2月 11 2013
有り難い現象
これまで書きましたように、有り難いの本当の意味は、有ることが非常に難しい、有り得ない、非常に珍しい、という意味で有り難いというのであって、そういう意味では、何か人から物をもらった時などに、有り難いなどという言葉を使うと、それは、あなたから物をもらうことは、非常に珍しいとか、有り得ない、などという意味になってしまいますので、逆に失礼ではないかと思えますが、それは気持ちの問題なのですから、感謝の心を言葉に表してそのようにいうのであれば、特別問題はないでしょう。
しかし、現在の日本には、その有り難い現象が次々に起きています。
人がこの世に生まれて、成長したら学校に行き、学校を卒業したら社会人となって会社で働き、結婚し子供をつくって、年老いて死んでそれで終わり、などという思いは大間違いなのであって、人はあの世(実在界)から、それぞれ使命を持って生まれてきているのであり、この世に出れば、その使命を果たすために家庭、学校、社会などの生活の場があり、その中で自分の心を磨いていくことにより、自分の本当のやるべきことを悟り、自分の使命を果たせるよう仕組まれているのです。
そうして、その使命を果たした後は(死んだ後は)またあの世(実在界)に戻り、その実在界で生活をしながら心の修行をして、またこの世(現象界)に生まれて使命を果たしながら自分の心を磨く、あの世実在界と、この世現象界を永遠に輪廻する魂なのです。(それは、巨大な神の光から別れた光の存在、という意味です)
それに気づかなければならないような、有り難い現象が今次々に起きています。先ほども何度もサイレンが(あれは消防車のようでしたが)していましたが、もう毎日何度も私の住んでる辺りでは、救急車や消防車のサイレンがしているのです。これはどう説明していいか分からない、神の御業が現れている、としかいいようがない現象といわざるを得ません。
そうでなければ、これだけ多くのサイレンが聞こえてくるわけはありませんし、普通、これだけ毎日のように、しかも日に何度も、救急車や消防車のサイレンが聞こえるなどということがあるのでしょうか?
私は五十年生きてきて、これだけ何度も毎日のように救急車や消防車のサイレンを、連続して聞くなどということはありません。それこそ生まれてこのかた経験したことがないような現象が、今起きているように感じます。(先ほどのサイレンは、家のすぐ近くのタクシー会社が火事になり、消防だけでなく救急車でも何人か人も運ばれたそうです。母が聞いてきました)
もう、このような現象をおまえのせいとか、誰かが悪いとかいっていても仕方ないでしょう。それほどの大きな現象が、この辺りでは次々に起きているのです。決して大げさな言い方ではありません。というより、あまりに毎日あちこちからサイレンが聞こえてきますので、起きてる現象が大きすぎて何が起きてるのか把握できないのです。
神は存在し、その神の命を受けた偉大な力を持つ、光の大指導霊も天上界には存在します。
そのような偉大な方々の命は、多くの人が、この法を勉強し実践するということです。
どれだけ、それを拒み私を嫌い嫌がらせしようと、この恐ろしい現象が収まることはありません。なぜなら、実在界でしてきた約束を破り悪いことをしているのは、皆さん方の方だからです。(私はそれを一生懸命伝えているだけだからです)神の命、天の命には決して逆らってはならないのです。もっと従順に敬虔にならなければいけないのです。
敬虔な人が増えた時、初めてこの現象は収まります。
人のせいや責任転嫁ばかりしているのではなく、もう、いい加減そのことに気づかなければいけないのです。



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