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1月 25 2013

心の程度

11:43 AM ブログ

それにしても私のブログは話題沸騰ですね(一日百人くらいの人しか読んでいないというのが信じられません。もっといるんじゃないか?と思ってしまいます)少し危なそうなことを書いただけで、あちこちで嫌がらせされるんですからね、笑ってしまいます。(そんなに怖いなら神の運動を手伝えばいいのに、それはしないんですね〔笑〕)

特にバスの運転手は反応がいい、昨日など二、三の人に同じようなことされました。(ブシュとね…何か打ち合わせでもしてるんですか?)そんなことしてくるものですから、私がその運転手を祈ると、ムッとした顔をしてこちらをにらんでくるんですから呆れます。なら、そんなことしなきゃいいのに、なぜそんなことをしておいてこちらをにらむのでしょうか?ほんと不思議です。

一人とぼけた運転手がいましたね。おもいっきり私の横でふかしておいて、さも私がいるのに気づかなかった、という顔でこちらを見ていましたので、その運転手もおもいっきり祈ってあげました。すると、その運転手、すごい顔でこちらをにらんでいました。(笑)

私がする祈りの意味をよく分かっていないようなので、その運ちゃんに一言いっておきます。あなたがもし私がいることに気づかず、そのようなことをしたというのであれば、私がどれだけ祈ろうと、あなたに何か起きることはありませんのでご安心ください。しかし、私に向けて嫌がらせしたにもかかわず、とぼけてそのような態度をとったというのであれば、あなたは二重の罪を犯したことになります。(私に嫌がらせしたことと、それをごまかそうとしたことです)あなたに起きる現象はよけい早まるでしょう。それはご了承ください。あなたが悪いのです。

私の祈りは絶対に間違いはないのです。それはどういう意味かといえば、私が何かされたと思い、その嫌がらせをしたと思った人を祈っても、その人にそんな心がなければ、その人に何か起きることはないからです。すべて、私たちの心は天から見通されています。私が嫌がらせされたと勝手に勘違いして、どれだけその人を祈ろうと、その人にそんな心が少しもなければ、その人に何か起きることはありません。だから私は片っ端から祈っているのです。

間違いがないし(私は間違えても天は間違えません。おかしな心がない人にいくら私が祈ろうと、天が何か起こすはずがないのであって、もし、何かその人に起きたとしたら、それは反省しなければならない心がその人にあるからです。それを謙虚に反省するしかないのです)口で(ブログで)いっていても誰も私のいうことなど聞かないからです。(これだけいろいろな現象が、次々に起きていてそれでも聞かないのに、口だけでいっていては誰も聞くわけありません)それではいつまでたっても法は拡がりません。逆にいえば私には祈るしか手がないのです。だから、片っ端から祈るのです。

しかし、私もずいぶん有名になったようで、私に嫌がらせする人、道など歩いていれば、そこらの会社からバスにトラック、はては電車までたくさんいます。(よほど嫌われているんでしょう〔笑〕)しかし、そんな中でも、前から見ていて感じたことなのですが、まったく私に嫌がらせをしようとしない会社もあるのです。(もちろん一人、二人はそんなことする人いますが、それは仕方がないでしょう)むしろ私に気を使っているように見えるところもあるのです。

例えば、同じトヨタ系の近所のディーラーなどでも、私に嫌がらせする従業員のいるところと、私が通るとむしろ気を使うところがあります。大きな運送会社でも(全国区の誰でも知ってる会社です)そこのトラックの運転手は、私に嫌がらせをしないで気を使っているところもあります。

なぜ、これだけ人により(会社により)やることが違うのでしょうか?

答えは簡単ですね、その人(またはその会社の従業員)の意識レベルが違うからです。

つまり、心の程度が違うということです。結局、私に嫌がらせしない気を使うという人は、私がやっていることの価値が分かっているのです。(その人たちがどのような言い方をしていようとです)価値が分かっているから何もしないのです。価値が分からない人(心が低い人)は、私は一人でやっているだけですので、何だこいつと、何かおかしなことが起きれば短絡的に、それはおまえのせいと平気で嫌がらせをしてくるのです。意識レベルが低いから、起きている現象の意味も価値も分からないからです。

こいうところにも意識の差、心の程度の差が現れるわけですが、やはり意識の低い人は、どれだけ現象が起きても分からないのです。これだけ現象が次々に起きているにもかかわらず(それも、それはおまえのせいと自ら認めていながら)それでもまだ私に嫌がらせをしてくるのです。それをして悪いことが起きた人がいるということを知っていても、やらずにいられないのです。

なぜそうなるのか?

心の程度の低い人は感情が先に来るからです。そういうことをしてはいけない、なぜこのようなことが起きたのか、と思うより、この野郎という気持ちが先に来てしまうのです。これでは正しい判断はできないでしょう。(こういう人は小さいところばかり見て大きいところは見えません。心が狭いからです。だから、私がしていることの価値がまったく分からないのです)

このような人を救うには、意識レベルの高い人が私に協力してもらうほかないのです。(私に協力してくれる人が増えれば、そんな多くの人が協力しているなら自分も、と思うからです。意識の低い人は、多くの人が動かなければ自分も動こうとしないのです)

昨夜から今日にかけて、救急車のサイレンがなりっぱなしですね(今もしていますが)明らかに何か始まったようです。

世は正法の世にすでに替わっています。正法の世に末法の心の人はいられません。もう心を変えるしかない時代が来ているのです。(そのような現象も次々に起き始めました)もちろん末法の世の心が深い人(心の程度が低い人)から現象が現れてきますが、しかし、私に嫌がらせをしない人(それはすなわち心の程度の高い人)も、すぐに現象が現れることはありませんが、いずれはそのような人にも現象は現れます。(結局そのような人も、法をしっかり勉強しなければ、正法の世の人とはなりえないからです)

そのような人から立ち上がらなければ、心の程度の低い人も救えないのです。このブログを読まれている方で、この教えに賛同できる方は少しで結構です。ご協力ください。

そうしなければ恐ろしい現象は止まらないからです。

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