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3月 19 2010

この半年間にあったこと②(H21年10月~H22年3月)

11:01 AM ブログ

九月の末に愛知県で女子プロゴルフのトーナメントが開催されました。この頃は、もう仕事が続けられそうもないことが分かっていましたので、女子のゴルフトーナメントを見に行くのも、これが最後になるだろうな、という思いで苦しかったのですが見に行くことにしました。なぜ苦しいのに見に行ったのかといえば、私はプロ野球の選手にもアドバイスしたことがありましたので、プロゴルフの選手にもアドバイスできるだろうと思い、やはり四月に静岡で女子プロトーナメントが行われた時、地元愛知出身の二選手に名刺を渡したことで、思い入れもあったからです。

結局この二選手がGTS心の研究所に来てくれることはありませんでした。私のような無名な者が名刺を渡しても、こないのが当たり前といえば当たり前なのですが、残念といえば残念でした。私自身もプロ野球選手のときのように、この二選手が、私のアドバイスでどのように変わるのか、見てみたい気もあったからです。

そういうこともあったなと思いながら、そのトーナメントを見ておりました。

トーナメントも終わると現実に戻ります。これからどうしようかと悩んでおりましたが、いつまでも悩んでいても仕方ありません。借金もあることだし、とにかく働くしかないと思い、住む場所もなくなっていたので実家の父に相談に行きました。私の荷物も実家においてあったからです。

GTS心の研究所を九月末で廃業してから、ちょくちょく実家に帰り父に今後のことを相談していたのですが、よい話はでてきませんでした。家賃が払えなくなり借りていた借家を出たものですから、現在は住所不定無職ということになり、住む場所がないと働こうにも働けません。何とか実家に住まわせてほしいと父に頼みましたが、駅にでも寝てこいというばかりで住むことを許してくれません。

何とか住まわせてもらおうとこの日も実家に頼みに行きました。昼ごろ行ったのですが玄関には鍵がかかっています。チャイムを鳴らしましたが父が出てくる気配はありません。しかし、家の中からはテレビの音が聞こえ父が中にいるのは分かります。この時間は父は家で昼飯を食べていますので、誰もいないとは思えません。しかし、何度チャイムを鳴らしても出てこないのです。

どうも故意に無視しているようなのです。私が何度も実家に行ったのがよくなかったのでしょう。親にまで邪魔者扱いされ、私の進むべき道はなくなっていきました。

そして親にまで邪魔者扱いされたこのとき、私はある決心をしたのです。

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