当たりバカ会社の皆さんはです。昨日はずいぶん出ていたようであるからです。
こちらがブログを書いていないにもかかわらずです。
昨日は昼一で、母を保健所まで検査に連れていかなければならなかったものですからね。それで午前中ブログを書いていてはバタバタして準備も出来ないと、またそんな時にブログをじゃまされながら書いていてはブログの方もまともに書けないと、そう思ってブログを書くのをやめたのですが、そうした時でも天罰は止まらなかったようで(本当に恐ろしい)もう午前中から大騒ぎしていました。
どこかのバカ会社の哀れな人たちはです。
そうして私が出ていって帰ってきても、夜中まで大変お怒りでした。昨日だけでも10人近くの人におかしな病気が出たのではないかと思われます。(違いますか?)
今日も朝からもう電話がかかってきて怒っているようですが、大丈夫なんでしょうか?
今日もまたすでに天罰がおりているということはないでしょうね。
これ、はったりでも嘘でもありませんから。本当に起きていることなのです。
だから、神理には(本当の神の教えには)逆らってはならないと、神理流布のじゃまなどしてはいけないと、くどいくらいいっているのです。
そんな恐ろしいことをしていては、どれだけ不幸なことが起きてくるか知れないからです。それだけ神の逆鱗に触れることもないからです。
そのいった通りのことが本当に起きています。そうして、その不幸なことがどんどん増えています。いい加減、真剣にきいてはどうでしょう。この正法神理をです。
そうすれば不幸は幸福に変わるからです。
しかし、それは日本全体も同じであり、あの9月の長雨も本当にひどかったですね。こんな長雨もはじめてなんでしょう。(東京など典型でしたが)それで10月に入りようやく秋晴れが続くようですが、それもいつまで続くか分かりません。
28、29号ですか。台風も向かってきているようですし地震もいつ起きるかしれないからです。それにまたどんな変異が現れるかしれないのです。今のままではです。(次はまったく雨が降らなくなるとか、火山の〔富士山の〕噴火、はたまたまたクマなどの動物が大暴れ。または大木などバキバキ倒れだすなどなど)
もう間違った信仰を行うのではなく、正しい信仰を行いませんか。(無神論も無神論という信仰をしているのです)多くの人が間違った信仰をし続け、間違った心でい続けているため、このような異常なことも起きているからです。
よく考えてみてください。例えば、どれだけ正確な予言をする人がいたとしても、どれだけ正しいお告(つ)げなどする人がいたとしてもです。その人が予言やお告げしか出来ないのであるなら、その人は別に凄い人でもなんでもないのです。
なぜなら、そんなただの当て事など地獄霊でもするからです。あの世の霊は少し先のことなら分かるからです。なんでもこの世に現れることは、先にあの世に現れるからです。
あの世に現れたものがこの世に現れてくるのですから、だから、予言やお告げなど出来るのであるし、そういうことがまるでないのなら、先に起きることが分かるはずがないのです。
だから、予言やお告げなどは皆あの世の霊に教えられているということなんですが、しかし、ただ、それを教えるだけなら、地獄霊でもします。
だから、単にそれが(先のことが)分かるというだけで、その人を凄いとか思ってはならないということです。そのようなことは天に通じている人だけでなく、地獄と同通している人でも出来るからです。地獄霊も教えるからです。先に起きる悪いことなどです。
とくに地獄霊は悪いことばかりを教えます。(よいことは少ない)だから比較的そのような予言やお告げなど悪い知らせが多いのはそういうことなのです。地獄霊に教えられている人が多いからです。
だから、そのような予言やお告げをいう人が、例えばロシアやウクライナ、あるいはアメリカとイランの戦争などが終わる日がいつなのか、こういうよいことを正確にいえるのなら、その人は天に通じているのでしょうが、それは分からず、悪い予言ばかりをいう人なら、あまりそういう人のいうことはきかない方がいいでしょう。
悪いことなどいくら的中させても、それは多分悪魔たちに(地獄霊に)教えられていることであるのだし、その悪いことを防ぐ話が出来なければ、それでは結局不幸にしかならないからです。
そのような悪いことを言い当てるだけではなく、それを防ぐ方法までいわなければ本当の予言者とはいえないからです。
だから、大方のそのようなことをいう人は、そういう悪いことが起きるかもしれないので気をつけてくらいしかいわないのでしょうが、しかし、そんなことをいくらきいても、たとえば大地震など気をつけようがないのだし、大雨や日照りでもそうでしょう。
いくら気をつけても、そんなことが起きれば、皆が不幸になるのです。
だから、そのような不幸が起きない方法を説かない人は(要は法を説けない人は)偽物であるということです。
そう考えるなら、予言やらお告げやらいう人は巷にたくさんいますが、では、それを防ぐ手立てまでいう人が、その中にどれくらいいるのか? ということです。
まあ、そういう人はまずいないでしょう。なぜなら、地獄霊は言い当てることまでは出来ても、それを防ぐ方法など知らないからです。
だから、そのような不幸の止め方は分からない。しかし、神理なら分かるのです。
不幸の止め方はです。
いくら悪いことが起きるのが分かっても、その不幸を止める方法が分からなければ意味がありません。
そのような正しさの基準をよく知ることです。ただ不思議なことだけに騙されていないでです。
不幸を止めてこその神の教えなのです。そうして、そのような教えを信仰してこそ自分も幸せになれるのです。
その正しさの基準を間違えてはならないということです。



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