2月 20 2013
進むべき道
今日は二月二十日です。
この日が来ると、また改めて師である園頭広周先生のことを思い出し、師から教えていただいた“法”がしっかり説けているかを思います。これだけ次々に奇跡が起きているのです。とりあえず、説いている法に間違いはないと思いますが、肝心の法の流布が遅々として進みません。
どちらにしてもまだまだ師に合わせる顔はありません。
前回も書きましたが、法の書いてあるものを何度も読み(それがこのブログですが)法を理解し始めますと、薄皮をはぐようにして、心の汚れが段々取れてきます。すると心の奥に眠る自分がこれまで体験してきた、輪廻転生の智慧が表面意識に出てまいりますので、それで、これまでどうしても理解できなかったことが理解できたり、またもっと勉強したい知識を得たいという気持ちも出てくるのです。(つまり法を知れば知るほど、心が深まり広がるということです)
ところが、まだ法を知るには早い人が法を知ってしまいますと、法のことを少しは理解できても、その真意までは理解できません。ですから、理解できない部分が多く、理解できない部分が多けれは当然「何だこんなことを書いて」と怒りの心が生じます。怒りの心が出てしまうと、心にも曇りが生じてしまいますので、それではかえって心の汚れがひどくなります。
だから、まだ法を知るのが早い人は法を知ってはならないのです。
しかし、世は正法の世となっています。しかもこれからは、これまでのような、末法と正法の世が交互にやってくる時代ではなくなり、最終ユートピアに向かって完全な正法の世となりますので、もう末法の世が来ることはありません。
つまり末法の心のままの人が、いつまでもいられる時代ではなくなってくるのです。
では法を知ってはいけない人はどうするのか、ということですが、法を知ることですね、そのような人は。
完全に矛盾した言い方になっていますが、そのような人は直接法を知るのではなく、間接的に知る方がいいのです。これからの世の中の動きに対し、それに逆らわず生きていけばいいのです。(これまでのような男女平等やら同権やらいうことに、こだわっていてはいけないということです。これから、そのような考えではなく本当の男のあり方、女のあり方がいわれるようになります。そうして唯物無神論から唯心有神論に変わっていきます。そのような新しい意見に従えばいいのであって、古い意見にこだわっていてはならないのです)
それはこの辺りに起きている現象を知れば分かります。法を知らないばかりに、私に直接やってはいけないことをしてしまったため、大変恐ろしい現象が次々に起きているのです。それは直接私にかかわるからいけないのであって、間接的であるなら(陰で、バカが何かやってるという程度で済ましておけば)これほどの現象は起きなかったのです。
しかし、それが分からず、未だに私に嫌がらせを続けている人もいるのです。そのような人たちのせいです、恐ろしい現象が全然収まらないのは。
それが分かってきた人も多いのではないですか、だから嫌がらせをする人が減ってきているのでしょう。(違いますか?)
分かった人はやめればいいのであるし、分からない人は続ければいいのです。(いずれはすべての人が分かるんですからね)しかし、嫌がらせを続けている人がいる限り恐ろしい現象は続きます。それは、この近辺の人には分かるはずです。(昨夜も何かこの近くで起きましたか?)
このような人たちを救うためにも、この法が分かる人にはやってもらわねばならないのです。すでに、やってはいけないことをやってしまった人たちだけでなく、やらなければいけないのにやろうとしない人たちにまで、現象が現れています。
やってはいけないことをやっている人たちはもちろんですが、やらなければいけないのにやろうとしない人も、同じように不幸になるのです。(自分の使命を果たさないという意味では同じだからです)
この世のことだけにこだわっていては何もできません。神を思い、その心で人を思い、自分の使命を悟った時、本当の進むべき道が分かります。
その道を自分で進み始めて初めて奇跡が起き始めるのです。
自分を救い人を救うためには、この教えを勉強するしかありません。もうそれに気づいている人もたくさんいるのではないでしょうか。
では、後はそれをしてくれるかどうかだけです。神同様私も、辛抱強くそれを待ち続けています。



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